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ART/DESIGN

「作らないこと」で現代に問いかけるもの – 美術家・李禹煥

Aug 27, 2026
1960年代末から本格的に制作を始め、戦後の日本美術における重要な動向「もの派」を、作品と理論の両面から牽引してきた美術家・李禹煥(リ・ウファン)。その個展「李禹煥:Work on Paper / Sculpture」が、東京・谷中のSCAI THE BATHHOUSEで開催されている。

イタリア、アメリカ、フランスの3都市で開催される展覧会と同時期に行われる本展は、同ギャラリーでは4年ぶりの個展となる。李禹煥へのインタビューを通して、その言葉を手がかりに、展示された作品と空間に込められた思考を紐解いていく。

「作らないこと」で現代に問いかけるもの – 美術家・李禹煥

Aug 27, 2026 - ART/DESIGN
1960年代末から本格的に制作を始め、戦後の日本美術における重要な動向「もの派」を、作品と理論の両面から牽引してきた美術家・李禹煥(リ・ウファン)。その個展「李禹煥:Work on Paper / Sculpture」が、東京・谷中のSCAI THE BATHHOUSEで開催されている。

イタリア、アメリカ、フランスの3都市で開催される展覧会と同時期に行われる本展は、同ギャラリーでは4年ぶりの個展となる。李禹煥へのインタビューを通して、その言葉を手がかりに、展示された作品と空間に込められた思考を紐解いていく。

ドローイングは「平面的な彫刻」、素材と行為から生まれる2種類の作品

今回展示されるのは、1970年代から2026年の最新作までのドローイングと彫刻作品だ。これらは、本展にあわせて李禹煥自身が選定したものだという。

展示空間に入ると、まず目に飛び込んでくるのは、ギャラリー中央に置かれた3点の大型彫刻。そして、その周囲を囲むように、壁面には8点のドローイングが展示されている。石や鉄を空間に配置した重厚な「彫刻」と、紙の上に線を描く軽やかな「ドローイング」。一見すると、大きく異なる二つの表現のようにも感じられる。

「李禹煥:Work on Paper / Sculpture」展示風景

—今回の展示では、「ドローイング」と「彫刻」の作品が展示されています。一見すると異なる二つの表現ですが、李さんの中ではどのようにつながっているのでしょうか。

李禹煥(以下、李):元来、ドローイングと彫刻は別物です。しかし、アーティストの中では深くつながっています。ドローイングにもいろいろありますが、私の場合、それは手の行為によるもっともみずみずしく原初的な表現です。紙や布といった「素材」と「行為」とがもろにぶつかり、ある出来事の場面がもよおされます。

つまり、ドローイングは「平面的な彫刻」といって良いものです。彫刻は通常、素材を立体的な表現に仕立てるものですが、私は、まるでドローイングをするような手探りの感覚で彫刻を制作しています。

「李禹煥:Work on Paper / Sculpture」展示風景

ドローイングは「平面的な彫刻」であるという言葉を聞いてから改めて会場を見渡すと、ドローイングにも彫刻にも、素材と作家の行為が出会うことで生まれた線と形が見え、両者のつながりが感じられてくる。

石と鉄のあいだに生まれる、自然と産業社会の「対話」

今回展示されている3点の彫刻は、いずれも自然石と金属を組み合わせた《関係項》という作品だ。しかし、石と金属の関係のあり方は、それぞれ異なる。

李禹煥 《関係項》1975/2015年

最も古い1975年制作の《関係項》(2015年再制作)では、黒い自然石とつながるように細い鉄棒が伸び、その先端が壁に掛けられた白いキャンバスに触れている。石、鉄、キャンバスという異なる素材が、一点ずつ接触しながらつながっていくようだ。

李禹煥 《関係項》2018年

2018年の《関係項》では、1.2tもの重さの大きな自然石と鉄板が、わずかな距離を置いて向かい合っている。石に面した鉄板の一辺は、わずかに変形している。互いに触れてはいないにもかかわらず、石と鉄板のあいだに目には見えない力が働いているかのようだ。

李禹煥 《関係項》2018年

もう一つの2018年の《関係項》では、二つのグレーの自然石と2本の長いステンレス棒が組み合わされている。硬く直線的な工業素材であるはずのステンレスは緩やかな曲線を描き、石と接することでたわんでいるようにも見えてくる。

いずれも静止した彫刻作品だが、石と金属のあいだには、目に見えない力が働いているような緊張感も感じられる。なぜ李禹煥は、こうした石と鉄を作品に組み合わせてきたのだろうか。

—今回の展覧会では、石と鉄を組み合わせた作品が3点展示されています。石と鉄という素材は、それぞれどのような意味を持つのでしょうか。また、こうした素材はどのように選択され、組み合わされるのでしょうか。

李:私は自然石を用いることが多く、それを鉄板や鉄棒などと組み合わせています。
今回の鉄板は、産業社会の代表的な製品ですが、そのみなもとは石です。従って、石と鉄は親子関係といえます。つまり石と鉄板を組み合わせれば、自然と産業社会の対話が可能であると思うのです。コンセプトに合わせて石と鉄板を組み合わせますが、多くは空間や場所に相応するようなものを選んでいます。

「李禹煥:Work on Paper / Sculpture」展示風景

人間の手が加わっていない自然石と、産業社会の中で製品としてつくられた鉄は、一見、対照的な素材だ。しかし、それらは「親子関係」だと聞くと、石と鉄は対立しているのではなく、異なる姿になったもの同士が再び出会い、互いの存在を引き出し合っているようにも見える。

変化する線と変わらないリズム

本展のもう一つの大きな見どころは、1970年代後半から2026年の最新作まで、約半世紀にわたるドローイングの変化を一つの空間で見られることだ。

左:李禹煥《無題》1979年、右:李禹煥《無題》1979年

1976〜79年の鉛筆による作品では、細く長い線や波打つ線が繰り返され、画面全体を満たすように広がっている。

左:李禹煥《無題》1979年、右:李禹煥《無題》1980年

また、1980年の水彩作品では、筆跡はより太く、青や赤の筆触が反復され、紙面を埋め尽くすように重なっている。鉛筆と水彩という違いはあっても、反復する行為によって画面を満たしていく点は共通している。

李禹煥《無題》1989年

ところが、1989年の水彩作品になると、その印象は大きく変わる。筆跡の濃淡や向き、間隔にばらつきが生まれ、筆跡同士のあいだに余白が入り込んでくる。

左:李禹煥《無題》2026年、右:李禹煥《無題》2026年

そして2026年の最新作は、紙に木炭で描かれた作品だ。大きな空白の中に置かれているのは、ごくわずかな線だけだ。作品を年代順に見ていくと、画面を埋めていた線のあいだが次第に開かれていき、「余白」そのものが存在感を増していく変化が見えてくる。

—1970〜80年代のドローイングでは画面を埋め尽くすように描かれていますが、近年の作品では筆跡が少なくなり、余白が大きくなっています。ご自身では、その変化をどのように感じていらっしゃいますか。

李:70年代〜今回まで、ドローイングはさまざまな変化・変遷を見せていますが、一貫して呼吸やリズムが生きています。
そして、以前のものに比べ最近の描線は力強くなり、簡少化され、空白が多くなりました。少ない描線が、空白との関係によって、豊かな余白(空間)を開くように描いています。

—今回、約50年にわたる作品をあらためて見返す中で、新しい発見はありましたか。

李: 60年代終わり頃には、暴力的な素材として用いていた石ですが、だんだんそれが豊かで美しいもの、時には崇高なものだと、その存在性の凄さに気づきました。最近は作品の石に接するたび、私がそれに選ばれていることに感謝しています。

李禹煥 《関係項》2018年

李禹煥 《関係項》2018年(部分)1960年代末〜70年代にかけて、石の重さや衝撃によってガラスを破壊する作品も制作し、時代へのプロテストとして「暴力的な素材」として扱っていた石。それが、長い制作を経て、豊かで美しく、時には「崇高なもの」へと変わっていったという。

「作らない」ことに時代が追いつく

—長く制作を続けてこられる中で、時代も大きく変わってきたと思います。ご自身の考え方や作品との向き合い方で、変化してきたことはありますか。一方で、一貫して変わらないことはありますか。

李:私はずっと「作ること」を控え、「作らぬこと」に呼びかける仕事に励んできました。つまり、「作ること」と「作らぬこと」の出会いによって表現の次元を切りひらきました。それは、無制限な資本主義の中で、未来のある表現を試みたのだと自負しています。私の歩みを振り返ってみると、現代が私を選んだようです。逆に言うと、私が時代を作ったともいえます。

「李禹煥:Work on Paper / Sculpture」展示風景

大量生産・大量消費が加速していく資本主義社会の中で、李禹煥は「作ること」を控え、描かない余白を残し、自然石と鉄を出会わせるなど、すでに存在するものや空間との関係から作品を制作してきた。

ものだけでなく、画像や言葉、情報までもが絶え間なく生み出される現在、「作らない」という態度は、むしろこれからの時代を考えるための方法にも見えてくる。

—かつて、「もの派」の誕生の時代背景として、「目に見えるものや蔓延する情報が怪しくなり、ものを見定めたり信じたりすることが難しくなった時代の転機でした」とお話しされているインタビューを拝見しました。現代もまた、不確かな情報があふれる時代です。今の時代、作品を通して改めて大切にしたいと思われていることはありますか。

李:芸術表現とは、自己または答えの表現ではなく、他との関わり、外部との対話であり、問いであることが大切です。

「李禹煥:Work on Paper / Sculpture」展示風景

大切なのは、答えを提示することではなく、外部との間に問いを生み出すこと。そんな言葉から考えると、今回の展示で、石と鉄、描線と余白の「あいだ」が強く意識されるのも、異なるもの同士が出会うことで、その関係を私たちに問いかけるためなのかもしれない。

「作品」と「言葉」のあいだで

最後に、作品だけでなく数多くの文章を書き、考えを言葉にしてきた李禹煥に、「作品と言葉」の関係について尋ねた。

—作品は言葉では表現しきれないものを扱う一方で、李さんは文章でも多くのことを発信されてきました。作品と言葉は、それぞれどのような役割を持っているとお考えですか。

李:絵画や彫刻のような作品は視覚性が強い表現であり、言葉はそれについて語りかけや意味づけを行うものでしょう。接近することはあっても決して一致することはありません。それでも相互に刺激を与えたり、補完的な関係であることは出来ます。

李禹煥《無題》2026年

実際、今回のインタビューで伺った「石と鉄は親子関係」「ドローイングは平面的な彫刻」といった言葉は、作品を観るための大きな手がかりとなる。一方、実際の作品を観なければ、石と鉄のあいだに生まれる緊張感や、描線によって開かれる余白を感じ取ることはできないだろう。

だからこそ、彼の言葉を一つの手がかりにしながら、実際の作品の前に立ってみてほしい。作品を見て、言葉を知り、もう一度作品を見る。その往復によって、気づかなかったものが見えてくるかもしれない。

李禹煥(Lee Ufan)
1936年韓国生まれ。1956年に来日し、日本大学文学部で哲学を学ぶ。1960年代末に始まった戦後日本美術の重要な動向「もの派」を牽引した作家として知られる。近年は横浜美術館、グッゲンハイム美術館、ヴェルサイユ宮殿、ポンピドゥー・センター・メス、ハーシュホーン美術館、国立新美術館など国内外で大規模な個展を開催。2010年には香川県直島に「李禹煥美術館」、2015年には韓国・釜山に「Space Lee Ufan」、2022年にはフランス・アルルに「Lee Ufan Arles」が開設された。
Instagram:@leeufanarles

開催情報
展覧会名:李禹煥:Work on Paper / Sculpture
会期:2026年8月4日(火)〜10月10日(土)
会場:SCAI THE BATHHOUSE
住所:〒110-0001 東京都台東区谷中6-1-23
開廊時間:12:00〜18:00
休廊日:日曜・月曜・祝日
夏季休廊:2026年8月8日(土)〜8月16日(日)
公式サイト
Instagram:@scaithebathhouse

同時期開催
李禹煥
会期:2026年5月9日(土)- 11月22日(日)
会場:サン・マルコ・アート・センター、ヴェネツィア、イタリア
公式サイト

李禹煥
会期:2026年5月8日(金)- 終了日未定
会場:ディア・ビーコン、ニューヨーク、アメリカ
公式サイト

李禹煥
Relatum
会期:2026年7月3日(金)- 11月15日(日)
会場:教皇庁宮殿、アヴィニョン、フランス

李禹煥:Fragments of Infinity
会期:2026年10月ー2027年3月
会場:セラルヴェス現代美術館、ポルト、ポルトガル
公式サイト

  • Text : ぷらいまり。
  • Photograph : Kei Matsuura(STUDIO UNI)
  • Edit : Seiko Inomata(QUI)

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