テキスタイルアーティスト 池部ヒロト – デザイナーと生産者の共創で紡ぐ衣服の未来
伝統的な素材と先進的なプロセスを融合してつくりあげた、実験的な作品にはどのような意味がこめられているのだろうか。池部のアトリエを訪ねその思いに迫った。
多摩美術大学生産学科テキスタイルデザイン専攻卒。「布」
HP
Instagram:@be_be._555
廃棄されるものを原料に廃棄の少ない生産プロセスでつくる新しい衣服
QUI編集部(以下 QUI): 今回の「DESIGNART TOKYO 2024」では《COCOON ANATOMY / 繭を解く》という作品を展示されるそうですね。どのような作品なのでしょうか?
池部ヒロト(以下 池部): これは絹の中でも本来は衣服をつくる工程で廃棄されてしまう「きびそ」という部分をつかった新しい作品です。その「きびそ」を原料にしたパーツを“モジュール化して組み上げる”というプロセスで制作しています。
QUI: 「きびそ」とは具体的にどんなものなんですか?
池部:絹布をつくる際に生じるものです。絹の生地は蚕がつくった繭から糸をひいて、それを織物にしていくのですが、繭の一番外側の部分が「きびそ」という素材です。
QUI:繭を全て使えるわけではないんですね。なぜ廃棄されてしまうんですか?
池部:繭の成分はタンパク質構造が人間の皮膚とすごく近いんです。一番外側は酸素や二酸化炭素などに多く触れることで乾燥し“ささくれ”のようになってしまいます。なのでその部分は糸にせず、普通は廃棄されてしまうんです。
QUI:繭の外側の部分は廃棄されてしまうなんて、全く知りませんでした。衣服は毎日身につけるものなのに、それがどうやってつくられて手元まで届くのかは普段あまり意識していないところですね。
池部:衣服の生産工程やサプライチェーンはどんどん複雑化していて、養蚕の文化も化学繊維の出現や職人の減少で徐々に衰退してきています。それに加え人件費などが高騰する中、繭の値段は昭和の時代から変わらないため、養蚕農家の方々の負担が大きくなっているという課題もあります。
なので間の工程を減らしてデザイナーと養蚕農家がダイレクトに繋がれたら、もっとシンプルなプロセスで養蚕自体にフォーカスしたものづくりができるんじゃないかと思ったのが制作のきっかけです。
ちょうど昨日も養蚕農家さんのところで写真を撮らせていただきました。
池部:養蚕は「まぶし」という家のような枠ひとつずつに蚕が入り、そこで繭をつくっていくのですが全ての繭がきれいに育つわけじゃないため、ここでも出荷できずに捨てられてしまうことがあります。繭をつくる段階で廃棄が出て、糸をつくる段階でもまた廃棄が出てしまい、さらには織物にしていく段階でも廃棄が出る…と。なので上流の部分で廃棄をゼロにする物が作れないかと考えました。
QUI:「きびそ」をベースにした生地自体も、池部さんが新たに創り出されたものなのですか?
池部:そうですね。このテキスタイルは「きびそ」をほぐしてから「ニードルパンチ」というフェルトなどを作る機械でシート状にしています。それからレーザーカッターでカットしてパーツをつくるという、オリジナルのプロセスをとっています。
最後にそのパーツを組み立てて衣服にすることで、生産プロセスの中でゴミが出ないような服作りを実現させることができました。
QUI:生地を作るところから加工のプロセスまで、全く新しい衣服のかたちですね。
伝統的な素材と先進的な加工プロセスとの出会い
QUI:池部さんは今年に多摩美術大学生産学科テキスタイルデザイン専攻を卒業されたそうですね。テキスタイルに興味を持ったきっかけはなんでしょうか?
池部:祖母が伝統舞踊をやっており、幼い頃から祖母の家で多くの着物を見ていました。その中に奄美大島で作られた着物で絹糸を泥で何回も染め、絣(かすり)で模様をつくった「大島紬」という織物があったんです。それを初めて見た時に「“虫が吐く糸”を“泥”で染めて、こんなに美しいものができるんだ!」「布って面白いな」と思ったことがきっかけですね。
QUI:テキスタイルのなかでも繭や和紙といった伝統的な素材を多く使われているように感じたのですが、そういった素材もそうした原体験と繋がっているのでしょうか?
池部:そうですね。それが一番大きいと思います。あとは、こういった興味から様々な工房にうかがい話を聞くうちに、例えば繭は民族信仰に深い関わりがあることも知りました。布は太古からあるもので考古学的にも興味深い面がある一方で、現代ではファッションやアートに使われたりと自分たちの身近な存在でもあります。あらゆる領域で活躍できる多面性のある媒体なのが面白いと思い、そこから深掘りしていきました。
QUI:今回の作品ではレーザーカッターを使った新しいプロセスを試みるなど、新しいテクノロジーも取り入れられていますね。そういったテクノロジーに着目したきっかけはなんですか?
池部:最初は伝統的な部分の興味からテキスタイルに関心を持ちましたが、大学で学んでいくうちに医療分野や宇宙飛行士の服などの先端的な分野でもテキスタイルの研究が進んで活用されていることを知りました。そういった部分に興味が出てきたタイミングで、オーストリアにあるウィーン応用美術大学に一時期だけ留学をしたんです。
日本では大学に設備されている旗織り機を使って自分で布を織ったり染めたりしていましたが、留学先の大学ではそういった設備がなく、伝統的な手法よりも大学とコネクションを持つ企業に協力してもらいながらものづくりをするということが多いんです。そこから工場や機械を使ったテキスタイルに触れる機会が増えました。実はヨーロッパ圏は日本と比べると、伝統的なテキスタイルの復興が難しいんです。
QUI:そうなんですか?
池部:もちろん全てではないですが、ヨーロッパでは完全な復興が難しい技法が多いんです。その上で古い技法そのものを残すのではなく、新しいテクノロジーを使ってテキスタイルの文化をどう残していくかという取り組みをしています。そういった考え方や技術を組み合わせられたら、日本でも伝統的なテキスタイルの文化を再興していけるんじゃないかなと考えるようになりました。
なので留学中はFab系のレーザーカッターや熱溶着機といった装置を進んで使い様々なものづくりを試し、多摩美術大学の卒業制作ではそれらを組み合わせる試みもしました。
伝統とテクノロジー、日本と西洋、それぞれの違いに気づき融合させた作品
QUI:今回「DESIGNART TOKYO 2024」で展示される作品も、とても複雑な立体形状になっていますね。
池部:そうなんです。何度も試作を繰り返し、同じ形のパーツだけで組み合わせて制作しています。
QUI:同じパーツからあれほど複雑な形状ができるなんて驚きです!
パターンごとに布を裁断して糸で縫うといった従来の方法ではなく、同じ形状の小さなパーツを組みあわせるといったプロセスを考えたのは、どういったきっかけからだったのでしょうか?
池部:これも留学中にきっかけがあって…。ヨーロッパの服作りは、すごくきれいなパターンを引いて構成を考えて…というやり方で服を作っていますが、一方で日本の衣服の文化はどちらかというと絹のような素材をベースに、いかに無駄を出さないように仕立て上げるか、という“素材”と最終的にできる“衣服”までを繋げて考えられているところに、ヨーロッパとの違いを感じたんです。
QUI:日本の着物などは洋服と比べて生地がそのまま生かされているようなかたちですね。
池部:そういった日本のバナキュラーな考え方をもとに服作りができないかと考え、今回の作品のような“パーツを組み合わせてモジュール化する”といった無駄の出ない方法を思いつきました。
QUI:同じパターンを敷き詰めることで、無駄なく布が使われるんですね。“伝統とテクノロジー”や“日本と西洋の思想”という、一見相反する要素を融合して革新的な作品が生み出されているのが興味深いです。
チャレンジングな試みを続けていらっしゃいますが、今後挑戦していきたいことはありますか?
池部: 引き続き「養蚕」に関するプロジェクトは進めたいと考えています。養蚕農家の方とも相談しながら繭の育成部分に着目した、新しい素材の開発などを進めていきたいです。
QUI:生産者の方と一体になって進めていくからこそ、新しい発見やプロセスの開発につながるんですね。「DESIGNART TOKYO 2024」の後にも展示予定はありますか?
池部: 昨年準グランプリを受賞した「FASHION FRONTIER PROGRAM(FFP)」というコンペで今年末に展示を行う予定です。こちらでもまた新たな作品を展示する予定で現在その制作を行っています。
QUI: 「DESIGNART TOKYO 2024」で作品を拝見できるのも、今後の新たなプロジェクトも楽しみです。池部さん、ありがとうございました。
「HIROTO IKEBE / COCOON ANATOMY」展示会場
会場:foundation
住所:東京都港区赤坂9-5-12 B1F
会期:10/18(金)〜10/27(日)
詳細情報はこちら
DESIGNART TOKYO 2024
テーマ:「Reframing 〜転換のはじまり〜」
会期:2024年10月18日(金)〜10月27日(日)の10日間
エリア:表参道・外苑前・原宿・渋谷・六本木・広尾・銀座・東京
公式サイト
- Text : ぷらいまり。
- Photograph : Junto Tamai
- Edit : Seiko Inomata(QUI)