柄本佑 – 声と向き合う
映画『野生の島のロズ』の吹き替えで感じた難しさや楽しさを振り返りながら、映画で得られる感動、役者としての哲学、家族との関係などについても率直な思いを語った。
映画に対する欲求の純度の高さに感動する
― 映画『野生の島のロズ』をご覧になって「恥ずかしながら泣いてしまった」とコメントされていましたが、もともと涙もろいほうなのでしょうか?
そんなことはないと思いますよ。
― 映画を観て泣くこともめずらしい?
ただ、『ションベン・ライダー』は始まって5分ぐらいで号泣しますけどね。
― それは何回観ても?
音楽がかかった瞬間、たまらず泣いてしまう。あと『NAGISA』も3カット目ぐらいで泣いてしまいますし、『フレンチ・カンカン』のラストも泣きますね。
― 映画に泣かされることはあるんですね。本作ではどんなところにグッときたのでしょうか?
もちろん画もお話も素敵なんですけど、クリス・サンダース監督の映画に対する欲求の純度の高さがとってもきれいで、僕はそういうところに感動します。
― 収録には、どのようなことを意識して臨みましたか? 柄本さんが演じたキツネの「チャッカリ」という名前は、キャラクターにぴったりですよね。
名前の通り、ちょっとちゃっかりしているところがあって。チャッカリは、ひとつのシークエンスの中でも表情がコロコロ変わるじゃないですか。その感じを声でも出せたら良いなと考えていました。
とくに序盤は表情をコロコロ変えながら長いセリフをしゃべるので苦労したんですけど、後半からは人間味を帯びて…人間じゃないんだけど、ちょっとしっとりさせていきました。
― すごくチャーミングなキャラクターでした。
そうなんです。それに僕は『ファンタスティック Mr.FOX』という映画がすごく好きで、キツネに思い入れがあるのでうれしかったです。
― キツネってずる賢いイメージがありますよね。
だからそのイメージを利用してやろうと。チャッカリの持つ抜け目なさを、声でも表現できるようにこだわりました。
アニメの声に憧れがあるぶん緊張感もある
― 柄本さんをはじめ、日本語吹き替えのキャスティングが皆さん本当にはまっていましたよね。実写化してもこのキャストでいけるんじゃないかってぐらい。
ありがとうございます。
― 他のキャストに現場で会う機会はありましたか?
いえ、現場はひとりひとり別々でした。しかも僕が一番最初だったんです。だから、誰の声も入っていない状態で、他のキャラクターとの会話も英語で。
― 英語に対して日本語で返す。
そうなんです。
― それって普段のお芝居とはまた違った特殊な技術ですよね?
たしかに技術なのかもしれません。以前アニメーションの声をやったときに、高山みなみさんがいらっしゃって。
― おおっ。
モブシーンの声は、その日にいるキャストの中から当てられるんですよ。「この人とこの人の声をやって」みたいに。それで高山みなみさんは、少年とおばちゃんの声を当てられたんですけど、もちろん一発OK。それぞれの音色が全然違っていて、やっぱり圧倒されますよね。
― それこそ本職の声優ならではの技術ですね。
そういうのを見ているから、アニメの声にはすごく憧れがあるんですけど、憧れがあるぶん緊張感もあって。
― 今回とくに苦労した点はどこでしょう?
英語とは文字数も違うので、アニメーションと合わせていくのは難しかったですね。でも、本国の英語の声とアニメーションはなんでこんなに合っているんだろうかと思ったら、実は声を先に録っているんですって。要するに芝居にあわせてアニメーションを作っている。ずるい(笑)。
そのことに後半で気づいたんですけど、だったらもうちょっと自由に、とらわれすぎなくてもいいのかなと。ベースがとってもおもしろい作品なので、僕らが新たに作り直す感覚で取り組んでもほぼ影響はないと思って、その場で思いついたアイデアを試したりしながらやっていました。
― そうなると普段の俳優業と意識的には違いがなさそうですね。
途中からはそこまで変わらなかったです。最初は意識しちゃってなかなか難しかったですけど。だから前半部分は、全編収録後に録り直しました。
― 柄本さん自身が聴いても違うなと?
わかりました。後半は明らかに声が出ていたので。
― そうなんですね。僕なんかは自分の声を聞くとすごく嫌な気持ちになって、聴き分ける自信なんてないですが、柄本さんはそういう感覚は超越しているのでしょうか?
嫌ですよ(笑)。自分が出ている作品を観るのも苦手ですし。全然ダメで、落ち込むしね。というのをうちの母ちゃん(角替和枝)に愚痴ったら、「この仕事は待つこととがっかりすることに慣れるのが仕事だぞ」と言っていて、「そうか、だったら俺が落ち込むのも当たり前か」と。がっかりしなくなったらおしまいだとも思うし。
― たしかに。理想や情熱が消えたということなのかも。
だったらもうやる意味がないじゃないですか。がっかりできているうちが華ですね。
― ちなみに普段から役者として「声」にどう向き合っていますか?
役者にとって一番大事なのは声だと思っています。「一声、二顔、三姿」という、歌舞伎の言葉もあって。やっぱり素敵な俳優さんは、声が良いんですよね。
子どもから幸せをいただいている
― 雁(ガン)のひな鳥と出会って育てることになる、ロボットのロズにプリミティブな親のあり方を感じました。親が子に与えられることってなんだと思いますか?
それがわかれば一番良いんですけど。子育ての環境などいろいろあるとは思いますが、何が良いのか悪いのかはギャンブルみたいなものでわからない。だから僕はただ、楽しいか楽しくないか、ですね。
あとはとにかく健康で元気でいてくれれば、他のことは良いんじゃないかなって思います。
― ではご自身が親から与えてもらったものはありますか?
映画かな。よくもまあ、きょうだい3人、全員まんまと映画好きなので。
― 完全にご両親の影響で。
だって映画を観ていないと会話が成り立たない家だったから。それで映画を観ていたら、好きになっちゃいますよ。
― 英語で話す家に生まれたら、英語が話せるのは当たり前みたいなことですね。
そうです。映画で会話をすることや、チラシを見て「次この映画やるんだ」って知っていることが当たり前だと思ってたもん。実際は同級生と話していても、「何それ?」みたいな感じでしたけどね(笑)。
― 前に何かで知ったんですけど、柄本さんは小学生でフェリーニがお気に入りだったって。
そうです。僕、将来の夢が映画監督で、卒業文集にフェリーニの『道』について書いていて。
― 同級生と話が合わないわけですよね(笑)。逆に子どもから親に与えられるものは何か思い浮かびますか?
ものすごくたくさんありますよね。子どもから教わることもたくさんあるけど、最終的には幸せをいただいているなという気がします。気がするんじゃない、確実にそうですね。
― 子どもがいて共に過ごすというだけでも、幸せの総量が増えていると感じられる。
本当にそのとおりです。ありがたいなと。だからむしろ、僕のほうが子どもに感謝しています。
― 本作ではロボットと動物という、種を超えた共存、交流が描かれますが、柄本さんがコミュニケーションで心がけていることがあれば教えていただけますか? 人と会うことも多いお仕事かと思うので。
心がけないことを心がけているかな。心がけると、結局それが邪魔になることもあるじゃないですか。
― 型があると、イレギュラーなことに対応しづらいかもしれません。
だから想定しないというか、行き当たりばったりというか。
― 合気道みたいな?
そうそう。そんなにすばらしくはできないですけど、いろんなことを決め込まないことが大切な気がします。
― では最後に、これから『野生の島のロズ』をご覧になるかたへのメッセージで締めさせてください。
やっぱり劇場で観ていただきたいですね。かなり細部まで工夫を凝らして作られていることがよくわかるんです。
― 背景はすべて人の手で描かれているそうですよね。雁の群れが海をわたるシーンでは、1億枚以上の羽根を1枚1枚作っていたり、圧巻の映像美でした。
キャラクターもあえて色ムラがあって絵画的で、それを劇場のでっかいスクリーンで見ると、本当に気持ちよく味わえる。すごい作品なので、ぜひ劇場で観ていただきたいです。
Profile _ 柄本佑(えもと・たすく)
東京都出身。2001年映画『美しい夏キリシマ』(03)のオーディションに合格し主演デビュー。2019年『きみの鳥はうたえる』他でキネマ旬報ベスト・テン主演男優賞、毎日映画コンクール男優主演賞などを受賞。2023年『ハケンアニメ!』ほかでヨコハマ映画祭助演男優賞など受賞。近年の作品にドラマ「心の傷を癒すということ」、「空白を満たしなさい」、「光る君へ」、映画『火口のふたり』、『痛くない死に方』、『先生、私の隣に座っていただけませんか?』、『シン・仮面ライター』、『春画先生』、『花腐し』など。公開待機作に『ゆきてかへらぬ』がある。
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jacket ¥143,000 / BOW WOW (BOW WOW 03-6384-5811), tops ¥19,800・pants ¥48,400 / AURALEE (AURALEE 03-6427-7141), Other stylist’s own
Information
映画『野生の島のロズ』
2025年2月7日(金)全国ロードショー
日本語吹替:綾瀬はるか、柄本 佑、鈴木 福、いとうまい子、千葉 繁、種﨑敦美、山本高広、滝 知史 、田中美央、濱﨑 司 他
声の出演: ルピタ・ニョンゴ、ペドロ・パスカル、キット・コナー、キャサリン・オハラ 他
原作:「野生のロボット」(福音館書店, 作・絵:ピーター・ブラウン/訳:前沢明枝)
監督・脚本:クリス・サンダース
Ⓒ2024 DREAMWORKS ANIMATION LLC.
- Photography : Yoshitake Hamanaka
- Styling : KYOU
- Hair&Make-up : Rumi Hirose
- Text&Edit : Yusuke Takayama(QUI)