3月27日は、世界演劇の日 – 恐ろしくも美しい、演劇史
国際演劇協会によって制定されたこの記念日には、演劇の魅力を広め、劇場で働くすべての人々を称えるために、世界中の劇場でさまざまなイベントが行われます。
今日は、太古の昔から人々を魅了する「演劇」の知られざる歴史秘話、少しダークな逸話、劇場で起こった事件に迫り、演劇の魅力を舞台裏から紐解いていきます。
演劇 それは神々とつながる儀式
はじまりは古代ギリシャ
「演劇」は、古代ギリシャの時代に遡ることができる古い芸術です。古代ギリシャでは、ディオニュソス神の祭りの一環として劇が上演されていました。ディオニュソス神は、酒と豊穣、喜び、そして演劇の神とされていました。古代ギリシャでは、演劇は神々への崇拝の一環として行われていました。またこの時代には既に悲劇と喜劇の両方が登場したと言われています。
古代ギリシャ演劇は、民主主義の発展にも影響を与えました。演劇を通じて、政治や哲学の問題が議論され、市民たちは意見を交換する機会を持ちました。また、演劇祭の審査員は、市民から選ばれており、民主主義の精神が演劇の中にも息づいています。
ギリシャで哲学が発展したことにも、演劇が大きな役割を担っていたとされています。
中世ヨーロッパ、キリスト教の布教の一環として
演劇は古代ギリシャから古代ローマへと広がり、中世ヨーロッパにはキリスト教の教会が、演劇の発展に大きな役割を果たしました。この時代には聖書の物語や宗教的なテーマが上演され、演劇はさまざまな階級、年齢の人々に教会の教えを広めるために一役買っていました。
神道儀式が起源の日本の演劇
日本の演劇の起源も、さかのぼれば神道の儀式である神楽へとつながります。神楽は、神々への祈りや感謝を表現する舞踊や音楽を表現するものです。
このように、演劇と宗教は歴史的に深く結びついており、宗教が演劇の発展を促し、演劇が宗教的な教えや物語を広める役割を果たしてきたとも言えるのです。
恐ろしくも美しい劇場の舞台裏
古代から続く長い演劇の歴史の中には、現代には存在しない、失われた文化も存在します。
オペラの失われた声 -カストラート
17世紀から18世紀にかけてのヨーロッパのオペラ界では、高い声域を持つ「カストラート」という特別な歌手たちが活躍していました。カストラートは、幼少期に去勢されることで、成人後も独特の高音を出すことができる男性たちです。
現代では倫理的な問題から存在しないカストラートですが、その歌声は当時の観客に強烈な印象を与え、彼らは名実ともにスターとしての扱いを受けていました。
なぜ、男性を去勢してまで高い声の歌手を生み出したかというと、その起源にも信仰が絡んでいます。かつて教会では女性が歌うことは許されていなかったため、高音パートを歌うためにカストラートが用いられるようになりました。いつしか彼らはオペラ界でも人気を博すようになり、多くの作品で主役を演じるようになったのです。声変わりの前に去勢をすることで、いわゆるボーイ・ソプラノの歌声と成人男性の肺活量を併せ持つため、女性のソプラノとはまた異なる官能的な魅力を持っていたといいます。
幼少期のベートーヴェンもボーイ・ソプラノとして稀有な才能をもっていたため、カストラートにするよう周辺からのぞまれたものの、父親が反対したことからそれを逃れ、作曲家になったと言われています。
「カストラート」は「去勢する」という意味を指します。
美か死か 人々を魅了したグリーンドレス
衣装は、演劇の舞台に華を添える重要な存在です。
しかし、華やかな衣装の歴史の裏に、危険な秘密が存在することをご存じでしょうか。
19世紀に流行した緑色のドレスは、文字通り「毒入り」の危険なドレスでした。当時のヨーロッパでは、緑色の染料が非常に珍重されていました。鮮やかな緑色のドレスに人々は夢中になりましたが、実は当時、緑色を出すためには猛毒のヒ素が使われていたのです。
この緑の染料によって、健康被害を受けた人物の中に、フランス皇帝ナポレオンの名が挙げられます。ナポレオンは晩年、自身の好きな色である緑色の壁紙に囲まれた部屋で過ごしていたことが死の一因とも言われています。死後の彼の髪の毛からはかなりの量のヒ素が検出されたのだとか。
シェイクスピアの「マクベス」の呪い
オペラ「マクベス」は、シェイクスピアの悲劇『マクベス』を基に作曲家ジュゼッペ・ヴェルディが作曲したオペラです。このオペラには「マクベスの呪い」と呼ばれる伝説があります。
「マクベスの呪い」とは、オペラ「マクベス」の上演が不幸な出来事を引き起こすという言い伝えで、オペラ初演時に起こった数々の不幸な事件によって生まれたといいます。
1857年の初演では、主演のテノール歌手が当日病気でキャンセルし、代役の歌手が台詞を忘れてしまい、大失敗に終わりました。また、初演後にも不幸が相次ぎ、人々はオペラ「マクベス」が呪われていると信じるようになりました。
現代でも、「劇場で『マクベス』と口にしてはいけない」というタブーが存在しており、劇場関係者がマクベスというときは「スコットランドの演劇」という言葉を使うのだそうです。
万が一、マクベスと口にしてしまったら、劇場の外にでて「マクベスマクベスマクベス」と3回唱えると呪いが解けるのだとか。
自分ではない「なにか」を演じること
仮面と演劇
演劇を語る上で欠かせないのが、「仮面」の存在です。
仮面と演劇は、切っても切り離せない関係なのです。
古代ギリシャの演劇では、悲劇と喜劇の二つのジャンルのそのどちらにも仮面が使用されました。仮面は、大規模な劇場で遠くの観客にも感情や性格が伝わるようにデザインされていました。
イタリアの即興劇であるコメディア・デッラルテでは、固定化された役柄の仮面が用いられました。仮面は、役の特徴や社会的な役割を示すものであり、演劇を通じて風刺や社会的批評が行われていました。
日本の伝統的な演劇である能や狂言でも、仮面が重要な役割を果たしています。能の仮面は、神々や精霊、英雄、老人、女性などの登場人物を表現し、緻密な彫刻で感情や性格が表現されています。
シェイクスピア劇の女性役
エリザベス朝時代のイギリスでは、女性が舞台に立つことは一般的ではありませんでした。そのため、ウィリアム・シェイクスピアの劇でも、女性の役は若い男性俳優が演じることが一般的でした。このため、シェイクスピアの劇には男性が女性に変装する場面がよく登場し、現代の観客にも楽しまれています。
時に歴史の「舞台」となる劇場
1865年4月14日、アメリカ合衆国第16代大統領エイブラハム・リンカーンは、ワシントンD.C.のフォード劇場で演劇を鑑賞していました。その最中、南北戦争で南部側についていた俳優ジョン・ウィルクス・ブースが、リンカーン大統領を狙って射殺しました。この事件は、アメリカ史上初の大統領暗殺であり、劇場の歴史にも深い影を落としました。
演劇を多様な文化や価値観に触れるきっかけに
演劇は社会に対してメッセージを発信する力があります。現代でも、政治や社会問題を扱った作品は問題意識を持つきっかけとなりますし、恋愛映画や人間ドラマを見た後に自分の考えと照らし合わせて物事を深く考える入口になることも。また、演劇を見ることで自分の背景とは異なる文化や価値観を理解するきっかけにもなります。
今夜はずっと気になっていたあの作品、あのお芝居を観に出かけてみてはいかがでしょうか。
MV:Flammingo, CC BY-SA 3.0 <http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/>, via Wikimedia Commons
※1:LEFT:British Museum, CC BY 2.5 <https://creativecommons.org/licenses/by/2.5>, via Wikimedia Commons
RIGHT:AnonymousUnknown author, Public domain, via Wikimedia Commons
※2:Image taken from:Title: “Geïllustreerde geschiedenis van België … Geheel herzien en het hedendaagsche tijdperk bijgewerkt door Eug. Hubert”Author: MOKE, Henri Guillaume.Contributor: HUBERT, Eugène Ernest.Shelfmark: “British Library HMNTS 9414.l.2.”Page: 315Place of Publishing: BrusselDate of Publishing: 1885Issuance: monographicIdentifier: 002519118, No restrictions, via Wikimedia Commons
※3:William S. and John T. Spaulding Collection
※4:Mihály Zichy, Public domain, via Wikimedia Commons
※5:Jacopo Amigoni, Public domain, via Wikimedia Commons
※6:See page for author, CC BY 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/4.0>, via Wikimedia Commons
※7:LEFT:Gift of Mrs. William R. Witherell, 1953 RIGHT:Georg Friedrich Kersting, Public domain, via Wikimedia Commons
※8:Horace Vernet, Public domain, via Wikimedia Commons
※9:Théodore Chassériau, Public domain, via Wikimedia Commons
※10:Capitoline Museums, Public domain, via Wikimedia Commons
※11:Currier & Ives, 1865., Public domain, via Wikimedia Commons
- Director : Takashi Okuno
- Writer : Kuuki Asano
- Edit : Ryota Tsushima