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現代美術作家 ヤノベケンジ – 社会の底が抜けた今の時代に“猫”をつくる理由

Mar 19, 2025
SF映画のような巨大な彫刻、火や水を扱ったインスタレーションなど、独自の美術作品を生み出してきた現代美術作家 ヤノベケンジ。2025年3月に埼玉県にオープンした「ハイパーミュージアム飯能」では、オープニング企画展として個展「ヤノベケンジ 宇宙猫の秘密の島」を開催中だ。
1990年にデビューし、今年で作家活動35周年を迎えるヤノベの活動の中で、変わらないものと変化したもの、そして近年力を入れる“猫”をモチーフとした作品を制作する理由についてうかがった。

現代美術作家 ヤノベケンジ – 社会の底が抜けた今の時代に“猫”をつくる理由

Mar 19, 2025 - ART/DESIGN
SF映画のような巨大な彫刻、火や水を扱ったインスタレーションなど、独自の美術作品を生み出してきた現代美術作家 ヤノベケンジ。2025年3月に埼玉県にオープンした「ハイパーミュージアム飯能」では、オープニング企画展として個展「ヤノベケンジ 宇宙猫の秘密の島」を開催中だ。
1990年にデビューし、今年で作家活動35周年を迎えるヤノベの活動の中で、変わらないものと変化したもの、そして近年力を入れる“猫”をモチーフとした作品を制作する理由についてうかがった。

ヤノベケンジと猫の出会い

QUI:2025年3月にハイパーミュージアム飯能での個展「ヤノベケンジ 宇宙猫の秘密の島」が始まり、湖に浮かぶ「猫島」という大スケールの作品が公開されました。2024年にはGINZA SIXの吹き抜けのインスタレーション《BIG CAT BANG》や、岡本太郎記念館での個展「太郎と猫と太陽と」と、猫をモチーフとした大規模な展覧会が続いていますね。

ヤノベ:猫をモチーフにした作品が増えたから人気が出たのかなとも思うんですよ。僕のファンって言っている人のほとんどは、実は僕の作品のファンというよりも猫が好きなのかなとも思っていて(笑)猫のおかげで、皆さんに親しまれているっていうことかなと思います。

QUI:猫に着目したきっかけはどういったところからなのでしょうか?

ヤノベ:最初に《SHIP’S CAT》を作ったのは2017年です。でも、猫自体をモチーフにしたのはもっと前で、2008年にパパ・タラフマラという劇団の舞台装置の彫刻を制作した時ですね。「ガリバー&スウィフト~作家ジョナサン・スウィフトの猫・料理法~」という、猫が登場する演劇だったんです。だから最初は自分の発意で猫の作品を始めた訳ではないんですよ。

でもそこで、劇団主宰の小池博史さんと話していて、猫は「この世とあの世をつなぐ不思議な存在」と言われていると知ったんです。そこから、僕の作品の中でも「現実と異世界をつなぐキャラクター」として猫を登場させるようになり、2017年に《SHIP’S CAT》というシリーズが始まりました。

QUI:《SHIP’S CAT》は、大航海時代に猫が船の守り神として飼われていたというエピソードがもとになっているそうですね。

ヤノベ:そう。世界の旅行者と日本をつなぐというコンセプトのホテルに展示するパブリックアートの制作を依頼されて、そのエピソードや、猫は世界中で親しまれている動物だというところに着想を得て《SHIP’S CAT》のシリーズを始めたんですね。古代オリエント時代から航海していることがわかっており、人類発祥以来、猫が人間と共に旅をしてきたこと、日本にも船に乗って来たことが決め手となりました。その後、その猫自身がルーブル美術館をはじめ、展示のために実際に世界を旅していくような展開をしていったんです。

それで“世界”を旅してきた猫の次の展開として、舞台を“宇宙”規模に広げて「地球上の生命の起源は猫が宇宙から運んできた」という妄想ストーリーを展開したのが、GINZA SIXでの《BIG CAT BANG》です。

GINZA SIX《BIG CAT BANG》Photo by Yasuyuki Takaki

QUI:猫は、さまざまな世界をつなぐ存在としての役割を持っているんですね。

ヤノベ:きっかけはそうですね。でも、面白いのは僕が考えたそんな妄想ストーリーを、鑑賞者が自分の体験に重ねて解釈してくれること。例えば「うちの猫も宇宙猫の生き残りかもしれない」とか(笑)

やっぱり美術っていうのは、鑑賞者がイマジネーションを自分の中で広げて行くっていうのが一番の醍醐味というか、重要な機能かなと思っていて。猫がその役割を果たしてくれるっていう面白さは僕も改めて感じています。だから、なぜ猫か?と聞かれても曖昧にしている部分はありますね。

映画とサブカルチャーから生まれた「物語」を持つ彫刻作品

QUI:「宇宙猫の秘密の島」も《BIG CAT BANG》も、ヤノベさんの作品は、まず物語があって、そこから彫刻が生まれるというスタイルが一貫しています。ヤノベさんは1990年の《タンキング・マシーン》でデビューして、今年で作家活動35周年になりますが、ストーリーを軸にした制作スタイルというのは、どのようにして生まれたのでしょうか?

ヤノベ:これは出自の問題で、僕は1965年生まれで、サブカルチャーに浸りながら育ってきたところがあるんですね。漫画とかアニメとか映画とかゲームとか、そういうものに育てられてきたから、やはり物語が重要なんです。

僕自身、現代美術家になるという強い意志で美術大学に入ったんじゃなくて、本当は映画を作る側になりたかった。映画の小道具を作る技術とかを学ぶために彫刻科に入ったと言っても過言ではないんです。

作家名をカタカナで「ヤノベケンジ」としたのも、仮想の「ヤノベケンジ」というキャラクターが、人生の映画を撮るように作品を作っていくイメージから。でも、その舞台となっているのは、架空の世界ではなく現実の世界。だから、チョルノービリだとか万博とか、いろんな現実世界の問題が反映されて、その中で登場人物のように作品が出てくる。

QUI:それでも映画の道に進まず、美術の道を選んだのはなぜなのでしょうか?

ヤノベ:僕が一番衝撃を受けたのは、中学生の時に公開されたスターウォーズで、こういうものを作りたいという思いが強かった。だから映画について相当研究したけれど、その上で当時の日本では、ハリウッド映画のような本格的な映画が撮れないと気づいたんですね。それに、映画はたくさんの人と作り上げなければいけないし、興業収入を設定して回収できるものしか撮れない。でも、自分は工作技術も持っているし、物語を作るのも好き。じゃあ誰にも忖度せずに自由に自分で物語も作品も作っていったらいいんじゃないかと。漫画家に近い感覚かもしれませんね。

僕は自分がやりたかった映画の世界に入りきれなかった。でも美術というのはもっと自由な場所なのだとしたら、自分はどこにも属さずに今までなかった表現を美術の世界でやっていこうって思ったのが1990年代頃。そして、90年代にサブカルチャーをアートに取り入れるということを僕らの世代が始めた。

僕はそこから物語というものを取り入れながら作品を展開していったので、やはりストーリーというのはすごく重要で、それなくしては表現にはつながらないと思っています。

“警告”から“ポジティブな未来の創造”へ

QUI:ヤノベさんは35年間、こうした面で一貫した作風を続けていらっしゃいますが、一方で時代に応じた変化もあると思います。例えば、近年は猫の作品をはじめ、作品の見た目はより親しみやすくなっているようにも感じます。そうした作風の変化のきっかけはありましたか?

ヤノベ:それはやっぱり時代ですよね。僕が作家活動を始めて「サヴァイヴァル」というテーマで作品をつくっていた1990年当時、日本はある種、平和な状態だったと思うんですよ。平和な時代にはメッセージ性が強い毒のある作品を作ってきたけれど、今はもう現実の方があまりにも破綻してる。

いつ戦争が起こってもおかしくない、情報が本当か嘘かも分からない。そんな時代に、以前のように毒気のあるメッセージみたいなものを発するだけでいいのか、っていう思いがあって。もっと俯瞰をしながら、ポジティブな未来を創造する表現の仕組みは何かと考えて、今は猫っていうモチーフによってどう表現できるかを試行錯誤しているという感じですね。

QUI:フィクションとして表現していた「警告」が、今はもはや現実になってしまった、ということでしょうか?

ヤノベ:僕は1990年に《タンキング・マシーン》という作品でデビューして、それから《イエロー・スーツ》や《サヴァイヴァル・システム・トレイン》など、生き残るための機能を備えた彫刻作品の「サヴァイヴァル」シリーズを始めました。

そして、最初のテーマの変化は1995年なんです。その年に起こったのが「地下鉄サリン事件」と「阪神・淡路大震災」。サリン事件っていうのは、サブカルチャーの同世代の人が人を殺めたという事件。それから、実際にサヴァイヴァルが必要な阪神・淡路大震災が起こったことをきっかけに、作品のテーマを見直し、より現実の世界に目を向けてチョルノービリに行ったりしました。

それから、1999年にノストラダムスの大予言で世界は滅びず、新しい時代が来るときに、2001年に《スタンダ》という立ち上がる人形をつくって、そこから「リヴァイヴァル(再生)」へとテーマが変わっているんですよ。その後、《トらやん》っていうキャラクターも登場して、自分が語るよりも人形に語らせるっていう、より複雑な構成を持ったシリーズが始まって。

QUI:今回のハイパーミュージアム飯能での個展「ヤノベケンジ 宇宙猫の秘密の島」では、新作とあわせ、この時代からの作品が展示されていますね。

ハイパーミュージアム飯能 展示風景  Photo by ぷらいまり。

ヤノベ:その後、2010年に元水力発電所を改築した美術館で、放射線を感知してガイガー・カウンターの数値がカウントダウンしていって、放水・落水による「大洪水」が起こるというインスタレーションを展開したり、福島県立美術館で《ラッキー・ドラゴン》という、第五福龍丸をモチーフにした作品を制作したりしたけれど、それは2011年に起こることを、多少予言したようなものになった。それに対して、絶望的な気持ちになって、2011年に《サン・チャイルド》という作品が生まれる。

それぞれの時代で作品のメッセージには細かい変化があった中で、格闘はしてきたんだけれど、最近は世の中の底が抜けてしまった感じがしていて。今、その無力な警告をしていくよりも、もっと俯瞰した視点を持ったり、あるいは人の心を徹底的に癒すといったことをしなければ、もう自分の役割なんてないんじゃないかと思った。

今は思いっきり猫にシフトしているんだけれど、でもそこにはやっぱりさまざまなメッセージは入れていますね。


35年にわたるヤノベケンジの創作活動は、一貫して「物語」を持ち続けている一方、そのテーマは時代とともに変化し続けている。破滅の警告から、未来への希望へ。そして、今は猫をモチーフにその表現が試みられている。

今年開催される「瀬戸内国際芸術祭2025」では、《SHIP’S CAT》が初めて船に乗る作品も展開され、新たな旅を始めるという。社会の移り変わりとともに変化していくヤノベケンジの物語からは今後も目が離せない。

ヤノベケンジ
現代美術作家。1990年代初頭より、「現代社会におけるサヴァイヴァル」をテーマに機能性を持つ大型機械彫刻を制作。ユーモラスな形態に社会的メッセージを込めた作品群は国内外から評価が高い。2017年、「船乗り猫」をモチーフにした、旅の守り神「SHIP’S CAT」シリーズを制作開始。2022年に開館した大阪中之島美術館のシンボルとして「SHIP’S CAT(Muse)」(2021)が恒久設置される。2024年4月から展示が始まったGINZA SIXでの大型展示「BIG CAT BANG」は大きな話題を呼んでいる。
Instagram:@kenji_yanobe

【オープニング特別企画展】ヤノベケンジ「宇宙猫の秘密の島」
会期:2025年3月1日(土)~8月31日(日)
開館時間:10:00~17:00(入館は閉館の30分前まで)
会場:ハイパーミュージアム飯能
住所:〒357-0001 埼玉県飯能市宮沢327−6
公式サイト

▼ハイパーミュージアム飯能「ヤノベケンジ 宇宙猫の秘密の島」レポート

ART/DESIGN
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Mar 07, 2025
  • Text : ぷらいまり。
  • Photograph : Kengo Yamaguchi
  • Edit : Seiko Inomata(QUI)

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