金沢の土、湿度、空気 ── エレノア・ヘルボッシュが「YAMADART」で描いた風土
今回訪れたのは、ベルギーを拠点に活動するアーティスト、Eleanor Herbosch(エレノア・ヘルボッシュ)による展示『Quiet Matter - 佇むもの -』。彼女も実際に山中温泉へ滞在し、現地の土や石、金沢の自然物を採集しながら制作を行った。



エレノア・ヘルボッシュの絵画は、土、墨、石といった自然素材によって構成されている。滲みや掠れ、粒子の引っかかり、乾燥の痕跡が幾重にも重なり、キャンバスには苔や岩肌、湿った地層を思わせる質感が広がっていた。
特に今回、山中温泉で制作された作品には、石川県の土や滝ヶ原石を砕いた粒子が実際に混ぜ込まれている。同じ空間に展示されていたアントワープ制作の作品と見比べると、土地による素材の違いがはっきり現れていた。
作品は、天候によっても表情を変える。彼女によれば、雨の日に制作した作品は背景の層がより厚く残るという。湿度が高いことで乾燥が遅れ、土や顔料の痕跡が留まり続けるからだ。
彼女は制作について、「どこから始めて、どこで終えるかは決めている」と語っていた。しかし一方で、墨がどのように流れ、どこで滲み、どこで止まるかまでは決め込まない。


そうした“制御しきらない”感覚は、展示方法にまで及んでいた。
彼女の作品には、いわゆる固定された「天地」が存在しない。「墨の流れが、重力に反する向きでは展示しない」と彼女は語るが、それ以外は縦でも横でも成立する。完成された構図を固定するというより、素材が辿った運動そのものを留めようとしているようだった。
ただし、エレノア・ヘルボッシュの作品は、単純に偶然性へ身を委ねるだけのものではない。
彼女が繰り返し語っていたのは、「瞬間を留めたい」という感覚だった。散歩の途中で感じた湿った空気。山に漂う匂い。川の流れを見た記憶。自然の中で身体が受け取った感覚を、作品のなかへ痕跡として刻み込みたいという。


山中温泉での滞在制作についても、彼女は「自然に囲まれた環境が、自分のアントワープでの生活とどこか似ていた」と話していた。朝の散歩で拾った枝や葉、日々見ていた風景の感覚が、そのまま作品へ入り込んでいるのだという。
だから彼女の作品には、「自然を描写する」という感覚がほとんどない。むしろそこにあるのは、土地と身体が接触した痕跡に近い。
その感覚は、彼女が影響を受けたという白髪一雄のアクション・ペインティングともどこか重なって見える。白髪は、頭で構図を組み立てるのではなく、身体から湧き上がる衝動そのものをぶつけるように描いた作家だった。そこでは、身体の運動を完全に制御することはできない。だからこそ、その瞬間にしか生まれない痕跡や揺らぎが現れる。


エレノア・ヘルボッシュが惹かれたのも、そうした「制御しきれないものを受け入れる感覚」だったのではないだろうか。
だから彼女は、自分の身体を土地へ開きながら、その環境の変化や揺らぎごと作品へ取り込んでいるのだろう。
その姿勢は、彼女が語っていた自然観にも通じている。
「西洋では、苔は管理されていないものとして取り除かれる。でも日本では、自然の一部として受け入れられている」。エレノア・ヘルボッシュは、日本と西洋の自然観の違いを、自然との距離感として捉えているようだった。


自然を制御するのではなく、変化や揺らぎを受け入れること。
エレノア・ヘルボッシュの作品には、自然を支配しようとする気配はない。むしろ、自分の身体をその環境へ開きながらも、その瞬間だけに立ち上がる表情を留めようとする。
制御できないものへ惹かれながら、それでも作品として定着させるという両義性が、彼女の作品に静けさと同時に、不安定な気配を宿らせるのだろう。


Eleanor Herbosch「Quiet Matter - 佇むもの -」
会期:2026年5月1日(金)〜6月21日(日)
会場:YAMADART(石川県金沢市香林坊2丁目12-35)
Eleanor Herbosch プロフィール
Eleanor Herbosch(エレノア・ヘルボッシュ)は、1999年イギリス生まれ、ベルギーを拠点に活動するマルチディシプリナリー・アーティスト。
ロンドンのセントラル・セント・マーチンズでセラミックデザインを学んだのち、アントワープに制作拠点を構える。陶芸と絵画を横断しながら、土をはじめとする自然素材を用いたテクスチャー豊かな作品を制作している。
彼女の作品は、素材へ手を加える行為と物質性との対話から生まれる。儀式性や触覚性への関心から、土を乾燥・粉砕して顔料状にし、墨と混ぜ合わせるなど、独自の手法を展開している。
19歳で初個展を開催して以降、国際的にも注目を集めている。

主な実績
Aman New York 収蔵(2021年)/「Timeless Encounters. Etruscan and Contemporary Art」選出(グアルナッチ・エトルリア博物館)/ Zara Home グローバルキャンペーン作品起用(2020年)
YAMADARTについて
YAMADARTは、六代にわたり運営されてきた旅館「花紫」の思想的背景を継承しながら、ストリートカルチャー、工芸、文化的文脈を横断する現代アートを紹介するギャラリー。
加賀地方の温泉エリアでは、古くから文人墨客が逗留し、制作を行う文化が存在していた。現代でいうアーティスト・イン・レジデンスのような取り組みが、100年以上にわたって育まれてきたという。
YAMADARTでは、そうした温泉文化と創造を接続させる滞在制作を実施。混ざり、進化し、変容する現代の創造性に触れる“窓”として、そして温泉文化という“源”を通じて文化的往来を生み出す場を目指している。
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- Text & Edit : Yusuke Soejia(QUI)