真木よう子 – やっぱり愛だと思う
映画『アンダーカレント』に主演する真木よう子に訊く、人をわかるということ。そして人と人が共に生きていくこと。
原作を好きな人から、残念だなって思われないように
― 映画『アンダーカレント』を拝見させていただいて、素晴らしいお芝居で感動しました。でも演じる側としては、すごくしんどそうですよね。過去のある出来事による苦しみや辛さが心の奥底に潜んでいる役だったので。
でもその辛さや苦しみは忘れないように演じなきゃいけないと。
― それが役として必要なものだったから?
そうですね。
― 真木さんが演じた「かなえ」は、どのような人間だと捉えましたか?
かなえちゃんは幼少期に“ある出来事”で受けた心の傷をずっと抱えて、自分を責め続けてきた子で、本当の自分を誰にも見せていない。だけど、それでも生きていくという。決して、逃げてないんですよね。
― たしかに。
そういう部分が、私がかなえちゃんにすごく惹かれた理由かもしれません。
― その逃げないという姿勢は、彼女がもともと持っていた心の強さなのでしょうか。それとも状況的に逃げられなかったのか。
幼少期に1回逃げてしまったからじゃないですか。だから二度と逃げない。
― ああ、なるほど。かなえを演じるにあたって、ご自身の中で軸にしたところはありますか?
原作の漫画をすごく好きな人が観て残念だなって思われないように、そこはがんばりました。
― 漫画と映画は違うものと割り切るのでなく、どちらかというと漫画の中のかなえに近づいていこうと?
はい。私が原作のファンだったらそうしてほしいですし。
― ひとつひとつのシーンが丁寧に描かれている印象でした。無言の時間も多く、それが観ている側の頭の中で物語が広がっていく余白のようで。ご自身の中で思い出深いシーンはありますか?
どのシーンも思い出深いです。本当にずっと苦しみの中にいたから、いくつもありすぎて。ひとつの作品として観た人それぞれが、「このシーンよかったな」って感じてほしいですね。
どんな悪役であっても、生かしてあげたい
― リリー・フランキーさん演じる探偵・山崎の「人をわかるって、どういうことですか?」というセリフが強く印象に残りました。物語全体を通じたテーマにもなっていると思うんですけど、お芝居ってまさに人のことをわかろうとする行為ですよね。
人をわかるということと、お芝居とは違うと思います。私はなんと言われようと、自分の中ではかなえちゃんになっていたつもりなので。その気持ちがないとセリフも出てこないし。役は、赤の他人じゃなくて私なんですよ。でもこの映画のテーマというのは、自分じゃない人のことを理解するってことだから。
― 自分自身がかなえだから、そもそもわかるもなにもないという。
だからこそ湧き上がってくるものがあって、私はこう感じたからこう動きたいとなってくる。それを監督の撮りたい画とすり合わせしていくんです。
― なるほど。すごく納得できました。本作に限らずなんですけど、そうやってお芝居に向かう際に、真木さんが大切にしてることはありますか?
どんな悪役であっても、生かしてあげたいという気持ちがあります。息を吹き込んで、魂を入れて、生かしてあげられるのは私にしかできないので。その子も、完全な悪人かといったら、そうじゃないから。どんな役が来ても、その役の一番の理解者だと言えるようにしたいと思っています。
― 根っからの悪人はいない。
なぜ悪人になってしまったのか、それはこの子だけのせいじゃないよねと、そこに至った原因まで辿って考えたりはしています。
― 人と人はわかりあえないけれど、それでも1人では生きていけないというようなセリフもありましたが、真木さんは人と人が共に暮らしていく、生きていくことの価値や意味をどこに見出していますか?
その人に、どんなに拒絶されても会いたいし、寄り添っていたいし、助けてあげたい。たとえ世間から非難されるようなことをしたとして、それでも味方でありたいって思えるぐらい大切な人が、私はいます。それってやっぱり愛だと思うんです。たとえばわからない部分があったら、わかろうと努力する。それでもわからなかったら、そういう考え方もあるんだと肯定する。じゃないとたぶん人間関係ってうまくいかないし、愛情を持って人と接していけば、より差別がなくなったり、そういうことにつながっていくんじゃないかなと思うんですよね。
― SNSなどでのヘイトスピーチとか誹謗中傷とかも、顔が見えない相手に対して、ただ愛がないからということかもしれません。ちなみに映画の中にはたくさんの「嘘」がありましたが、人間関係において良い嘘と悪い嘘があると思いますか?
一概に嘘をついちゃダメとは言えないと思いますよ。やっぱり人を守るためだったり、知らないほうがよかったということだったり。でも私は嘘がすごく苦手だから言えないっていうだけで。お世辞も言わない、みたいな(笑)。
― お世辞も一種の嘘かもしれないですよね。なるべく正直に生きられたらというスタンスでしょうか?
そう。そういう性格なんでどうしようもないです。
― でも実際、映画の中でもそうでしたけど、嘘って最終的に自分自身を苦しめることにつながっていくような気はします。真木さんは、ここからいなくなりたいとか、そういうふうに考えたことってありますか?
全然ありますよ。仕事で朝早いし、全然お酒も飲めないし、友達とも遊べないし。「もう嫌だ。お仕事したくない」って。
― それで失踪したことはないんですか?
ないです(笑)。
― でも、なんで消えてしまわないんですかね。ここから逃げ出したいと悩んでいる方は多いとは思うんですけど。
私がいつも行き詰まったときに思うのが、「逃げたときに絶対後悔するよ」と。人に迷惑かけて、もっと最悪の事態が起こるというのが、自分でわかってるんです。
― たしかに、失踪して事態が好転するなんてことはあんまりないでしょうから。それでも本当にしっかり考えたうえで、ある種の逃げ道を持っていることも大切かもしれないですよね。がんばって、心が壊れちゃうぐらいなら。
たとえばもし私と近しい人間が、これって俺の人生なのかな、もうちょっと自分のために生きれば良かったと後悔していたら、その人が自分のために逃げるというか、自分の人生をより良くするために違う人生を選ぶということもわかるかもしれないです。
― 逆に残された側の苦しみって、どうやって乗り越えていけば良いのかなって。
時間ですよね。時間が経つと傷って癒えてきて、傷跡が消えることは一生ないと思うけど、大丈夫になるときが来るから。それまでその人を絶対に忘れないようにする。その人への思いと向き合って苦しんで、自分の中で受け止めて生きていくという方法を取っています、私は。
― かなえは、最後には救われたんでしょうかね。
この先どうなるかわからないですが、最初のころよりは……。
― 幸せな物語が見えてくるような。
そうだと思います。
Profile _ 真木よう子(まき・ようこ)
1982年生まれ、千葉県出身。『ベロニカは死ぬことにした』(06)で映画初主演。続く『ゆれる』(06)で山路ふみ子映画賞新人女優賞を受賞する。2013年度の日本アカデミー賞では、『さよなら渓谷』(13)で最優秀主演女優賞、『そして父になる』(13)で最優秀助演女優賞のダブル受賞を果たす。近年の主な出演作は、『海よりもまだ深く』(16)、『孤狼の血』『焼肉ドラゴン』(18)、『ある男』(22)、『映画 ネメシス 黄金螺旋の謎』(23)など。
Instagram
yukata・obi / CHIKUSEN (03-5202-0991, obidome・geta / Stylist’s Own
Information
映画『アンダーカレント』
2023年10月6日(金)より全国ロードショー
出演:真木よう子、井浦新、リリー・フランキー、永山瑛太、江口のりこ、中村久美、康すおん、内田理央
監督:今泉力哉
音楽:細野晴臣
原作:豊田徹也『アンダーカレント』(講談社「アフタヌーン KC」刊)
©豊田徹也/講談社 ©2023「アンダーカレント」製作委員会
- Photography : KIZEN
- Styling : Kie Fujii(THYMON Inc.)
- Hair&Make-up : Miyuki Ishikawa (B.I.G.S.)
- Art Director : Kazuaki Hayashi(QUI)
- Text&Edit : Yusuke Takayama(QUI)