QUI

ART/DESIGN

アーティスト 藍嘉比沙耶 – 90年代アニメーションの冷静な観察と衝動とのあいだに生まれる絵画

Jun 19, 2025
藍嘉比沙耶(あおかび・さや)は、日本の商業アニメーションが隆盛を極めた1990年代前後に登場したキャラクター造形に着目し、その美学的・文化的文脈を参照しながら平面作品を制作しているアーティストだ。
現在、渋谷PARCO 4F「PARCO MUSEUM TOKYO」で開催中の個展「ミル・クレープ2」で、彼女に制作プロセスと、制作の動機についてきいた。

アーティスト 藍嘉比沙耶 – 90年代アニメーションの冷静な観察と衝動とのあいだに生まれる絵画

Jun 19, 2025 - ART/DESIGN
藍嘉比沙耶(あおかび・さや)は、日本の商業アニメーションが隆盛を極めた1990年代前後に登場したキャラクター造形に着目し、その美学的・文化的文脈を参照しながら平面作品を制作しているアーティストだ。
現在、渋谷PARCO 4F「PARCO MUSEUM TOKYO」で開催中の個展「ミル・クレープ2」で、彼女に制作プロセスと、制作の動機についてきいた。

1990年代アニメーションとの出会いとその魅力

「ミル・クレープ2」と題する本展。2021年にギャラリー「HENKYO」で開催した、異なる技法/コンセプトによる4つの作品シリーズを集めた「ミル・クレープ」展の第二弾となる展覧会で、計16点の新作で構成される。形にフォーカスした「form」、作品の制作過程を表現した「process」、描いては写してを繰り返して制作する「ぺったん」、滲みの技法を使った「アウトライン」と、一貫して1990年代のアニメ風のキャラクターをモチーフにしながら、多様な技法で表現を行っている。

会場に入ると大きなキャンバスの作品が並ぶ。そのサイズや、鉛筆のラインや丁寧に塗り重ねられた絵の具の質感など、スマートフォンの画面越しに観るのとは違った印象だ。

©️Aokabi Saya

QUI:今回のキービジュアルになっている作品ですが、とても大きいですね!

藍嘉比:F100号サイズのキャンバスに描いています。これらは「form」という、「形」にフォーカスしたシリーズです。私は1997年生まれなんですが、生まれた時代の前後の日本のアニメーション作品を参考に絵を描いています。

QUI:1990年代のアニメーション作品の、どのようなところに惹かれたのでしょうか?

藍嘉比:「形」がとても特殊なんですよ。例えば、ハイライトのギザギザした形だったり、髪の形状だったり。90年代のアニメという平面作品の中に登場した「形」は、一見、飛躍しているようにも見えるんですが、手塚治虫さんからはじまって、多くの漫画家やアニメーターの方が手掛けてきた日本の漫画やアニメの絵の文脈の上に成り立っていると思います。そうした中で登場した、その特徴的な表現に惹かれました。

©️Aokabi Saya

QUI:私は90年代に子供時代を過ごしたんですが、その時代のアニメーションをそこまで特徴的だとは考えたことがなかったので驚きました。でも、なんだかその造形に懐かしさを感じてしまうのは、まさにその「特徴的な形」を捉えているからなんですね。

藍嘉比:90年代は、描き手側も「驚くような形を描いてみよう!」と試みていたんじゃないかと思うような、激しい形のラインや線の硬さが見られるんです。私はそういった部分をとても魅力的に感じています。

QUI:自分が生まれる前後の時代のアニメーション作品とは、どうやって出会ったのでしょうか?

藍嘉比:幼い頃からビデオで見ていたんです。60年代とかのアニメも見たりして、すごく思い出に残っています。そうしたアニメから離れていた時期もありましたが、2012年に「新世紀エヴァンゲリオン」の貞本義行さんの画集を観る機会があって、その時、すごくその絵に惹かれました。もしかしたら、幼い頃のそうした記憶と繋がったのかもしれません。
貞本さんの絵も年代によって変化しますが、私はこの1990年代の絵が特に好きで、その年代の作品をネットなどで探していく中で、同じ時代の他のアニメーションにも惹かれていきました。

「モチーフ」としてのキャラクターから独自の表現へ

藍嘉比:こちらは「process」シリーズで、3段階に区切って自分の絵を描く順番を表現した作品です。まず、自分で描いた絵をプロジェクターで投影してキャンバスに鉛筆でなぞって線を描いていきます。それから黒い輪郭線を描いて、最後に色面を塗るという手順で制作しています。
私は人の絵を観るときに、どういった下描きをしてるのかや、どういう順番で描いてるのか、絵の具はどちらが上に乗ってるのか…といった過程がとても気になるんです。だから、それを自分の絵で開示することで、みる側も面白く観たり、絵を理解したりするひとつの手段になるんじゃないかと考えて制作しました。

©️Aokabi Saya

QUI:先ほどの「form」もそうですが、アニメのキャラクターや他の方の作品も本当によく観察されているんですね。

藍嘉比:私はアニメのキャラクターを「人物」として愛しているというよりも、「形」や「モチーフ」として魅力的に感じている部分が大きくて、そういった構造のような部分が気になってしまうのかもしれません。他の作家さんと話していた時、人と比べてキャラクター自体への思い入れのようなものが薄いんだなと思ったことがあります。私は「モチーフ」として接している感じですね。

©️Aokabi Saya

QUI:アニメーション作品をみる時って、一般的には人物やストーリーにフォーカスしてしまうので、意外に感じました。そういえば、作品にしている90年代のアニメとは別に、ご自身の子どもの頃に放送していたアニメもご覧になることはありますか?

藍嘉比:もちろん世代のアニメも観ますが、それは「絵」として観るというよりも、普通に「アニメの作品」として楽しんでいますね。

QUI:なるほど、アニメーション作品をストーリーとして楽しむのと、造形を楽しむのとは、また別の感覚なんですね。

絵の具や絵筆の「偶然性」とともに生み出す作品

藍嘉比:これは「ぺったん」というシリーズで、2枚で1組の作品です。まず、下地処理を施したツルツルしたキャンバスの方に絵の具で描いて、そこに、下地処理を施していないにじみやすいキャンバスを重ねて圧をかけて、まさに「ぺったん」といった感じで写し取っています。一組のうち、ひとつは描いているけれど、もうひとつは自分の手では全く描いてないのが特徴ですね。

©️Aokabi Saya

「アウトライン」シリーズは、さきほどの「ぺったん」の写し取る方と同じ、下地処理を施していないキャンバスに描いた作品です。鉛筆で下描きをした後に、キャンバスに霧吹きでびしゃびしゃになるくらい水をかけて、そこに絵の具を置くと、水で自然に絵の具が広がっていくんです。

©️Aokabi Saya

QUI:描くときには決まった描き方や順番があるんでしょうか?

藍嘉比:特に決まりはなくて、作品によって変わります。例えば、「アウトライン」シリーズの20250416という作品は、キャンバスを水で濡らした後、最初に目を描いて、最後に左側の髪の部分を描いたんです。そうすると、最後に描いた部分から最初に描いた部分に向かって水が動いていくんですが、その様子が見えます。

QUI:確かに同じシリーズの絵でも、作品ごとに、そして同じ作品の中のパーツごとに、全然違った滲み方になっているんですね。

藍嘉比:絵の具の広がり方は、自分では支配しきれないんですよね。その流動性や偶然性がとても楽しいというか… 「自分」という媒体を通して、キャンバスに置かれた絵の具が作品を作り、その工程を経て絵が作品として立ち上がってくるような感覚があります。

©️Aokabi Saya

QUI:ご自身で緻密に制御している部分と、制御できない絵の具の偶然性とのバランスのなかで成り立っている作品なんですね。

藍嘉比:全ての作品に言えますが、自分の意思が届かない部分や、絵の具や筆があるからこそ出てくる表現みたいものがあって。100%自分の思い通りにいかない部分があるところや、素材と向き合う事が作品として成り立っていくのに重要だと思っています。

例えば、iPadで描いただけだと、自分の作品が「作品」として完成した感じがしないんです。何度も直せるし自分の思い通りにいきやすくて、画面が小さいから線も硬くなってしまったり。一方で、絵の具や筆を使うとそれぞれの特性が入ってきて、私よりも、絵の具やキャンバスの方が作品のメインになっていくんです。キャンバスにiPad上で完成させた絵をもう一度キャンバスに描く過程の中で、作品として完成するように思います。

QUI:最後に、藍嘉比さんの制作のモチベーションはどういったところにありますか?

藍嘉比:やっぱり衝動的な部分が大きいです。私は、絵が好きで0歳からずっと描いていますが、人に見せるよりも、自分のために描いてきた部分が大きいと思っています。今回のようにPARCOで個展をやらせていただいたりするのはもちろんとても光栄ですが、やっぱり「自分が見たいものを描きたい」っていう気持ちが強いですね。

©️Aokabi Saya

藍嘉比沙耶の作品は、90年代のアニメーションに宿る“形”の徹底的な観察からはじまり、その綿密な校正と、素材のもつ偶然性とのバランスによって、今の時代の感覚を取り込んだオリジナルの絵画として立ち上がっていく。手作業にこだわって仕上げられ、デジタルの画面越しでは伝わりきらないその作品の魅力をぜひ会場で体験して欲しい。

藍嘉比沙耶
1997年生まれ。自身の生まれた前後に日本で制作されたアニメーションに登場するキャラクターを主に参考にし、 それらの形態を彷彿とさせる図像を用いて絵画を制作。藍嘉比のインスピレーションは、日本における価値観や文化の普及において、イラストによるストーリーテリングが果たす大きな役割を反映している。
Instagram:@aokabisaya

藍嘉比沙耶『ミル・クレープ2』
会期:2025年6月13日(金)~6月30日(月)
会場:PARCO MUSEUM TOKYO(渋谷PARCO 4F
営業時間:11:00〜21:00(入場は閉場の30分前まで/最終日は18時閉場)
入場料:無料
公式サイトはこちら

  • Text : ぷらいまり。
  • Edit : Seiko Inomata(QUI)

NEW ARRIVALS

Recommend