素材に刻まれた記憶は、どのように形を変えていくのか — 「ザ・ペーパーログ:膜と核 — イッセイ ミヤケによるアンサンブル・スタジオとの協業プロジェクト」特別展レポート
株式会社イッセイミヤケによる特別展「ザ・ペーパーログ:膜と核 — イッセイ ミヤケによるアンサンブル・スタジオとの協業プロジェクト」は、すでに一度形づくられたペーパーログが持つ情報を引き継ぎながら、その先のあり方を探るプロジェクトだ。2026年4月のミラノデザインウィークで発表された作品群を再構成し、日本で初公開している。
会場に並ぶのは、イッセイ ミヤケ社のプロジェクトチームによる「核(Core)」と、スペインを拠点とする建築スタジオEnsamble Studio(アンサンブル・スタジオ)による「膜(Shell)」。同じペーパーログから、異なるアプローチによってそれぞれの造形を生み出している。
その制作背景について、Ensamble Studioに話を聞いた。
「ペーパーログ」から始まった素材研究

© ISSEY MIYAKE INC.
ペーパーログとは、イッセイ ミヤケ独自の技法「製品プリーツ」の加工時に、生地を挟んで保護するために用いられた薄い紙を圧縮したもの。高さ約80センチ、直径約40センチの円柱形をしており、その姿が丸太を思わせることから「ペーパーログ」と名付けられた。断面には年輪のような層が現れ、一枚一枚の紙にはプリーツ加工を経た折り目が残る。

© ISSEY MIYAKE INC.
プロジェクトの発端となったのは、三宅デザイン事務所のデザインディレクターの一人、近藤悟史が工場でペーパーログを目にしたことだった。その質感や円柱形に着目し、カットしてスツールを制作。2025年春夏「ISSEY MIYAKE」コレクションの発表では、座席およびインスタレーションとして使用された。

展示風景 Photographer: Masaya Yoshimura (COPIST)
その後、ペーパーログの研究は、イッセイ ミヤケ社のプロジェクトチームによる「核」と、Ensamble Studioによる「膜」へと発展していった。
硬く、丈夫な「核」
「核」では、圧縮されたペーパーログを切る、削る、束ねる、蝋に浸す、糊で固めるといった加工を通して、椅子、テーブル、ベンチなどのプロトタイプが制作されている。

© ISSEY MIYAKE INC.

© ISSEY MIYAKE INC.
「核」という名称は、研究を進めるなかで生まれた。圧縮されたペーパーログの硬さや耐久性を生かし、しっかりとした芯を持つ造形へと発展したことから名付けられたという。
ここで制作されている家具は、商品化に向けた完成品ではなく、素材研究の過程で生まれたプロトタイプだ。
一枚の紙へと開く「膜」
圧縮された状態を生かして造形する「核」に対し、Ensamble Studioによる「膜」は、ペーパーログを解くところから制作が始まる。

Ensamble Studio
ペーパーログを受け取った彼らが最初にしたのは、明確な目的や成果を定めず、素材と「遊ぶ」ことだったという。紙を扱いながら、何ができて何ができないのか、素材そのものが持つルールやパターンを探っていった。
そこから、一枚の紙を作品ごとに異なる方法で形づくっていく。

左《Shell: Rock (Chair)》 展示風景 Photographer: Masaya Yoshimura (COPIST)
《Shell: Lake (Chair)》《Shell: Rock (Chair)》では、平らに広げた紙を椅子の上にかけ、その形に沿わせながら立体化する。

《Shell: Canyons》展示風景 Photographer: Masaya Yoshimura (COPIST)
《Shell: Canyons》では、2枚の紙の間に繊維ガラスを挟み込み、硬化剤を用いて形をつくっている。
「身体と衣服」の関係をオブジェへ
Ensamble Studioによる「膜」の発想には、イッセイ ミヤケの衣服に見出した「身体と衣服」の関係がある。
彼らが惹かれたのは、身体と、それを包む衣服の構造が、それぞれに「生」を持つという考え方だった。身体が衣服を支える一方で、衣服もまた独自に動き、形や存在感を持つ。さらに、イッセイ ミヤケの衣服は身体を単に覆うのではなく、その間に空間や空気を生み出す、自律性をもった「離れる皮膚(アウター・スキン)」として捉えられた。
《Shell: Lake (Chair)》《Shell: Rock (Chair)》では、こうした身体と衣服の関係が、椅子とその外側を覆う紙へと置き換えられている。

Ensamble Studio

Ensamble Studio
また、今回の協業では、両者の素材への向き合い方が反転している。建築を通して木材や石材といった素材を扱うことの多いEnsamble Studioは、軽やかで、空気をはらむような造形に取り組んだ。一方、日頃は衣服を扱うイッセイ ミヤケのチームは、ペーパーログそのものを切り、削り、固めることで「核」を制作している。
素材に残る記憶、見る人の中に生まれる記憶
Ensamble Studioは、製品プリーツの工程を経て紙に残された痕跡を「素材の記憶」として捉えている。
一度役割を終えた紙をひとつの「前世」と捉えるならば、プリーツの記憶を残したまま新たな形を得た「膜」は「今世」にあたる、という比喩も示された。

Ensamble Studio

Ensamble Studio
その記憶は、見た目の痕跡だけでなく、プリーツによる折りが紙に与える構造性や、形を保つ性質にも表れている。
「膜」の制作では、紙に現れた形を固定していく。Ensamble Studioはこの行為を、一度しか起こり得ない瞬間の「時間を止める」こととして捉えている。その形は3Dスキャンによってデジタルにも記録され、複雑な幾何学形状として留められている。
さらに彼らは、記憶には素材そのものに残る物理的な側面と、見る人の中に生まれる内的、あるいは形而上学的な側面があると話す。《Shell: Lake (Chair)》《Shell: Rock (Chair)》では、成形時に「ボディ」として用いた椅子そのものは、成形後に取り除かれている。それでも「中にまだ椅子があるのではないか」と感じる人がいるという。
物体としての椅子はすでに存在しなくても、その形態は膜に保持されている。そこでは、素材が保持する物理的な記憶と、人の頭の中に生まれる記憶との境界が曖昧になる。
平面と立体のあいだで生まれる形

手前《Shell: Lake (Chair)》展示風景 Photographer: Masaya Yoshimura (COPIST)
《Shell: Lake (Chair)》《Shell: Rock (Chair)》では、ペーパーログを解いた紙に色を加えたり、描画したりしながら、平面の状態で色や形を探っていく。Ensamble Studioは、この段階を「抽象画のようなもの」と表現する。なかでも《Shell: Lake (Chair)》では、紙の表情を観察するなかで、池や湖、藻といった自然のイメージが見えてきたという。
そこから椅子を介して立体へと移ると、平面とは大きく異なる姿が現れる。それでも、制作のなかでは両者は連続したひとつのプロセスだという。
《Shell: Canyons》でも、制作の過程で現れた造形から、岩や峡谷を思わせるイメージが見出された。Ensamble Studioにとって、こうした自然とのつながりはあらかじめ設定するものではなく、素材を扱うなかで見つけていくものだという。
紙は破れやすいため、制作では強度や耐久性を与えながら、もともとの透光性を残すことも意識された。固体のように見える作品も、光にかざしたり内側から照らしたりすると、その印象は大きく変化するという。
Ensamble Studioは、硬化剤などを塗り重ねながら構造をつくる行為を「構造を塗装する」と表現する。構造を成立させるための操作そのものが、作品の表情にもつながっている。
「膜」と「核」がひらく、素材の次の時間
圧縮されたペーパーログの硬さや耐久性を生かす「核」と、一枚の紙へと開き、その性質を探る「膜」。同じ素材から生まれながら、その扱い方は大きく異なる。一方は圧縮された時間をそのまま抱え、もう一方はそれを解きながら次の形へと移していく。

展示風景 Photographer: Masaya Yoshimura (COPIST)

展示風景 Photographer: Masaya Yoshimura (COPIST)
Ensamble Studioは今回の制作を、素材がすでに持つ文脈を読み取り、そこから「新しい物語を書く」試みだと話す。ペーパーログに残された過去は消されるのではなく、その痕跡を抱えたまま、次の時間へと引き継がれていく。
プロフィール
Ensamble Studio(アンサンブル・スタジオ)
2000年に建築家アントン・ガルシア=アブリル(Antón García-Abril)とデボラ・メサ(Débora Mesa)によって設立された建築スタジオ。芸術と科学の交差点で、研究とプロトタイプ制作を行うラボラトリーとして活動し、デザインと建設を不可分なプロセスとして捉えている。タイポロジー、素材、製造方法を横断する実験を通して建築を探求するほか、メサはETH Zürichで、ガルシア=アブリルはMITで建築教育にも携わっている。
ウェブサイト:https://www.ensamble.info/
Instagram:@anton_ensamble @debora_ensamble
展覧会情報
会期:2026年8月13日(木)~9月13日(日)
会場:21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3
住所:東京都港区赤坂9-7-6 東京ミッドタウン ミッドタウン・ガーデン
ウェブサイト:https://www.2121designsight.jp/
Instagram:@isseymiyakeofficial @2121designsight
- Text&Edit : Y.O(QUI)