岸井ゆきの – 見逃してきた感情に目を向ける
岸井ゆきのは今、映画好きならそう思わずにいられない俳優のひとりだろう。
内山拓也監督の4年ぶりとなる映画『若き見知らぬ者たち』に出演する岸井が、表現に向き合う姿勢や思いについて話を訊いた。
日向はすべてを受け止め続けている人
― 映画『若き見知らぬ者たち』、観る前からヘビーだとは聞いていたんですけど、想像以上にヘビーで。
なんでこんなことにという。
― 本当に、なんでこんなことにと、歯を食いしばりながら観ていました。演じる側にもかなり負荷がかかりそうな作品ですが、どんな心構えで取り組みましたか?
(自身が演じた)日向はすべてを受け止め続けている人だなと思いました。だからといってそれが多くのシーンで描かれているわけではないですが。本当は説明があればあるほど助けになるので、それがない不安はありましたね。でも初めて脚本を読んだときの感動があったから、なんとしても関わりたくて。
― 背景の説明が少なく、断片的に描かれるキャラクターを演じることは難しい?
なにかが起こると出てくる役なので、彼女がそこに至るまでを短いシーンの中で表現しなきゃいけないということに関しては、台本を読んでいて難しいだろうなと思っていました。薄っぺらくなっちゃう可能性があるので。
― 日向のどんなところを大切にして演じましたか?
内山(拓也)監督に最初に言われたことは、(日向として生じた)確かにある感情を抑えてくれと。我慢して、あふれさせないでほしいと言われていて。
それってすごくしんどいことなんですね。悲しいときに悲しい顔で「悲しいんだ」と言ったら楽になるはずなのに、とにかく押し殺していなきゃいけない。すごくつらいけど、それが日向の生き方なんだろうし、そうじゃないと生きていけない理由があるから。だってあふれ出した水は止められないでしょ?
― だから1滴もこぼすまいと気を張っていたんですね。
日向に降りかかる大きなこと自体に共通点があるわけではないけれど、私自身が今まで感じないようにしてきた気持ちに改めて向き合ってみたら、私は日向の気持ちがわかると思ったんです。
たとえば私は悲しいという感情にフタをするときに、明るさを使ったりする。感情があふれるのをずっと我慢してきて、奥歯を食いしばりながら笑っていたこともあるし、悔しくて、羨ましてくてたまらない思いで周りを見ていたこともある。役作りというよりは、自分自身の見逃してきた感情に目を向けることで日向に近づけるんじゃないかと思いました。
― 日向は、(磯村勇斗さん演じる恋人の風間)彩人のどこが好きだったんでしょうね。内山監督に確認しましたか?
今回はそういう確認や話し合いはしない方向性だったんですよ。
― それはなぜ?
前作の『佐々木、イン、マイマイン』のときはものすごく稽古をしたそうです。そういうやり方でひとつ映画を撮ったので、今回はそういうことを一切しないでやってみたいというふうに聞きました。
ただセットに入ったときに、みんながそれぞれ持ち寄った風間家の像がなぜか一致している感覚があったんです。
― へえ、おもしろい。
おもしろかったです。美術とか、みんなの協力があってのことなんですけど。
― 美術はすごくリアルだと思いました。家具に貼られたシールの感じとかすごいですよね。
そう、すごいんですよ、美術。
― 芝居に入り込めそうだなと。
映らない部分も内山監督が考えてくださって。1階の部分がセットで、その上が支度部屋なんです。お化粧して支度して、降りればもう私たちの家。俳優部がすんなりそこに行けるようにセッティングしてくれていたことにすごく感動しました。
私の前ではずっと彩人でいてくれた
― 撮影中に印象に残ったエピソードをシェアしていただけますか?
私は今回、とにかく感情を我慢してくれと言われていたので、支度中もずっと胸がいっぱいの状態で、磯村さんとはほとんど雑談をしていなかったんです。だから撮影中に磯村さんという人物を垣間見ることがなくて。
それで私は(福山翔大さん演じる風間壮平の)最後の試合シーンでクランクアップだったんですけど、先にクランクアップしていた磯村さんが現場にサプライズでいらっしゃったんです。
― 後楽園に。
ええ。そのときの磯村さんはもう次の作品があったようで、ヒゲもないし私服だし、私、「彩人じゃない」って泣いちゃったんですよ。試合の感動もあるし、役の精神状態もぐらぐらしていたのもあって、最初は本当に誰だかわからなくて。
― ずっと彩人だったのに、急に磯村勇斗さんが来た。
来た。本当にびっくりしました。一番びっくりしたのは磯村さんだと思うんですけど。私の前ではそれくらいずっと彩人でいてくれたんですよね。クランクアップで初めて磯村さんを見たという感覚に陥ったのは特別な体験でした。
― 福山さんの最後の試合は、本当の試合のような迫力でした。
殺陣なんですけど試合でしょうね、あれは。私もボクシングをやっていて、あくまで殺陣なんですけど、やっぱり気持ちとしては試合だから。私は今回観客として撮影現場で観ていてすごく気持ちもわかるし、自分と重なっちゃいました。
― 岸井さんも『ケイコ 目を澄ませて』でボクシングの猛特訓をされていましたが、今回福山さんも総合格闘技を1年間特訓されたそうです。1年先の作品のために地道に体を作ってスキルを上げていくって簡単なことではないですよね。
本当にすごいことですよ。
私も勇気をもらったうちのひとりなんだ
― 劇中に「日々生きてるだけでみんな表現している。みんな表現者だから」というセリフもあるように、内山監督は表現の力を強く信じていて、表現することへの熱量の高さが抜きん出ているように感じます。岸井さんは、表現というものをどういうふうに捉えたり、表現とどういうふうに向き合ったり、ご自身の中で考えはありますか?
私ができることは、この作品においての表現ということなんですよね。ざっくり表現というと、すごく迷子になってしまう。
少し前に演劇(『ふくすけ2024-歌舞伎町黙示録-』)で、身体障がいのある14歳のフクスケという少年の役をやっていました。でもそれも、作品の中の世界でフクスケという表現をしてくださいと言われないとできない。作品においての、という縛りがあると私は動ける。呼吸のように表現をするというのは難しいですよね。
― 難しいですよね。でも生きているだけでみんな表現していると本気で言い切れるなら、世の中が変わりそうな気がするなと思いました。
私もかっこいいなって思いました。台本を読んで、「そうか」って。私もそう思えるようになりたいなって。表現しながら生きているんだって思えたら、すごい強いから。
内山監督は、人ひとりの力を本当に信じている感じがする。私だって自分を信じたいのに、どこかで無力だと感じてしまうところがあって。「そうだ、私も勇気をもらったうちのひとりなんだな」って今思いました。
― たしかに。僕も勇気をもらったひとりかもしれません。世界は理不尽で、絶望的な気分にもなるけど、それでもやっぱり強く生きていきたいと思わせてくれる映画でした。そして、難しい……友達になんてすすめればいいのか難しい(笑)。
私もそれを考えていました。「超楽しいよ」ではない。でもこんな気持ちになる映画、なかなかないですよね?
― ない。
全部裏切ってくる。
― 因果応報みたいな価値観で生きてきたので、急に頭ぶん殴られたみたいな衝撃が。
この作品を観た人がどんな気持ちになるかというのはすごく知りたいし、本当にどうしようもない人たちが光を探して這いつくばって生きている現実があるということはすごく伝えたいことだから。ハッピーな映画じゃないけど、なにか感じ取れるものがあると思って作ったから、ぜひ観てほしいですね。
― 感想を聞かせてほしいですよね。だれかと感想をしゃべり合いたくなる映画かもしれません。ぜひみなさん、「私と一緒に見て感想を教えて」と友達を誘ってみましょう。
そうしましょう!
Profile _ 岸井ゆきの(きしい・ゆきの)
1992年生まれ、神奈川県出身。2009年にドラマで俳優デビュー。映画初主演となった『おじいちゃん、死んじゃったって。』(’17年)で第39回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。恋愛への執着が強いヒロインを好演した『愛がなんだ』(’19年)では第11回TAMA映画賞最優秀新進女優賞および第43回日本アカデミー賞新人賞を獲得。耳の不自由なプロボクサーを演じた『ケイコ 目を澄ませて』(’22年)では、第46回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞受賞をはじめ、第77回毎日映画コンクール女優主演賞ほか、数々の賞を受賞。そのほか主な出演作には『友だちのパパが好き』(15)『やがて海へと届く』(22)『神は見返りを求める』(22)『犬も食わねどチャーリーは笑う』(22)などがある。
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Information
映画『若き見知らぬ者たち』
2024年10月11日(金)より、新宿ピカデリーほか全国公開
原案・脚本・監督:内山拓也
出演︓磯村勇斗、岸井ゆきの、福山翔大、染谷将太、伊島空、長井短、東龍之介、松田航輝、尾上寛之、カトウシンスケ、ファビオ・ハラダ、大鷹明良、滝藤賢一 / 豊原功補、霧島れいか
©2024 The Young Strangers Film Partners
- Photography : Mirei Kuno
- Styling : Setsuko Morigami
- Hair&Make-up : Aya Murakami
- Art Director : Kazuaki Hayashi(QUI)
- Edit&Text : Yusuke Takayama(QUI)