市川染五郎 – 夢を見させる
本当に戦っているようなつもりで演じた
― 映画『レジェンド&バタフライ』は、東映創立𝟕𝟎周年を記念した総製作費20億円の大作でした。出演が決まったとき、どんな感情が起こりましたか?
まず木村(拓哉)さんの作品ということで、祖父(松本白鸚)や父(松本幸四郎)、とくに叔母(松たか子)がたくさん共演させていただいていたので、感慨深い気持ちになりました。
初めてお会いしたときは、“キムタクだ”って(笑)。やっぱりスーパースターというイメージですよね。父が染五郎だった時代に共演して「ソメ」って呼ばれていたことは知っていたので、自分はなんて呼ばれるのかなと思っていて。クランクインして最初のシーンの撮影後、殺陣の稽古のときに、いきなり「ソメ」って呼ばれて感動しました。
撮影期間中に父がちょうど京都の南座という劇場で歌舞伎公演に出演していて、公演終わりの父が撮影所まで来たんです。本当に久しぶりに父と木村さんが会って、すごい瞬間を見たなと。
― 木村さんと一緒のシーンが多かったですが、共演して感じたものはありますか?
木村さんは常に作品全体のことを考えて、本当に細かい部分の見え方にまでこだわる方だということを父から聞いていたのですが、本当にそのとおりで。
― 木村さんとはどのような会話を?
殺陣の稽古では、木村さんに細かくアドバイスをいただきました。歌舞伎では、ひとつひとつ決まった型を表現していく殺陣が多いのですが、時代劇の殺陣はよりリアルさを求められるので激しくて。重心を落として、なるべく体力を消耗しないように最小限の動きの中で斬っていくことなど、撮影のときもアドバイスを意識しながらやっていました。
― 殺陣のシーンは熱が入りそうですね。
刀を合わせるにしても、歌舞伎だと刃と刃をちょっと浮かせているのですが、時代劇だと本当に合わせますし、相手の体に刃を押しつけるようにして斬るんです。本当に戦っているようなつもりでいましたし、現場全体の空気も皆さん燃えるような感覚がありました。
― 大友啓史監督は当てても安全な刀を開発しているとお聞きしました。
多少やわらかいものが入っていて、本物に比べたら軽いと思います。
― とはいえ当たったら痛い?
痛いですね。刀というよりも、本能寺の変のシーンで鎧をつけた敵を刀で押し返すときに、鎧についた鉄のプレートが手の甲を……。血のりも付いてるんですけど、自分の血も出ていて、どっちが本物の血かわからない状態で。
あとは冬の京都で、裸足でぐしょぐしょの状態で、とにかく寒かったです。
― 本能寺の変では、染五郎さん演じる森蘭丸の死に様も見事でした。
あのシーンは壮絶すぎて覚えてない部分があるんです。最後まで殿を守りきれなくて申し訳ないという気持ちだったり、殿に早く逃げてくれっていう気持ちだったり、信長に伝えたかったいろんな感情を、あの一瞬で目だけで伝えたいという思いでやっていました。
滲み出るかっこよさに惹かれる
― ご自身の中で森蘭丸という役柄をどのように捉えて準備していきましたか?
10代で若い命を失ってしまう蘭丸は、演じる側としても10代の今挑戦したい人物でした。
大友監督に初めてお会いしたときに資料をいただいたり、撮影期間中にも蘭丸ゆかりのお寺を訪ねたり、そして演じながら蘭丸という人を捉えていきました。
― 演じるうえで特に大切にしたところはどこでしょう?
とにかく信長を心から慕い、常に信長のために自分の神経すべてを使うことです。最後のアクションシーンは殿を守らなきゃという思いが特に強いですけど、他のシーンでも殿になにかあればすぐに動けるように気を張っていました。
― その強い意志は全編通じて感じられました。蘭丸は信長のどこに心酔していたのか、染五郎さんの中で答えはありますか?
「天下布武のためにございます」という蘭丸のセリフがあって。信長の天下を獲ってやろうという、人として、武将としての強い芯みたいなところに蘭丸が惹かれて、ずっとそばにいたんだなというのは、そのシーンで思いましたね。
― 染五郎さん自身は、どういう男に惚れますか?
表面的なかっこよさだけではなく、滲み出るかっこよさみたいなものがある人です。
― 思い浮かぶ方はいますか?
祖父だったり、父だったり。役者としてかっこいいなと思いますし、一生をかけて、一歩ずつでも近づかなければいけない存在だと感じています。
― 時代劇としては初の映画出演となりましたが、振り返っていかがでしたか?
同時に大河ドラマ(「鎌倉殿の13人」)の撮影にも入らせていただいていたのですが、作品としての空気感がまったく違ったことにすごく驚かされました。
― 空気感の違いというのは?
こちらの現場はよりピリッとしているというか。和やかさの中にも、どこか緊張感がありました。
重要文化財になっているような建物で撮影させていただいたりもしたので、壁を傷つけないようにとか。歌舞伎の時でもそうですけど、刀を差していると自分の体だけじゃなくて刀の前後の幅があるので、気をつけないと振り向いたときに刀が壁に当たってしまうんです。それも含めてずっとピリピリしていた感じがしました。
― できあがった映画の感想を伺いたいです。
蘭丸が登場する以前のシーンはあえて台本を読んでなかったんです。試写で初めて観て、こういう出会いや経験を経て自分が一緒の空気を過ごさせてもらった信長がいることをまず感じました。
そして、いち観客として観たときに、信長と一緒に生きたような臨場感を味わえました。やっぱり映画館で観ないとこの迫力や臨場感を感じることはできないですよね。もちろん公開してからも映画館に観に行きたいなと思っています。
軸として常に歌舞伎を思っている
― 舞台を軸にしながら、ドラマ、映画と映像作品への出演も増えています。
そもそも自分に自信がないですし、人前に出るのは苦手です。少なくとも普段は、自分から人前で何かをすることは全くないので。でも、歌舞伎が好きだという気持ちがあるからできているのかなと思います。
― お芝居をするうえで必要な能力って何だと思いますか?
歌舞伎は高い音から低い音まで全部使うので、裏声と地声の間、高い地声というのは早く身に着けたいです。
― 幼い頃から活動されているので、声変わりは大変だったでしょうね。
大変でした。とくに自分は早かったですし、ひどかった。ちょうど染五郎を襲名したときがピークだったのですが、思うように声が出なくて、その時期は一番辛かったですね。
― 自分ではどうしようもないですから。
そうなんです。無理をしすぎると声変わりが終わったときに安定しなくなるということなので、無理をしない範囲で頑張らなきゃいけないという。
― 映像作品でも声は重要だと思いますか?
どんなに感情を込めても、言葉が伝わらないと意味がないので、一番大事なんじゃないかなと思います。だからセリフを一語一句、はっきり言うことは根底にあります。
― 森蘭丸は18歳でその生涯を終えたそうですが、染五郎さんは現在17歳。ご自身のこれからの人生を長く感じますか?
長いですね。これからを思うともちろん長いですけど、今までも長いです。一般的な17歳よりはいろんな経験をして、いろんな人にも出会わせていただいていて、まだ17歳なのかと(笑)。
― 濃度の高い日々ですね。大切にしている時間はなんでしょう?
普段から歌舞伎のことを考えていることが多いですね。歌舞伎俳優は舞台に向けての稽古だけでなく、日常的に踊り、長唄、三味線、鼓、清元などのお稽古もしています。もちろん日常のすべてが歌舞伎だけではないんですが、軸として常に歌舞伎を持っていなきゃならないと心がけています。
― 信長は天下布武という夢を掲げていましたが、染五郎さんの大きな夢を教えてください。
舞台を観ている瞬間だけでも、お客様に現実を忘れて夢を見てもらえるものをお届けすることが役者の役目だと思っています。ゴールのないものだとは思いますが、一人でも多くの方に夢を見させられる役者になりたいです。
Profile _ 市川染五郎(いちかわ・そめごろう)
2005年3月27日生まれ、東京都出身。2007年6月に歌舞伎座『侠客春雨傘』で初お目見え。2009年6月、歌舞伎座『門出祝寿連獅子(かどんで いおうことぶきれんじし)』で四代目松本金太郎を名乗り初舞台。2018年1月、歌舞伎座高麗屋三代襲名披露興行で八代目市川染五郎襲名。本作が時代劇映画は初出演となる。
Instagram
shirt ¥52,800 / cutis, jacket ¥121,000・pants ¥44,000 / GalaabenD (3RD[i]VISION PR), other / Stylist’s Own.
Information
映画『レジェンド&バタフライ』
2023年1月27日(金)全国公開
出演:木村拓哉、綾瀬はるか、宮沢氷魚、市川染五郎、北大路欣也、音尾琢真、斎藤工、伊藤英明、中谷美紀
脚本:古沢良太
監督:大友啓史
©2023「THE LEGEND & BUTTERFLY」製作委員会
- Photography : Yuki Yamaguchi(W)
- Styling : Nao Nakanishi
- Hair&Make-up : AKANE
- Text&Edit : Yusuke Takayama(QUI)