NEW GENERATIONS vol.21 - Asuka Irie|Artist
現在、大規模個展「入江明日香展 2026―月影とまどろみ」が大阪髙島屋で開催されている。初期作品から最新作まで約60点が並ぶ本展について、展覧会に込めた思いや、現在の表現が生まれるまでの過程について話を聞いた。
(《La Volière de la Lune(月の鳥籠)》2025年 ミクストメディア 90×70cm 個人蔵)
1980年 東京都に生まれる。
2004年 多摩美術大学大学院博士前期課程美術研究科版画領域修了。
2006年 平成17年文化庁新進芸術家国内研修員修了。
2012~13年 平成24年度文化庁新進芸術家海外研修員としてフランスに滞在。
京都版画トリエンナーレ大賞をはじめ、多くの賞を受賞。
これまでに美術館や画廊で個展・グループ展を数多く開催している。
入江明日香は、銅版画をコラージュとして再構築する独自の絵画技法で高い評価を受け、いま注目を集めるアーティストの一人だ。現在と過去、東洋と西洋、現実と虚像——相反する時間や文化、感覚が静かに交錯するその作品には、絵の前に立つ自分自身までも画面の内側へ溶け込んでいくような、不思議な引力がある。
黒を極めた先に見つけた色彩
― 銅版画を表現手法として選んだ理由を教えてください。
高校までは油絵を描いていました。大学受験の際、油絵学科の滑り止めとして版画学科も受験したのですが、結果的に版画学科のみに合格したことがきっかけで進学を決めました。当時、版画といえば年賀状などで使われるゴム版画や木版画くらいのイメージしかなかったのですが、入学後に銅版画やリトグラフなど、さまざまな版画技法を学ぶようになりました。
― 実際に版画を始めてみて、どのような魅力を感じましたか。
大学1年生のときに木版、銅版、リトグラフ、シルクスクリーンの4種類を学びました。その中でも、銅版画特有の「漆黒の黒」の深さに強く惹かれたんです。2年生からは、その黒を極めたいと思い、単色での制作に専念していました。
― 現在の色彩豊かな作品とは、かなり印象が異なりますね。
制作を続けていく中で、3年生の頃に「この作家さんは超えられないな……」と感じたこともあり、黒だけで表現を続けていくことに限界を感じるようになりました。また、もともと油絵ではさまざまな色を使っていたこともあり、色彩が制限される環境が、精神的にも肉体的にもあまり良くない方向へ影響していた時期でもありました。
そんなときに大学の助手の方へ相談したところ、銅版画にもカラーインクがあることを知ったんです。それ以降、油絵を描いていた頃のように多彩な色を取り入れるようになりました。その変化によって、テーマやモチーフも少しずつ変わり始め、不思議と体調も回復して、再び制作を楽しめるようになったんです。
― 現在のような、版画をコラージュする手法へ発展したきっかけを教えてください。
コラージュの手法は、大学院時代から始めました。版画を刷る工程では多くの失敗作が生まれるのですが、その中にも部分的にはとてもきれいに刷れている箇所があって、「これを何かに使えないかな」と取っておいたことがきっかけです。
最初は、校内にあったパネルへその紙片を貼り付け、その上から絵具やクレヨン、墨で描き加えていました。その制作方法に、新しさや面白さを感じたんです。
版画を切って貼るコラージュと、直接描写を重ねるミクストメディアの技法は、そうした偶発的な発見から発展していきました。また、「誰もやっていないことをやりたい」という思いも、その表現を後押ししていたと思います。
― コラージュ作品でありながら、一見すると一枚の紙に描かれているようにも見えます。
一枚の絵画として見える作品にしたかったので、貼り合わせた部分が目立たないような薄い和紙を求めて、約10年間にわたり国内外を巡りながら紙を探していました。
最終的には、岐阜県美濃市の和紙職人の方に、自身で指定した厚さの和紙を特注するようになりました。現在使用している和紙は、完成までに2年待ちとなっています。
浮世絵とアール・ヌーヴォーから受けた影響
― 作品に登場する様々なモチーフもとても魅力的ですが、モデルはいるのでしょうか。
初期の頃は、身近な人や、以前やっていた造形教室に通う子どもたち、パリ留学中に出会った人たちにお願いして写真を撮らせてもらい、モデルにしていました。最近は、自身のイメージから人物像を描くことも増えています。人物表現においては、中性的な存在をイメージしながら、ポーズをとらせた上で鎧や装飾を少しずつ重ねていくように描いています。
動物については、猛禽類や猛獣類のように、柔らかそうな毛並みを持ちながら、爪や嘴は鋭い。そうしたギャップのある生き物に惹かれます。特に猫は、以前飼っていたこともあり、たびたび作品に登場しています。
― 透明感のある色彩も印象的です。
よく「透明感のある色彩ですね」と言っていただくのですが、自分ではあまりピンときていなくて。笑
ただ、色彩については浮世絵の色使いから影響を受けています。強い色を使いながらも、鑑賞する方が視覚的に疲れないよう、あえて色を抜く部分をつくったり、淡い色を重ねたりすることは意識しています。
もともと日本古来の淡い色彩が好きなので、そうした色合いはよく使っています。また、「この色の隣にはこの色を置く」といった感覚的な部分でも、自分なりの色の配置やバランスを大切にしています。
― 構図面では、どのような影響がありますか。
2012年にパリへ留学したことをきっかけに、建築デッサンや設計図面から影響を受けるようになりました。特に、アール・ヌーヴォーの建築家であるエクトール・ギマールやエミール・ガレ、アントニ・ガウディのような、植物的で生命感のある有機的な曲線に惹かれており、実際に建築家が描いた住宅の1階平面図を背景として取り入れている作品を制作したこともあります。
境界の曖昧な時間を描く「月影とまどろみ」
― 今回の展覧会「月影とまどろみ」というタイトルには、どのような意味が込められているのでしょうか。
月明かりと影が溶け合うような、境界が曖昧な時間を表現しています。はっきり見えるものと、輪郭の曖昧なものとが共存している状態ですね。例えば、大きな屏風作品では、夢の中で人物や動物たちが出会っているようなイメージを重ねています。
― 新作《夢幻対峙之図》や《黒雲妖炎龍図》について教えてください。
新作の屏風作品である《夢幻対峙之図》と《黒雲妖炎龍図》は、ある企画会社の社長からの提案をきっかけに制作が始まりました。最初に龍の屏風を提案いただき、そこから対になる虎の屏風も制作することにしました。
この2作品を完成させるまでには、合計で6年ほどを要していて、私の作品の中でも最も長い制作期間となりました。その間も、並行して4〜5点ほどの作品制作を進めていました。
― 初期作から最新作まで並ぶ今回の展示を振り返って、ご自身ではどのような変化を感じましたか。
今回の展覧会では約60点を展示していますが、20数年の制作を振り返ると、油絵から版画へ移行したことや、単色からカラーへ変化したことなど、色彩やモチーフ、テーマ、制作姿勢まで、本当にさまざまな変化がありました。
また、毎年新しいテーマや素材を取り入れながら、作品が変化し続けるよう挑戦しています。最近では、建築家の制作図面など、より複雑な要素も取り入れるようになりました。
― 逆に、昔から変わらない部分や気づきはありましたか。
一貫して変わらない部分もあります。それは、画面の中に「あえて描かない空間」を残すことです。情報量を詰め込みすぎず、鑑賞者が息苦しくならないような余白を意識しています。
― 最後に、来場者へメッセージをお願いします。
大阪での展覧会では、これまで作品を見てくださっていた方にも、初めてご覧になる方にも、20数年にわたる作品の歴史と世界観を楽しんでいただける内容になっていると思います。
さまざまな発見をしながら、純粋に絵を見る時間を楽しんでいただき、心に残る展覧会になれば嬉しいです。
開催情報
展覧会名:入江明日香展 2026―月影とまどろみ
会期:2026年5月14日(木)~5月29日(金)
会場:大阪髙島屋 7階グランドホール
住所:〒542-0076 大阪府大阪市中央区難波5丁目1-5
開館時間:10:00~18:30(19:00閉場、最終日は16:30まで/17:00閉場)
観覧料:
特典付き入場券(一般のみ)1,500円、一般1,200円、大学・高校生1,000円、中学生以下無料
主催:入江明日香展実行委員会
協力:丸沼芸術の森
ウェブサイト:https://www.takashimaya.co.jp/store/special/irieasuka_exhibition/index.html
- Edit&Text : Seiko Inomata(QUI)








