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三島有紀子 – 黒いキャンバスに光を描く

Nov 7, 2026
映画『男ともだち』で、松岡茉優が演じる主人公・神名と、成田 凌が演じる“男ともだち”のハセオ。ふたりの距離感や、言葉と時間のあいだに揺れる複雑な感情を、三島有紀子監督はどのように映画へと変換していったのか。
「物語を説明することを手放した」という映画づくりを振り返りながら、本作に込めた思いをきいた。

三島有紀子 – 黒いキャンバスに光を描く

Nov 7, 2026 - FILM
映画『男ともだち』で、松岡茉優が演じる主人公・神名と、成田 凌が演じる“男ともだち”のハセオ。ふたりの距離感や、言葉と時間のあいだに揺れる複雑な感情を、三島有紀子監督はどのように映画へと変換していったのか。
「物語を説明することを手放した」という映画づくりを振り返りながら、本作に込めた思いをきいた。

“映画的な運動に変換していく”ことを大事に撮った

― 映画を観てから原作小説も読ませていただいたんですけど、映画では成田 凌さん演じるハセオがより存在感を増している気がしました。劇中で『ベルリン・天使の詩』も流れていましたが、ハセオは天使ですよね。

そうですね。成田さんとはクランクインの2ヶ月ぐらい前から「ハセオってどういう人なんだろうね」と丁寧に話し合っていて。成田さんは人の心にずんずん入っていける関西弁の先輩がいるので、その方を参考にしたいとおっしゃっていて、私からはヴェンダース監督の『ベルリン・天使の詩』の存在に近いのではないか、と。(松岡茉優さん演じる)神名をずっと見守っているんだけど、天使のように俯瞰して見られるような、一緒にいない時間も見ているんじゃないかといったような、そんな心の距離感を持つ違う生き物としてそこに存在しているんじゃないかという話をさせていただきました。

― 物語を進めるうえでのバランサーのような。

物語性を感じていただいたんですね。実は今回、物語を説明することを手放してみようと思ったんです。こんなことが起こって、こうなったというより、感情だけで次のアクションに向かっていくことを大事に撮ってみようと。事象の説明をカットして、観ている方に感じていただくというプロセスの映画にしたので、新鮮な感想です。

― 勝手に補完してしまったのかもしれません。

それは願ったり叶ったりで。映画を観てくださるお客さんを信じて、この感情の間で、こういうことが起こったのではないかと想像していただくのは、映画表現のひとつの理想ではあると思います。

©2026『男ともだち』製作委員会

― 別のインタビューでは、小説の映画化は難しいとおっしゃっていました。

小説は、小説という芸術として完成されていますし、自分の中で大いなるリスペクトを持っているんです。だからこそ、それをトレースして映画にしても自分はあまり面白いとは思えないんです。それぞれの監督がどう解釈したのかを観たいと思う方です。

だから自分も、映画をつくる人間として、何に心が動いて、何のエッセンスを使いたいのか、どんな時間を共有するのか、あらためて映画としての時間軸を再構築する必要があると思いながらつくっています。

― 原作の小説のエッセンスを捉えながらも、構成からディテールまで手が入っていますが、とくに大きく変えたポイントは?

たくさんあるので……逆にどこが変わったと思いますか?

― やっぱりハセオの存在感が増して、よりふたりの物語になっていると感じました。

何が満たされていないのかもわからない中で、いろんなものをつかもうと闇雲にさまよっている神名が、男ともだちのハセオと再会し、かけがえのない3つの夜を経て、新しい扉を開けていく。その物語を映画として非常にシンプルに再構築したことで、ハセオの印象が強く感じられるようになったんだと思います。

ハセオに関しては、実際に成田 凌さんが演じるということをイメージして、関西弁もやわらかくしつつ、ちょっと多めにしています。

― エセ関西弁を。

ハセオは関西弁の軽やかで「人の心に入り込みやすい」という特徴を駆使してコミュニケーションをとっています。ハセオが神名に対してもそういう存在であること、さらにもともと関西弁を喋らない人間が関西弁を取得するに至った背景まで表現できると思ったので、関西弁を大切にしました。

あとは小説だと、これから生きていくうえで指針になるようないいセリフがたくさんあるんですが、生身の人間が2時間の映画の中で語りすぎるとあまり心に残らないので、厳選しながら構築しています。

セリフも、真逆の意味で言っていることもあるし、別の意味を含んでいることもある。本当に複雑な感情をセリフに乗せたり、セリフとセリフの間の表情だったり、動きだったり、小説にはできないと考えられる“映画的な運動に変換していく”ということを、一番大事に撮っていました。

©2026『男ともだち』製作委員会

― あとは、終盤は小説とかなり違いますね。

広島以降ですかね。神名の中に積み重なってきた感情が、どう発露するのかということがポイントでした。ハセオの「世界の終わりの日が来たら何したい?」というセリフをきっかけに神名が街をさまよい、彼女が見つけたものからシーンを構築し、画として昇華していく。セリフ自体は小説にあるものですが、その流れは映画として組み立てました。

脚本の澤井香織さんが、『山賊の歌』を発見して入れ込んでくれたことも大きかったです。ハセオに教わった歌詞が、神名が広島でさまよいながら歌っているときと、ラストに絵を描き上げたあとで、意味が変わってくる。それも映画のオリジナルのひとつです。そして、広島で歌を入れたシーンは、編集の加藤ひとみさんが別のシーンで歌っていたのをここに入れ込んでくれました。

©2026『男ともだち』製作委員会

 

箱の底にある希望を見つめる

― 前作の『一月の声に歓びを刻め』から2年以上が経ちました。

あの作品は、自分が経験した幼い頃の性被害をモチーフにした作品でしたので、自分の中のパンドラの箱を開けてしまったところがありました。もともとのパンドラの箱の物語では、最後に希望だけが残ったと言われているのですが、私は箱の底にある希望までは描ききれませんでした。だから、この先に光があるのかはわからないけど、『男ともだち』をとおして、もうちょっと見つめてみてもいいのではないかと思ったんです。

神名も小さいころに同じような経験を経て、絵というものに出会います。やっぱりいろんな距離感をとることが非常に難しく、セックスが彼女を満たしているわけでもなく、常に葛藤している。そんな中でハセオの言葉が、彼女の世界を見る角度を変えてくれるんです。

― そして最後に神名が描く絵につながっていく。

でも私はつくり手として、いきなり最後の絵には行けないだろうなと思いました。横たわる自分の弱さをきちんと描いたうえで、それを黒く塗りつぶしてから、自分自身がこれから進んでいく先に向かった絵を完成させる。このプロセスをどうしても撮りたかった。

私にとっては『一月の声に歓びを刻め』が自分の弱さを描いた絵で、今回の作品が黒く塗られたキャンバスの上に描いた最後の絵なんだと思います。

©2026『男ともだち』製作委員会

― 本作で新たに挑戦したことはありますか?

大きくは、物語を語ることよりも感情を辿ることによって、感じていただける作品を目指したということが新しい挑戦でしたが、画でいうと、ひとつのカットの中に、神名が描いた絵、思い出や記憶、会話など異なる時間軸を重ねていくという実験をしました。

― レイヤーを重ねて見せることで、そこから立ち現れるものを狙ったのでしょうか?

映画の中における映画も同じで、やはり感情は強調されますよね。たとえば神名が出町座で映画を見ているシーンでは、『西部戦線異状なし』を名画座でかける時代になったということが表現され、その映画の中には別の人生があり、それを観ている彼女の人生がある。そしてまたそれを観ている私たちがいる。

いくつもの人生を感じることで、神名の人生の境界線がどこにあるのか、無意識に探っていく時間になるという面白さは狙っていきました。

©2026『男ともだち』製作委員会

 

複雑な感情のプロセス全部を丁寧に見せたい

― 松岡さんと成田さんに求めたことや、ふたりが作品にもたらしてくれたことについてお聞かせいただきたいです。

今回はふたりの距離感を大事に撮りたいということと、一連の感情を全部見せたいということがありました。尺がかかってもいいので、セリフを聞いて、次のセリフが出るまでの複雑な感情のプロセス全部を丁寧に見せたい。だからそれを全部やってくださいとお願いしました。

― それは役者にとって難しいリクエストなのでしょうか?

大変なことです。大きな負荷がかかることだと考えています。長回しでずっと追いかけるということは、その感情が実際に生まれ、それをちゃんと表現として渡して戻すという繰り返しを、本当に繊細にやっていかなければなりません。何分にも及ぶカットの中で、コンマ何秒も途切れさせず、絶対的に役として生き続けなければならない。事象を説明する映画でなく、感情を感じていく映画なので、そこを丁寧にやっていただきたいというのが一番大きなところでした。

そして、おふたりが現場でもたらしてくれたことは、途方もなくて。毎日毎日それぞれとお話をさせていただいたのですが、松岡さんは最初から最後までお芝居を構築して現場に来てくださるタイプで、成田さんは、ご一緒するのが二度目なのですが、構築しながらも結構ギリギリまで悩んで考えてくださるタイプなんです。その組み合わせが私は面白いなと思って。本番で予定外のことを成田さんから松岡さんにぶつけていただいたら、お芝居が生き物のようにちょっとずつ変化してさらに面白くなっていくんじゃないかなと考えました。成田さんは、そういう仕掛けを一緒にしてもらっていたという意味で共犯者でしたね。

©2026『男ともだち』製作委員会

― ふたりに割って入る真司を演じた中島歩さんも素晴らしかったですね。

『グッド・ストライプス』から拝見していたので念願でした。独特なリズム感がいいですよね。真司を多面的に演じてもらえたことがとても大きかったです。そして映画と、映画をつくる人、映画をつくる時間をすごく愛していらっしゃることが伝わってきました。

(神名とハセオと真司が出会う)国際会館のシーンは、台本が8ページくらいある本当に難しいお芝居で、こうなったらこう動くということを約束ごとにせず、すべてが感情につながって動くようにと決めていたんです。そんな中でも中島さんは、別のパターンも快くやってみてくれて、でもやっぱりもとの方がいいかなと悩んでいたら、まるで演出助手のように隣にいて、「たしかにもとの方がハセオがかっこいいですね」と。全体を見ながら一緒に芝居をつくってくれたという印象が強いです。

©2026『男ともだち』製作委員会

― 神名やハセオたちは、セックスの有無にとらわれすぎているような気もしたのですが、セックスはやはり、おおごとだと思いますか?

対話をとおして精神的な結びつきが強い関係とセックスをする関係って、成立する方もいればしない方もある。組み合わせでも違う。いろんな矛盾があったりもしますが、おっしゃる通りに、じゃあセックスをしたからといって友人関係が成立しないかというと、そうでもないんですよね。

初号試写のときに若い女性が言ってくれた感想が面白かったんです。男と女だからってセックスしなくてもいいんだと思ったらすごく楽になりましたって書いてくれていて。ああ、それだよねっていう。いつかそこに行かなきゃいけないんじゃないかと、ある種の強迫観念を持っている人もいるから。

― たしかに。男でも女でも、してもいいし、しなくてもいい。

私もそう、セックス(性)を軸に置かないというのが、これからのあるべき姿だと思います。

 

Profile _ 三島有紀子(みしま・ゆきこ)
大阪府出身。18歳から自主映画を撮り始め、NHKでドキュメンタリー制作に携わった後、2003年に独立。2017 年『幼な子われらに生まれ』で、第 41 回モントリオール世界映画祭審査員特別大賞、第 42 回報知映画賞監督賞など国内外で多数の映画賞を受賞。『Red』(20)はフランスでも公開され、第9回シアトル映画祭では最優秀作品賞を受賞、2024年には、長編10本目として『一月の声に歓びを刻め』を完成させ、ウディネ・ファーイースト映画祭、米アジアン・ワールド映画祭のコンペティション部門に選出された。確かな演出力で俳優の新しい面を引き出しながら、人間の心の痛みや再生、現代が抱える社会問題を独特の映像美で立ち上らせる作風が高く評価されている。 その他の作品に、『しあわせのパン』(12)、『ぶどうのなみだ』(14) 、『繕い裁つ人』(15)、『少女』(16)、『ビブリア古書堂の事件手帖』(18)、セミドキュメンタリー映画『東京組曲 2020』(23)などがある。
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Information

映画『男ともだち』

2026年11月 6日(金)新宿ピカデリー他にて全国ロードショー

出演:松岡茉優、成田 凌、井上祐貴、中島 歩、咲妃みゆ、三浦貴大、辻󠄀 凪子、中山求一郎、比喩根(chilldspot)、余 貴美子、池畑慎之介
原作:千早 茜『男ともだち』(文春文庫)
監督:三島有紀子
脚本:澤井香織
音楽:安川午朗

『男ともだち』公式サイト

©2026『男ともだち』製作委員会

  • Photography : Madoka Shibazaki
  • Hair&Make-up : Ichihashi Yurika
  • Edit&Text : Yusuke Takayama(QUI)

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