アーティスト 友沢こたお – 今“生きている”肌感覚を描く
2024年の3月に東京藝術大学大学院 美術研究科を修了。11月に開業予定のTODA BUILDING内にオープンする「Gallery & Bakery Tokyo 8分」では、柿落とし展として、友沢こたおの新作個展「Fragment」が開催される。新たなステージで作品を制作する友沢のアトリエで“いま考えていること”についてきいた。
到底描けそうにないものに挑戦する
個展を目前に控えた友沢こたおのアトリエには、所せましと大きなキャンバスが並び、複数の作品の制作が行われていた。
QUI編集部(以下 QUI):友沢さんといえばスライムを顔にかぶった自画像の作品が象徴的ですが、スライムとの出会いはどういったところだったんでしょうか?
友沢こたおさん(以下 友沢):きっかけは本当にたまたまです。メンタルが弱って何も信じられなくなってしまった時期に友達が置いていったスライムを、気がついたらかぶっていたんです。その時は絵にするためじゃなくて、ただ衝動的にかぶってみた感じでした。
QUI:それを絵にしようと思ったきっかけは?
友沢:藝大に入って1年目の藝祭の時です。入学してからずっと「やばい…」「皆みたいにうまく描けない、どうしよう…」という感じで、しばらくは絵を描かずにコンセプチュアルな作品を作っていました。
でもやっぱり、私は絵がやりたいし何かを描かなきゃ!と思った時、以前スライムをかぶった瞬間にすごく神秘的な悦びがあったのを思い出したんです。まずは日記というか、静物画を描くような気持ちでスライムをかぶった自分を描いてみようと思いました。
実際に描いてみたら、今までにないくらい良く描けたんですよ。作為とか何もなく勝手に描けた!という感じがありました。いくらでも描けるというか、描いてる感じがないというか。
QUI:ご自身にとても馴染むモチーフだったんですね。
友沢:それまで絵を描く時には“アクセルを踏みながらも、ぶつからないように少し弱めて…”みたいにコントロールしながらやっていたのが、スライムを描いた時には“アクセルを全踏みして、さらにその先まで全部ぶち破ってしまう”くらいコントロールなしで最後まで描くことができたんです。
QUI:それが大学1年生の夏ということは、スライムのモチーフに7年ほど向き合い続けていらっしゃると思うのですが、スライムに対しての捉え方の変化などはありましたか?
友沢:クリアになってきていると思いますが、変化という感じではありません。というのも、私は毎回新しい挑戦をするようにしているんです。いつも「到底描けそうにない」って思うものしか描きたくなくて。
最初にスライムを描いたときも、絶対描けないと思っていたんですよ。作品を描く時は自分でスライムをかぶって、その姿を写真に撮ってから描くのですが、写真を撮った段階では“変態女の汚い写真”になってしまっているわけです。 笑
でも、それをどうやったら美しいものとして描けるんだろう?そんなもの絶対に描けそうにないけど描いてみよう!みたいなところから始まっていて。そういった挑戦の態度は今も変えないようにしています。
どんどん自分を苦しめたいというか、もっと大変な絵を描きたいという欲がどんどん出てきていて。毎日戦いながら挑戦を続けています。
新作で表現したのは“新しい心の混沌”
QUI:同じモチーフに向き合いながら、常に挑戦を続けていらっしゃるんですね。
今回「Gallery & Bakery Tokyo 8分」で開催される個展「Fragment」では、すべて新作を展示されるとうかがいましたが、どのような作品を発表されるのでしょうか?
友沢:まず昨年、遠山正道さん(「Gallery & Bakery Tokyo 8分」を運営する株式会社The Chain Museumの代表取締役)によるアーティスト・イン・レジデンス・プログラム(アーティストがある場所に一定期間滞在して作品を制作するプログラム)の企画で、森の中で作品を描かせてもらって以来、蛍光灯の光と自然光が混ざり合うような部分に意識が向いているので、そのシリーズの最新作を展示します。
あと、自分史上最大サイズのP500号(約3.3M×2.2M)ぐらいの絵を描いています。4つの作品を組み合わせて1枚にしようと思っていますが、相当大きいので会場で組み立てないと自分も搬入の日まで見られないです。 笑
今描いている4つの作品を組み合わせてひとつの作品にすることで
QUI:今回も挑戦の連続ですね!今年の9月までN&A Art SITEで開催されていた友沢さんの個展でも「Reflection」という新しいシリーズを発表されていましたね。イメージが多層に重なる様子と、スライムとは違った光の反射がとても印象的な作品でした。抽象画のような雰囲気もありますね。
友沢:現在「Reflection」シリーズの進化版のような作品も描いています。この作品もこれまでと同じで、想像などはいれず現実の一瞬を切り取って描いているんですよ。詳細は秘密ですが、1秒後には全然違う形になってしまうような、勢いよく流れていく中のほんの一瞬を捉えたいと思っています。
より今の自分の精神的な面を表した自画像というか、ふだん考えていることにより近い作品になっているかなと思います。
絵を描いている時はいつも自分自身が透明になれる
QUI:今年の春に東京藝術大学の大学院修士課程をご卒業されましたが、ご自身の中で変化などはありましたか?
友沢:自分の中で意識的に何かを変えることはしていませんが、この2年くらいでたくさん海外に行ったのをきっかけに結構変わった部分はあります。どう描くかという部分だけじゃなく「どうやって今、この地球を踏んでいるのか?」みたいな“物事の捉え方”が変わったかなと。
特にインドに行った影響がすごく大きかったです。昔から制作の時は、ずっとレッドブルを飲んで爆走する感じで、エネルギーをバババババ!って出してがむしゃらに描く…みたいに描き続けていたんです。けれどインドから帰ってきてからは、ヨガや瞑想をやったり、なぜ生きているのか?とか、どこから来てどこへ行くのか?みたいなことを考えたり。最近の方がよりピュアになっていると思います。
QUI:最初にスライムを描き始めた学生の頃と比べると、物事の捉え方や考え方のスケールの次元が変わってきた感じなんですね。
友沢:海外で本当にすごく刺激を受けました。身体が持っている理屈では説明できない力のようなものを、より考えて生活するようになりました。
QUI:「透明になる」というのは、描いているときには、自分の意識ではなく絵に自身をすべて預けてしまっているような感覚でしょうか?
友沢:そんな感じですね。描く時はすごい集中して、丸一日描き続けています。
伝えたいことは「生きてるってすごいんだぞ!」ってこと
QUI:とてもストイックに制作をされていらっしゃいますが、アート以外で好きなことはありますか?
友沢:たくさんありますが、特に今はプロレスですね。中学生の時からデスマッチが大好きなんです。デスマッチっていうのは、凶器を使って通常よりも危険なルールで行う試合なんですけれど。
選手が蛍光灯で殴り合ったりするんです。そうすると血がドバーっと出て、顔が血で真っ赤になってヌメヌメってしたりするんですよ。その蛍光灯がパーンって割れる音とか、割れた蛍光灯から出る煙の匂いと血の匂いが混ざりあう感じとか… 視覚だけじゃなく、全ての感覚を使ってその感触を感じ取るみたいで、とんでもなくかっこいいんですよ。
自分では到底できないことですが、選手たちはその一秒一秒を輝かせているんですよね。だからやっぱり皮膚を通して感じたり、血が見えたりというのが、なんていうか“本物”の生きているっていう感覚ですよね。最近はすごくデスマッチから刺激を受け、勉強してます。
QUI:その肌感覚というか皮膚を通して生を感じる様子は、友沢さんの作品ともつながっているように感じられますね。
友沢:そうですね。スライムをかぶっているときって、息ができなくて手足とかもビリビリとしびれてくるんですけど、その時って「今しかない」「今、生きてる」という、シンプルかつものすごく強いメッセージが感じられるんです。
私の絵ってよく「息苦しさ」に結びつけられるんですが、めちゃくちゃ前向きな絵なんですよ。「生きてるってすごいんだぞ!」「君は生まれてきたんだよ!」ということを伝えていきたいと思って描いています。
QUI:お話をうかがって、友沢さんの作品のなかにある、「今、生きている」っていう生の感覚とパワーをより強く感じるようになりました。「Gallery & Bakery Tokyo 8分」の個展で、新しい挑戦の作品を拝見するのも楽しみです。友沢こたおさん、ありがとうございました。
友沢こたお
1999年フランス・ボルドー生まれ。2024年東京藝術大学大学院 美術研究科修了。スライム状の物質と有機的なモチーフが絡み合う独特な人物画を描く。シンプルな構成ながら、物質の質感や透け感、柔らかさのリアルな表現が見る者に強い印象を与える。2019年度久米賞受賞、2021年度上野芸友賞受賞。海外での個展やグループ展、アートフェアにも多数参加している。
Instagram:@tkotao
友沢こたお個展「Fragment」
会期:2024年11月2日(土)〜12月3日(火)
会場:Gallery & Bakery Tokyo 8分
住所:〒104-0031 東京都中央区京橋1-7-1 TODA BUILDING 1F
展覧会ページ
- Text : ぷらいまり。
- Photograph : Kei Matsuura(STUDIO UNI)
- Edit : Seiko Inomata(QUI)