アーティスト 岡田佑里奈 – 写真と絵画のあいだで捉える移ろうものの一瞬の記憶
スターバックス京都BAL店には、彼女の作品が常設展示されている。その作品の被写体は、彼女が長年撮り続けている女性のひとりだ。岡田はどのようにしてこの技法にたどり着き、なぜ移ろうものを被写体として追い続けるのかをうかがった。
偶然の発見から独自の技法を確立するまで
QUI:岡田佑里奈さんの作品は、モノクロームの写真と、その表面にひび割れが入った、写真と絵画の中間のような表現が特徴的です。独自の方法で制作されているそうですが、どのように制作されているのでしょうか?
岡田:パネルに白い絵の具を塗り、半乾きの状態で写真を転写して、自然乾燥させています。乾燥してくると絵の具の水分が飛んでひび割れが入るんです。ただ、どういうふうに割れるかといった部分はコントロールできなくて、偶然性をかなり含んでいますね。気温や湿度によっても仕上がりは変わるので、写真を剥がす瞬間は経験と直感に頼る感じです。
QUI:この技法はどのように生まれたのでしょうか?
岡田:最初は本当に偶然でした。大学時代、屋外で写真のポートフォリオを先生に見てもらっていた時に、雨が落ちてきて写真がちょっと溶けたんです。それを見て「これって、もしかしたら転写できるんじゃないか?」と思いました。
QUI:その“偶然の発見”を“自身の技法”に仕上げるまでは、大変だったのではないでしょうか?
岡田:すごく長かったです。発見してから修士を卒業するまでの約3年、ずっと悩んでいました。最初は全然キレイに定着せずボロボロで、とても発表できるようなものじゃなかったので、ひたすら試し続けました。ちゃんと形になったのは、修士2年の修了制作のときです。
QUI:そこまで続けられたのは、やっぱりこの技法に可能性を感じたからでしょうか?
岡田:大学院は2年しかないので、どう生き残ろうか…みたいな感覚が強かったです。時間もないうえに、周囲も徐々に売れていく中で“負けたくない”っていう焦りもあって、苦しかったですね。
でも、難しくても“これをとにかくやりたい”っていう気持ちが強かったので、もうこれに賭けるしかないと思いながら3年間ずっと試行錯誤してきました。
グラデーションのようなわずかな変化を浮かび上がらせる
QUI:岡田さんは大学院ではペインティングを専攻されていたそうですね。専攻とは違う「写真」を始めたきっかけはなんですか?
岡田:油絵が嫌すぎて。笑
その当時、作品に対して先生から「なんだこれは?」とお叱りを受けて、腹が立ったからやめようと思ったんです。それで、一時期は、大学をほったらかして遊んでいました。そんな時に、たまたま友人からチェキカメラをもらい、使ってみたらどっぷりハマりました。
こんな感じで…(そう言って岡田が取り出した箱には、人物や風景など、箱いっぱいのチェキプリントが入っていた。)この箱がいっぱいになるまで、とにかく撮影してみようと思い手当たりしだいに撮っていました。日常の風景や友人を撮ったり、歩きながら撮ってみたり、本当に身近なものを全部欠片として残していくように撮影していましたね。
QUI:現在の岡田さんの作品でも、同年代の女性が多くモチーフになっていますね。モデルの女性はどういった方なのでしょうか?
岡田:大学の4回生から4人の女性を長期的に撮っています。
全員年齢が近い子ばかりなんですが、自分と一緒にどういう風に顔が変化していくんだろうということが、すごく気になっています。
学生時代から7年弱撮り続けている間に、仕事を始めたり、結婚したり、子供が生まれたり…と、ステージによって表情がすごく変わっていくのを感じて、それがやっぱり面白いなって思います。女性の方がそういう人生のステージの変化みたいなものは大きいですよね。
撮影の時には、彼女たちにその時に一番好きな服装、一番好きな化粧で来てもらっているんですが、服装も表情も、写真に残すと ちょっとした変化がグラデーションのように蓄積されていって。その時点だけでは分からなくても、過去の写真と見比べると全然違うなって感じます。
QUI:スターバックス京都BAL店に展示されている作品の被写体も、その女性の1人ですか?
岡田:そうです。撮影したのはもう3年ぐらい前ですね。彼女は、その後に子供が生まれて忙しくなってしまったのでしばらく会えてないんですが、多分次に会ったらかなり雰囲気が変わっているんじゃないかなと思います。
スターバックス京都BAL店 展示作品《Dream in out 023》
「全ては朽ちていく」という多様なモチーフに通底する考え
QUI:「女性」のほかに、「都市の風景」や「草花」も多く被写体にされていますね。岡田さんが撮影したいと思うモチーフはどんなものなのでしょうか?
岡田:大学時代にチェキを撮っていたときから大きくは変わらないと思います。
例えば、お花は大好きでずっと撮り続けていますが、私の中では「お花」も「人」とほぼ一緒の扱いで、その変化のスパンが長いか短いかぐらいの感覚です。都市や建物も、再生と破壊の繰り返しでどんどん変わっていくものですよね。
あとは、野良猫も色々なところで撮ってきています。この写真は、瀬戸内にある直島や豊島で撮ったものですが、野良猫なので病気を持っていたり、寿命も結構短かく。再訪してもいなくなっていたり、数が減ったように感じたりします。そういう変化をちゃんと残したいっていう感覚がありますね。
QUI:モチーフはそれぞれ違いますが、儚いものというか、身近なものが刻々と変化していく様子を捉えていく…といったところで繋がっているのでしょうか?
岡田:そうですね。やっぱりその瞬間を残せるのは写真であったり、絵画の手法かなと思うので。そういったものを残していけたらなと思っています。
QUI:岡田さんの作品集のステートメントには「『全ては朽ちていく』という考えが、作品に反映されている」とありましたが、その考えに至ったきっかけはありますか?
岡田:野良猫やお花を撮り始めたのは結構大きいです。お花はその瞬間はきれいだけれど、すぐに腐っていってしまう。でも種ができて、また新しい花が咲くっていうことの繰り返しなんだって気づいて。技法も被写体も『全ては朽ちていく』という言葉で繋がっていると思います。
衝動のままに突き詰める
QUI:作品を制作する中で影響を受けたものはありますか?
岡田:実はあまりないんです。私は衝動的に動く癖があって、気になることがあったら一気に取りかかるタイプなので「この作家が好きだから、ここに影響されて…」ということはなく、ただ自分のこの表現がいいと思ったから続けているっていう感覚が強いです。
QUI:では、最初に芸術系に進まれたきっかけはどんなことですか?
岡田:まず、勉強が得意じゃなかったんです。笑
それで、中学生くらいから地元の絵画教室に行ったらすごく楽しくて、そのまま美術系の高校、大学へと進みました。何かに影響を受けたというよりも“つくりたい”というか“もうそれしかない”みたいな感じで、他のものにはあまり興味がなく、今も続けているという感じです。
今の表現方法も、これがやりたい!とスイッチが入ったことを突き詰めていった感じですね。これが表現できたら“絶対かっこいい”という、浅はかかもしれないけれど、その気持ち一本で大学院も貫き通しました。
衝動的が故に、なんでこうしたのか?という部分がなかなか言葉では伝えづらかったとき、それをアートプロデューサーの後藤繁雄さんや先生方に言語化していただいて、後から“なぜ自分がその作品をつくりたかったのか”ということに気づいていったんです。
QUI:こうしてお話をしていていると落ち着いた印象なので、衝動的に行動されているというのは意外な感じがしました。制作をされているときには、普段と違うスイッチが入る感じなんでしょうか?
岡田:そうですね。私はオンとオフの状態がめっちゃ激しいんです。ずっと制作を続けているというよりも「これをやってみたい!」というスイッチが入ると、一気に最後まで突き進んでいきます。
QUI:構想に長い時間をかけながらも、最後は直感に従って制作された作品だからこそ、観る側にもその魅力が直感的に伝わってくるのかもしれませんね。
最後に、何か今後の展覧会の予定や、今後チャレンジしてみたいことなどはありますか?
岡田:今年の2月に「スターバックスコーヒー 京都BAL店」の展示が大きくリニューアルしたんですけれど、私の作品は入れ替えせずにそのまま展示されています。まわりの作品が大きく入れ替わって雰囲気が変わったので、そちらを是非見ていただきたいです。
また、チャレンジしたいことは、この技法をどのようにアップデートしていくかが、今後の課題かなとずっと考えています。去年の夏の個展では、同じ写真を組み合わせてみたり、新しい素材を組み合わせてクラックの作り方を試してみたりしましたが、そういった試行錯誤を続けていき、また個展で発表できたらなと思っています。
岡田佑里奈(Yurina Okada)
1995年 兵庫県出身
2018年 京都造形芸術大学 卒業
2020年 京都造形芸術大学修士課程 修了
Instagram:@yurinapunpun922
スターバックスコーヒー 京都BAL
Sandwich/鬼大名が手掛ける“アーティストたちの共同アトリエ”をコンセプトに、京都を拠点とする新進気鋭の若手を中心とした展示空間となっている。
住所:京都市中京区 河原町通三条下ル山崎町251 京都BAL 3F
時間:11:00~20:00 (不定休)
特設サイト
- Text : ぷらいまり。
- Photograph : Kengo Yamaguchi
- Edit : Seiko Inomata(QUI)