プロデューサー・ワークに耳を傾けてみる | ディスクユニオンスタッフが教える、かけがえのない音楽 # 3
連載第3回目となる9月のテーマは「プロデューサー・ワークに耳を傾けてみる」
各ジャンルを担当する音楽マニアならではの深い知識と独断と愛情にあふれるリコメンドを楽しんでほしい。ここで見つけたディスクユニオンの“推し“が、あなたにとってかけがえのないライブラリーになることを願いつつ。
宇多田ヒカル 「Somewhere Near Marseilles ―マルセイユ辺り」 recommend by 子安 菜穂子さん
recommend by 商品部門商品部 ハウステクノ担当 子安 菜穂子さん
ハウステクノweb担当。90年代よりANiIIIIiiiKii名義でDJとしても各地で活動中。
おすすめアーティスト名:宇多田ヒカル
アルバム名:BADモード
リリース年 / レーベル名:2022/ エピック
スタッフのおすすめコメント:
2022年リリース、宇多田ヒカル8枚目のオリジナル・アルバム「BADモード」収録、ドラマやアニメ映画等に提供したタイアップ曲を中心にまとめられる中、本アルバムで“新曲“として収録された3曲のうちの一つである本作。共同プロデュースという形でSKRILLEX、POO BEAR、小袋成彬等様々なミュージシャンが参加する中、表題作「BADモード」を手がけ、本作で初登場する事となったFLOATING POINTSことSAM SHEPHERDのクレジットは当時クラブ・ミュージック・ファンに大きな驚きを持って迎えられたことを覚えています。
RINSE FM/NTS等でお馴染みの人気DJ、ALEXANDER NUTとEGLO RECORDSを共同運営し、NINJA TUNE、PLANET MUとイギリスのエレクトリック・ミュージック名門からの多くのリリース作品で、クラブ・ミュージック・ファンにとってはお馴染みでもあったFLOATING POINTS。その背景もありダブステップ以降のUKベース~ビート・ミュージックの系譜で語られる事も多い彼ですが、本人のルーツにはクラシックやジャズ等のサウンドから受けた影響も色濃く、オーケストラグループ「FLOATING POINTS ENSEMBLE」としてのリリース等その活動と音楽的造詣は多岐に渡ります。
そしてある種わかりやすくそのクラブ・ミュージック界隈のファンに「なるほど」と思わせたのが今回ピックアップさせて頂いた「Somewhere Near Marseilles ―マルセイユ辺り」。デモの段階では4分程であったトラックが完成時には約12分のロング・トラックとなっていた1曲であり、まさに宇多田ヒカルとFLOATING POINTSの共同プロデュース・ワークだからこそ生まれたマジックを感じます。彼女の凜として澄んだ歌声と反復しながらゆっくりと波形とグルーヴを変容させていく電子楽器との相性の良さ、後半緩やかに彼女のコーラス・ループとエレクトリック・トラックが絡まりあう展開にシフトしていく構成も実に見事で、冒頭から最後の一音が引き抜かれるまでみっちりと詰められた1曲です。
サディスティック・ミカ・バンド 「HOT!MENU」recommend by 杉本 博士さん
recommend by 商品部門 日本のロック/POPS担当 杉本 博士さん
日本の古いロックを担当しています。2023年はレジェンド音源の充実復刻の当たり年!
おすすめアーティスト名:サディスティック・ミカ・バンド
アルバム名:HOT!MENU
リリース年 / レーベル名:1975/東芝EMI/Doughnut
スタッフのおすすめコメント:
音楽誌で『日本のロック名盤』特集とあれば、エントリーされないわけにはいかないであろうサディスティック・ミカ・バンドのセカンド・アルバム『黒船』(1974年)。そこには枕詞のように「プロデューサーにクリス・トーマスを迎え、日本国内でレコーディングされた…」という一説が付記されていることでしょう。
有名曲「タイムマシンにおねがい」も収録され、究極の和洋折衷ともいうべき世界観を緊迫感あふれるサウンドで展開したコンセプト・アルバム『黒船』のユニークなサウンドは称賛されて然るべき、という大前提のうえで…同プロデューサーを迎えて制作された次作の『HOT!MENU』(1975年)で聴けるメロウでファンキーなサウンドをこそ、個人的には推したいのです。
メロディ・メイカー/シンガーとして、それまでのキャリアを通じて洗練の極みを感じさせる世界観を構築していた加藤和彦。当時は全員が20代前半、名うてのプレイヤー揃いの演奏隊だったサディスティックス(高中正義、高橋幸宏、今井裕、後藤次利)のメキメキと頭角を現しつつある早熟でテクニカルなプレイ。再評価の進むCITY POPにも繋がる良質なテイストも随所で聴くことができます。
その後のメンバーの活躍や成功ぶりの大きさゆえ、「かつてのビッグネームが若かりし時代に在籍したバンド」という通過点として、あるいは必要以上に「伝説的に」捉えられてしまいがちなサディスティック・ミカ・バンド。しかし、確実にパーマネントグループとして活動していた時代の貴重な特異点を捉えたこのアルバムの意義は大きく、ボーカル曲におけるインストゥルメンタルのパートの比重の多さもこの時代ならでは。
半世紀近くを経てもなお魅力的に響くサウンドを聴き返す度に…各メンバーの持つ魅力的な資質をいかに引き出し、どのようにして最終的なサウンドに昇華させるのかというシンプルかつ大きな命題に真摯に向き合ったプロデューサーとしてのクリス・トーマスの手腕の大きさがあらためて浮かび上がってくるような気がするのです。
ザ・ビートルズの『ホワイト・アルバム』(1968年)のアシスタント・プロデューサーとしてキャリアをスタート、ポール・マッカートニー、エルトン・ジョン、プロコル・ハルム、ピンク・フロイド、ロキシー・ミュージック…さらにミカ・バンドの後にはセックス・ピストルズのデビューアルバム『勝手にしやがれ!!』(1977年)などの錚々たる作品のプロデュースを担当したクリス・トーマス。彼自身が当時の日本音楽業界にとっての「黒船」そのものだったのかもしれません。
NAS「I Am… 」recommend by 高橋 央さん
recommend by 商品部門商品部 高橋 央さん
ヒップホップ担当バイヤー。HIP HOP/R&B/JAPANESEの作品をご紹介していきます。
アーティスト名:NAS(ナズ)
アルバム名:I Am…
リリース年 / レーベル名:1999 / Columbia
スタッフのおすすめコメント:
“プロデューサー・ワーク”とは、一般的には曲作りにおける総合的な指揮官、というイメージでしょうか。
ただその一方で、ヒップホップにおいては総合的な指揮という面とは別に、ビートメイクにおける技術的な面やサンプリング・センスに特化してフォーカスした”プロデューサー・ワーク”という捉え方があるのも事実です。
その点で外せないのは、ヒップホップ50年の歴史におけるレジェンダリー:DJ Premier先生でしょう。代名詞チョップ&フリップ(ネタを切り刻み再構築していく手法)は神の領域へ達してしまっています。
多額のサンプル料を支払い大ネタをそのまま使うのではなく、様々なジャンルのレコードを掘り当て、閃きとセンスでほんのワンフレーズの光を抜け目なく抜き出しクリエイティブに再構築していく。
ヘッズが後々そのネタを知った時、「この曲のこんな部分だけを抜いてあんな風に組み替えてループさせてたのか!!やべー!」となるわけです。
これがヒップホップにおける”プロデューサー・ワーク”の醍醐味の一つなのであります。
宇多田ヒカル「BADモード」 recommend by 猪股 恭哉さん
recommend by ハウステクノ担当 猪股 恭哉さん
ハウステクノ担当バイヤー。
おすすめアーティスト名:宇多田ヒカル
アルバム名:BADモード
リリース年 / レーベル名:2022/ エピック
スタッフのおすすめコメント:
フローティング・ポインツことサム・シェパードの名前はダンスミュージックやクラブミュージック、エレクトロニックミュージックを長年楽しんできた人であれば、どこかで耳にしているし、もちろん熱心に作品を追いかけているかと思います。自らが運営に携わる自主レーベル EGLO RECORDSからの「VACUUM EP」は、いち早くジャズ/フュージョンの要素とエモーションなダンスミュージックと融合させてクラブヒット、1stアルバム「ELAENIA」では、フリージャズやスピリチュアルジャズを大幅に取り入れた内容でチェサム音楽学校での学びを感じさせるなど、アカデミックでインテリジェンスな部分でもリスナーに才能を知られることになったのは、多く方が承知しているとおりです。
ちなみに、本テキストのテーマから外れるので割愛しますが、DJとしても素晴らしい才能の持ち主で、テクノやハウスといったダンスミュージックはもちろんのこと、ソウルやディスコ、ロックといったあらゆる音楽ジャンル作品をプレイするパフォーマンスは、是非ご堪能頂きたいと思っております。
さて本題に戻りますが、宇多田ヒカル「BADモード」にプロデュースで参加していると知った発売当日の衝撃はご記憶の方も多いのではないでしょうか。現在ロンドンにお住まいの宇多田さんがスクリレックスやA・G・クックといった旬なエレクトロニックミュージックのプロデューサーとコラボしていたのは、シンエヴァのEDなどで知ってはおりましたが・・・。”BADモード”、”気分じゃないの(Not In The Mood)”で一聴してわかるサムの音とわかるシンセと宇多田さんのヴォーカルがポップなダンスナンバーやダウンテンポなジャズで楽しめることの贅沢さ・・・。また白眉なのが”Somewhere Near Marseilles – マルセイユ辺り –“。約12分に及ぶあまりにもメランコリック、あまりにも叙情的、あまりにも美しい、アシッドハウスとJPOPの最高のクロスロードは涙なくして聴けない名曲でしょう。
2023年現時点でフローティング・ポインツとしてのニューアルバムがどうなっているのか不明ですが、どのようなものが仕上がっているか、誰もが静かに期待し待ち望んでいるのではないでしょうか。今後も彼には注目です。(蛇足ながら、サムが犬に噛まれたと宇多田さんのラジオでのエピドードもトラブル案件ながらほっこり)
V.A. 「スリン・パークシリの仕事2:特選モーラム集 1960s-80s」recommend by 池部 幸太さん
recommend by 商品部/ロック担当 池部 幸太さん
サイケを感じる音楽が好き。ここ数年はタイ音楽ならびにタイの文化を勉強中です。
おすすめアーティスト名:V.A.
アルバム名:スリン・パークシリの仕事2:特選モーラム集 1960s-80s
リリース年 / レーベル名:2022 / エム・レコード (em RECORDS)
スタッフのおすすめコメント:
2000年代以降、各所で盛り上がりを見せるアジアの音楽。特にタイのモーラム、ルークトゥンというジャンルはSOI48が監修を務めるエム・レコードのアーカイヴ・シリーズのおかげでかなり認知度が高まりました。ワールド・ミュージック好きは勿論のことながら、2005年周辺にリリースが活発だった「辺境グルーヴ」的な価値観におけるサイケやガレージ的な切り口でフックされたことも間口を広げるきっかけになったようです。
さて、そんなモーラムやルークトゥンの世界と切っても切り離せないのがプロデューサーの存在。この音源集はモーラムにおける最重要人物、スリン・パークシリの偉大な仕事をまとめたもので、プリミティヴなモーラムからパッタナー(発展)したモーラムまで、SOI48の旅した軌跡をそのまま体感できるような内容になっています。
とにかくこの充実したブックレットを読んでほしい!
「DIVE INTO MUSIC.」に込められた想い
世界中どこにいても同じ音楽を楽しむことができる今の時代に、ディスクユニオンは違和感を感じています。なぜなら、本来音楽というものは、ひとりひとりが自らの手で触れて、自らの脚で探して出会うべきものだからです。だからこそ私たちディスクユニオンは、見たことのない曲、聴いたことのない世界を求め、音楽の海へ飛び込んでいきます。そしてこの想いを「DIVE INTO MUSIC.」というスローガンに込め、お客様と共有して参ります。
diskunionHP:https://diskunion.net/
公式youtube:https://www.youtube.com/@diskunion_official
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