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千原徹也 – 言葉にできないままでいい

Jul 11, 2023
“日本で今、最も忙しいアートディレクター”とも称される千原徹也が、映画『アイスクリームフィーバー』で初監督を果たした。4歳のころに映画監督を志し、40年以上を経て叶えられたその夢に、どのように向き合い、どのような思いを込めたのか。映画の舞台でもある渋谷に構えられた、彼のオフィスを訪れた。

千原徹也 – 言葉にできないままでいい

Jul 11, 2023 - FILM
“日本で今、最も忙しいアートディレクター”とも称される千原徹也が、映画『アイスクリームフィーバー』で初監督を果たした。4歳のころに映画監督を志し、40年以上を経て叶えられたその夢に、どのように向き合い、どのような思いを込めたのか。映画の舞台でもある渋谷に構えられた、彼のオフィスを訪れた。

自分が好きだったものをちゃんとやっていこう

― 映画『アイスクリームフィーバー』の公開を数週間後に控えた、今の率直な気持ちをお聞かせください。

やっとワクワクしてきました。映画が完成してプロモーションが始まっても、おもしろくなかったらどうしようとか、つまんなかったらとか、酷評されたらとか、お客さんが入らなかったらとか、そういうことばかり夢に見て……本当につらい精神状態でした。

でも試写会を5回ぐらいやって、観終わったあとに「よかったよ」って泣いてくれる人がいたり、「千原くんっぽいのができたね」「すごくよく作ったね」などいろんな感想をもらえたりして、それが少しずつ励みになっていて。今はだんだんみんなの反応が楽しみになってきました。

― そう思えるのも作品に対してポジティブな意見が多いからでしょうね。

たぶんね。陰でなにを言われてるかわからないけど(笑)。

©2023「アイスクリームフィーバー製作委員会」

― 本作で描かれている世界は、千原さんや僕より下の世代ですが、自分たちが青春時代に観ていたような、90年代のファッション映画、アート映画、インディペンデント映画の空気感を感じました。

まさにそう。だから意外と40代や50代の人が泣いてるんだよね。それは全然予想していなかったです。

― やはりあの時代に思い入れが?

思い入れというよりは、いいと思っているんですよね。だから、自分が好きだったものをちゃんとやっていこうと。

― では商業的に大きく成功することと、作品性として大きな評価を得ること、あえて言うならどちらを目指していますか? もちろん、どちらも成し得ようとしていると思うんですけど。

あえて言うなら商業的かもしれないですね。作品としての評価を得たかったら、もっとシリアスに、もっと美しく撮っていくことになると思うんです。でも僕はもうちょっと軽薄な映画だなと思っていて。さっきの90年代の空気でいうと、巨匠たちが美しく撮った作品というよりは、もっと音楽的なサンプリング文化が僕はかっこいいという意識が強いんです。ちょっとふざけてて、青臭い映画にしたかったので、作品性でいうと評価されにくいんじゃないかな。

― 確かに90年代の巨匠の作品は色彩豊かであっても、トーンは抑えめでしたよね。内容も意味深長というか。

メタファーみたいなことを軸にして誰かの気持ちを代弁するという映画の作り方もありますが、そういうのは全部やめたかったんです。

― でも“アイスクリーム”というのは、なにかのメタファーだったりはしないんですか?

結果的にそうなっちゃったけど、メタファーを作ろうとして作っているわけじゃなくて。溶けて混ざり合うアイスクリームというものが、みんなの気持ちを結びつけてくれているなということは、あとからだんだんわかってきました。

©2023「アイスクリームフィーバー製作委員会」

― 画角は4対3ぐらいでしょうか。角に丸みがついていて、ブラウン管を彷彿させました。

90年代、ブラウン管世代というかね。ダイナミックに見せたいという映画でもないので、一番心地よくてかわいいサイズまで助監督の奥田(啓太)くんとちょっとずつ狭めていって。

― 肌感覚で?

そうそう。「これ何対何?」とか言いながら。結果、4対3が一番気持ち良かったんですよね。撮影でもみんなの距離が近くなるし、周りが切れて見えないところもいいなと思いました。

― 撮影は映画業界外から、フォトグラファーの今城純さんを起用されています。

今城くんのよさって女の子をめちゃくちゃかわいく撮れるところで、それが『アイスクリームフィーバー』では一番大事だったので。そして映画のカメラマンだと嫌がりそうなんですけど、とにかくルーズに撮ってくれと言い続けていました。

― ルーズにというのは?

ピンが来ないとか、固定しないとか。揺れながらピンを緩めたり、合わせたりして、ほとんど焦点が合ってないような絵づくりをしています。

©2023「アイスクリームフィーバー製作委員会」

 

人間の曖昧な気持ちの部分に焦点を当てた

― 川上未映子さんの短編小説『アイスクリーム熱』を原案にしようと決めた理由はなんでしょう?

川上さんに相談したときは、なにか新しい作品を書こうかなとも言っていたんですけど、話し合っているうちに、私『ジョゼと虎と魚たち』みたいな超短編を長編にした映画が好きなんだよねという話が出てきて。そこから『アイスクリーム熱』って小説があるんだけど、どう思う?と提案してもらいました。

― 原作でなく、原案となっています。

川上さんと会話しながらだいぶ変えていったので。たとえば映画では、女と女の物語にしようとか。男女の恋愛映画を作りたいという年齢でもないし、人間として曖昧なところを映像化したくて。

映画の中に「うまく言葉にできないということは誰にも共有されないということでもある。つまりその素敵さは今のところ、私だけのものということだ。」というセリフがあるんですね。

― あ、そのセリフ、個人的に一番刺さりました。

言葉にできないような曖昧さは、映画にとっても重要なことだと思っていて。『アイスクリームフィーバー』はLGBTQの作品ですって明確な答えを出すんじゃなくて、曖昧なまま映像になることも、素敵なのではないかと。

今の時代って、明確な答えがないと理解してくれないというか、受け付けないようなところがあるけれど、もっと人間の曖昧な気持ちの部分に焦点を当てたくて女と女の物語になっていきました。

― 川上さんはできあがった映画をご覧になりましたか?

はい。感動していました。吉澤嘉代子さんの曲もあいまって「すごいよ」と。川上さんの小説から離れて、僕の作品になったからこそ感動してもらえたのかな。もっと自分の作品に近いと、いろいろ思うところもあるはずなので。

©2023「アイスクリームフィーバー製作委員会」

― メインキャストに限らず、ほとんど女性だけの世界が描かれていますが、そこにはなにか意図があるんでしょうか?

意図はなかったんですけど、僕の潜在的なところでいうと、子供のころにちょっといじめられた影響なのか、男の人とつるむのが苦手なんですね。学校でもほとんど女の子としゃべってたし、男の輪に入れなくて。今でも男ばっかりの飲み会に誘われても絶対行かないです。

― 体育会系みたいなノリに引いちゃう?

怖いんですよ。男性でしゃべりやすい人って、ジャルジャルの後藤さんみたいな人とか。

― 当たりが柔らかいというか。

ちょっと中性的な男性のほうが会話しやすいんです。だから自然と女性ばかりになっているのかも。

あとは市川崑監督の『黒い十人の女』という60年代の映画があるんですけど、1人の既婚男性が、9人の女性と浮気しているという内容で。誰が主役なのかわからなくて、どんどんかわいい女の子が出てくる感じには影響を受けました。

©2023「アイスクリームフィーバー製作委員会」

― なるほど。『アイスクリームフィーバー』にも女の子がいっぱい出てきますけど、みんなタイプが違って、一人ひとりのキャラクターが立っていますよね。

そうなんですよ。『黒い十人の女』も、岸恵子さんがクールビューティで、中村玉緒さんがかわいい系などバラバラで、次々と個性の違う女の子が出てくる。

― キャストも、千原監督ともともと関係性を築いているかたが多いイメージがあります。

ほとんどそうですね。この映画って、みんなの日常の延長にあってほしい作品なんです。『アベンジャーズ』みたいに異空の世界に連れていくような映画じゃなくて、昨日自分の身に起きてもおかしくないような日常。僕自身がよく知っている人だったり、渋谷という街だったり、そういったことがこの映画の日常感のようなものにつながっていると思います。

またその人たちのパーソナリティがわかっているので、脚本の段階から「あの人に出てもらおう」と寄せていくこともできました。

― ある程度、当て書きだったんですね。吉岡里帆さんとはどういう繋がりが?

カレンダーをここ7、8年作っていて。だから年に1回は会うんですよ。

― 主人公の菜摘を演じてもらいたいと思った理由はなんでしょう?

いろんな個性を持った女の子が出る映画を作りたいなと思ったときに、真ん中は女優さんがよかったんです。菜摘は一番普通の人だからこそ、経験値のある女優さんじゃないと難しいんじゃないかなと思ったので、吉岡さんにお願いしました。

― 佐保を演じたモトーラ世理奈さんは? ドラマ『東京デザインが生まれる日』に続いて、千原組というイメージもあります。

佐保はセリフもほとんどないミステリアスな役で、モトーラさんしかいないと思いました。吉岡さんの相手役として、モトーラさんが画面に現れた瞬間に物語性が薄れてくるんですよね。急にめちゃめちゃおしゃれな人が登場したなと。

― 本当に、彼女が映るだけで画がファッションになりますよね。

そういった画的な違和感が必要な映画だなと思っていたので、必ずモトーラさんは入れたかったんです。

©2023「アイスクリームフィーバー製作委員会」

― 貴子役の詩羽さん(水曜日のカンパネラ)は?

詩羽は赤い髪の女の子という見た目で、それがデザイン的な画づくりとして必要だったんです。だから最初はもっとセリフも出番も少なかったんですけど、途中から脚本家の清水さんと、もうちょっと貴子に焦点を当ててアイデンティティを持たせたら、この映画がもっとおもしろくなるんじゃないかなという話になって。菜摘と佐保が仲良くなっていく様子をどんな気持ちで見ているんだろうねというところから、どんどんセリフが増えいきました。

― ナレーションが多く、物語の語り部のような役割も果たしているように感じました。

後半、菜摘と佐保がアイスクリームを投げ合う幻想のシーンでは詩羽が歌っているんですよ。「らーらーらー」って。だから語り部的なポジションではあるかもしれないですね。

― では、優を演じた松本まりかさんは?

まりかさんは出てもらう予定はなかったんです。わりとこの映画の軽いトーンとは合わないんじゃないかなと勝手に思っていて。ただ、もともと知り合いだったので、ちょこちょこご飯を食べに行っては僕の映画の話もしていて、誰かいい女優さんいるかなとか2人で言ってたんですね。

だけど去年、カンヌ(国際映画祭)に行ってから気が変わって。カンヌには呼ばれたわけじゃなく、パスだけ知り合いに取ってもらって、MEGUMIさんと2人で行きました。たくさん映画を観たり、海外作品の懸命なPRに触れたりして、世界の人みんなが映画で戦ってるんだなと触発されて。帰りの飛行機で脚本を直したりしてたんですよ。

― クリエイター魂に火がついて。

企画モードに入って考えていくうちに、僕の映画には松本まりかさんが必要だって気づいて。カンヌから帰って羽田に着いてすぐ電話してたんです。「出てほしい」って。

― 松本さんは作品にすごく深みをもたらしてくれましたよね。

本当に。忙しいからダメかなと思ったけど、なんとかしてくれました。

©2023「アイスクリームフィーバー製作委員会」

 

アートディレクターとしての仕事もやりきった

― 千原監督は広告のプロフェッショナルで、本作のプロモーションでもユニークな仕掛けを数多くされています。映画宣伝において、大切にしたことや挑戦したことがあれば教えてください。

今回はアートディレクターとしての仕事もやりきりたいと思っていました。コラボとか、タイポグラフィーとか、普段は人から依頼を受けて考えていることもすべて映画に注ぐというか。それも含めて全部やれたのは良かったです。

― ご自身がアートディレクターとして今できる最高のアウトプットができた?

そうですね。そこはすごく納得しています。たとえばポスターも、自分がここ最近作ったものの中でもいいものができたなと。A24の作品って、ポスターのデザインがいいから、作品もいいと思われているところも大きいと思うんですよ。

― それは絶対にありますね。

映画の中身をよくすることは全員が目指しているんですけど、宣伝デザインまで含めていいものを作ろうということは、日本ではやれていない。だからそこも含めてやってやろうって。

― ここまで映画自体と映画宣伝の両方のクリエイティブをしっかり作り込むことは実際すごく困難なことだと思うんですけど、形にできたことがすごいです。

僕もそう思います(笑)。

©2023「アイスクリームフィーバー製作委員会」

― デザインに関しては納得しているとのことですが、作品も含めてトータルでやりきったという感覚はありますか?

全然。

― もっとやれたなと?

もっとやれたと思うし、直したいところもたくさんあるけど、もうできないじゃないですか。それは次の作品でやっていくしかないんだろうなと思います。

― 強いですね。今のタイミングで、次の作品って言葉が出てくるのは。

納得したり、満たされたりしちゃったら、次の作品なんていらなくなっちゃうんですよね。

昔、菊地凛子さんが『パシフィック・リム』って映画に出たときに、ワールドプレミア上映に呼んでもらい、コダックシアターのレッドカーペットを僕もスーツを着て歩いたんです。

― すご。

なんにも関わってないのに、ギレルモ・デル・トロとかと一緒に(笑)。そのとき凛子さんは、女優として最高の瞬間を得ていて。その帰り、パーティ終わりの車の中で凛子さんが「私もうええわ、女優」ってチラッと言ったんですよ。「これで終わっていいかも」って。

その言葉にびっくりしたんだよね。頑張って、ついにやり切って、来るとこまで来たらそういう気持ちにもなるんだなと。だから納得できてないこととか、怒りとか、そういうものって、次という創作意欲に反映されるんでしょうね。

©2023「アイスクリームフィーバー製作委員会」

― 夢といえば、千原監督も映画を撮りたいという夢を叶えたわけですけど、なぜ成し遂げられたのか、振り返って思うところはありますか?

今いる場所や進む道が間違っててもいいよねっていう開き直りが必要な気はします。真面目に考えたら無謀だし、乗り越えなきゃいけない山がありすぎるし。

― 先を見すぎると心折れる。

でもいくつかの山があったとして、どれが正解かわかってないけどいったん登ってみようと。

― それが間違えていたとしても、とりあえず目の前の山を登った経験って、すごく大事なことなんでしょうね。

そう思います。山の登り方や大変さを知れたら、次からはちゃんと選んで登っていけるはずだから。

 

 

Profile _ 千原徹也(ちはら・てつや)
1975年11月20日生まれ。京都府出身。アートディレクター、株式会社れもんらいふ代表。広告(H&M、日清カップヌードル×ラフォーレ原宿 他)企業ブランディング(ウンナナクール 他)、CDジャケット(桑田佳祐 「がらくた」、吉澤嘉代子 他)、ドラマ制作、CM制作など、さまざまなジャンルのデザインを手掛ける。またプロデューサーとして「勝手にサザンDAY」主催、東京応援ロゴ「KISS,TOKYO」発起人、富士吉田市の活性化コミュニティ「喫茶檸檬」運営など、活動は多岐に渡る。

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Information

映画『アイスクリームフィーバー』

7月14日(金)より、TOHOシネマズ日比谷、渋谷シネクイントほか全国公開

出演:吉岡里帆、モトーラ世理奈、詩羽(水曜日のカンパネラ)、安達祐実、南琴奈、後藤淳平(ジャルジャル)、はっとり(マカロニえんぴつ)、コムアイ、MEGUMI、片桐はいり/松本まりか
監督:千原徹也
原案:川上未映子「アイスクリーム熱」(『愛の夢とか』講談社文庫)
主題歌:吉澤嘉代子「氷菓子」
エンディングテーマ:小沢健二「春にして君を想う」
脚本:清水匡
音楽:田中知之

映画『アイスクリームフィーバー』公式サイト

©2023「アイスクリームフィーバー製作委員会」

  • Photography&Text : Yusuke Takayama(QUI)