湖の中に巨大な「猫島」が登場、ボートで向かう鑑賞体験とは? ー ハイパーミュージアム飯能「ヤノベケンジ 宇宙猫の秘密の島」
新しい時代の現代美術館 ハイパーミュージアム 飯能
ハイパーミュージアム飯能は、埼玉県飯能市の北欧ライフスタイル体験施設「メッツァビレッジ」内にオープンした、「自然とデジタル」「キャラクターアート」を融合させた、新しいタイプの現代美術館だ。
館長を務めるのは、アートプロデューサー・編集者の後藤繁雄。彼はこの美術館について、アーティストの創造力を応援するという形で、新たな可能性に挑戦する美術館にしたいと語る。
美術館のロゴは、デジタルアートの鬼才・たかくらかずきが手掛けた動くロゴとなっており、リアルとデジタルが交差する象徴的なデザインになっている。
第一回企画展は「ヤノベケンジ 宇宙猫の秘密の島」
オープニング展として開催されるのは「ヤノベケンジ 宇宙猫の秘密の島」だ。ハイパーミュージアム飯能が「森全体を活かしたミュージアム」を目指す中、そのコンセプトを増幅させる創造力を持ったアーティストとして、後藤がヤノベケンジを指名したという。
《SHIP’S CAT(Ultra Muse/Red)》/ ヤノベケンジ
宮沢湖のほとりに立つ美術館の入り口には巨大な《SHIP’S CAT(Ultra Muse/Red)》がそびえ立つ。本展は、ヤノベによる人間に生命をもたらした宇宙猫の物語《BIG CAT BANG》の続編として、宇宙猫による「もう一つの美術史」をテーマに構成される。
現代美術作家・ヤノベケンジ
ヤノベケンジは、1990年代初頭から「現代社会におけるサヴァイヴァル」をテーマに、大型の機械彫刻を制作してきた現代美術作家。ユーモラスな形態の作品に社会的なメッセージを込め、国内外で高く評価されている。
ヤノベケンジ氏
2017年に発表した《SHIP’S CAT》シリーズでは、「旅の守り神」としての猫をモチーフにした彫刻作品を展開。2021年には大阪中之島美術館のシンボルとして《SHIP’S CAT(Muse)》が恒久設置された。
2024年には、GINZA SIXでの大型インスタレーション《BIG CAT BANG》や、岡本太郎記念館での個展「太郎と猫と太陽と」も大きな話題となった。
宮沢湖に「猫島」が出現!ボートで湖を渡る鑑賞体験
本展の目玉の一つが、宮沢湖に出現した「猫島」だ。ヤノベは制作にあたり「宮沢湖をじっと見ていると、巨大な猫が島の上に眠っている姿の幻影が浮かんできた」と語る。この作品では、来館者がボートを漕いで島に上陸し、鑑賞を楽しむことができる。
鑑賞者は足こぎボートで作品に向かう
湖畔から見ると、巨大な猫が寝そべる「猫島」。しかし、ボートでその裏に回ると、巨大な猫はテントのような建物になっている。内部には、宇宙猫をモチーフにしたバスタブやラグ、バスローブが置かれ、壁面には丸窓を取り込んだ壁画が描かれている。
猫島の作品内部
ヤノベは「絵画の起源」をテーマとする本作品の制作にあたり、人間の絵画の起源とされている「アルタミラ洞窟」の復元を視察。洞窟の凸凹を利用して描かれた様子などから作品のインスピレーションを得ていったという。
丸窓を覗くと、その中では宇宙猫たちが作品の制作に勤しむ。土偶からレオナルド・ダ・ヴィンチ、モンドリアン、デュシャン、岡本太郎などの作品のモチーフを取り入れた作品たちが生み出されていく様子が表現されている。宇宙猫たちによる、もうひとつの美術史をたどる作品だ。
島自体が、壮大なテーマとエンターテインメント性をもった、ひとつの大きな作品となっている。
「トらやん」から「宇宙猫」まで、ストーリー性を持った作品の変遷をたどる
巨大な立体作品が印象的なヤノベケンジの作品だが、そうした作品の背景には常に「物語」が存在している。
例えば、《BIG CAT BANG》は「生命の起源」に関する仮説のひとつである「パンスペルミア説」(地球上の生命は宇宙から飛来した微生物や有機物によって誕生したという説)をもとに、宇宙猫が地球に生命を運んできたという物語を描いたもの。そして、今回のテーマは「創造の起源」。宇宙猫たちを通して、芸術がどのように生まれ、発展してきたのか、その歴史を紐解くストーリーが展開される。
「ヤノベケンジ 宇宙猫の秘密の島」展示風景
ハイパーミュージアムの建物内では、こうした「宇宙猫」の作品群とともに、これらの作品に至るまでの過程を伺える、過去の代表作もあわせて展示されている。
ヤノベは1990年代、戦争や事故、災害などが相次ぐ「世紀末」の時代に、現代社会をいかに「サヴァイヴァル」するかをテーマに作品を制作してきた。しかし、2000年代に入ると、未来を生きる子どもたちのために「リヴァイヴァル(再生)」をテーマにした作品へとシフトしていく。本展では、その転換点となった2000年代以降の作品が展示されている。
例えば、2006年に発表された《青い森の映画館》は、伝説の白い象の上に堅牢な鉄の小屋が載せられた移動式の映画館だ。館内では、彼の創作したキャラクター「トらやん」の物語が上映され、たくさんのお菓子も用意されている。一見ファンタジックなデザインながら、実は「子どもたちを守るシェルター」としての機能を備えている。
《青い森の映画館》/ ヤノベケンジ
また、ヤノベが手がけた絵本「トらやんの大冒険」や「ラッキードラゴンのおはなし」の原画も展示される。絵本というフォーマットを通じても、ユーモラスな造形とともに、世界の問題と向き合いながら、子どもから大人まで楽しめる作品を生み出してきた。
「ラッキードラゴンのおはなし」原画 / ヤノベケンジ
「ラッキードラゴン」は、ビキニ環礁での水爆実験によって被ばくした「第五福竜丸」をモデルに、大洪水から身を守るための方舟として描かれた。そして、2009年に《ラッキードラゴン構想模型》として作品化され、そこには防護服を着た「トらやん」らが乗り込んでいる。今回の展覧会では、新たに宇宙猫もこの船に乗船している。
《ラッキードラゴン構想模型》/ ヤノベケンジ
こうした流れの先に、大航海時代の船乗り猫をモチーフとし、安全と幸運をもたらす「守護者」としての役割を担う「SHIP’S CAT」が誕生し、宇宙猫へとつながっていく。
さらに、生成AIを活用して制作された絵画や、ロボット掃除機に乗って会場内を動き回る宇宙猫、そして2025年夏には宇宙猫たちを実際に宇宙へ還す試みといった最新作まで一望できる。
《宇宙猫と芸術の起源(猫による隠された美術史)》/ ヤノベケンジ
過去の作品と現在、そして未来のプロジェクトが一つにつながることで、ヤノベケンジ作品の時間的・空間的スケールの大きさを実感する展覧会となっている。
デジタルとフィジカルの融合。親子で楽しめるプログラムも展開
ハイパーミュージアム飯能は、アーティストとともに「子どもと遊び」をテーマにしたワークショップを継続的に開催予定だ。第一弾として、ヤノベケンジによる「宇宙猫を探せ!!福笑いアートをつくろう」が実施される。
「宇宙猫を探せ!!福笑いアートをつくろう」
また、美術館のプロジェクト「メッツァアートプロジェクト2025」では「自然とデジタル」をテーマに、アートとテクノロジーを融合させた展示を行う。初回はアーティスト・児嶋啓多による《森へ行こう。草木虫魚のコトダマと遊ぼう》。都市空間にARで文字を描き出す作品を制作してきた児嶋。今回は自然に囲まれた空間で、草や木といった漢字を浮かび上がらせ、来場者のスマートフォンの中で楽しめる作品が展開される。ARを見つけるごとにキーワードをゲットでき、5つ集めると「ステッカー」がもらえる。
《森へ行こう。草木虫魚のコトダマと遊ぼう》/ 児嶋啓多
館長の後藤は「お父さん・お母さんと子どもが、一緒にアートに触れるきっかけを、アーティストと一緒に考え出していきたい」と語る。現代美術が持つ「問い」や「新たな価値」を、遊びや体験を通して伝える試みが今後も展開されていく予定だ。
ヤノベケンジ氏と後藤繁雄氏
ヤノベケンジは本展について、自身の35年の作家生活の中で「最大規模の最高傑作」と語った。壮大な物語と造形美、そしてユーモアが交差する「宇宙猫の秘密の島」は、美術館という枠を超えた体験型のアート空間として、体験者に新たな視点を提供しそうだ。
【オープニング特別企画展】ヤノベケンジ「宇宙猫の秘密の島」
会期:2025年3月1日(土)~8月31日(日)
開館時間:10:00~17:00(入館は閉館の30分前まで)
会場:ハイパーミュージアム飯能
住所:〒357-0001 埼玉県飯能市宮沢327−6
公式サイト
『宇宙猫の島』上陸探索ツアー
開催期間:2025年3月1日(土)~ 8月31日(日)の土日祝、大型連休(GW・夏休み期間等)
所要時間:約30分 ※ボート移動、上陸見学時間(約10分)を含む
開催時間:11:00~17:00(最終出航は16:30)
販売価格:1,500円 /人
※強風などの悪天候日は不催行
※その他、ボート乗船の利用規約に準じて運航
販売場所:ベネブオクラウス(ボートレンタル受付)
森へ行こう。草木虫魚のコトダマと遊ぼう
開催期間:2025年3月15日(土)~
開催時間:11:00~17:00
ステッカー引換場所:メッツァビレッジ インフォメーション
ステッカー引換時間:12:00〜17:00
▼現代美術作家 ヤノベケンジ – 社会の底が抜けた今の時代に“猫”をつくる理由
- Text / Photograph : ぷらいまり。
- Edit : Seiko Inomata(QUI)