2月10日は、ニットの日 – 人はなぜ編むのか?ルーツから紐解く愛の物語
今日は知られざるニットのルーツと歴史秘話をたっぷりお届けします。寒い日に誰かを暖めたくなるニットにまつわる物語を集めました。
ニットとは その起源と歴史
ニットの起源
“ニット”とはいわゆる“編み物”のこと。
ニットというと毛糸で編んだセーターや手袋を想像する人も多いかもしれませんが、毛糸に限らず糸や木綿などで「編んだ布や衣類全般」と「編むこと」自体を指す言葉です。
その歴史はとても古く、あまりにも人類の営みに関わりが深かったことから起源ははっきりしていません。ですが、もともとアラブ地域の遊牧民が羊とともに旅をしながらその毛を編んだのがはじまりだとされています。
現存する最古のものとされるレース編はなんと古代エジプトのピラミッドから発見されています。
セーターは汗をかかせるための服!?
ニットと聞いて誰もが思い浮かべるのが「セーター」。ですがその語源が「汗」という意味の「sweat」だということを知っていましたか?実は、19世紀にアメリカ名門大学のアメフトチームで減量のため汗をかかせようと選手に着せた暖かいニットの服があり、そこから頭からかぶって着るニットをセーターと呼ぶようになったと言われています。
カーディガンは戦場で生まれた
カーディガンが生まれたのもセーターと同じ19世紀。生まれたのはなんと戦場。現在のウクライナ近郊で起こったクリミア戦争中のこと。イギリスの陸軍中将、その名もカーディガン伯爵のあるひらめきがきっかけでした。
極寒の冬の戦場で兵士たちは頭からかぶるセーターを着て戦っていましたが、そこで大問題になったのが負傷した兵士のセーターを脱がすのがとても大変だということ。
そのことに頭を悩ませた伯爵が思いついたのが「セーターの前面をあらかじめ切り開きボタンで止めておく」という方法。そうして負傷した兵をすばやく治療できるようになったイギリス軍は見事クリミア戦争に勝利しました。そんな戦地での土壇場のひらめきが現在のカーディガンの原型になったと言われています。
ニットが変えた人々の暮らし
江戸時代、ニットは「莫大小」と呼ばれた
ニットが渡来したのは江戸時代、キリスト教の伝来とともにスペインから持ち込まれました。当時ニット素材のものはスペイン語で「靴下」を表す「メディアス」がなまった「メリヤス」と呼ばれていました。ちなみに「メリヤス」に当てられた漢字は「莫大小」。
「莫」という漢字には「無い」という意味があり、メリヤスは伸び縮みしてどんなサイズにもなる、つまり「大小が無い」ことから「莫大小」の漢字が当てられたのです。
考えてみれば、メリヤスが渡来する前の日本では、衣類はすべて「織物」によって作られていました。絹や麻の衣類や足袋のように伸び縮みしないものを日々身に着け窮屈な生活を送っていた人々にとって、自在に伸び縮みするニットとの出会いはどれほど衝撃的だったでしょう。
ところで、日本で最初にメリヤス靴下を穿いたのは水戸黄門と言われています。はじめてラーメンを食べた日本人ともいわれる新しいもの好きの水戸黄門の墓からは、7足ものメリヤス靴下が出土。体にぴったりフィットするニット素材への偏愛ぶりがうかがえます。
女性を解放したニット ココ・シャネルのウールジャージードレス
江戸の人々に衝撃を与えたニット素材ですが、この伸び縮みする素材を使用してファッション界に革命を起こしたのがココ・シャネルのウールジャージードレスです。
日本でジャージというと体操服や運動用の服を想像する人も多いですが、ジャージー素材というのは伸び縮みするニット素材の一種です。
現代でもリラックスウェアに使われているジャージーですが、当時は男性の下着用の素材でした。ココ・シャネルはそんなジャージー素材をはじめてファッションに取り入れます。
当時、ドレスはシルクやサテンなどの高級素材で仕立てられるのが当たり前でしたが、ジャージー素材のドレスをたくさん並べたブティックをパリに開いて人々に大きなショックを与えました。
ジャージードレスは最初こそ人々に敬遠されましたが、安価なことと、その抜群の着心地の良さで次第に受け入れられていきます。
ちょうど女性たちが外に出て働きだす時代とも重なったことから、女性たちは自分の体を歪める窮屈なコルセット付きドレスを脱ぎ捨て、本来の自分の体のラインに沿った着心地のいいドレスを求めるようになりました。パンツスタイルやブラックドレスなど、女性のファッションに革命を起こし続けたシャネルですが、女性たちをコルセットから解放したのも彼女だったのです。
いつの時代も 誰かの心を暖めてきたニットの贈り物
「バラクラバ」は極寒の戦地での無事を願う贈り物
彗星のごとく現れた今年の冬のトレンドアイテム「バラクラバ」。いわゆる目出し帽ですが、こちらもカーディガンと同じくクリミア戦争にルーツがあるということはあまり知られていないのではないでしょうか。
現在のウクライナ周辺が舞台となったクリミア戦争のさなか、イギリス軍とロシア軍が激突した東ヨーロッパの黒海に面した町の名前こそが「バラクラバ」です。極寒の戦地に出兵するイギリス軍の兵士たちに少しでも暖かく過ごして欲しいと願う妻たちが編んだのが、顔ごと覆うことができるニット帽。のちに戦場となった町の名前をとってバラクラバと名付けられたといいます。
戦地に赴く夫たちに必ず無事に帰ってきて欲しいという願いを込めて編まれたバラクラバは、妻たちの愛のこもった贈り物たったのです。
想いがこもったアラン模様のフィッシャーマン・セーター
アイルランド島の西側のゴールウェイ湾に浮かぶアラン諸島。太古の時代からケルト人たちが住む島です。石灰質の台地に吹きすさぶ風、荒涼とした自然が広がる最果てのこの島で生まれたニットがあります。アランニットやフィッシャーマン・ニットという呼び方でも知られるこのセーター。日本でも1970年代に大流行し、現代でもデザインが定着していますが、その名やルーツを知らずに着ている方も多いかもしれません。
フィッシャーマン・セーターの特徴はなんといっても重々しく浮彫りにされたデザイン。縄模様のようなデザインは、漁で使う網やロープ、かご、浮き、魚の骨など漁師たちの生活に関わるものがモチーフになっています。古くから、海へ出る漁師のために妻や娘たちによって編まれて来ました。
一説には、アラン島では家によって編み模様が異なり、それは代々引き継がれ、一種の家紋のようになっていてたとされ、その模様の違いで漁の間に万が一のことあっても、個人が識別できるようにしていたとも言われています。
日常的に命を懸けて漁にでる島の人々にとって、豊漁と航海の無事を祈りながら編まれたセーターは家族の絆を感じるお守りのようなものだったのでしょう。
幽閉されたマリー・アントワネットを最後まで癒した“編み物”
悲劇の王妃として知られるマリー・アントワネット。その贅沢で華やかな生活ばかりが注目されがちですが、彼女は手芸を愛する一人の母親でもありました。出産してからは自身の手で子供を育てることを望み、ヴェルサイユの庭に農村を再現。動物を眺めながら子供と過ごす穏やかな日々を送っていたといいます。
1789年、フランス革命が勃発。マリー・アントワネットと夫のルイ16世は一家でテンプル塔に幽閉されます。明日自分たちの命がどうなるかも分からない不安な日々の中、アントワネットを癒し、正気を保たせていたのが束の間の家族との時間と編み物だったといいます。
その後、夫のルイ16世が処刑され、アントワネット自身も最愛の子どもたちと引き離されて一人監獄へ収容されることに。その時のことを娘のマリー・テレーズが手記に残しています。
「…母は弟のための靴下を編んでいる途中だったので、私たちは母にありったけの毛糸と絹糸を送ろうとしました。母は人前に出る時のほかは常に何かしら手を動かして編み物や刺繍をしている人でした。家中の家具という家具は母が作った作品で覆われていました…」
幸せな宮殿生活から一変、悲劇の王妃となったアントワネット。囚われの身となっても、家族の靴下や家を飾る作品を生み出し続ける姿からは、いつかまた家族と幸せに暮らしていた日々を取り戻すという彼女の強いの想いが伝わってきます。アントワネットにとって、家族を思い、編み物に没頭している時間は、辛い現実を忘れて幸せを夢見ることができる癒しのひとときだったのではないでしょうか。
人類は有史以前から、魚を捕まえる網や食べ物を保存する籠などを「編む」という行為を行ってきました。いつの時代も編むという行為は、日常の中にほっと一息つける隙間を作り、深く静かに思いをめぐらす時間を与えてくれていたのではないでしょうか。誰かの手で編まれたニットには、暖かい心がこもります。この冬は、誰かを暖めるニットの贈り物を選んでみては。
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(※1) David Jackson, CC BY-SA 2.0 UK <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0/uk/deed.en>, via Wikimedia Commons
(※2) P.hammer, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons
(※3) Bowbrick, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons
- Direction : Takashi Okuno
- Writer : Kuuki Asano
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