フォトグラファー平野太呂と釣りの関係性 – 「有意義な無駄」がクリエイティブを刺激する
釣具メーカーDAIWAを運営するグローブライド社は、「スポーツが人生を豊かにする」という考えに基づいた“ライフタイムスポーツ”のひとつとして、釣りを提案している。釣りとの向き合い方は人それぞれだが、日常を忘れて没頭するその時間や体験が、人生をより鮮やかで豊かにする、という考え方だ。
そこに、クリエイターとの親和性のヒントがあるのでは。
釣りはなぜ、クリエイターを魅了するのか。
その答えを探るべく、釣りに関する写真を多く手掛け、自らもヘラブナ釣りを愛するフォトグラファー、平野太呂氏に話を聞いた。氏の手による撮り下ろし写真とともに、クリエイティブの源泉を紐解く。
1973年生まれ。武蔵野美術大学映像学科卒。2000年よりフリーランスとして活動を開始。スケートボードカルチャーを基盤にしながらも、カルチャー誌やファッション誌や広告などで活動。2004年から2019年までオルタナティヴなスペースNO.12 GALLERY主宰。多くのインディペンデントな作家達が展示をする場所となった。
主な著書に『POOL』(リトルモア)『ばらばら』(星野源と共著/リトルモア)『東京の仕事場』(マガジンハウス)『ボクと先輩』(晶文社)『Los Angeles Car Club』(私家版)『The Kings』(ELVIS PRESS)『I HAVEN’T SEEN HIM』(Sign)がある。
フォトグラファーへの道のり、そして大きなターニングポイント
―平野さんのフォトグラファーとしての歩みについて教えてください。
写真に興味を持ち始めたのは高校生のときです。大学進学にあたり、写真の勉強をするか、それとも、僕はアメリカに影響されて中学生の頃からスケボーで遊んでいた少年だったので、アメリカの文化や言葉を学ぶか、という選択で悩みましたが、「写真がやりたい」という思いが強くなってそちらの道を選びました。
―大学で写真の撮り方を本格的に学んだんですね。
でも大学では、いわゆるカメラマンになるための専門学校的な授業はほとんどなくて。卒業して社会にポンと放り出されたとき、ご飯を食べていく方法が全然わからなかったんです。就職活動もしていなかったですし、アシスタントを何年かやってから独り立ちする、みたいな流れも知らず…。
―そこからどうやってフォトグラファーになっていったんですか?
ある日、現像所で講談社のアシスタント募集の貼り紙を見て。応募して面接をして、なんとか拾ってもらいました。社員カメラマンや契約カメラマンのもとで働きながら3年間学び、それこそ『たのしい幼稚園』から『ViVi』や『Hot-Dog PRESS』まで、講談社が出している雑誌全般に幅広く関わりましたね。
―その後、フリーに。何かターニングポイントがあったのでしょうか。
道を拓いてくれたのが、ずっと続けていたスケボーでした。新たなスケボー専門誌が立ち上がることになって、僕がスケボーに詳しかったこともあり、その創刊号から関わることができたんです。自分の写真でいちおうお金を稼げるようになり、ようやく一人前のフォトグラファーになれたという感じですね。
―趣味だったスケボーが仕事に結びつくとは、わからないものですね。
そう。運も良かったですね。その後、これもスケボーがきっかけでしたがマガジンハウス社の『リラックス』というカルチャー雑誌の仕事をするようになったこと、そして初めての写真集『POOL』を出版できたことも大きなターニングポイントになりました。『POOL』は水の抜けた底が丸いプールでスケボーをするというアメリカのカルチャーの風景を集めた写真集なんですが、自分が本当に興味のあるテーマと出会い、自分らしいクリエイティブを表現できたことで、フォトグラファーとして生きていく自信がつきました。
それはきっと運命だった?釣りとの出会いとヘラブナ釣りの魅力
―スケボーにハマったのが中学時代ということですが、釣りと出会ったのはいつ頃だったんでしょうか。
始めたのは釣りの方が早くて、小学生のときからですね。友達とフラッと釣り堀に行ったのが始まりで、小4の終わり頃からスケボーを始める中1の終わり頃まで、毎週のように父親とヘラブナ釣りに行っていました。子どもにとっての3年って長いですから、それが原体験として刷り込まれている感じで。大人になった今またヘラブナ釣りをやっているのは、父との思い出と重なって、ちょっとノスタルジックな部分もあるんです。
―釣りの中でも、どうしてヘラブナ釣りを?ハマった理由はどこに?
最初に行った釣り堀がヘラブナ専門で。だから、そういう運命だったのかもしれません。でもたぶん僕の性格に合っているんでしょうね、見た目的にも地味で静かな釣りですが、それも好きで。みんなで並んで釣るよりも、湖でポツン、みたいな方が好きですし。あと、海釣りやバス釣りと比べたらヘラブナ釣りはやる人も少ないしマイナーなので、他人と同じものは好まない“スケーター魂”をくすぐられているところはありますね。
―釣り自体の魅力はどんなところだと感じていますか?
釣れたときの高揚感や達成感はすごいし、頭も真っ白になります。なんというか、その瞬間に自然と1本の線でつながることができたような興奮があって。その感覚を味わうために釣りに行っているといっても過言ではありません。
―やはり、釣り上げたときが一番の瞬間なんですね。
それは間違いないです。でも子供の頃はたくさん釣りたいという気持ちだけでしたが、大人になってからは「昨日の夜は冷えたから、朝方はこの辺にいそう」「今なら、こういうエサに食いつくかも」といった戦略を練ることも楽しくなってきましたね。
釣りとの関係性。「有意義な無駄」がクリエイティブにもたらすもの
―釣具メーカーDAIWAを運営するグローブライド社は、「スポーツが人生を豊かにする」という考えに基づいた“ライフタイムスポーツ”のひとつとして、釣りを提案しています。釣りの時間や体験が人生をより鮮やかで豊かにする、という考え方ですが、平野さんはどうお考えですか?
日常の中では絶対に得られないパワーを充電できますから、そういった側面は大いにあると思います。釣りって、魚が針にかかるまでひたすら待っているだけという印象があるので、釣りをやらない人には無駄な時間だと思われがちで。でももちろん無駄ではないですし、あえていうなら、その無駄にこそ価値があるんですよね。
―価値のある無駄。表現するなら「有意義な無駄」といったところでしょうか。
「有意義な無駄」か…面白い言葉ですね、共感できます。効率ばかり追いかけてもいいことはないし、頭も体ももたないし。ある一面から見ると無駄なものでも、角度を変えて見ればとても有意義なものになることもある。釣りはその好例だと思います。
―釣りがもたらす「有意義な無駄」は、平野さんのクリエイターとしての活動にどのような影響を及ぼしているのでしょうか。
具体的にいい写真が撮れるようになっているかはわかりませんが…釣りの後は頭もクリアになっていて、心も体も軽くなっているので、いい影響を及ぼしていることは間違いないですよね。釣りをした翌日の朝はスッキリ気持ちよく出かけられるというのもありますし。あと「遊んだ分、ちゃんとやらないと」という気持ちにもなります(笑)
―(笑)それも大事ですね。ちなみに、釣りに行きたくなるのはどんなときですか?
仕事のエネルギーを補充するために行っているわけではないので、「仕事で疲れたとき」や「仕事のことを考えたくないとき」というのは少し違うのかなと。すべてがシンプルになって頭がクリアになる、その気持ちよさを脳が欲しているときですかね。感覚的なものですが、そういうときは無性に釣りに行きたくなります。そしてそこで日々をリセットして、リフレッシュする。結果的には、それが仕事のためになっているわけですが。
「有意義な無駄」の積み重ねで、想像以上のものが生み出される
―クリエイターには釣り好きな人が多い印象があるのですが、平野さんはどう感じていますか?
実際、僕のまわりにも釣り好きは多いですよ。ちなみに今回の撮影でモデルを務めてくれたのも、ライターを生業にしているクリエイター仲間です。道具を集めたり、手入れをしたり、釣り方に自分なりのアレンジを加えたり、とことん深く分析したり。そういった部分もクリエイターとの親和性が高いのかなと思いますし、クリエイター心をくすぐるポイントなんじゃないかな。
―そもそもですが、釣りも含めて、一流のクリエイターは遊ぶのも上手いというパブリックイメージがあります。
趣味や遊びの中の「有意義な無駄」がもたらす、ある種の心のゆとりや余白みたいなものは、クリエイターに欠かせない新たな発想や創造に大きく寄与しているはずですから、その関係性は偶然ではないと思いますよ。
―クリエイターにとって、日々の「有意義な無駄」は欠かせないと。
同じような考えの人が集まっても、想像の枠の中のものしか出てこないし、アソビのない人たちと何かを作っても、キッチリしたものしか生まれませんからね。釣りに限らず、日常を忘れて没頭できる趣味の時間や未知の刺激を受けるような体験は欠かせません。ファッションでも、広告でも、アートでも、そういうものの積み重ねで完成物の到達点が高くなり、想像以上のものが生み出されるんだと思っています。そのためにも、クリエイターのアウトプットには日々の「有意義な無駄」からのインプットが大切で、それが僕にとっては釣りでありスケボーだったということですね。
―なるほど。趣味として、仕事として、今後も平野さんにとって釣りは欠かせないものになりそうですね。
ありがたいことにいろいろな縁もあって、自然と結びついて広がっていて。趣味と仕事がリンクすることは、最高に幸せなことだと思っています。でも、フォトグラファーとして「釣りをこう表現したい」という答えには、まだ辿り着いていなくて。辿り着くまでにはまだまだ時間がかかるかもしれませんし、ずっと答えは出ないかもしれません。でもこれからも、「有意義な無駄」から得られるものを大切にしながら、釣りとは長く付き合っていきたいと思っています。
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撮影協力:戸面原ダムボートセンター
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- Photo : Taro Hirano
- Model : Toshiya Muraoka
- Producer : Yusuke Soejima(QUI)
- Art Director : Masahiro Kikuchi(STUDIO UNI)
- Text : Tatsuyuki Imada(STUDIO UNI)
- Edit : Ryota Tsushima(QUI)