アーティスト・北島麻里子 – 一瞬一瞬の積み重ねを丁寧に描き出す
ポップな色彩と息をのむ程の画力の新作20点
会場に入ると、まず、高さ1.94M、幅1.62Mという大きな作品《FEB 9,2025》が目に飛び込んでくる。鮮烈な赤い背景に数多くのカラフルなボタンが浮かび、その手前には小さなウサギの人形やクルミ、ガラスの球体なども配置されている。
一見、写真家と見紛うほどにリアルだが、緻密に描かれた油彩の作品だ。そして、背景には、ガラスに映り込むようなアーティスト自身の自画像も複数描かれている。
約2年をかけて制作された20点以上の新作が並ぶ本展では、写真などを背景として静物を構成し、それを写真におさめ、油彩で描くというスタイルで制作された。さまざまなモチーフに込められた北島の記憶や日常のかけらが緻密に重ねられ、ひとつの画面の中でその時間が交差していく。
大きく3つの展示室で構成される本展だが、最後の展示室には10点以上の作品が並ぶ。明るい薄緑色の壁が、ポップな色合いで仕上げられた作品群を際立たせる。特に、会場の最も奥に展示された《NOV 2,2024》は、基調とした薄紫色が壁面の色に映え、さらに、複数の自画像がガラスに屈折したり反射したりと幾重にも重なる様子が印象的だ。
作品の中に描かれた小物たちは、誰もが知っているような身近なものばかりで、ポップな色合いも手伝って親近感を感じる作品だ。一方、ガラスに映り込む一瞬の光景や、緻密な描き込みは緊張感も感じさせる。また、小物たちが置かれているのはコンパクトなスペースであるのにも関わらず、作品の中に複層的に描かれたモチーフからは、より深い奥行きや広がりを感じる。
北島麻里子は、どのような想いでこうした作品を生み出しているのだろうか?
緻密なタッチで描き出す「過去から連なる無数の今」
QUI:作品と展示室の色合いもマッチして、とても魅力的な空間です。ミュージアムの入り口にある作品は、ビビッドな赤色の背景に加え、たくさんのカラフルなボタンのモチーフも印象的ですね。
北島:これは、ボタンを写真に撮ったものを背景にしています。そして、その手前に花などの静物をセッティングし、その様子をまた写真で撮影して油彩で描いているんです。わたしは『過去から連なる無数の今』をテーマに作品制作をしています。カメラで撮影したら、その『瞬間』が記録されますよね。その『瞬間』を背景にして静物を並べて、それもまた写真にして描いているんです。
QUI:ボタンが宙に浮いているようにも見えましたが、写真を背景にしているんですね。
北島:そうなんです。右上の赤い部分は撮影した写真を紙にプリントしたもの、左側のピンク色の部分は布の生地にプリントしたものを背景にしています。あと、左下にあるひとつの赤いボタンは、実物のボタンを静物に組み込んでいます。
QUI:そう言われてよく観てみると、左側は布地の繊維のマットな感じが出ていて、本物のボタンはつるっとしたボタンの質感が見えてきます…!微妙な質感の違いも、本当に緻密に描かれているんですね。
ちなみに、今回は2年という時間をかけて20点の作品を描かれたそうですが、今回の展示作品の中で一番思い入れのある作品はどちらでしょうか?
北島:全部思い入れはあるんですけれど、あえてひとつ選ぶとしたら、この作品ですね。
ここで描いている花は、息子が私の誕生日の時に選んで買ってくれたバラなんです。その背景の写真は、私が子どもの頃…3歳ぐらいの時の写真です。そして、左下の猫は、今、実家にいる可愛い猫で、どれもその一瞬一瞬を切り取ったものです。花という現在の一瞬を象徴するモチーフと、過去の一瞬一瞬とをあわせて、ひとつのキャンバス上に描き留めています。
QUI:写真はご自身の子どもの頃のものだったんですね。手前のガラスのオブジェの中には現在の北島さんの姿も映り込んでいて、本当にさまざまな『一瞬』の積み重ねが感じられます。
一瞬一瞬を積み重ねて…今日という限られた日を大切な人たちと生きたい
QUI:今回の展覧会のタイトル「Carpe Diem(カルペ・ディエム)」には、どういった思いが込められていますか?
北島:「Carpe Diem」という言葉は、古代ローマの詩人ホラティウスの詩に登場するもので、日本語に訳すと「今日一日の花を摘む」とか「今日一日を生きる」という言葉になります。日々を過ごす中で、つらい日とか楽しい日、悲しい日もありますが、日々の中でたくさんの大切な人たちとの出会いがあったから、今の私があると思っているんです。だから、「Carpe Diem」という言葉が表すように、今日という限られた日を大切な人たちと生きられたら…と考えています。
QUI:そう考えるようになったのは、何か個人的な体験からでしょうか?
北島:私だけではなくて、全ての人にとっての大切な人をイメージしています。
QUI:作品の中には、小さな人形や花など、印象的なモチーフが登場しますね。そうしたモチーフはどうやって選ばれているのでしょうか?
北島:やはり自分が良いと感じたものを選んでいますが、モチーフとしては、みんなが見たことはあるけれど“なんでもないもの”を選んでいるように思います。
QUI:花はどの作品にも登場していますね?
北島:花は切ったら枯れてしまうので、『現在』を象徴するものだと思っているんです。写真で一瞬を撮って描くことを通じて、花という『現在』の一瞬をキャンバスに留められたらと思っています。展覧会タイトルの「Carpe Diem」という言葉も「今日一日の花を摘む」という意味なので、花のモチーフには、今日一日を大切に生きてほしいっていう気持ちを込めています。
(左)どこかにいるどこにでもいる私 910×652 P30 oil on canvas 2021
(右)Clivia 1167×910×30 F50 oil on canvas 2023
過去のわたしと現在のわたし、その境界の瞬間を表現したい
QUI:作品のなかには多くの自画像が登場しますね。特に会場の一番奥の作品には、たくさんの自画像が登場して印象的でした。
北島:これも写真を背景にしています。全部で3枚の自画像の写真ですね。そして、背景にした自分の顔がまた透明な球体の中に映っています。
QUI:この作品に描かれているウサギの人形は、他の作品にも登場していますね?
北島:昔飼っていたウサギが行方不明になってしまって、亡くなったところを見届けられなかったんです。きっと亡くなってはいるんですけど、今どうしているんだろう…と、そのウサギをイメージして粘土で制作したものです。
QUI:実際に粘土で作られた立体を描いていらっしゃるんですね!過去の写真が背景に取り入れられていたり、制作した立体が絵画になったりと、本当に複層的な作品です。
こちらの作品だけでなく、ほとんどの作品に自画像が描かれていますが、それはどういうことがきっかけで描かれるようになったのでしょうか?
北島:背景の写真の中にも私が入っていて、ガラスの中にも私が映り込んでいますが、写真は『過去』の私で、ガラスに映り込むのは『現在』の私です。その過去と現在の境界の瞬間を表現できたらと思っています。
QUI:先ほど、花は『現在』の象徴と伺いましたが、自画像がもうひとつの『現在』象徴するものであり、過去の『一瞬』と現在の『一瞬』を表現するものでもあるんですね。
ちなみに、北島さんが制作される中での制作のモチベーションや、描きたいと思われるのはどういった時でしょうか?
北島:やっぱり描きたいと思うモチーフに出会って、静物として設置して、良いセッティングになった!っていう瞬間ですね。何を手前に置くのか、背景の色や差し色にどんな色を使おうかなど、多くのことを考えながら静物を組んでセッティングしています。
あと、今回はパルコミュージアムで展示させていただくことになったのがとても嬉しくて、大きなモチベーションになりました。
QUI:北島さんがご自身で指示されたという会場の壁や床の色合いも作品とぴったりと合って、作品と会場が一体化したようなとても素敵な展覧会です。北島さん、ありがとうございました。
北島麻里子
1987年埼玉県生まれ。2014年、東京造形大学造形学部美術科絵画専攻を卒業。アートフェアやグループ展への参加を重ねながら、静物と自己の関係性をテーマにした絵画を中心に発表してきた。近年の個展に「Hide and Seek」(2023/MEDEL GALLERY SHU)、グループ展では「faces」(2024/GALLERY CURU)などがある。
Instagram:@mariko_kitaj
Mariko Kitajima Solo Exhibition “Carpe Diem”
会期:2025年5月10日(土)~5月26日(月)
会場:PARCO MUSEUM TOKYO(渋谷PARCO 4F)
営業時間:11:00〜21:00(入場は閉場の30分前まで/最終日は18時閉場)
入場料:無料
公式サイトはこちら
- Text / Photograph : ぷらいまり。
- Edit : Seiko Inomata(QUI)