落合モトキ × あの – 演じるということ
映画『鯨の骨』でW主演を果たした2人の、演じることへの思いや姿勢に迫った。
人としてもすごく成長させてもらいました(あの)
― まず、お互いの印象について教えていただけますか?
落合:あのちゃんのことはテレビで観ていて、謎の多い子だなと(笑)。でも実際に一緒にやっていくにつれて、台本もちゃんと覚えてきたり、1週間リハーサルがあったんですけど、そこでも役と一生懸命に向き合っていたり、真面目な子なんだなと思いました。
あの:落合さんはいろんな作品で観ていたので、足を引っ張らないようにしなきゃなという気持ちでお会いしました。怖かったらどうしようと不安だったんですけど、気さくでしゃべりやすくて。演技ですごく引っ張っていってくれたので、安心感を持ちながら撮影できました。あと、いろんなカルチャーを通ってきた人だから、お互いの好きな音楽やファッションについて聞き合ったり。演技の部分はもちろん、落合さんの人柄も知っていけたので、やりやすかったです。
― 落合さんが今回演じたサラリーマンの間宮について、大江崇允監督は「難しい役柄で落合さんに助けられました」とコメントされていました。
落合:さっきも言ったように、1週間のリハーサル期間があったので、いろんなことを試せて。その中で監督がOKと言えるような芝居ができたのかなと思います。
― 多くの作品に出演されていますが、1週間のリハというのは贅沢なんですか?
落合:映画でもそうスケジュールは取れないと思うし、すごく贅沢な時間だったなと思います。
― あのさんは、明日香をどのように演じましたか?
あの:明日香は「ミミ(ARアプリ「王様の耳はロバの耳」の通称)」の中の人という設定だったので、1枚フィルターをかぶせたような感覚は意識しました。監督からは、僕の発声の仕方を結構指導されて。普段とは全然違うので特訓しました。
― 予告を観たファンの方からも反響があったのでは?
あの:そうですね。あとはじっとできなくて、すぐ顔を手で隠しちゃったりするんで、「気をつけ」とかビシッと言われて、人間矯正から始まって(笑)。人としてもすごく成長させてもらいました。
― 特に思い出に残っているシーンはありますか?
落合:あのちゃんをぐるぐる巻きにして、山を登ったり下ったりするシーンがあって。深夜の撮影で、カメラや照明もとんでもないところに配置されていたりして、とにかく大変でした。現場では煙も焚かれていて、自分が懐中電灯を照らしていた様子が深海の探査艇をイメージしていたり、細かい塵が深海の細かい泡のように映っていたり。撮っていたときも、観ているときも印象に残っています。
あの:僕も印象的なシーンはいっぱいあります。落合さんから走って逃げるシーンを撮ったときは、お互いほとんど寝れていない状況で、何回も走ってヘトヘトになりました。でもクライマックスに向けて出し切ろうという感じが現場にも僕自身もあって。このシーンからすごくハッピーエンドに向かっていくところだったので印象的でした。
落合:あのちゃんが速いんですよね。パンプスみたいなのを履いてるのに。たぶん俺、30代になって一番本気で走りました。本気で止めないと置いてかれちゃうわと(笑)。
― しかも何回も。
落合:何回も走って。大変だったけど頑張りました。
無責任な世界が生まれ始めているなと思う(落合)
― 今回、あのさんはano名義で主題歌『鯨の骨』も手掛けられています。役を受けたタイミングで、主題歌も依頼があったんですか?
あの:いえ。主題歌もやるって決まったのは撮影に入ってからでした。明日香を演じながら曲を作ってほしいという監督の思いもあったので。
― 楽曲には演じているときにご自身が感じたものが込められている?
あの:そうですね。でも正直、脚本を読んだ瞬間に、エンドロールで流れるんだったらこういう曲だなというのは明確に浮かんでいて。この映画は奇妙でぷかぷか浮いていて、怖いんだけどキラッと光るものがある、まさに深海の世界みたいだったので、その感覚を歌詞にも入れさせていただきました。
― 落合さんはお聴きになっていかがでしたか?
落合:試写会のエンドロールで流れてきて、そこで初めて「主題歌、あのちゃんが歌ってるんだ」って知りました。エンドロールの映像は喫茶店の風景の長回しで、それが深海の中を見ているような終わり方なんです。曲ともすごくマッチしていて、「あのシーンが良かったよね」と言われるようなシーンになったなと感じました。
― 映像と相まって、しっかり余韻を噛み締められるようなエンドロールでした。
落合:また新しいなにかが生まれていくような感じもありましたよね。
― 『鯨の骨』の世界ではリアルとバーチャルの境界が曖昧になったことで混沌としていましたが、現実においてもあながちフィクションとは言い切れないように感じました。リアルとバーチャルが接近していく未来を、お二人はどのように捉えていますか。
落合:自分もヘッドホンをつけてインカムで操作するネットゲームをやるんですけど、無責任になりますよね。「あ、このチームダメだ」となったら退出しちゃえば良いわけだから。でも現実世界で「大江組に入ります」ってなったら、「ダメだ、明日から行かない」とはいかない。言い方は悪いけど、無責任な世界が生まれ始めているなとは思います。
― 間違いなくそういう一面はあるでしょうね。あのさんは?
あの:アーティストをやってる身からしても、バーチャルの歌唱というのももちろん良いことだし、新しいジャンルでかっこいいし、希望もある。でも僕は感情を乗せていくというところを大事にしていて。それはAIにはできないところだって信じたいし、戦いたいなと思いつつ。普段の会話とかでは、AIに頼りたくなるときもあるけど(笑)。
落合:今回の映画で、間宮が山から出てくるシーンや、明日香の登場するシーンの効果音はAIが作ってるって、監督がおっしゃっていたのを思い出しました。AIに「深海っぽい音を出して」みたいなことを命令して、調整していったそうです。
あの:そういうことから生まれるものもありますよね。
「あのちゃん」から解き放たれて、救われる部分もある(あの)
― 明日香はミミのカリスマで、人をすごく惹きつける存在ですけど、お二人が惹きつけられるのはどんな人ですか?
落合:具合悪そうな人に惹かれますね。
― 病的な感じ?
落合:ビジュアル的には。内面的には、昔気質な人。暑中お見舞いや年賀状を出していたり、日本を楽しんでいるような人が良いですね。
― あのさんはどういう人に惹きつけられますか?
あの:自分の美学を持っている人に惹かれます。男女ともに、自信家の人とか。
― それはビッグマウスぐらいでも良い?
あの:そうです。僕もともと本田圭佑さんが好きなんですけど。自信があるのは建前なのか本当に思っているのかわかんない感じが良いなって。すごくその奥を見てみたくなっちゃいます。
落合:歯フェチもあるよね。
あの:歯は本当に汚い人が好きで。
― YouTubeで観ましたよ。ウエストランド井口さんの口内を見る企画の。
あの:井口さんは見させていただいた結果、行き過ぎというか、SSRというか、レアすぎてたまに見るぐらいが良いなって(笑)。
― 毎日見たい感じではなかった。
あの:毎日見たいのは、ちょっとガチャガチャって感じが良いですね。
― 歯は子供のころから好きなんですか?
あの:いえ、自分が事故に遭って、すごく矯正したんですよ。それから歯医者が嫌いになって、「歯が汚いって別に悪いことじゃなくない?魅力じゃん」って思うようになってから好きになりました。
― おもしろいですね。どんな見た目だろうが、どんな思想だろうが、それぞれが認められるべきですから、歯だってそうですよね、確かに。
あの:そうなんです。僕が歯が汚い人が好きだと言うと、「それ悪口だから」とか言われちゃうんですけど、そんなことない、決めつけてるのはそっちじゃんって思う。
― あのさんにとって、アーティスト活動やタレント活動とは異なる、お芝居の魅力とはなんでしょうか?
あの:普段の自分とは別の人格になれるおもしろさはあります。さっきも言ったように、今回も「あのちゃんをなくして」って、しゃべり方から挙動まで矯正されるところから始まったんで。普段のバラエティーや音楽だと「あのちゃんらしく、いつも通りで」というオーダーが多いので、演技というのはそこから解き放たれて、救われる部分でもあるなという感覚です。
― 他の活動をされているからこその感覚かもしれませんね。対称的に、落合さんはお芝居の畑でずっと活動されていますが、なぜ邁進できるのでしょうか?
落合:毎回、別の人とやっているからというのが一番の理由です。また一緒にお仕事できるときまで自分をブラッシュアップし続けて、会えたときときにはまた刺激を受けて高め合っていく。そういうことの繰り返しなのかなと思います。
― 人間自体が好きという感覚があるんですか?
落合:仕事ではそうですね。プライベートでは1人でなんでもできちゃうタイプなので。
― ちなみに普段、どこまで1人で行けますか? 焼き肉は?
落合:焼き肉、かき氷、ライブはいけます。野球観戦は無理でした。観に行ってもチームや選手の情報がないとおもしろくないなと思って。
― 旅行も平気ですか?
落合:旅行も1人でできました。サウナが好きなんで、静岡のほうに行ったり。
― サウナしきじ?
落合:しきじ、行きました(笑)。
― 聖地ですよね。一方で、映画は完全に団体競技です。
落合:普段が1人なぶん、仕事では人と関わることを楽しめているのかもしれません。
― 俳優を続けるほどに得られるものってありますか?
落合:快感ですかね。この『鯨の骨』だって、公開しておもしろいといってくれる人の声を早く聞いてみたい。そういうときに「次はもっと楽しい作品作ろう」と思えるんです。そういう、お芝居が生きがいだと思える瞬間が快感です。
Profile _
左:落合モトキ(おちあい・もとき)
1990年7月11日生まれ、東京都出身。近年の主な映画出演作に『ヒーローショー』(10)、『桐島、部活やめるってよ』(12)、『日々ロック』(14)、『娚の一生』(15)、『天空の蜂』(15)、『裏切りの街』(16)、『アズミ・ハルコは行方不明』(16)、『素敵なダイナマイトスキャンダル』(18)、『AWAKE』(20)、『FUNNY BUNNY』(21)、『ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~』(21)、『背中』(22)、『美しい彼 eternal』(23)、『魔女の香水』(23)、『Gメン』(23)などがある。
Instagram
右:あの
9月4日生まれ。2020年9月より「ano」名義でのソロ音楽活動を開始。2022年4月 TOY’S FACTORYよりメジャーデビュー。2023年にリリースした「ちゅ、多様性。」や「スマイルあげない」が大ヒット。音楽活動に留まらずタレント、女優、モデルとマルチに活躍中。主な映画出演作は『咲-Saki-』(17)、『血まみれスケバンチェーンソーRED』(19)、『劇場版 ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』(19)、『サイレント・トーキョー』(20)などがある。
Instagram X
Information
映画『鯨の骨』
2023年10月13日(金)より、渋谷シネクイント、シネマート新宿ほか全国公開
出演:落合モトキ、あの、横田真悠、大西礼芳、内村遥、松澤匠、猪股俊明、宇野祥平
監督:大江崇允
脚本:菊池開人、大江崇允
音楽:渡邊琢磨
主題歌:ano「鯨の骨」(作詞/作曲:あの)
©2023『鯨の骨』製作委員会
- Photography : Maho Hiramatsu
- Styling for Motoki Ochiai : Ai Nakata
- Hair&Make-up for Motoki Ochiai : Mizuki Yamada
- Styling for Ano : Momomi Kanda
- Hair&Make-up for Ano : Yuki Deguchi
- Art Director : Kazuaki Hayashi(QUI)
- Text&Edit : Yusuke Takayama(QUI)