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ART/DESIGN

アーティスト 山西杏奈 – 彫刻で浮かび上がらせる「目には見えない」もの

Apr 29, 2025
アトリエに足を踏み入れると、木のよい香りに満ちていた。山西杏奈は、主に木を素材とし、布や風船など、軽やかなモチーフの作品を制作するアーティストだ。2025年3月には、京都のホテル「THE THOUSAND KYOTO」で個展「触れられぬ輪郭」を開催。そこでは、素材が「なりたい形」へと導くような新たな制作方法が試みられた。山西が木彫を始めたきっかけから、軽やかなモチーフを扱う理由、そして、新たな制作方法に挑むまでの変化についてうかがった。

アーティスト 山西杏奈 – 彫刻で浮かび上がらせる「目には見えない」もの

Apr 29, 2025 - ART/DESIGN
アトリエに足を踏み入れると、木のよい香りに満ちていた。山西杏奈は、主に木を素材とし、布や風船など、軽やかなモチーフの作品を制作するアーティストだ。2025年3月には、京都のホテル「THE THOUSAND KYOTO」で個展「触れられぬ輪郭」を開催。そこでは、素材が「なりたい形」へと導くような新たな制作方法が試みられた。山西が木彫を始めたきっかけから、軽やかなモチーフを扱う理由、そして、新たな制作方法に挑むまでの変化についてうかがった。

「素材がなりたい形をつくる」 – 新作で挑んだ新たな手法

QUI:今回の展覧会のメインとなる作品《冬の情景》について教えてください。

「触れられぬ輪郭」展 展示風景  写真:Mikoto YAMAGAMI、提供:ARTISTS’ FAIR KYOTO

山西:新作《冬の情景》は、今回の個展のメイン作品で、本作品を中心に空間全体を構成しました。これまでは最初にモチーフを決めて、それを木を彫って表現する方法を取っていましたが、本作では「素材がなりたい形」を探す、という感覚で制作しています。

《冬の情景》写真:Mikoto YAMAGAMI、提供:ARTISTS’ FAIR KYOTO(写真1)

《冬の情景》写真:Mikoto YAMAGAMI、提供:ARTISTS’ FAIR KYOTO(写真2)

QUI:具体的にどのような手法で作られたのでしょうか?

山西:今回新しい試みとして、合板を使って制作しています。初めに、9mm厚の合板から18mm角の小さいキューブを作り、それを中心にぴったり収まる一回り大きいサイズの箱を作って入れます。この作業を繰り返してマトリョーシカのような内側が満ちている入子状のキューブを作っています。(写真1)の塊を4セット作り、それぞれをバラしたり積み上げたりと違う状態で配置しています。(写真2)

自分自身のイメージを形にするということよりも、素材の条件に造形を託してみたいという試みから生まれた作品です。

QUI:「素材がなりたい形をつくる」という考え方が興味深いですね。木の個性を活かして作品をつくりあげるような感覚でしょうか?

山西:そうですね。いつも木でやっているような素材との対話を同じように合板としている感覚です。合板の断面は構造上線が入っているので、板が積み重なると必然的に年輪のような縞模様が現れます。そのようにわたしの意思とは関係なく、ルールを作って手を動かすと自然と素材が模様を描き出すのが面白くて美しいと思います。

一般的な家具では、合板の断面というのは露出しないように処理されて、「見えないもの」として扱われることが多いんですよ。でも、そういった通常は見えなくなっているものの見せ方を変えて、面白い表情を引き出したり、見えなくなっているものをあえて主体にしていくようなことをやりたいと思っています。

それは合板だけじゃなく、木を彫刻しているときも同じです。木目の模様って、それ自体は美しいけれど、美術作品として木目が主体になることはあまりないですよね。でも、わたしは「自分の表現」と同じぐらいの比重で、木目のような「素材そのもの」の特徴や条件を扱いたいなと思っています。

QUI: 木目を活かした作品といえば、今回の個展で展示されている《Noesis (布 / 水 / 木)》という作品も印象的でした。木目によって、水に浮かんだ布が揺らいでいるように見える繊細な作品でしたね。

《Noesis (布 / 水 / 木)》写真:Mikoto YAMAGAMI、提供:ARTISTS’ FAIR KYOTO

山西:私が意図して木目を操作し水面に見せているわけではないのですが、布のイメージを彫り進めていくと、自然と木目に水の流れのような表情が生まれるんです。木目って、木の「道管」という、水が通った部分の痕跡でもあります。だから、「木目」に「水」のイメージを感じるのはとても自然なことなのかもしれません。

なので、布のイメージ自体は私が造形して現れていますが、水面のイメージは私ではなく木と水によってかつて造形されたものを掘り出しているという感覚があります。

素材は私の意図することより遥かに色々な情報を含んでいます。なので作品がわたしのイメージの中で完結するのではなく、素材そのものが持つ思考や条件がちゃんと現れている状態であって欲しいと思っています。

漆を塗らずに表現した「塗膜」のかたち

QUI: 山西さんは大学で漆工を専攻されていたそうですね。木彫を中心に制作するようになったきっかけは?

山西: 大学では漆工科の「木地」を扱う専攻に所属していました。実は、入学当初は自分のやりたいことはあまりはっきりしておらず、どちらかといえば、家具や建築、デザインに漠然と興味がありました。でも、自分で手を動かしてものを作ることがとても好きだったのと、大学内で様々な専攻の人と出会う中で自然と美術の世界に惹かれていきました。

QUI:大学で「木地」を扱う中で、木そのものに注目するようになったのでしょうか?

山西:大学で木と触れている中で、木目や、木肌の表面のフェティッシュな質感にとても魅力を感じるようになりました。でも、漆を塗ったらその美しい木肌が塗膜で覆覆われてしまう… わたしの中では、もったいない!と感じるようになったんです。そこで、木を塗膜で覆うのではなくて、木自体でその塗膜のようなイメージを作れないかと思い始めました。そういったところから、モチーフとしては、布や風船、枕のような、覆われているイメージのものにたどりついたんです。

《子供の安眠》写真:Takeru Koroda

QUI:布や風船といった軽やかなイメージのモチーフは、そういった感覚から生まれたんですね。

山西:あとは、誰もが身近に触れていて、モチーフを見てその触り心地がすぐに想像できるもの、ということも考えていました。そういった触覚的な要素を、視覚として作品の中に入れてみたいと思っていたんです。表現しているモチーフは軽く柔らかいけれど、実際の木の塊自体はすごく重たくて固いっていう、要素が対極にあるようなイメージのものを選んできました。対極にある要素や質感が一体になっている状態を作り出すことで、緊張感のようなものを生み出せたらいいなと思っています。

「見えないもの」をつくる、とは?

QUI:今回の展覧会では、木彫以外の作品も展示されていました。《移動》という、アクリルケースのなかにグラスが置かれ、アクリルケースの上部に水滴がついているような作品も印象に残りました。もともとグラスの中にあった水が、アクリルケースの上面に蒸発してしまったように見えます。

《移動》写真:Mikoto YAMAGAMI、提供:ARTISTS’ FAIR KYOTO

山西:水蒸気のように見える水滴は、アクリル樹脂で表現したものです。作品自体は静止した状態だけれど、その中で水の移動が起こっていた…そんなイメージを鑑賞している人の頭の中に表現できたらと考えました。

本来、彫刻は形があるものですけれど、わたしはそこにはない「見えないもの」を作りたいなっていう考えを持っています。彫刻で表現する物質の輪郭はもちろん大事なんですけれど、それだけじゃなく、目には見えない「透明な輪郭線」のようなものをつくりたいという気持ちがあって。今回の展覧会のタイトル「触れられない輪郭」も、そういった意図から名付けました。

QUI:「見えないもの」を作りたいと考えるようになったのは、いつ頃からですか?

山西:はっきり意識して始めたわけではありませんが、学生時代から考えていたと思います。先ほど、漆を使わずにその塗膜を表現しようと思ったというお話をしましたが、物質としての漆の塗膜を作らず、非物質的なイメージの皮膜で覆うという発想は「見えないもの」を感覚させたいという欲望だったと思います。

「見える/見えない」とは一体どういうことなのかがいつも気になっています。

QUI:人の頭の中でつくりだす彫刻、のような感覚ですね。

山西:物質が脳内で別のイメージに変換されることの面白さは、人間がものをどう認識するのか?という問いにも繋がりますし、とても興味深いです。

自己主張が必要な世の中で 抜け落ちてしまうものを表現する

QUI:大学時代から木彫を続けられていますが、制作のスタイルや考え方に変化はありましたか?

山西:大きな方向性は変わっていませんが、最近は自分の作品スタイルを固定化せず色々なやり方を探ってみたいと思っています。

例えば、今回の作品「冬の情景」では、素材や環境といった外的な条件によって形が決定されていくことについて初めて取り組んだ作品でした。自分の中の“作る”という概念を少し変化させる試みでもありました。どんな時代のどんな作品も作者の意図だけで出来上がっているわけではなく、様々な外部の条件や環境の影響が作品の中に入り込んでいるということに最近改めて興味を惹かれています。また、そのようなことは日々生きていく中にも置き換えられますよね。良いことも悪いことも関係なく様々な外部の要因によって今の自分の状況が作られています。そういった部分をよりクリアに見つめて作品に落とし込んでいけたらいいなと思っています。

QUI:新作で試みた「木がなりたい形をつくる」という制作方法も、そういった興味とつながっていたんですね。そういった外からの要因に目をむけるようになったきっかけはありますか?

山西:わたしは自分の主張をはっきり言語化したり、いろんな場面で自身の立場を表明したりするのがあまり得意ではないんです。それ自体とても大切なことであるという前提ですが、何かを言葉でわかりやすく言うということによって、自分の中にある非常にパーソナルな感覚が置いて行かれるような感じがあります。わたしは制作の中ではいつもこのような言葉の定義から抜け落ちてしまう曖昧な感覚を扱いたいと思って制作してきました。

それは非常に主観的なことであると同時に私にとっては最も近距離にある客観的な観察対象でもあります。このように何を外部(客観的)と定義するのかは制作や作品の中では自由でいられるように感じています。あらゆる言葉の定義を超えたところで作品を作りたいという気持ちがおそらく今の制作スタイルを作っているんだと思います。

QUI:ありがとうございます。最後に、今後チャレンジしてみたいことなどはありますか?

山西:「つくること」と「つくらないこと」についてもっと色々試してみたいと思っています。
また、ひとつの作品の中だけで完結させるのではなくて、展示空間の作品構成から見えてくることや、長期的な作品の変化から新たな発見があるような制作をして行きたいと思っています。

あと、来年はアメリカやメキシコで滞在制作をする機会があるので、様々な土地の文化や作品に触れて自分の作品にも良い変化が生まれることを期待しています。

山西杏奈
1990年 大阪生まれ。2014年京都市立芸術大学修了。
主に木を素材とし、日常の光景をモチーフに作品を制作している。布や紐といった身近なものの質感を思い出しながら造形することで、自己と他者の無意識に沈む記憶に触れる。
2023年 マイナビアートアワード優秀賞受賞、2025年  Residency Award for Female Artist 2025, ZONA MACO by foundation CASA WABI(Mexico)
Instagram:@yamanishi_anna

手にとる展 2025/+1art gallery(大阪)
展示期間:2025年 6月13日(金)~ 6月29日(日)
OPEN:金・土・日 曜 (1 時間につき定員 4 人の予約制)
参加アーティスト(敬称略・順不同):今井 祝雄、藤本 由紀夫、笹岡 敬、大西 伸明、安藤 由佳子、中島 麦、池田 慎、国谷 隆志、山西 杏奈
公式サイト

  • Text : ぷらいまり。
  • Photograph : Kengo Yamaguchi
  • Edit : Seiko Inomata(QUI)

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