個性に合わせてキャラクターをつくる │ 映画「SCRAPPER/スクラッパー」監督 シャーロット・リーガン
母親のいない世界を少しずつ受け入れていく娘のジョージーと、父親としての立ち振る舞いに居心地の悪さを覚えるジェイソン、どこかで欠けているけど、ぎこちなくて愛おしいふたりの姿を映し出す。
映画好きのみならず、アート/デザイン/カルチャーの領域で愛され続けてきた名作群に、また一つまばゆい1本が加わった。そんな新鋭シャーロット・リーガン監督のインタビューをQUIにて独占解禁。
本作で長編デビューを飾ったのは、1994年生まれの新鋭シャーロット・リーガン監督。10代の頃からMVの監督を務め、これまでに100本以上を手掛けた若き逸材だ。
マイケル・ファスベンダーの制作会社に才能を見出され、本作の制作に至る。劇中でもそのイマジネーションをいかんなく発揮し、MV経験を生かした映像と音楽の親和性の高さで魅せるオープニングに始まり、ドキュメンタリー風の映像で意表を突いたかと思えば少年少女の妄想を絡めたファンタジックな遊び心を絡めつつ、観る者を飽きさせない。とはいえ策に溺れることなく、少女の孤独を繊細に掬い取り、親子が衝突しながらも心を通わせていくプロセスを時に手持ちカメラで荒々しく、時にFIX(固定)カメラでじっくりと見せ、人物の心情と完璧にリンクした映像表現で“本物”の一本に仕上げた。
ジョージーと似たようなコミュニティーで過ごした幼少時代
―本作を制作することになった経緯を教えてください。
シャーロット・リーガン監督(以下、シャーロット):これまで、ミュージックビデオ(MV)を100本以上、ショートフィルムを20本以上作ってきましたが、私の作品を評価してくださるBBCの方から、「そろそろ長編映画に挑戦してみては?」というアドバイスをいただきました。ちょうどワーキンクラスを描いた映画を作りたいと思っていたので、BBCのサポートを受けながら、イギリスの助成金システムを活用してこのプロジェクトを立ち上げました。
―本作は監督自身の経験も含まれているとお聞きしましたが、作品にどの程度反映されているのでしょう。
シャーロット:主人公のジョージー(ローラ・キャンベル)=私、というわけではありませんが、彼女と似たような貧しいコミュニティーで子供時代を過ごしたので、そのときに体験したことや感じたことは、もちろん映画に反映されています。また、この脚本を書き上げるのに4年の歳月を費やしたのですが、その間、父、祖母、おば、そして養母と立て続けに近親者を亡くし、とても辛い思いをしたので、そのときに抱いた悲しい気持ちも作品に入れ込みました。
個性に合わせてキャラクターをつくる
―脚本上ではキャラクター設定をゆるくしていたとおっしゃいましたが、それはあえてそうしたんでしょうか? またジョージーの補聴器は設定ですか?
シャーロット:これまでMVやショートフィルムを主に作ってきたんですが、アマチュアの若い人たちを起用することが多かったので、彼らを緊張させないために、彼らの個性に合わせてキャラクターをつくるという手法をとってきました。アマチュアの人たちにとって撮影現場は、「安心できる楽しい場所」であることがすごく大切なんです。キャラクターを無理やり押し付けてしまうと、それがプレッシャーになって、彼らの自然な姿が撮れなくなりますから。だから、今回も同様にキャラクター設定をあえてゆるくしました。何か特別な才能を持ってる子を見つける方がいい結果になると信じてキャストを選びました。また補聴器は設定ではなく、ローラ自身のものです。彼女は私の指示を聞きたくないときはわざと補聴器の電源を落としたりしていました(笑)。
―ジョージーは、母親を亡くして半年足らず。葛藤を抱えつつ、違法ではありますが、自転車の部品を巧みな営業トークで売りさばき、なんとか生計を立てている。環境が作り出す人間のポテンシャルってすごいなと思いますが、イギリスには、このような生活を強いられている子供たちが一定数いるのでしょうか?
シャーロット:たくさんいると思います。親がいない子供もいますが、親がいてもその役割をしていない、子供の面倒をちゃんと見ていない、というケースもあります。ジョージーの場合、父親のジェイソンがいますが、その両方にあてはまりますよ。ジョージーが生まれた当時、大人になりきれてなかったジョイソンは、親になる準備ができておらず、家族を置いて出て行ってしまった。その後、母親が病気で他界し、独りぼっちになってしまったジョージーは、生き延びるための手段を考えなければならないわけです。本作では、自転車を盗んで闇業者に売るという場面が描かれていますが、私としては、ポジティブに描いたシーンなんです。自転車泥棒は、悪いことではありますが、状況が変われば立ち直れるチャンスがある…。なかには麻薬の売人になってしまう子もいますから。
運命の分岐点は友人からの誘い
―あなたのキャリアについて聞きたいのですが、これまでMVやショートムービー、ドキュメンタリーなどを経験し、本作の制作にたどり着いたわけですが、子供のころから「映画監督になりたい」という夢はあったのでしょうか?
シャーロット:映画監督になろうなんて全く思っていなかったです。仲の良い友だちがMVを作りたいということで、私が駆り出されたのですが、今から思えば、そこが運命の分岐点でした。映像のスキルもなかったし、学校でも成績も良くなかったし、集中力も全くない子供だったので、本当に救われた感じです。結果、そのMV制作がきっかけとなって映画業界に入ったわけですが、ある意味、夢の世界にいるような…今は本当に幸せな気持ちでいっぱいです。
―本作で、あなたの実力、そして将来性が示されたと思います。より多くのチャンスがめぐってくると思いますが、今後どういう映画を撮っていきたいと考えていますか?
シャーロット:来年早々に、ギャングスターのロマンスを描いたテレビドラマの監督・脚本を務めることになっていますが、私の夢は、クリストファー・ノーラン監督の『オッペンハイマー』のような作品を作ること。将来的には、もっともっと映画に携わって、自分なりのメッセージを発信していけたらと思っています。まずは『SCRAPPER/スクラッパー』をぜひ、たくさんの方に観ていただきたいです。
シャーロット・リーガン
1994年6月19日生まれ、イギリス出身。10代の頃からミュージックビデオの監督として活躍。これまでに撮影したMVは合計100本以上。また同時期、パパラッチカメラマンとしても活動していた異色の経歴を持つ。初の短編映画『Standby』(16)はトロント国際映画祭でプレミア上映。2作目の短編『Fry-Up』(17)は、ロンドン映画祭、サンダンス映画祭、ベルリン映画祭で上映された。3作目の『Dodgy Dave』(18)はトロントとロンドン映画祭で上映された。マイケル・ファスベンダーの製作会社DMCフィルムに才能を見出され、本作を制作する。
Instagram:@crcharlotte
SCRAPPER/スクラッパー
2024年7月5日(金)より、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷&有楽町ほか全国公開
監督:シャーロット・リーガン
出演:ローラ・キャンベル、ハリス・ディキンソン
© Scrapper Films Limited, British Broadcasting Corporation and the The British Film Institute 2022
- Edit : Seiko Inomata(QUI)