境界を融解し、創造を接続する|カトレヤトウキョウ 塩内浩⼆

25歳で夢見たクリエイティブの複合施設を15年後に実現
—塩内さんが携わっているクリエイティブの領域はかなり幅広いと思うのですが、肩書きとしては何がメインになるのでしょうか。
塩内:その時々の役割によって、クリエイティブディレクター、アートディレクター、グラフィックデザイナー、アーティストのように使い分けていた時期もありました。ただ、今は自分をひとつの肩書きに固定しないようにしています。
プロフィール上では、カトレヤトウキョウの代表取締役、クリエイティブディレクター/アーティスト、ハナマルキのCCO、京都精華大学の評議員、Flexible Visual SPCE™のディレクターといった役割を明記しています。でも実際の現場では、案件ごとに求められる役割が変わるので、肩書きよりも、その場で何を担うべきかを大事にしています。もちろん、今も昔もプレイヤーとしてゴリゴリ手を動かしていることは変わりません。
—案件によってクリエイティブディレクター、アートディレクター、アーティスト、プロデューサーなど、さまざまな役割をこなしている感じでしょうか。
塩内:そうですね。案件ごとに求められる役割が違うので、結果的にそうなっているのだと思います。自分の中では、肩書きが増えていったというより、活動の領域が広がるにつれて、それぞれの境界が融解していった感覚があります。
たとえば、アートディレクションをしているつもりでも、途中からプロデュースの視点が必要になることもありますし、アーティストとして考えていることが、空間やブランドの設計につながることもある。だから肩書きで分けるよりも、その場で何を担うべきかを考える方が、自分には自然なんです。
—そもそも塩内さんのキャリアは何からスタートしたのでしょうか。
塩内:グラフィックデザイナーです。実は学生時代から仕事をしていたので、会社に入った後も個人として活動を続けていました。その頃はレコード会社との1年契約をはじめ、さまざまなプロジェクトに関わる機会にも恵まれていたんです。次第に会社との両立が難しくなってきたことから、仲間と独立することを決めました。
—それが現在のカトレヤトウキョウですか。
塩内:カトレヤトウキョウのひとつ前の会社です。グラフィックと映像のハイブリッドのディレクションを手がけていたのですが、うまくいかずに2年半ぐらいで解散しました。当時の僕は25歳ぐらいで、あるインタビューで「将来はクリエイティブの複合施設を作る」と話しているんです。それを実現させたのが多様な才能が集い交錯することで新たなアイデアやイノベーションの創出を促す「CCI Creative Complex®」という拠点です。今、QUIさんのインタビューを受けているこの場がそうで、2025年の3月21日にできたばかりです。新しいクリエイターエコノミーという意味もあります。

—25歳といえば自分が何者になっていくのかも定かではない時期だと思いますが、それでも「クリエイティブの複合施設を作る」と言い切れたのはなぜでしょうか。
塩内:僕は英国留学の経験もあるのですが、そのときにクリエイティブの複合施設という存在を知りました。日本は「これはファインアート、こっちは商業芸術」のように分類しがちですけど、海外のアートはカテゴライズされることもなく融解しながら合体していることに大きな影響を受けました。実家は病院だったのですが、戦後から長く看護師さんたちが自宅の2階で暮らしていた時代がありました。僕自身はずっとそこで育ったわけではないのですが、中学生の頃に実家へ戻ってきたときには、祖父である医師や看護師さんたちと、祖母が作った食事をみんなで囲むような光景が日常にありました。仕事と生活、職場と家庭の境界がとても近い環境だったんです。そういう原風景があるので、僕は昔からジャンルや立場の境界をあまり意識しないのかもしれません。

—「CCI Creative Complex®」のような拠点を作りたいと思ったいちばんの動機はなんだったのでしょうか。
塩内:コロナ禍をきっかけに人と人が直接触れ合わなくても、対面で想いを汲み取り合わなくても、リモートで全て賄えるという空気が生まれましたよね。世の中がリアルなコミュニケーションを軽視するようになりましたが、それってどうなんだろうって僕には疑問しかありませんでした。映画『マトリックス』みたいな、人間の意識や感覚までデジタル空間で共有できるようなハイパーな世界が現実になるなら、「CCI Creative Complex®」のような場は必要ないのかもしれません。でも、身体性を超越するような体験を起こせていない現代では、人が実際に集うというプリミティブな行動こそが大きな意味を持つと思っています。フィジカルにしか生まれない感動や熱量を、「CCI Creative Complex®」から発信していきたいんです。
—塩内さんのこれまでのクリエイティブ活動で転機を挙げるとしたら。
塩内:2016年から2017年にかけては大きな転機でした。伊勢丹新宿店の秋のファッションキャンペーン「彩り祭」では、キービジュアルから映像、WEB、全国のウィンドウディスプレイまでを担当し、銀座三越には大型広告も展開されました。同じ時期にはRADIO FISHの「PERFECT HUMAN」、パリのカルティエ現代美術財団に関連する映像演出、中村キース・ヘリング美術館での総合演出などにも携わりました。また、<BODYSONG.>、<JUVENILE HALL ROLLCALL>、<HATRA>、<SUÉSADA>といった、既存の枠組みにとらわれないファッション表現を実践するブランドのアートディレクションにも継続的に携わっていました。振り返ると、商業、音楽、現代美術、ファッションといった領域を自然に行き来していた時期で、今の自分の活動スタイルの原型が形になったタイミングだったと思います。
—それだけのことが一度に世に出たら「塩内浩二というなんでもできるクリエイターがいるぞ」ってなりますよね。
塩内:「何がやりたいのかひとつに絞れ」って先輩からの苦言もありましたけどね(笑)。ただ、僕はアナロジー的思考なので異なる役割を跨ぎながらポイントを見つけていくというやり方が自分に合っているんです。なのでファッション、音楽、映像のディレクションを並行させることはクリエイティブの相乗効果にもつながっていたと思います。当時はひとつに絞らないことを不思議がられることもありましたが、今は領域を横断しながら価値を生み出すことが求められる時代になってきた。その意味では、自分が続けてきたやり方も少しずつ社会と接続してきたのかなと思います。
—クリエイティブを並行させているときに頭の中はどういう動きをしているのでしょうか。
塩内:ファッションだから、音楽だから、空間だから、こういうやり方で進めなければいけないという決めつけは全くないです。若い頃は頭の中も整理されていなかったかもしれませんが、年齢と経験を重ねるにつれてロジックと感性の折り合いをつけられるようになってきました。異分野を同時進行させることの面白さは、アイデアが合わせ鏡のように映し合うことです。ファッションのディレクションで思いついたアプローチを音楽に持っていったらどうなるだろう、空間に応用したらどうなるだろう、と発想が連鎖していく。そういう瞬間は今でも多いですね。

名古屋にアート作品を生み出すことは自分の使命だと思った
—塩内さんは「ザ・ランドマーク名古屋栄」の「HAERA」客用WCに常設展示されるアート作品を手がけましたが、それを担当することになったのはどういう経緯からでしょうか。
塩内:アート展示の舞台となったのは、B2F、B1F、2F、4Fの客用WCです。空間デザインを核とするクリエイティブスタジオNOWが各フロアの空間設計を進める中で、僕もアートの方向性を考えながら関わっていきました。NOWから各階客用WCの空間コンセプトが水、土、雷、宇宙といった万物の起源と聞いて、施設全体の構成や空間の方向性を聞く中で、複数の表現が点在するよりも、一つの思想で全体をつないだ方が、この場所にとって強い体験になるのではないかと感じました。
そこで、まず大まかな方向性を自分なりに整理し、NOWの空間デザインの進行に伴ってパルコ本社に提案しに行きました。NOWとも定例ミーティングで協業しながら、施設全体と呼応するサイトスペシフィックアートシリーズとして構成する案に最終的に落とし込みました。
そうして生まれたのが、“Natural Artifacts”です。水、土、雷、宇宙という要素を通して、自然現象や思想、都市の記憶を商業空間の中に接続することを試みています。僕には名古屋の発展に協力したい理由もあったので、このプロジェクトには最初から特別な思いがありました。
—その理由とは?
塩内:僕の高祖父の長男「伊藤覚典」は織田信秀が建立した萬松寺を受け継いだのですが、その敷地は名古屋市の約7.4万㎡の寺域を有するほど広大でした。ですが高祖父は寺域の大部分を解放して繁華街(現在の大須商店街)として整備したんです。そうした、名古屋に新しい「場」をひらいてきた先祖の歩みを思うと、HAERA客用WCへのアート設置のお話をいただいたときは、不思議なご縁を感じました。
—アート作品のテーマは「五行思想」でした。それはどのようにして生まれたのでしょうか。
塩内:五行思想って、あらゆる万物は「木・火・土・金・水」の5つの要素から成り立っているという考えなんです。「HAERA」客用WCに展示するアート作品を担当すると決まったとき、最初に頭に浮かんだのは「自分の物語」「素材・マテリアルときちんと向き合いたい」ということでした。
商業施設の中に長く残る作品なので、一時的な流行や装飾ではなく、時間が経っても意味が失われない普遍的なコンセプトにしたかったんです。同時に、常設作品として多くの人が日々触れる場所にある以上、見た目の強さだけでなく、耐用性のある作りであることも大切でした。
そこから、客用WCの空間デザインのテーマから自然や物質の根源に立ち返る五行思想への着想が生まれ、水、土、雷、宇宙といった要素をそれぞれのフロアの作品へと落とし込んでいきました。
—五行思想の考えを落とし込んだ作品について教えてもらえますか。
塩内:地下1階は「洞窟」という空間のテーマで愛知県産のヒノキ、スギ、欅の無垢材を用いて立体作品を作りました。2階は「雷」です。大理石をメインに石、木材、アルミ無垢材など素材をミックスし、空間を貫くエネルギーの放出を作品で表現しました。4階の作品は点と線で構成されたモールス信号をモチーフに「宇宙」を情報として再構成。地下2階は円と直線を重ねることで「水」の波動を可視化しました。




—東洋的な五行思想にたどり着いたのは、家系のルーツを遡ると仏教につながる塩内さんならではの発想かもしれないですね。
塩内:「クリエイティブは自分のアイデンティティを投影させないと上っ面だけの表現になる」と僕も若い頃に有識者に言われていたのですが、本当にそうだと思っているのでその教えは今でも実践するようにしています。
—塩内さんは「HAERA」がどういう場になってほしいと思っていますか。
塩内:僕が「HAERA」客用WCに込めた想いを言葉にするなら「祈り」です。訪れることで何かを感じる、何かを察する。目に見えるものだけではなく、空間に身を置くことで、知覚が少しずつ変わっていくような場所になってほしいと思っています。
その体験を通して、自分の心境がポジティブに変化したり、日常の見え方が少し変わったりする。そんな場になれば嬉しいですね。

—最近は企業ブランディングなどでアートやカルチャーが重視されていますが、そのような傾向を塩内さんはどう見ていますか。
塩内:「NANZUKA UNDERGROUND」の活動なども象徴的だと思うのですが、かつては商業グラフィックやサブカルチャー、ストリートの表現として見られていたものが、現代美術の文脈に少しずつ接続されてきたように感じています。グラフィックアートと現代美術の距離がじわじわと近づき、これまで尖っていると思われていた表現やアーティストが、社会の中で評価される時代になってきたのではないでしょうか。それは個人的にすごく喜ばしいことだと思っています。
ただ、企業がアートやカルチャーを取り入れるなら、単なる装飾や話題づくりとして消費するのではなく、その背景や文脈まで受け止める必要があると思います。カルチャーは一瞬でできるものではなく、時間をかけて蓄積されてきたものなので。
一方で、アーティストを取り巻く環境は今も厳しいと思います。作品制作だけでなく、言語化、交渉、契約、発信まで求められる。だからこそ、ボクシングのようにセコンドがついていないと戦えないと感じています。表現を社会に届けるには、アーティスト本人だけでなく、それを支えるチームや仕組みが必要だと思います。
—それはアーティストの個人の能力だけでは勝負にならないということですか。
塩内:そうですね。これは僕自身もまだ旅の途中で、自分ができているという話ではまったくないのですが、有識者の方から伺った話で印象に残っていることがあります。
アートマーケットの構造は、アーティスト個人の才能だけではなく、美術評論家、アートディーラー、アートコンサルタント、アートコレクター、オークション、ミュージアム、アートフェアといった複数の存在や仕組みが関わりながら、作品の価値や文脈が形成されていくそうです。
だからこそ、長期的に第一線で活動していくには、作品の力だけでなく、それをどう社会に届け、どう文脈化し、どう支えていくかという「総合力」が必要なのだと感じています。

培ってきたことを次世代のために惜しみなく活かしたい
—塩内さんは経営者でもあるのでご自身のアーティスト活動でもやはり数字は気にされますか。
塩内:あるプロデューサーから、「アーティストとして表現したいことを長く続けていきたいなら、ポピュラリティ、大衆性。エコノミー、経済性。ヒストリカル、歴史性。アカデミズム、学術性。この4つを意識しなさい」と言われたことがあります。
どれかひとつでも欠けたら難しいし、どれかひとつだけに執着しても続かない。自分がやりたいことだからお金にならなくてもいい、とは思わないですし、お金だけをモチベーションにすることもありません。
表現を長く続けるには、大衆性、経済性、歴史性、学術性のバランスが必要なんだと思います。もちろん、その4つを同時に成立させるのは簡単なことではないんですけどね。
—その4原則は「HAERA」でも意識しましたか。
塩内:僕が常設展示を手がけたのは、「HAERA」客用WCが初めてでした。一定の期間が過ぎたら撤収されるスポット展示とは違い、長くその場所に残り続けるものなので、相応のリスクと責任を背負って臨まなければいけないという意識がありました。
特に彫刻作品は非常に重量があるので、安全面や保険のこと、作品をどう場所に納めるかという点にはかなり神経を使いました。
一方で、自分にとってこれまでやったことのない表現にも挑戦できたプロジェクトでした。特に立体作品は、その場所にどう成立させるか、どう空間の中に納めるかが本当に難しかったです。でも、その難しさと向き合ったからこそ、現時点でやれることはすべてやったという実感があります。自分の中にあった表現や経験を、かなり注ぎ込んだプロジェクトになりました。

—QUIの読者にはクリエイターを志す若者も多いのですが、塩内さんが次世代の才能にアドバイスを送るとしたら。
塩内:最初から結果が出ることを期待しすぎない方がいいと思います。うまくいかないと、自分がやっていることは無駄なのかもしれないとネガティブになってしまうこともあると思います。でも、真摯に諦めず取り組んでいれば、その痕跡は点として残っていく。やがて、その点と点がつながって、自分だけの美しい真円になる日が必ず来ると思うんです。
タイパやコスパ、近道ばかりを考えていると、どうしても形が歪になってしまう。遠回りしてもいいから、自分オリジナルのレンズを通して世界を見続けることが大事だと思います。
—「自分のレンズで見る」というのは塩内さんが先ほど話した「クリエイティブにアイデンティティを投影させる」ということにもつながりますね。
塩内:そうですね。うまくいかないときは、「自分は試されている」と思えばいいんです。物事がうまく運ばないときは、自分の考え方や視点を変える時期なのかもしれない、と捉え直してみる。
もちろん、アドバイスといっても、僕が言っていることは自分の経験から感じてきたことでしかありません。でも、何かがうまくいかない時間も、後から振り返ると必要な時間だったと思えることがある。だから、焦らずに、自分のレンズを磨き続けてほしいですね。

—最後の質問ですが、塩内さんがこれから挑戦してみたい領域はありますか。
塩内:今、学校法人京都精華大学の評議員として、大学のこれからのあり方や、次世代の学生たちに何が必要なのかを考える場に参加しています。
—どのような課題を感じているのでしょうか。
塩内:評議員という立場でもあるので、特定の大学だけの課題として語るというより、できるだけ公平に、今の学生さんたち全体に共通することとして捉えています。
SNSや情報環境の影響で、常に誰かと比べられているような感覚になったり、自分に劣等感を抱いたり、自信を失ってしまったりする学生さんが増えているのではないか。そういう時代の中で、学生さんたちがどう自分の価値を見つけ、社会と接続していけるのかという相談を受けています。
その中で、現代の寺子屋のような場をつくれないかということも検討しています。技術や知識を一方的に教えるのではなく、経営とアート、個人の感覚と社会の構造、ミクロとマクロの視点を行ったり来たりしながら、自分の立ち位置や表現の意味を見つけていくような場所です。
僕自身、教育の専門家ではありませんが、クリエイティブや経営、文化活動の現場で経験してきたことを通して、学生さんたちがもう一度、自分のレンズで世界を見るきっかけをつくれたらと思っています。
—新たな挑戦として「教育」というのは少し意外でした。
塩内:僕にとっては、衣食住、芸術、そして教育はつながっているものなんです。どれも、人がどう生きるか、どう感じるか、どう自分の居場所を見つけるかに関わっている。
HAERAに設置した作品で「祈り」という言葉を使いましたが、教育もある意味では祈りに近いと思っています。次の世代が、自分自身の価値を信じられるように。社会のスピードや比較の中で、自分の感覚を失わないように。
先ほどアートの価値は一人の才能だけでなく、それを支える環境や文脈によって育っていくという話をしましたが、教育にも同じことが言えると思います。若い才能を一人で戦わせるのではなく、その人が自分の価値を見つけ、社会と接続していくための場所や仕組みが必要なんです。
才能は孤立したままだと消耗してしまう。けれど、適切な場所や言葉、伴走してくれる人に出会えたときに、自分の表現を信じられるようになる。
僕自身も誰かから受け取ってきたものがあって、今の自分があります。だから今度は、自分が次の世代に渡す番なのだと思っています。これまで培ってきたことをバトンとして次世代に渡すためにも、自分にできることがあるなら、ジャンルにとらわれず手を挙げていきたいと思っています。

塩内 浩二 | KOJI SHIOUCHI
株式会社カトレヤトウキョウ代表取締役。クリエイティブディレクター/アーティスト。ハナマルキ株式会社CCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)、学校法人京都精華大学評議員。
1985年愛知県生まれ。英国留学後、京都精華大学デザイン学部ビジュアルデザイン学科卒。2013年、クリエイティブコレクティブ「Cattleyatokyo™」を設立。これまで10年以上にわたり、ファッション、音楽、アート領域を中心に、アートディレクション、グラフィックデザイン、映像、プロダクトデザイン、インスタレーションなどを通して、集団的創造による文化醸成に寄与している。
コレクティブ名義での展覧会に加え、個展を「OIL by 美術手帖」にて発表するなど、アーティストとしても精力的に活動。2024年6月よりハナマルキ株式会社のCCOに就任し、2024年12月より学校法人京都精華大学評議員に就任。ファッションブランドFlexible Visual SPCE™ではディレクターとして、ブランドの世界観構築やクリエイティブディレクションにも携わっている。
2025年には東京・目黒に、創造・交流・発信を目的とした文化複合拠点「CCI Creative Complex®」を開設。アート、デザイン、ファッション、食、教育を横断する活動を通じて、都市における新たな文化の場づくりを展開している。
Koji Shiouchi official site:http://kojishiouchi.com/
Cattleyatokyo™ official site:https://cattleya-arts.com/
Instagram:@kojishiouchi
- Photograph : Kai Tamaki
- Text : Akinori Mukaino(BARK in STYLE)
- Edit : Yusuke Soejima(QUI)



