どこまでも自由なバレエの世界を楽しんでもらいたい — K-BALLET TOKYO プリンシパル 堀内將平
舞踊監督として参画しているのが熊川哲也が芸術監督を務める日本屈指のバレエ団 K-BALLET TOKYO でプリンシパルを務める堀内將平。
「エンタメと芸術は共存できる」と言い切る堀内に、「BALLET TheNewClassic」での苦労から喜びまでを語ってもらった。
高い演技力と情感溢れる踊りで、観客を舞台の世界へと引き込むストーリーテラー。ダンサーにとどまらず、舞踊監修や振付家など幅広い活躍をしている。
メンタルひとつで世界は全てが美しく輝きだす
—堀内さんは10歳でバレエを始められましたそうですが、きっかけはなんだったのでしょうか。
身体が柔らかかったこともあって体操教室に通っていたのですが引越しによって通えなくなり、代わりに始めたのがバレエでした。共働きの両親は僕を一人で留守番させたくなくて、何か習い事をさせたかったそうです。子供だった僕は可愛がってくださるバレエの先生にすっかり懐き、毎日稽古に通うようになりました。一般的には受験をして就活をして企業に入社するのが普通のように、僕にとっては留学をしてバレエ団に就職するのはとても自然な流れでした。
—ご自身の踊りにつなげるために、日々どのようなインプットを行っていますか。
何ごとに対しても常にオープンであるようにと心がけていて、全てが踊りや表現、マインドセットにつながっています。気持ち良さそうに歌う歌手を見れば「あんな風に伸び伸びと舞台で踊りたい」と思いますし、心の内を描くような映画を見れば複雑な人の心の内を踊りで表現したくなります。先日も公園で虫を見つけて「美しい幾何学模様だな」とマジマジと観察していました(笑)。自分のメンタルひとつで世界は全てが美しく輝きだすので、それらを自分の中にインプットして踊りに活かしています。
—ご自身の踊りで大切にしていることは何でしょうか。
お客様に感動を届けることです。バレエダンサーは踊りの精度を追求する日々の中で職人的になりがちです。ただ、お客様に感動をお届けするためには職人的な技術をどれだけ楽しく、美しく表現するかが大切だと思っています。エンタメと芸術は相反するもののようにとらわがちですが、ショパンの超絶技巧は美しさと興奮を同時に届けられるように、共存が可能だと思っています。また、役柄の心理は大切に描くように意識しています。おとぎ話などが多いバレエですが、今を生きるお客様にも共感してもらえるような役の解釈を心がけています。
日本においてもダンサーの地位を上げたかった
—プロダンサーとして活躍するなか、BALLET TheNewClassicプロジェクトを写真家の井上ユミコさんとスタートしました。
日本ではKバレエだけが新作を毎年発表し、バレエの楽しさを普及していますが、一般的にはキラキラ、フリフリしていて、お姫様と王子様が踊っているのがバレエの世界だと思われがちかと思います。バレエは格好良く、洗練された世界なのだということを僕もこの企画を通して伝えたいと思いました。 日本のバレエ界を変えてきた熊川ディレクターをロールモデルに、そのバレエのかっこよさを伝えるための公演がしたいとユミコさんに伝え、意気投合したのが「BALLET TheNewClassic」の始まりです。
—K-BALLET TOKYOのプリンシパルとしても活動中で、かなり多忙だったとは思いますが舞台制作をどのように行なっていたのでしょうか。
無理矢理です(笑)。休日はまったくなく、疲れきっていました。K-BALLET TOKYOの公演も、もっと練習したいのにその時間も取れなくて、集中もできなくて、とバレエマスターに何度も泣きながら話していました(笑)。「BALLET TheNewClassic」は本当にたくさんのスタッフさんに支えてもらいましたがそれでもやることは山積みで、どんなに事前にスケジュールを組んでも不測の事態が起きて、それを解決するために走り回っていました。「BALLET TheNewClassic」も無事に終わったことで毎日稽古をして、ジムに行き、身体のメンテナンスをして、バレエダンサーの仕事に専念していますが、これだけでもフルタイムの仕事だなと感じています。それと並行して「BALLET TheNewClassic」をどうやってやり遂げることができたのか自分でも謎です(笑)。
—本公演では堀内さんが創り上げた新作が登場していました。作品を生み出すのはかなりの労力だと思いますが、本公演に限らず、どのようなところからインスピレーションを受けて作品作りを行なっているのでしょうか。
始まりはいつも「こんなものがあったらいいな」という空想からです。映画が発想の起点となることが多く、今回の公演で上演した新作の『別れのパ・ド・ドゥ〜アリシア・アロンソに捧ぐ〜』は、2000年公開の映画『花様年華』がインスピレーション源となっていて、映画のワンシーンを作品の最後で再現しています。『ロミオとロミオ』は2018年公開の映画『君の名前で僕を呼んで』、第二部で上映した『ショパン組曲 〜バレエ・ブラン』は意外に思われるかもしれませんが、2012年公開の映画『アベンジャーズ』です。ガラ公演だから長さは 7 分くらいにしよう、それならダンサーはあの人にお願いしよう、このダンサーならこんな世界観にしよう、それに合わせる音楽はどれにしよう、というように作品が具体的になるほどに制約が増えていきます。その制約が調和するバランスを探していくと、今度はそこが新しい世界観を生み出すためのインスピレーションになっていきます。
—公演のキャスティングも堀内さんが決められているとのことでした。前回、今回のキャスティングで意識されたことを教えてください。
バレエ界はとてもルールが複雑な世界です。レジェンドと若手を同じ舞台で同等に扱うのは通常はNGです。12名ものスターダンサーを同じ作品にキャスティングするのも聞いたことがありません。ただ、レジェンドばかりを集めた公演を作ったら、きっと良さが引き立たないし、若手だけの公演では締まりがなくなってしまいます。若手もベテランも、演技派も技巧派も、踊りのスタイルもみんなバラバラだからこそ、それぞれの良さが際立って、一人一人が輝くのだと思っています。こんな無茶苦茶なキャスティングでも、快く引き受けてくれた中村祥子様をはじめとするベテランダンサーたち、大御所に囲まれても堂々と踊ってくれた若手のダンサーたち、みんなに感謝しています。
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—振り付けはダンサーそれぞれの特性をかなり意識されたと思いますが、作品作りで考慮された点はあるのでしょうか。
基本的には、それぞれのダンサーの良さを引き出すをことを意識しています。踊りのスタイルや踊り方、そのダンサーの経験なども踏まえて振り付け、作品を選びました。唯一、ダンサーの新しい分野に挑戦してもらったのは、『別れ』での中村祥子様です。中村祥子様は強い踊り方や研ぎ澄まされた踊りが特徴です。しかし『別れ』では、あえて祥子様の完璧さを封印してもらい、バレエを忘れてもらい、表現に徹してもらいました。大尊敬する祥子様に、リハーサルで何度も「バレエを忘れてください、綺麗に踊らないでください」とお願いしました(笑)。
—『海賊』のグラン・パ・ド・トロワでは、本来であれば大きく異なるはずのコンラッドとアリの衣装の違いがさほどなかったことで、ダンサーの表現や技術により目がいくような気がしました。そのあたりは衣装を担当した幾左田千佳さんとどのようなコミュニケーションがあったのでしょうか。
衣装デザインに関しては作品の内容やキャスティングを踏まえて、千佳さんが考案してくれました。バレエを理解して、ダンサーへのリスペクトがある千佳さんだからこそ、ダンサーを良く見せるためのこだわりや同時にバレエの既存のイメージをいい意味で裏切りたい「BALLET TheNewClassic」としての気持ちも汲み取ってくれました。コンセプトからしっかりと練られたデザインには僕たちからの修正はほとんどありませんでした。
枠にとらわれず色々な表現に挑戦していきたい
—企画の井上さんとともに舞台を制作することは、自身のダンサーとしての活動にどのような影響を与えていますか。
ユミコさんと僕は全然似ていないし、やり方も違います。まったく違うからこそユミコさんから学ぶことは多く、僕には想像もできない突拍子もないアイデアを授けてくれました。<TOMO KOIZUMI(トモ コイズミ)>のデザイナー小泉智貴さんの衣装でバレエを踊る企画があったのですが、かなり特殊な企画だったことから僕自身が衣装の世界観や舞台の作りなどに頭を抱えていました。「BALLET TheNewClassic」の打ち合わせの後に、ユミコさんに行き詰まっていることを相談したら、「トモさんの衣装の色も、ボリュームも彼の良さだから、それは絶対に生かした方がいい」と言ってくれて、それがブレイクスルーになり作品が生まれました。『ショパン組曲』では、美しいショパンの音楽のプレイリストを作った後に、「こことここに、変わったものを入れてほしい」と言われて誕生したのが僕と鈴木絵美里さんの『タランテラ』であったり、本来は軽やかな二山治雄さんに重心を低く踊ってもらうノクターンでした。固定概念にとらわれがちな僕を、いつも違う方向から引っ張り上げてくれるのがユミコさんで、それはダンサー以外の活動において活かされています。ちなみに現在ユミコさんが取り組んでいる『EOL』という舞台に関して相談を受けていて、僕が話を聞くとすっきりした様子でした(笑)。お互いに良い刺激を与え合えていると思っています。
—BALLET TheNewClassicの今後の活動の中で実現していきたいこと、目標としていることを教えてください。
次回は現代アートとのコラボや会場の規模を小さくした公演、『別れのパ・ド・ドゥ〜アリシア・アロンソに捧ぐ〜』と『ロミオとロミオ』を長尺にした作品、劇場ではない空間での公演など、たくさんのアイデアがあります。その先にどういった結果が生まれるのかはまだ分からないのですが、見ていただいたお客様に感動をお届けできたらうれしいです。出演するダンサーたちにも自由なバレエの世界を楽しんでもらいたいです。
—堀内さんのダンサーとしての今後の展望を教えてください。
K-BALLET TOKYOという日本屈指のバレエ団で踊らせていただき、バレエダンサーとしてはこの上なく満足いくキャリアを送らせていただいています。本来、人前に立つのは苦手ですし、注目されるのもあまり好きではありません。ひっそりと1人で自習しているのが好きなタイプです。舞台は今でも怖くて逃げ出したくなるぐらいで、自分よりも上手なダンサーはいるので脇役でいいといつも思っています。けれど、わざわざ僕の踊りを見にきてくださる方々がいて、自分の踊りや心理描写を評価してもらうこともあるので、もっと自分らしさを磨いていけたらと思います。自分らしさという意味では、バレエダンサーの枠にとらわれず、これからも色々な表現に挑戦していきたいです。
- Photograph : Masamichi Hirose
- Edit & Interview : Yukako Musha(QUI)
- Text : Yukako Musha(QUI) / Akinori Mukaino