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タナダユキ – 原作の一番のファンでありたい

Sep 26, 2022
映画監督・タナダユキの最新作『マイ・ブロークン・マリコ』。2020年に発表されるや大きな話題を集めて各賞を総なめにした、平庫ワカによる同名コミックが原作となっている。自身でも脚本や小説の執筆を手掛けるタナダが映画にしたくなる原作との出会い、そして原作との向き合い方に迫った。

タナダユキ – 原作の一番のファンでありたい

Sep 26, 2022 - FILM
映画監督・タナダユキの最新作『マイ・ブロークン・マリコ』。2020年に発表されるや大きな話題を集めて各賞を総なめにした、平庫ワカによる同名コミックが原作となっている。自身でも脚本や小説の執筆を手掛けるタナダが映画にしたくなる原作との出会い、そして原作との向き合い方に迫った。

絶対に他人には撮らせたくなかった

― 原作漫画の中でタナダ監督が特に惹かれたポイントはどこでしたか?

やっぱり主人公のシイノ(トモヨ)の存在だと思います。

― なぜシイノの姿に惹かれたのでしょう?

あれだけ無様な姿を晒しながら、答えの無いものを敢えて探しにいく。そういう姿に強く惹かれたところがありました。うまく言葉にできないですけど、私にとっては絶対に(この作品は)他の人には撮らせたくないと思わせる力があったのだと思います。

― これまで数々の映画を撮られてきたタナダ監督ですが、そのような感覚は初めてでしたか?

原作を読んでから、ここまですぐに動いたのは初めてかもしれません。自分が面白いと感じているということは、絶対に他の人も面白いと感じているでしょうし、漫画や小説などの原作は争奪戦になることはわかっていたので。映画化のために一生懸命動いたところで、原作権が取れない確率もかなり高いので、いつもはダメだったときは「今回は縁が無かったんだ」と、自分の精神を持って行くようにしていますけど、『マイ・ブロークン・マリコ』は、もう絶対にやる!という気持ちでいました。

― すごく強い想いで。

『浜の朝日の嘘つきどもと』という作品のドラマ版の中で、ヒロインが遺骨を持って歩いているシーンがあって。ちょうどそのシーンを書いていたときに、たまたまこの漫画と出会って読んだんです。表現方法とかはもちろん全く違うんですけど、ロードムービーならぬロード漫画でありながら、その相手が“物言わぬ遺骨”というところが非常に面白いなと。

©2022映画『マイ・ブロークン・マリコ』製作委員会

― 原作に対して強い想いがあったからこそ、映画化を進めるうえで気を付けたことや心掛けたところはありましたか?

とにかく原作が好きというところからスタートしたので、原作を汚すようなことだけはしたくないという想いはありました。できあがった作品が、原作と親戚みたいな関係になれるといいなと思って作っていきました。

― 原作者の平庫ワカさんともお話を?

はい。平庫さんから唯一言われていたことは、「マキオとシイノを恋愛関係にだけはしてほしくない」ということだったんですけど、そんなことは微塵も思っていなかったので、逆に驚いたくらいでした。

― シイノとマリコのお話でありつつも、映画のなかで印象的だったのはシイノを見守るようなマキオの存在でした。監督のなかでも大切な存在だったのでしょうか?

マキオくんは原作でもすごく好きなキャラクターでした。マキオもすごく傷ついてきた人というか、シイノとはまた少し違う深刻さを持った人物だったから、シイノが出会うべき人として、ちゃんと存在してほしいなと思って作っていました。

― なるほど。そんなマキオを『ふがいない僕は空を見た』や『ロマンス』などでご一緒されていた窪田正孝さんが演じていましたね。

そうですね。現場での居住まい方も含めて、すごく助けられた部分がありました。

― 今回タナダ監督がキャスティングで大事にしていたポイントを教えてください。

ハードルの高い作品になると思っていたので、まず、お芝居の力がある人たちにお願いしたいと思っていました。余計なことはしないけれど、その人でしかできないことをちゃんと残していける人というか。

― 現場でお芝居を見て心動かされることも多かったですか?

はい、毎日。だから毎日プレッシャーが募っていきました(笑)。いいお芝居が撮れたなという分、このお芝居を無駄にするわけにはいかない、心して仕上げないと、というプレッシャーです。

― 永野芽郁さんはシイノとのシンクロ感がすごかったです。タバコを吸う恰好や食べ物の食べ方とかの細かな部分まで。

芽郁ちゃんはもともとタバコは吸わないのですが、事前に咳止め薬として使われるものでタバコを吸う練習をやってくれていたので、すごくありがたかったです。やっぱり、シイノといえばタバコなので。その姿が様にならないと、シイノのリアリティが減ってしまったのではないかと。

©2022映画『マイ・ブロークン・マリコ』製作委員会

 

辛いことの中に笑えることが混ざっている

― 映画化された作品を観てすごく感じたのが、「シイノとマリコの二人のお話である」というところでした。

シイノの行動の全てはマリコに起因しているので、マリコあってのシイノだと思うんです。マリコの選択はシイノにとってすごく悲しいことだと思うんですけど、見方を変えるとシイノが生きていくための物語でもある。そういう捉え方もできるので、やっぱりこの作品にとってマリコという存在は非常に大きいと思っていました。

― マリコが選んだ選択に対して、監督はどのように感じますか?

とんでもなく辛かっただろうなと思うんです。彼女は何も悪くないですから。けど、物語とは別で自死ということだけに関して言うと、基本的に自殺は残された人たちや周りに対する暴力でもあると思っています。残された人たちの計り知れない喪失感ってありますから。だから、自分は何があってもそれを選ばずに済むのであれば、回避したい。マリコの場合は考えると悲しくて仕方ないですが、残された人間側からすると、それでもやっぱり、もうちょっと生きていれば一緒に何かを見れたかもしれない、とかいろいろ考えてしまいますね。

©2022映画『マイ・ブロークン・マリコ』製作委員会

― そして、シイノにとってマリコの遺骨との旅はどんな時間だったと思いましたか?

あの旅はシイノにとって絶対に必要だったと思います。でも、それで気分を一新して、これから明るい未来に向かって進みます、とはきっとなれない。行かないよりは行って、ちょっとずつ自分のなかで折り合いをつけていくしかないのかなと思いました。

旅に出た当時よりも辛くなる日もあれば、行って良かったと思う日もあるだろうし。「(マリコに対して)何かできたことは無かったのかな」と思ってしまう日もあって、そこからまた一周して「やっぱりできなかったな」と思う日もあるだろうし。でも、残された人はそういう風にして生きていくしかないよなって思います。

― 『マイ・ブロークン・マリコ』は、辛いお話ではあるけれど重くなりすぎず、軽やかさやユーモアを感じられる所も魅力のひとつだと思いました。そのバランスについては意識されていましたか?

重いテーマで、「映画は芸術です。さあ大人しく観てください」みたいな感じの作品はあまり好きではなくて。もちろん、映画にはいろいろなジャンルがあって然るべきですが、自分が作る作品は日々何があっても、例え辛いことがあっても、その中に少し冷静になると笑えることが混ざっている、ということを見つめていきたいと思っていて。この原作には正にそういう雰囲気があり、重いテーマを重くなりすぎないように描くという部分でも、すごく私の理想に近い形でした。

©2022映画『マイ・ブロークン・マリコ』製作委員会

 

映画化したくなる作品は映像が浮かんでくる

― 原作との出会いについてもお聞きしたいのですが、普段タナダ監督は漫画や小説は何をきっかけに読むことが多いですか?

『マイ・ブロークン・マリコ』はAmazonがおすすめしてくれたんです(笑)。あとは、人から薦められることもありますし。漫画は表紙を見て好みの絵かを見て判断しています。小説は、あらすじが面白そうかどうか、とかですね。

― 今まで好んで読んできた漫画や小説で共通する部分はあります?

共通しているのは、周りから見たら大変な状況でも、あまり大変ぶらないというところですかね。漫画では川原泉さんの作品も好きなんですけど、主人公がお嬢様学校の中にいる庶民の設定だったり、どちらかの親がいなかったり。何かを抱えているんですけど、何かを抱えていることを全く感じさせない。思い返してみると、そういうお話がずっと昔から好きなのかもしれません。

― なるほど。ちなみに映画化したいと思う作品と、自身のなかで大事にしておきたい作品の違いはなんですか?

小説の場合、映画化したくなる作品は、読んでいて映像が浮かぶんです。とはいえ、映像化することは結構な重労働なので、それに耐えうるくらいその作品のことが好きかを問うことが多いです。小説でも漫画でも縁があったらやりたいけど……どうかな?という作品もありますけど、「誰よりもこの作品を大事にしますので!」という結婚相手の親御さんを説得するくらいの気持ちで『マイ・ブロークン・マリコ』は自ら原作権を取りに行きました(笑)。できるかわからなくても、そこまで思えるかどうかが違いなのかもしれません。

©2022映画『マイ・ブロークン・マリコ』製作委員会

― オリジナルの作品と、原作のある作品では、映画制作への向き合い方は異なるのでしょうか?

違いますね。原作がある作品はやっぱり難しいです。一度完成しているものをわざわざ映画にするという作業があるので。あと、自分が漫画を好きなので、観たら絶対に納得できるものを作りたい。これが映画としての正解なんだろうって思ってもらえるようなものを作りたい気持ちは、今回は特に強くありました。

オリジナル作品の方が、すぐに直したり変えられたりするので、精神的には若干楽な気がしています。原作だとやっぱりどうしても変えられない、変えてはいけないところも出てくるので。『マイ・ブロークン・マリコ』では、イメージする岬がなかなか見つからなくて。もう無理じゃないかって撮影に入る前に思っていたほど、あの岬を見つけるのに苦労しました。

― 最後に、自身を揺るがす原作との出会いにどう向き合っているのか教えてください。

好きな原作ほど、映像化することはとてもしんどい作業ではあるので、誰よりもこの原作のことを好きでいたいという想いがあります。そうでないと周りの人もついてきてくれない気がするので、一番のファンでありたいですね。

 

 

Profile _ タナダユキ
福岡県出身。テレビドラマ、配信ドラマ、CMも手がけ、小説の執筆も行う。『モル』(01/脚本・監督・出演)で第23回 PFF アワードグランプリ及びブリリアント賞を受賞。『月とチェリー』(04/脚本・監督)が英国映画協会の「21世紀の称賛に値する日本映画10本」に選出。『百万円と苦虫女』(08/脚本・監督)で日本映画監督協会新人賞を受賞。配信ドラマ「東京女子図鑑」で第33回ATP賞テレビドラマグランプリ特別賞。映画『ロマンスドール』(20/脚本・監督)は自身の小説を原作に映画化。最新映画は『浜の朝日の嘘つきどもと』(21/脚本・監督)。同名のテレビ版は2021年民放連ドラマ部門最優秀賞を受賞した。

 


 

Information

映画『マイ・ブロークン・マリコ

2022年9月30日(金)、TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開

出演:永野芽郁、奈緒、窪田正孝、尾美としのり、吉田羊
監督:タナダユキ
脚本:向井康介、タナダユキ
原作:平庫ワカ『マイ・ブロークン・マリコ』(BRIDGE COMICS/KADOKAWA刊)
配給:ハピネットファントム・スタジオ/KADOKAWA

『マイ・ブロークン・マリコ』公式サイト

©2022映画『マイ・ブロークン・マリコ』製作委員会

  • Styling : Mari Ishibashi
  • Hair&Make-up : Michiru Iwamoto
  • Text : Sayaka Yabe
  • Photography&Edit : Yusuke Takayama(QUI / STUDIO UNI)