津田健次郎 – 悪役の美学
ウルフという役を演じたことがチャレンジになった
― 映画『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』は、親子やきょうだいとの関係、復讐や戦争、大切にしているものは何か、リーダーの在り方などいろんな要素が集まっている作品でした。津田さんはこの物語のどんなところに一番惹かれましたか?
古いリアルな王族のお話という部分が、かなりの部分を占めていますが、ここぞというときにファンタジーが登場するんですよね。いきなり大鷲が登場したり。そしてそのファンタジー要素が物語の伏線として効いている。
― たしかにそうですね。
あとは、王の圧倒的な強さとか、そういうところに「これが『ロード・オブ・ザ・リング』なんだ!」と感じましたね。そして、カタルシスの要因を担っているのがファンタジーだったりする。そういう部分にこの作品の面白さがたくさん詰まっているなと。
―ファンタジー部分は要になっていましたね。
すごく壮大な物語で、奥行きを感じるところも素敵です。あと、物語の世界観ももちろん大事にしていますが、人間ドラマの要素も非常に大きい作品ではありましたね。
― 本作は、世界中にファンの多い映画三部作『ロード・オブ・ザ・リング』の始まりのエピソードということで、鑑賞を楽しみにしている方も多いかと思います。津田さんは『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズに関してはどんな印象をお持ちでしたか?
初めて映画を観たときは、迫力や世界観の作り込みに驚きました。ものすごく本気のファンタジーが出てきたなと。(シリーズ原作小説の)『指輪物語』がファンタジーの元祖と言われているし、あの作品がなければロールプレイングゲームも生まれなかったであろうと言われている。その王道作品を具現化するとこうなってくるんだなと。とても驚きました。
― たしかに、世界を変えた作品のひとつかもしれないですよね。そんな大作への参加、どんな気持ちで挑まれましたか?
『ロード・オブ・ザ・リング』は三部作として一度終わっている作品でもある。まさかそんな作品のシリーズに自分が参加できるとは思っていなかったので、お話をいただいたときは本当に光栄でした。しかも、今回演じたのが「ウルフ」というすごく面白い役だったので、素直にうれしかったです。
― ウルフ、いいキャラクターでしたよね。
全然かっこよくないのが、非常にいいなと。神山(健治)監督とも、「もしかしたら、ウルフは嫌われてしまうかも」って話をしていたんです。風貌は、ワイルドでクールなイケメンって感じなんですが、器が小さいところがあって。逆にその部分がすごく魅力的だなと思いました。
― 作品に出てくるキャラクターの中でも特に人間くささがありましたよね。自分の感情だけで動いているところも含め。
そうですね。未成熟で子どもっぽい部分がある。でもそこがウルフの大きな魅力なのかなと感じました。
― 人間味があるからこそ、どこか憎めない。
なのでわりと、共感しやすいキャラクターのような気はしています。珍しい役だったので、演じていても面白かったです。
― 以前、別のインタビューで「敵役はいろんなチャレンジができて面白い」とお話されていましたが、今作では何かチャレンジしたことはありましたか?
アニメーション作品なので慣れている現場ではあったんですが、やはりウルフという役を演じたことがチャレンジになりました。これまでは悪役や敵役でも、もう少し強めのキャラが多かったので、若さゆえの浅さや弱い部分がある役を演じたのは新鮮でした。感情豊かに演じて、そこからグラグラと崩れていく感じがうまく出せたらなと思っていました。
― 具体的にどういったアプローチをされましたか?
まずはウルフの魅力を発見することがすごく大事だと思ったので、ダメなところをいかに魅力的に表現できるか、というところを考えていきました。脚本上で描かれている部分はもちろん、描かれていない部分も含めて。
― ウルフのことを深堀していったんですね。
実は、現場に入って初めて第一声を発したとき、監督からは「もうちょっと若く」というリクエストがあったんです。ウルフは荒くれものたちを率いている存在だったので、ある種の貫禄みたいなものも必要かなと思って、はじめはもう少しいかつい感じで発声していたんです。
― なるほど。
でも、若さゆえにどんどんこじれていってしまっている部分を中心に据えている感じもあったので、少しずつ修正していきました。
― その“若さゆえ”の感情で走ってしまうところが、見ていて共感しやすいポイントになっていました。
僕は全然彼のような感じではないですけど、誰もが知っているような感覚はあったように思います。例えば、恋愛がうまくいかないこととか、とにかくムカつくとか。そういったネガティブな要素をいろいろ背負っているキャラクターでしたね。
― 演じていて、特に気持ちが入ったシーンはありましたか?
「うわっ」て思ったのは、ヘラの弟に対してのシーンですね。本当に最低な人なんだ……と。台本を読みながら、最低だと感じる部分ともしっかり向き合って演じていくことがとても大事だなと感じていました。ウルフは“最低”を寄せ集めたような人間ですが、それでもどこか役として魅力的じゃないといけない。最低とはいえ悲しい過去を持つ男なので。そこの悲哀みたいなものも背負いたいなと。
― 見事に表現されていたと思います。ウルフを最低な行為に走らせるだけの要因もありますし。
そうですね。物語としてもただの復讐劇ではなく、これまで差別されてきた部族としての悲しみなど、いろんなものが要素として混ざっているので。
物事の裏側や反対の立場のことも意識する
― 津田さんのなかで、悪役を演じるときならではの面白さってありますか?
悪役を演じる面白みは、自由度の高さだと思っています。正義のキャラクターではやってはいけないことが多いですが、悪役は衝動の強さみたいなものを持っていることが多いし、基本どんなことをやっても大丈夫なことが多い。なのでそれを存分に発揮して演じています。
― だからこそ、いろんな挑戦ができると。
ものすごく強いエネルギーを持って、主人公をどんどん追い込んでいくので、その部分にもやり甲斐を感じます。役者冥利に尽きるといいますか。あと、悪役もそれぞれに美学を持っていたりするので、そこも素敵だなと。ウルフに関しては美学がないことが美学なのかもしれないですけど(笑)。
― なるほど。物語としては敵である悪役にも、いろんな人生が見えてきて面白いですね。ウルフが目的を見失って、気持ちの置き場がなくなってしまったシーンのセリフが印象的でした。あのシーンはどう感じましたか?
復讐が最大のベクトルで動いていたので、1つ目的を達成して、どこか気が抜けてしまったんですよね。あとは恋愛のこじれしかなかったので。恋愛のこじれだけだと、やはりパワーとしては弱かったのかもしれない。そういった部分に、ウルフという人間の弱さが露呈していたのかもしれません。
― ウルフの人生の悲哀を感じますね……。
映画を見ていると途中で忘れてしまうんですけど、ウルフは可哀想な人なんです。子ども時代のヘラとの思い出が、唯一の美しい思い出なのかもしれないですし。映画を2回、3回と見る機会があれば、ウルフという人間がどこかキュートに見えてくるかもしれません。
― 津田さんは声優としてはもちろん、最近は俳優としてもさまざまな作品で活躍されています。演じる時に、声優と俳優の意識の違いはありますか?
あんまりないんです。ジャンルの違いというよりも作品の違いが大きいです。アニメーション作品でも作品ごとにアプローチは変わりますし、映像作品でも作品によってアプローチが全然違ってくるので。
― 本当にいろいろな作品がありますもんね。そういったさまざまな作品との出会いは、津田さん自身にどんな影響をもたらしていますか?
どの作品からも、すごく影響を受けています。作品から学ぶこともありますし、作品を通して成長していけたらといつも思っています。あとは、作品を通して面白い方たちと出会えるという部分も本当に大きいです。
― 今回のウルフもそうですが、役を演じることで、考え方や見える世界が変わったりすることも?
そうですね。今回演じてみて、弱い悪役というのも魅力的だなと。昔は強い役を演じる方が好きだったんですが、ウルフみたいな精神的にあまり強くない悪役を演じることの面白さも見えてきました。
― 役を紐解いていくことで見えてくる感情とか視野とかいろいろありそうです。役との向き合い方もですが、普段からものの見方で意識されていることはありますか?
ほおっておくといろんなことがどんどん偏ってしまうような気がしているので、物事や世界の捉え方、仕事の捉え方など、偏らないように見ることは意識しています。例えば社会情勢だったり、何か事件が起きたりしたときに、表に出てくるだけの状況だけでなく、その裏側にもいろいろなことがあるんだろうな、とか。反対側の立場から見るとどうなんだろうとか、意識して考えるようにしています。
― 敵役や悪役を演じることで、物事を多角的に見る力は鍛えられそうですね。
できるだけ視野が狭まらないようにしていたいなと思っています。
Profile _ 津田健次郎(つだ・けんじろう)
1971年6月11日生まれ、大阪府出身。アニメ、洋画吹替、ナレーターなどの声優業・舞台や映像の俳優業を中心に、映像監督や作品プロデュースなど幅広く活動。近年の主な出演作に、ドラマ「最愛」、映画「赤羽骨子のボディガード」(出演)、「ラーメン赤猫」「クレイヴン・ザ・ハンター」(いずれも声の出演)などがある。
Instagram X
Information
映画『ロード・オブ・ザ・リング ローハンの戦い』
2024年12月27日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開中
日本語吹替版キャスト:市村正親(ヘルム王)、小芝風花(王女ヘラ)、津田健次郎(ウルフ)、中村悠一(フレアラフ)本田貴子(オルウィン)、坂本真綾(エオウィン)、斧アツシ(フレカ)、森川智之(ハレス)、入野自由(ハマ)、山寺宏一(ターグ将軍)、沢田敏子(老ペニクルック)、田谷隼(リーフ)、大塚芳忠(ソーン卿)、飯泉征貴(シャンク)、村治学(ロット)、勝部演之(サルマン)
監督:神山健治(『東のエデン』『攻殻機動隊S.A.C.』「精霊の守り人」)
製作:フィリッパ・ボウエン、ジェイソン・デマルコ、ジョセフ・チョウ
製作総指揮:フラン・ウォルシュ、ピーター・ジャクソン、サム・レジスター、キャロリン・ブラックウッド、トビー・エメリッヒ
脚本:ジェフリー・アディス&ウィル・マシューズ、フィービー・ギッティンズ&アーティ・パパゲオルジョウ
ストーリー:アディス&マシューズ、フィリッパ・ボウエン
ワーナー・ブラザース・アニメーション and SOLA ENTERTAINMENT制作作品
LOTR TM MEE lic NLC. © 2024 WBEI
- Photography : Naoto Ikuma(QUI)
- Art Director : Kazuaki Hayashi(QUI)
- Text : Sayaka Yabe
- Edit : Yusuke Takayama(QUI)