井口理 – 信じた人を、信じ抜く


jacket ¥110,000 / VUJA DÉ (THE WALL SHOWROOM 050-3802-5577)
苦楽の「苦」を一緒に経験した人は信用できる
― まずは、原作を読んだ時の印象を教えてください。
短編集の『逃亡小説集』の中でも、とくに印象的なお話だと感じました。特別な存在のアイドルと、かつてファンだった康太がどうリンクしていくのか。そこがすごくおもしろかったです。
― 脚本では原作とは異なるオリジナルな部分も?
はい。伊藤(ちひろ)監督によって少し変えられているところもあって、そこがいい肉づけになっています。原作にはなかった会話のシーンや大学の待合室のシーンは、すごくロマンチックに描かれているなと感じました。
― 今作で井口さんが演じられた康太という役には、どんな魅力がありましたか?
彼は本当にピュア。今時珍しい青年です。世間のしがらみやSNSから完全に解き放たれていて、(深川麻衣さん演じる元アイドルの)鮎川舞子とは全く違うベクトルで生きている。そこがすごく魅力的でした。
僕も舞子側の仕事をしている人間であり、これまでも何かを追いかけているようなタイプではなかったんです。だから逆に、神格化されたアイドルとファンという関係性ではないかたちで、何かを提示できたら素敵だなと。作品のテーマとも重なるのですが、「一度信じた人を信じ抜くこと」を大切に演じました。
― なぜ康太は、突然目の前に現れた舞子のことを信じることができたんだと思いますか?
自分が生きてきた中で、大事なタイミングで近くにいてくれた人っているじゃないですか。例えば、就活するときにアドバイスしてくれた先輩とか、苦しかったときに優しい言葉をかけてくれた友達とか。
康太にとって(自身が推してきた)舞子は、そういう人だったのかもしれません。「お世話になったのに、無下にするわけにはいかない」という、恩返しみたいな気持ちもあったんじゃないかな。
僕も身近な人が疑われたとしても信じちゃうと思うんです。もちろん、犯罪は良くない。でも、事実がどうであるかというよりもまずは、その人の言葉を信じてあげたいという気持ちがあります。
― 井口さん自身が「こういう人は信頼できる」と思うポイントはありますか?
その人が信頼に足るかどうかというのは、目を見て話せば大体わかります。特に苦楽の「苦」を一緒に経験した人は信用できる。苦しいときこそ人間性が出るので。
今の自分の周りにいる仲間って、みんな本当に苦しいときを共にした人たちなんです。居酒屋でパッと会って、楽しく話しただけではわからない部分ですね。
― 一方で、推しとは直接苦楽を共にしているわけではないですもんね。
それでも康太が舞子を応援できたのは、どこか共感できるところがあったからだと思います。僕も親が離婚した18歳のときに、相談に乗ってくれた友達がいて。そこから一度も会ってないんですけど、今でもそいつのことを大事に思っていたりするんです。
その感覚は、音楽にもありますよね。しんどいときに聴いていた曲って、たまに聴くとそのときのことを強烈に思い出したり、またちょっと元気が出たりする。直接会ったり、一緒に何かを経験したりしていなくても、自分の中に残っているものがあるんだと思います。

やっぱり「人と人だよね」ということを伝えたい
― 井口さんにとって「推す」こととは?
「この作品が好き」とか「この曲が好き」というのはあるんですけど、あんまり「この人が好き」というのはないかもしれません。もちろん好きな方はいますし、実際に会ってみて「めっちゃいい人じゃん」と思ったこともありますが。
たまに、メディアに出ている人に対して「この人、いい人だから」って言う人がいるじゃないですか。画面越しからその人の何がわかるんだっていう話だし、そこにはあんまり興味がないんです。
ファンもアイドルも、どんな人も一人の人間だし、それぞれに抱えているものがある。この作品をとおして、やっぱり「人と人だよね」ということを伝えられたらいいですね。
― 井口さんは推される側として、推してもらうことをどんなふうに感じていますか?
変な職業だなと思っています。でも極論、僕は、たまにサブスクで聴いてくれればいいし、無理してまでライブに来るくらいだったら、家族でおいしいご飯でも食べてほしいなという気持ちでいます。それはもちろん、今まで仕事をしてきて、ある程度余裕があるから言えることなのかもしれないですけど。
なので、「推し」や「推し活」みたいな言葉に対しては、すごく懐疑的というか。対象を煽るための言葉だと感じてしまうところもあります。
―なるほど。
だからこそ、康太みたいな応援のあり方もいいんじゃないかな。
たぶん、康太も舞子の活動をずっと追いかけていたわけではなくて。節々で聴いたり、見たりするタイミングがあって、でも忙しくて離れてしまうときもある。たまに連絡をとる大切な人との関係性であってもいいと思うんです。
― 今や「推し」の情報を追ううえで、SNSは切り離せない存在になっています。井口さんは、SNSをどう捉えていますか?
もともとやばい場所でしたけど、より一層やばくなってきていますよね。お金が稼げるなら過激な発言をしてもいいとか、そういうことが増えてきて、人の心ってもうネット上にはないんだなと。思いやりのある発言をしている方もいらっしゃいますが、その本音がどこにあるのかも全くわからない。
― SNSもどんどんかたちが変わってきています。
この映画はそこに切り込んでいる気がしていて。全く違うところにいた2人が、実際に会って話して、お互いを理解していく。そうやって大事なものを拾い上げていくことが、今の時代にすごく大事なんじゃないかなと思います。
この作品を撮ってみて、なんかスカッとしたというか、腑に落ちたというか。ちゃんと人と人が出会って、何かが起こるっていうことがすごく大事なんだと、僕も気づかされました。

ちゃんと伝わる表現をすることを意識した
― 伊藤ちひろ監督の作品には、本作で3本目の出演になります。
1、2作目は、いわゆる商業映画とは違うかたちで製作してきて、内容も抽象的な表現が多かったので、監督自身にも「こういうことができなかった」という部分があったと思います。だから3作目では、「ちゃんと伝わる表現をする」ということをお互いに意識しながら作っていきました。
― あらためて気づいた伊藤監督の魅力はありましたか?
人の滑稽さを描くのが、本当に上手だなと思いました。シリアスな作品の中にも、くすっと笑っちゃうエッセンスが入っていて。どんなにつらいときでも人って、静かなところでお腹が鳴って笑っちゃうような瞬間があるじゃないですか。
どこまでもドラマチックに描くこともできると思うんですけど、そういう何気ないことや些細なことが脚本に肉付けされていて。この人は普遍的なものを愛している人なんだなと感じます。僕もわりとそういう視点があるので、そこが監督と合うところなのかもしれません。
― 俳優としての経験を重ねる中で、俳優業との向き合い方にも変化が?
これまでは「やらなきゃいけないもの」として意固地になって、後に引けなくなっている自分もいましたが、今はもっと純粋な気持ちで現場に入っていけるようになってきました。
ほぼ初めましての人たちと、お芝居をとおして心を通わせていく。そういうのって、すごく特殊だとは思うんですけど、それ自体が一種のコミュニケーションになっているというか。芝居が会話になるみたいな……ってそんなかっこいいことを言うつもりはないんですけど(笑)。
最近はそういう喜びが芽生えてきたので、前よりもお芝居に対する自分の純度みたいなものが高まってきた気がします。
― 舞子を演じた深川麻衣さんとの共演はいかがでしたか?
本当に飾らない、等身大の素晴らしさを持った方でした。この仕事をしていると、どこかスイッチが入っていて、「なんか心で会話できていないな」とか「本心で言っているのかな」と思うこともあるんです。でも深川さんには本当にそれがなくて。自分の気持ちや言葉がそのまま出てきているんだなと感じました。
― 撮影は2年前だったそうですが、改めて本作をご覧になってどんなことを感じましたか?
まだまだですよ(笑)。自分自身もクリエイティブももっと全然できるなって。
でもそれはそれとして、今見ると愛おしいなとも感じます。音楽でいうアルバムに似ていて、その当時の自分がよくも悪くも閉じ込められている。そこも含めて作品性になっているのかもしれないですね。

Profile _ 井口理(いぐち・さとる)
1993年10月5日、長野県出身。常田大希、勢喜遊、新井和輝、井口理による4ピースジャパニーズバンド“King Gnu”でボーカルとキーボードを担当。俳優としても映画『劇場』(20/監督:行定勲)、『佐々木、イン、マイマイン』(20/監督:内山拓也)、『余命10年』(22/監督:藤井道人)に出演するほか、伊藤ちひろ監督の『ひとりぼっちじゃない』(23)では映画初主演を務めた。昨年は、初舞台「キャッシュ・オン・デリバリー」への出演、映画『国宝』(25/監督:李相日)の主題歌「Luminance」に歌唱参加し、日本アカデミー賞の主題歌賞を受賞するなど、活躍の場を広げている。
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Information
映画『逃げろお嬢さん』
全国公開中
出演:井口 理(King Gnu)、深川麻衣、浅香航大、河井青葉、田中偉登、川俣しのぶ、あぁ〜しらき、竹中凌平、塚越健一、栗田学武、岩男海史、浪越小百合、磯村アメリ
原作:吉田修一「逃げろお嬢さん」(『逃亡小説集』所収・角川文庫/KADOKAWA 刊)
監督・脚本:伊藤ちひろ
©2026 吉田修一/KADOKAWA/In Her Room
- Photography : Kaito Fujisawa
- Styling : Shohei Kashima(W)
- Hair&Make-up : Kazuma Kimura(skavati)
- Text : Sayaka Yabe
- Edit : Yusuke Takayama(QUI)