CROSS THE LINE — にしなが向きあう、歌うこと、生きること
だれかが引いた線を、当たり前だなんて思えないから。
2022年1月26日に、新曲『スローモーション』をリリースしたばかりの音楽アーティスト、にしな。
歌うことが恥ずかしかった少女が、歌うことで満たされるようになるまで。
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Interview with Nishina
にしなインタビュー
— にしなさんは音楽アーティストとして活動されていますが、ご自身の中で「なぜ歌うのか?」ということに明確な答えがありますか?
1番は歌うことが好きだからっていうすごくシンプルな理由で、あとは自己表現の一部になっているということでしょうか。
— もともと自己表現をしたい気持ちがあった?
自分の中に無意識的に隠しちゃう部分があることに、歌うことで気付いて。そこを出していきたいという気持ちが、今のお仕事に繋がっているのかなと。
— 自分を表現すること自体が歌のすごい力だと思うんですけど、表現することで世の中に何かを起こしたいという気持ちもありますか?
あんまりそこはなくて。でも、満たされたいとは思っているかもしれません。
— 満たされたい? 自分自身が?
はい。たとえば、嫌なことがあった時に人に話して、答えが出なくても一時的に満たされるじゃないですか。
— そうですね。
歌うことは、そんな感覚かもしれないです。答えが欲しいというよりも、吐き出すことで満たされたいという。
— なるほど。じゃあ自分の中に溜まったものを、そのまま歌にして吐き出しているような?
曲を書き始めた時の根本はそうでしたね。いまは少し変わってきてる部分もあって、曲によっては全然違う作り方もするんですけど。
— 聴き手のことをイメージして作ることもありますか?
あります。
— 具体的な誰かを?
初めはまったく誰も意識してなくて、その次に好きな人とか誰か1人をイメージするようになって、最近はもっと大きな対象もイメージして曲を書くようになりました。聴いてくれる方だったり、映像やドラマに合わさった時にどう見えるかだったり。
— 自分の中にあるものを吐き出す曲と、誰かに向けた曲って、わりと違うものかなと思うんですけど、転機になった曲はありますか?
『ヘビースモーク』を書き始めたぐらいから、人に対する感情を歌うようになって、それを聴いてくれる人が少しずつ増えていった記憶があります。
— 2018年あたりでしょうか。ちょっと遡って、にしなさんはどういう子どもだったんですか?
活発ではあったと思います。外で遊ぶのが好きで、走りまわっていました。
— スポーツも?
中学校がテニス部で、高校がバトミントン部でした。
— わりと体育会系なんですね。音楽に触れた原体験は覚えていますか?
なんとなく歌うっていうことは幼稚園ぐらいからずっとあったんですけど、音楽活動を始めるきっかけは高校2年生ぐらいの時に無料でレッスンを受けられるオーディションに応募したこと。それから人前で歌ったり曲を作ったりするようになりました。
— 歌うこと自体は小さいころから好きだったんですね。
そうですね。でも小学校でなぜか人前で歌うのが恥ずかしくなって。こっそり歌ってました。小、中と。
— カラオケには行かなかったですか?
初めて行ったのが中学2年生だったかな。すごく緊張しました。
— 人前で歌うことが恥ずかしいという気持ちは理解できるんですけど、そこからオーディションを受けるっていう飛躍をするじゃないですか。恥ずかしがりやの女の子が、なぜか思い切って。
やっぱり好きっていう気持ちがずっとあったんですね。で、いまも音楽活動をしている幼馴染がいるんですけど、その子がオーディションを受けていて。中学から高校にあがる時もその子は音楽の道に進もうとしていて、その背中を見た時に心の中でふと「やってみよう」って。
— それは大きな影響ですね。いままでどんな音楽を聴いてきましたか?
小さいころは母が洋楽ばかり聴いていて、R&Bっぽい音楽が家庭で流れていて。小学生あたりは音数が多いものがあんまり得意ではなかったので、アコースティック系の音楽をよく聴いていました。中高でバンドサウンドにはまっていって、そこからはいろいろな音楽を聴くようになりました。
— にしなさんの音楽にもそのルーツが感じられるような気がします。ちなみに初めてのカラオケで歌った曲、覚えてますか?
コブクロさんの『赤い糸』っていう曲を歌いました。
— 当時から上手かったんですかね?
そんなことはないと思います。でもこの曲を褒めてくれたのがすごく嬉しかった記憶があります。
— 歌唱でなく、曲を褒められたことが嬉しかったというのは面白い感覚ですね。にしなさんの作品には、『U+(ユーアンド)』や『夜になって』など多様性に向きあったものがありますが、ご自身に対しても偏見やラベリングのようなことを感じることはありますか?
いますごく感じるってことはないですけど、昔は「女の子だからスカートをはきなさい」とかそういうちっちゃい面で違和感みたいなのは覚えてたかなと思います。
— 大学でもジェンダーについて学ばれているそうですね。
もともとジェンダーそのものにすごく興味があったわけでなく、概念や枠にとらわれていく感覚が苦手というか不思議だなと思ってて。その違和感ってすごくジェンダーに近しいものがあるかもしれないと思って学び始めました。
— なるほど。ジェンダー以外だと、どんな概念にとらわれているなと感じますか?
例えば「若いから」っていうのも、私は言われたら「あっ」ってなっちゃうし、あんまり言わないようにしたいなと。あとは国籍とか。もちろん政治とかのことを考えたら言い切れないんですけど、アメリカ人と日本人の違いと同じように、私と他の誰かには違いがあるし、こっちに線を引いてこっちに線を引かない理由がわからなくなっちゃいます。
— 個々で存在しているものにどう線を引くかって本当に恣意的というか。何がステレオタイプで、何が根拠のあることなのかってすごく不確かですよね。
そうなんです。
— 自分自身とアーティストの「にしな」のギャップなどで悩むようなことはないですか?
ありました。最初は楽曲も自分自身のキャラクターも作り上げていかなきゃいけないものだと思っていて、ちょっと追い込みすぎちゃって。最近はパジャマで街を歩けるぐらいの感覚で生きてます。
— なるべく自然体で。「にしな」として表現する際に大切にしていることはありますか?
曲を書く時は、感覚と思考のバランスをすごく大切にしています。論理的に説明できる良さもあるけど、説明できない感覚がやっぱりあるなと思っていて。
— 曲を作る時は、わりと推敲するほう?
曲によるんですけど、推敲しちゃうことが多いです。
— 推敲しちゃうという表現は、ネガティブなニュアンスも感じられますが。
推敲しすぎて、思考回路がこんがらがって……
— 不安になってしまう?正しいのかどうか。
悩みすぎてしまいます。
— クリエイションってどこを完成とするか難しいと思うんですけど、いつも「ここで完成した」って瞬間が訪れるものですか?
やっぱり訪れないことも多いです。どこで線を引いたらいいんだろうって。
— そもそもどうやって曲作りをすることが多いですか? いろんな手法があると思うんですけど。
多いパターンは、なんとなく遊びで弾いていて、その延長線上で曲の破片ができて、それを集めていくっていうのが多いかなと思います。あとは「このフレーズが歌いたい」から始まることもあったり。
— いろんなパターンがあるんですね。いま、にしなさんの曲が多くの人に聴かれるようになったことで、気を付けるようになったことはありますか?
そこはないかもしれないです。聴いていただけているのはすごくありがたいですが、その体感というか、自覚はあんまりなくて。自分自身をそんなに大きいものだととらえていないので、「これは書いちゃいけない」とかはあんまり考えないですね。
— にしなさんは声もメロディも歌詞も、すべてにオリジナリティがありますが、中でも重視している要素は?
できることならどれも良くしていきたいと思っているのでこれが1番っていうのはないんですけど、1番調整できるのが言葉から感じる部分のような気がしていて。難しさもあり、可能性もあるのは言葉だなってすごく思います。
— 言葉ですか。1月26日には新曲『スローモーション』がリリースされますが、歌詞には中国語や英語も取り入れてますね。全編を外国語で歌ってみたいと考えることもありますか?
英語で歌えたらなぁってすごく思うんですけど、発音って言われたら歌えなくなっちゃうので、ちょっとずつしか入れられないんです。
— 世界中の人に聴いてもらいたいという気持ちも?
ありますね。あとは英語には英語の発音にしかない響きがあるので。韓国語でも、何語であっても、その言語にしかない良さが歌えたらいいなぁとは思います。
— 『スローモーション』はどういった内容の曲でしょうか?
簡単に言ったら、すごく好きすぎておかしくなっちゃってるという曲で。カップルがいて相手のことが好きだけど、相手がもしも浮気をして自分のことを傷つけるんだったら、その感情すら同じように感じて欲しい。好きだからこそ共感したいけど、言葉でどう伝えても全く同じ感覚にはなれないから同じ経験をさせてあげたいっていう曲です。
— ちょっと怖い感じ……。音楽的に挑戦したことがあれば教えていただきたいです。
生の良さと打ち込みの良さを融合したいっていうのはすごくあって。アレンジャーさんにお話させていただいて、いろいろ試していまの形に落ち着きました。
— MVは?
先日撮影して、寒すぎて死にかけました。深夜1時ぐらいに渋谷を出発して、遠い何もない土地で早朝から薄着でスコップをもって男性2人を埋めるっていう。
— 猟奇的な。監督は?
石原海さんっていう若い女性のアーティストで。森林に設置したアクリル板に私が立って、下から撮ったり。映像的にも面白いものになっていると思います。
— 本作に限らず、にしなさんはビジュアルに対する意識が強いように感じます。
強い方だと思います。曲を書く時、映像的なものをイメージして書くことも多かったりするので、根本的に曲に対してのビジュアルのイメージがあるんです。あとは見たものってイメージに直結するじゃないですか。だから、曲とあわせてビジュアルは大切にしたいなって。
— 書いている時から絵で浮かぶ時も多いんですね。ご自身でも映像制作をされることも?
『debbie』って曲は自分で監督をさせていただきました。撮影は北海道と群馬で。
— 撮影は増田彩来さん。曲も映像もめちゃくちゃいいです。もう、なんでもできちゃう。
いや、全然。やりたいからやらせてもらったみたいな感じで。
— 2022年最初のシングルが『スローモーション』になりますが、今年の目標があれば教えてください。
いろんなところでライブをしたいです。2021年もいろんなところに行かせていただいたんですけど、まだ行けていない場所もすごくありますし。ワンマンもまだ1回しかやったことがないので、新しい曲を持っていろんなところにライブに行けたら良いなって思います。
— 音楽活動の中で1番好きな瞬間はライブですか?
1番難しさもありますが、でも終わった時の達成感でいうとやっぱりライブかなって。
— ライブの楽しさってなんですか?ライブはやったことがないので……。
アドレナリンがすごく出ますね。その夜は眠れなくなるぐらい興奮作用があるんです。なんででしょうね? やったことがないなら、おすすめですよ。
Profile _ にしな
新時代、天性の歌声と共に現れた新星、「にしな」。やさしくも儚く、中毒性のある声。どこか懐かしく、微睡む様に心地よいメロディーライン。無邪気にはしゃぎながら、繊細に紡がれる言葉のセンス。穏やかでありながら、内に潜んだ狂気を感じさせる彼女の音楽は、聴く人々を徹底的に魅了する。Spotifyがその年に注目する次世代アーティスト応援プログラム「RADAR:Early Noise 2021」に選出。ゆっくりとマイペースにリスナーを虜にしてきた彼女の声と音楽が、静かに、そして、より積極的に世の中へと出会いを求めに動き出す。「儚さと狂気」を内包する才能が、ここに現る。
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- Photography : Ryutaro Izaki
- Styling : Sora Murai
- Hair styling : Yui Suzuki
- Make-up : Kyoko Susa
- Art Direction : Kazuaki Hayashi(QUI / STUDIO UNI)
- Text : Yusuke Takayama(QUI / STUDIO UNI)