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綾野剛 – 好きがすべてを凌駕する

Dec 18, 2025
俳優は、何者としてそこに存在するのか。
映画『星と月は天の穴』における綾野剛は、自身の感情を表出せず、自我を前景化しない。肉体化を徹底して排除し、台本の外に意味を付与しないことで、作品は自律的に呼吸を始める。
役に身体を貸すだけ――本当にそんなことが可能なのだろうかと思うが、それは総合芸術としての映画への深い信頼、つまりただ「好きだから」という根源的な衝動に結着するのかもしれない。

綾野剛 – 好きがすべてを凌駕する

Dec 18, 2025 - FILM
俳優は、何者としてそこに存在するのか。
映画『星と月は天の穴』における綾野剛は、自身の感情を表出せず、自我を前景化しない。肉体化を徹底して排除し、台本の外に意味を付与しないことで、作品は自律的に呼吸を始める。
役に身体を貸すだけ――本当にそんなことが可能なのだろうかと思うが、それは総合芸術としての映画への深い信頼、つまりただ「好きだから」という根源的な衝動に結着するのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

肉体化しないことで作品が正しく届くと思った

― 本作で綾野さんが演じたのは、愛されたい願望をこじらせた40代の小説家・矢添克二。芝居において大切にしたことはなんでしょうか?

矢添の人物設計やバックボーン、行動、表情、感情のすべてがセリフ化されていたので、肉体化しないことです。

― 肉体化しない?

たとえば「ありがとう」というセリフも活字だけを見ると感謝ですが、本当に感謝しているのか、やや怒っているのか、表情や動きが加わることで人物設計が補填されていく。すべては肉体化で、その最たる例がアクションです。

― ただ今回においては、その肉体化の必要がなかった。

自分はセリフを読む拡声器として存在し、表情も基本的にほとんど変わらない。セリフが「嫌だ」と言っているのに、わざわざ嫌な顔をする必要はないんです。

台本を読んだときは言葉の渦にうっとりして、耳で観る映画にする必要性を感じました。美しく、滑稽で、ちょっと変。それをそのまま伝えるためには、現代の僕が余計な情報を入れないということだけでした。

ー 芝居を乗せていくというよりも抑制するような感覚でしょうか?

おっしゃる通りです。

肉体化しないことを徹底することで、一番正しくこの作品が届くと思いました。役者は作品のいち血肉であり、本作において僕自身の考えはゼロです。中途半端な頷きも一切なくして、本当にきっちり台本通りやっています。

― 作品に対する強いリスペクトを感じます。本作の舞台である昭和中期の言葉はどうう受け止めましたか?

時代性と言葉が非常にマッチングしていますよね。時代が違えば聞き馴染みのない言葉を話している人たちがたくさんいて、言葉が時代を象徴していました。

『星と月は天の穴』はすべて室内で撮ったとしても、セリフだけでいつごろの話なのかが伝わるという強みがある。その年代に落とし込む必要はありませんでした。

ただ、声の質は変えました。当時の映像などを見ると、皆さん出力が強くてやや甲高い。おそらくマイクの性能の影響で、ローを拾えていなかっただけだと思うんですが。となると、僕たちは実際のその人の声は知らないということですし、矢添の声も誰も知らないということになれば、情報が遮断されることでセリフだけに集中できるので、情感を抑えて昔のラジオのような声をイメージしました。

 

役が生きていく邪魔をなるべくしたくない

― 矢添も綾野さんも同じ40代ですが、共感できる部分はありましたか?

ありません。そもそも役に共感することがありません。基本全肯定です。

― 役づくりにおいて自分との共通点を探していくのではなく……

役に身体を貸しているだけです。精神マネージャーみたいな気持ちかもしれません。

― 良い悪いじゃなく、すべて受け入れる。

そうですね。

― そんなことが最初からできたのでしょうか?

自分のやり方を分析したことがなかったので意識はしていませんでしたが、こういう質問をいただき考えたらそうでした。映画だと2時間ぐらいと、役には余命が決まっているので、生きる邪魔をなるべくしたくないんです。

― ではその役を綾野さん自身が演じること自体に付加価値をつけたり、意味をつけたりすることもない?

ないです。映画は総合芸術なので、監督や脚本家、すべての部署が何を捉えて作っているかということに非常に興味がある。ただ自分と向き合うだけだったら一人芝居で十分です。

僕は真横にいる役と会話して、彼の意見を吸い上げて現場に伝えているという感覚です。役によっては非常に辛辣ですが。

― 完成した作品を観るときは、自分の役、自分の芝居をどのように受け止めていますか?

やるべきことはやっているので、後から「こうすればよかったな」と思うことは基本ないです。それは現場で考える準備がただ足りていなかっただけで、それでは遅いんです。

これ以上ないだろうというぐらい準備をしても、いまだに現場で「なるほど、こっちだったか」と当然ですが気づくこともたくさんありますし、気づいたことはすべてやっていくので。完成した作品は、いち映画ファンとして監督作品を素直に楽しむということを心がけています。

 

個人の欲求を遥かに超えた芸術の世界にいざなわれる幸福

― 本作も、前作の『花腐し』もそうですが、観ていると映画愛がひしひしと伝わってきて、「ああ、これが映画だな」って感じがしますよね。

そうですよね。

― 綾野さんも映画を作る喜びを感じてらっしゃると思いますが、特にどういうときに感じますか?

荒井(晴彦)監督たちの世代は、僕が生まれる前から映画を作られていて、本当に知らない世界なんです。映画として残っているものしか観たことがない。そこにいざなってもらうチャンスをいただけることがすごく幸せです。

『星と月は天の穴』のような作品にはそうそう出会えません。役者としてこの世界を生きてみたい、自分が生まれていない時代を生きてみたい。そういった個人の欲求を遥かに超えた芸術の世界にいざなってもらえた。そこで得た繊細さは、他のブロックバスター的な作品であっても必ずシェアできるものだと思っています。

いかにあらゆるジャンル、あらゆる世界観の作品を旅できるか。それが自分の死に場所なんだろうなと感じています。

― 映画人として辿り着きたい場所はありますか?

今という瞬間の連続にどうあるか、そこにすごく集中しています。現在の行動はすべてその先にあるイマジナリーを現実化するための行動なんだと自覚して生きています。

― 言い方が合っているのかわからないですが、疲れそうです。

好きなんですよね。好きということがすべてを凌駕します。作品における豊かなことも苦しいことも全部愛せてしまう。

 

今がんばらないでいつがんばるんだろう

― 40代は第二の思春期ともいわれ、アイデンティティが揺らぎやすいそうです。中年の危機という言葉もありますが、矢添にもまさにそんな部分が現れていました。綾野さん自身は年齢を意識することはありますか?

リカバリーですかね。

― リカバリー?

20代、30代のときと同じように階段を駆け上れるかといったらそうじゃない。でも上り方が違うだけで、上っていることには変わりがないですよね。

ただ上りきって次の階段を目指すときに、回復力が全然違うというのはあります。それを認め、どう鍛錬し、補填し、鮮度の高い状態を生み出し続けるかが日課です。自家発電の性能も含めて。

― いろんなことに慣れてくるし、疲れるし。

だからこそ恐れず他者と関わっていく。先ほどのお話にも繋がりますが、それこそ総合的に考えるようにしています。

昔は役者としてどうあるべきかだけを考えていましたが、この作品がどう成長し、どう育み、どう届けるべきなのかと総合的に考えること、つまりみんなで作るということが、今の自分の回復力とも一番見合っています。それでも自分にしかできないことに、より注力したいです。

ようやくいろんなことが発揮される年代だと思います。20代は量が質を凌駕し、30代はその量を磨き、40代はようやく質という刀と向き合えました。クリエイティブの生き死にをかけて40代を生きます。その先に見える景色は共に作っていくものですから。

 

Profile _ 綾野剛(あやの・ごう)
1982年1月26日生まれ、岐阜県出身。2003年にドラマで俳優デビュー。2007年に『Life』で映画初主演を務め、ドラマ「Mother」(10/NTV)、連続テレビ小説「カーネーション」(11/NHK)で注目を集める。その後も『横道世之介』(13)、『そこのみにて光輝く』(14)、『新宿スワン』(15)、『日本で一番悪い奴ら』(16)などに出演、数々の映画賞に名を連ねるなどキャリアを積み上げてきた。近年の主な出演作に、「地面師たち」(24/NETFLIX)、『カラオケ行こ!』(24)、『でっちあげ』(25)、『愚か者の身分』(25)などがある。
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Information

映画『星と月は天の穴』

2025年12月19日(金)より全国ロードショー

出演:綾野 剛、咲耶、岬あかり、吉岡睦雄、MINAMO、原一男、柄本佑、宮下順子、田中麗奈
脚本・監督:荒井晴彦
原作:吉行淳之介「星と月は天の穴」(講談社文芸文庫)

映画『星と月は天の穴』公式サイト

©2025「星と月は天の穴」製作委員会

  • Photography : Kyotaro Nakayama(SIGNO)
  • Styling : Yusuke Sasaki
  • Hair&Make-up : Mayu Ishimura
  • Text&Edit : Yusuke Takayama(QUI)