アーティスト 藤倉麻子 – 色彩にあふれた都市の風景
森美術館で開催中の「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」展に作品を展示し、今年の第19回ヴェネチィア・ビエンナーレ国際建築展(2025)への参加を目前に控えた彼女を訪ねた。
青森で想像した「超越的な存在」と「未来の風景」
QUI:現在、森美術館の「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」展では《インパクト・トラッカー》という3DCGの映像作品を中心に展示されていらっしゃいますが、広大な海や山が広がる中に、タイヤのような工業製品や橋などの構造物が、ビビッドな色で描き出され独特な動きをしている映像が印象的でした。
こちらの作品は、青森の下北半島でのリサーチが発端になったそうですね?
藤倉:2023年に「国際芸術センター青森」での発表のために、青森で滞在制作を行ったのがきっかけです。
そこで訪れた下北半島で、江戸時代から何度も持ち上がりながらも、結局実現しなかった運河計画があることを知りました。そしてその土地には、現代では風力発電機やメガソーラー、原子力発電の廃棄物を処理する施設などが立ち並ぶ、独特な風景が広がっています。
藤倉麻子《インパクト・トラッカー》2025年 「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」展示風景 Photo by ぷらいまり。
開発のために大量の土地が買い占められながらも、計画が頓挫し、そのままになった土地が残っていて。結果的に、そこには都市で使うエネルギーを生産したり処理したりする施設が誘致され、現在の景色を作っています。その風景は「未来の姿」というか、いずれ全ての風景がこうなっていくのかもしれない…と予感させる風景でした。そこで、2023年に《インパクト・トラッカー、遠浅 》という映像作品を作ったんです。森美術館で展示している映像作品は、その続編のような位置づけです。
こうした土地に起こる変化のスパンは、人間の一生をはるかに超えるものですよね。その変化を観察する超越的な存在として「インパクト・トラッカー」という架空の存在を想像しました。そうした時空間を超えた目線や、そういった超越的なものの存在に対しての人間側の気持ちについて考えたいと思って制作したものです。
QUI:タイトルにもなっている「インパクト・トラッカー」というのは、そういった壮大な時間を観察し続ける… 神のような存在でしょうか?
藤倉:人間には認識できないが、感じ取ってしまう存在として、神や妖怪、別次元の生物といったさまざまな存在が想像できると思います。映像の中ではそういった存在を赤い枠の集合で表しました。実際にはかたちのあるものではなく、あの世界を捉えたカメラそのもののような存在ではないかと思っています。主体性はあるけど、その意味合いは実は神とか妖怪とかいったものとは大きく異なる。
色彩に溢れた都市を描き出す理由とは?
QUI:藤倉さんの作品には、都市の風景が登場しますね。どういったきっかけからでしょうか?
藤倉:単純に、目の前の風景を理解するためにモチーフにしているという感じですね。
わたしの現風景は、幼い頃から見てきた埼玉の郊外の風景で、広大な関東平野の畑の中に、物流倉庫や鉄塔が立ち並び、県央道の建設が進む…といったものです。そういった風景をかたちづくっている柱や壁などの構造体は、わたしの一生よりも長い時間存在し続ける可能性が高いんですよね。そうした構造物を見つめることで、それらが存在する独自の時空間、わたしとは異なる速度で動いていく流れにアクセスできるような気がします。藤倉麻子《ミッドウェイ石》
QUI:先ほどの「インパクト・トラッカー」の話に出てきた、人間の一生をはるかに超える時間軸への興味は、ずっと意識の中にあったんですね。
藤倉さんの作品では、そうした構造体がビビッドな色で表現されているのも印象的です。質感はとてもリアルですが、色は現実とは違った色彩を選んでいるのはなぜでしょうか?
藤倉:なぜそういった色にしているのか、明確な理由があるわけではないんです。でも、その風景の中に“見えてくる色”というか… 「この形、この配置でこの動きだったらこの色だ」っていう、正解を探している感じです。数学の答えを導き出すような感覚ですね。
QUI:そうした色を想像したのは、どういったところからだったのでしょうか?
藤倉:日本の都市の風景は、色が均一で灰色っぽいので、本当は違う色かもしれない…と、想像してしまう部分はあるかもしれないですね。色が安心や充実を引き寄せる手がかりになると感じています。色とか植物とか、目の前の世界に足りないものを補完していくような感じかもしれないです。一方で、その考え方も合っているか定かではないです。
世界を捉えるための“修行”としての制作
QUI:これまでに藤倉さんが発表されてきた作品では「楽園」という言葉もキーワードになっていました。先ほど「色があると“安心”」とおっしゃっていましたが、色に溢れている世界は、藤倉さんにとっての楽園や理想のような世界でもあるのでしょうか?
藤倉:色があることで満ちる感覚はあります。
わたしは学部時代、神秘主義に興味があったんですが、それは「自分の身体や意識が消滅したときに、世界を本質的に感覚する状態に達する」といったような考え方に惹かれたんです。制作を通じて、それと似た感覚を求めているところがあるのかもしれません。自分自身が消滅したような状態に近づいたときに、世界が一番ビビッドに入ってくる、もしくは立ち上がってくるんじゃないかと考えています。
わたしは世界を本質的に感覚したり、深く思考するために制作しているところがあります。そしてそれになんらかの意味があると思っています。制作自体が「修行」のような感覚に近いのかもしれません。
QUI:イスラム神秘主義という話題がありましたが、大学時代は東京外国語大学でペルシア語を専攻されていたそうですね。イスラム世界に興味を持たれたのはどういったところからですか?
藤倉:視覚的なところですね。イスラム式庭園や建築に興味がありました。一見、単純な形状に見えますが、そこにとても細密な幾何学的な装飾がされていたりするんですよ。そうした興味から始まって、思想や文化について考えたらもっと理解が深まるんじゃないかと思ったんです。
QUI:言語への興味よりも先に、視覚的な興味があったんですね。それから東京藝術大学の大学院で、メディア映像専攻に進まれていらっしゃいますね。言語から映像というのが意外に感じたのですが、藤倉さんの中では自然な流れだったんですね。
藤倉:興味の対象自体は変わっていないですね。でも、「制作」をすることで「思考」が加速するんじゃないかって考えたんです。深く思考したい対象を自分の側に引き寄せて、手を動かして制作して、できた作品を客観的に観る… こうした試みを繰り返すことで、よりスムーズに「理解」にたどり着けると思って、制作の道に進みました。
QUI:そうした理解のための制作は、リサーチからスタートされるのでしょうか?
藤倉:リサーチから始めるわけではないです。最初に考えたいテーマがあって、その理解を深めるためにリサーチを行うときもあります。でも、その結果をそのまま作品に反映させるわけではないですね。そこで考えたことを完全に結びつけず、いったんはバラバラの要素として置いておいたりします。そうして、ひとつの作品のなかで生まれてきたものが、また別の作品に変換されていったりもしますね。
QUI:リサーチした結果をもとに映像やストーリーを組み立ててひとつの結論を出すような、リサーチベースの映像作品とは違ったつくりかたなんですね。本当に修行のように、継続的に探求を続けていらっしゃるんですね。
ヴェネツィア・ビエンナーレへ – AI時代の建築との関係に目を向ける
QUI:最後に、今後の活動についておうかがいしたいのですが、今年は5月からイタリアで開催される「第19回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」に展示作家として参加されますね。どのような作品を展示されるのでしょうか?
藤倉:今回のビエンナーレのテーマは「インテリジェンス」。統括ディレクターである建築家のカルロ・ラッティさんが設定したもので、各国がこのテーマに基づいた展示を行います。
今年の日本館のキュレーターは建築家の青木淳さんで、キュラトリアルアドバイザーに家村珠代さん。わたしは建築家の大村高広とユニットを組んで、主に日本館2階展示室を担当。1階のピロティや外部空間は、建築ユニット「砂木」(木内俊克、砂山太一)さんが担当します。日本館全体が17分間の上演のような形で同期する構成です。
AIのような技術が建築設計のプロセスにもどんどん取り入れられていく時代を背景に、建築そのものが要求を持っていて、それについて人と建築が会話をするというフィクションを考えました。その会話に出てきた単語がCGの映像の中に反映されていく予定です。
QUI:テーマの「インテリジェンス」という言葉に対して、映像では生成AIなどの技術は使わない選択をされているのも興味深いですね。
藤倉:生成AIのような技術はどんどん進化していくので、後の時代に観ると「これは2025年のAIで作った映像だ」となります。個人的には、何のソフトを使って作ったかにそこまで重きを置いていなくて、単純にどういうものが作りたいかで、CGを使ったり実写を使って人間を撮影したりしています。なぜなら私はたった数十年生きるだけの人間だから。
もちろんまったく使ってないわけではなく、3DCGの制作はもちろん、実写のカラーグレーディングにもAIの技術は入り込んでいます。AIで作ったものとそうでないものの区別は今後どんどん曖昧になっていき、もはや問題にならないようになるかもしれません。最終的なアウトプットが「イメージ」であることには変わりはない。ただし、今回の日本館のひとつのテーマは事物と人間が対話をするということで、「これもしかしたら人間でない存在が作ったのかも」といった映像の質がどうしたら作れるかについては、大村と議論しています。もっとも、私は目の前の風景に潜入することを実践しているので、時折人間を超越した視点が映像に入り込むわけですが、事物を客観的に捉えがちな建築家の皆さんにどう思われるかはわかりませんね。
藤倉麻子
1992年埼玉県生まれ。東京外国語大学外国語学部南・西アジア課程ペルシア語専攻卒業、東京藝術大学大学院映像研究科メディア映像専攻修了。都市・郊外を横断的に整備するインフラストラクチャーや、それらに付属する風景の奥行きに注目し、3DCGアニメーションを用いた映像作品や、映像に登場するモチーフを現実世界に持ち込んだインスタレーション作品を制作する。主な展覧会に「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」(東京都現代美術館、2024)、「都市にひそむミエナイモノ展 Invisible in the Neo City」(SusHi Tech Square、東京、2023)、「MOTアニュアル2023 シナジー、創造と生成のあいだ」(東京都現代美術館)、「エナジー・イン・ルーラル」(国際芸術センター青森[ACAC]、2023)、「NMWA日本委員会主催展覧会 – New Worlds」(M5 Gallery、東京、2022)など。「LUMINE meets ART AWARD 2020」グランプリ受賞。第19回グラフィック「1_WALL」ファイナリスト(2018)。
Instagram:@asakurage
「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」
日時:2025年2月13(木)~ 6月8日(日)
時間:10:00~22:00
※火曜日のみ17:00まで
※ただし2025.4.29(火)、5.6(火)は22:00まで
※最終入館は閉館時間の30分前まで
休館日:会期中無休
場所:森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)
住所:〒106-6150 東京都港区六本木6丁目10−1 六本木ヒルズ森タワー 53階
公式サイト
- Text : ぷらいまり。
- Photograph : Kei Matsuura(STUDIO UNI)
- Edit : Seiko Inomata(QUI)