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池内博之 – 自分の想いを信じる

Dec 17, 2021
国内はもとより、アジア圏を中心に国際的にも活躍の場を広げる俳優、池内博之。今年45歳を迎えた池内は、いかにしてそのキャリアを築いてきたのか。出演映画『リンボ』が、ベルリン国際映画祭に続き東京国際映画祭にてプレミア上映されたタイミングでのインタビュー。

池内博之 – 自分の想いを信じる

Dec 17, 2021 - FILM
国内はもとより、アジア圏を中心に国際的にも活躍の場を広げる俳優、池内博之。今年45歳を迎えた池内は、いかにしてそのキャリアを築いてきたのか。出演映画『リンボ』が、ベルリン国際映画祭に続き東京国際映画祭にてプレミア上映されたタイミングでのインタビュー。

1カ月半で15キロ痩せて臨んだ香港映画『リンボ』

— 映画『リンボ』、第34回東京国際映画祭で日本初上映でしたね。

はい。僕も映画祭で初めて観ました。

— 完成した作品をご覧になっていかがでしたか?

カメラワークがすごく良くて、迫力もあって、観ていて飽きなかった。モノクロなことで、アクションシーンにもさらに緊迫感が出て、総合的にすごく面白い作品だと思いました。日本だと事前に脚本が渡されるので、物語の全体像がわかりますが、香港だと台本を渡されることがあまりないんですよ。出演するシーンのおおまかな流れを書いたものが渡されるだけ。だから自分が出ているシーン以外の物語がどのように展開しているか、どのような芝居が行われているのか、わからないんです。だから今回も完成したものを見るまで正直不安で。

— 池内さんが演じるのは“物語の鍵を握る謎の男”ですが、確かに映画全体の流れを把握する役ではないですもんね。

そうなんです。結末も知らなかったですし。だから心配でしたが、思った以上に作品が面白くて安心しました。美術も素晴らしかったですし。衣装もすごくリアリティがあって。僕は……バケモノみたいでしたね(笑)。

— 見た目ももちろんですが、演技も迫力がありました。すごく難しい役柄だったと思うのですが、役作りはどのように?

お話をいただいたのがクランクインの1カ月半前くらいだったので、1カ月半で15キロ痩せました。その体で撮影に入ってみたら、想像以上にアクションシーンがあって大変でした。

— 心情的にも難しかったのではと推測されますが、理解できる部分はありましたか?

彼はちょっと変わった癖を持っていて、言ってしまえば異常ですよね。異常だから理解はできないんだけど、自分なりにバックボーンを想像して演じました。

— そういう、理解できない心情の役や自分と掛け離れている役の場合、どのように演じていきますか?

理解しようとはするんだけど、やっぱり理解できないこともたくさんあって。でも「この人だったらこういうことを考えるんじゃないか」とか「この人だからこういうことをする」とか、その人の中での感情を想像します。自分に寄せるというよりは、役に寄せていく感じ。

— 演じている間は、その人の感情がわかる?

あー、そうですね。一歩離れるとわからなくなっちゃいますが、演じているその瞬間は「この人はこう思っているんじゃないかな」というのがわかる。不思議ですよね。

— ソイ・チェン監督の現場はいかがでしたか?

すごくリアルを求める方でした。乱闘やアクションのシーンも、ある程度は作り込みますけど、アクシデントを求めていて。本気ではないんだけど本気というか。

— 『リンボ』はホラーサスペンス映画ですが、アクションシーンも多いですよね。

はい。特にラストシーンは、今までの撮影のなかで一番大変だったかもしれないと思うほど、とにかく過酷な環境で。雨風の中、ビショビショになり、みんなケガをしながら撮影に挑みました。僕も鼻を折りましたもん(笑)。でもそのぶん、リアリティは出せたと思います。

— 池内さんはこれまで、中国映画や香港映画にも多数出演されていますが、日本と香港の映画制作ではどんな違いがありますか?

先ほども話に出たのですが、台本がないことですね。大筋の流れを書いたものはありますが、エンディングはわからないことも多い。だから完成したものを見て「こういうことだったんだ」とようやくわかるんです。それは役者だけじゃなくて、スタッフも同じ。現場でどんどん変わっていくから。もちろん日本でも現場で変わることはありますけど、もっとクリエティブなことを現場でしている感じですね。

現場に行くまでセリフがわからないからドキドキするし、「どんな作品になるんだろう」とか「面白いのかな」という漠然とした不安は毎回あります。今回も最初はもっとセリフがあったんですよ。でも「ないほうがいい」ということになって、ほとんどセリフはなくなりました。

— セリフもわからないとなると、撮影当日は何を持って現場へ向かうのでしょうか?

想いですね。物語の全体像が最初から決まっていなくて、自分が出るシーンしかわからないのって、“その瞬間を確実に生きてくれ”ということだとも思うんです。その気持ちはよくわかるので、現場には「今日、このシーンを撮影するんだな」という自分の想いだけを持っていくようにしています。

— 実際の人生には筋書きはないですもんね。

そうそう。だからこっちもニュートラルな状態で現場に入って、一緒に作り上げていく感覚があります。面白いですよ。

 

作品や役を通して、見た人に何かを感じてほしい

— 池内さんは海外の作品も含めて、これまでさまざまな作品に出演されてきました。ご自身の中でターニングポイントとなった作品を教えてください。

『イップ・マン 序章』(08年)かな。それまでは海外の作品に全然出ていませんでしたが、この作品をきっかけにいろいろお話をいただくようになったので。今回の『リンボ』も、『イップ・マン—』で監督を務めたウィルソン・イップがプロデューサーだったことからお話をいただいたものでしたし。

— 海外の作品に出続けることで、見える景色は変わりましたか?

それはもう。まず出会う人たちが全く違うので。日本ではそこまで有名ではないけれど、素敵な俳優さんがたくさんいて刺激になります。でも結局は、日本だから海外だからというのはあまり関係なくて。映画には、共通言語みたいなものがあるんですよ。だから別に海外の作品だからどうとか、言葉がわかる・わからないってあまり関係なくて。海外の作品に出ていると、撮影中に監督によく「俺の言ってることわかるの?」と驚かれることがあるのですが、言語はわからなくても求めていることはわかるんですよね。

— 演じられた役柄も幅広いですが、今後やってみたい役はあります?

普通の人ですね。“日常”を演じたいです。『リンボ』はすべてが非日常だったので。この間、セックスレスの夫婦を描いたドラマ「それでも愛を誓いますか?」に出演しましたが、ひさびさに日常を描いた作品だなと思って。ああいう作品にもっと出たいですね。

— 確かに「それでも愛を誓いますか?」は『リンボ』とは全く異なるタイプの作品でしたね。ひさしぶりに“普通の人”を演じてみて、いかがでしたか?

すごく難しかったです。物語も大きく動くわけではなくて、感情の揺れ幅も、『リンボ』などとは違ってすごく細かいから、芝居も細かくなっていく。でも難しいからこそ面白くて。もっとやりたいなと思いました。

— キャリアの長い池内さんですが、役者を長く続けるために心がけていることはありますか?

なんだろう……、心がけてるのは「めげないこと」でしょうか。作品によって、当たるものもあれば当たらないものもあって、いろいろな評判もある。でもそれは当たり前のことで、それに出ると決めたのは自分なわけだし。演じていて自分がハッピーだったらそれで全然いいと僕は思っています。その代わり、出ると決めたら精いっぱいやらなきゃいけないし、それを見た誰かが「池内いいね」と思ってまた別の作品に呼んでくれる。その繰り返しでしかないんですよね。だから結果はどうであれ、一つ一つ本気で、信じてやるしかないです。

— 「信じる」というのは、ご自身のことですか? ご自身のお芝居だったり。

自分の想い、かな。「この作品をやろう」と決めた想いが作品一つ一つにあるので、それは信じていきたいなと。ちなみに自分の芝居については、自分で素晴らしいと思ったことはないです。見た人が思うことだと思うので。自分で見ていると「あー、やっちゃったなー」と思うことばっかりです。

— 池内さんのようなキャリアを持っていてもそう思うことがあるんですね。

はい。めちゃくちゃあります。

— そういうときはどうしていますか?

作品が出来てしまったらもう戻れないので、「やっちゃったなー」と思って、次に向かうだけです。たぶん、これを永遠に繰り返すんだと思います。

— お芝居には、毎回それを乗り越える楽しさがあるということ?

そうですね。まあ、乗り越えられないんですけど(笑)。でも演技をしているときは楽しいです。……いや、楽しいのはコメディのときだけかも(笑)。多くの場合、作品の登場人物って何かを抱えていたり、悩んでいたりするじゃないですか。というか、人間だから何かしら考えているだろうし、何も抱えてない人ってたぶんいない。そういう意味で、人間を演じるって大変ですよね。だからいつもつらいです。

— 役の抱えているものを、自分のものとして抱える池内さんだからこそ、見ている人に何かを与えられる演技ができるんでしょうね。

そうだとうれしいです。その作品や役を通して、見た人が何かを感じてくれたらと思いながら、この仕事をしています。というか、それだけでいい。

— つらさがあるからこそ、続けられるという面もあるのかもしれないです。

そうですね。自分の演技に満足してないというのもあるので、ずっと作品を作り続けられるんでしょうね。だからつらくていいんですよ。

 

Profile _ 池内博之(いけうち・ひろゆき)
1976 年生まれ。96 年俳優デビュー。出演作に、ドラマ『24 JAPAN』(EX)、『それでも愛を誓いますか?』(ABC・EX)、映画『アウトレイジ 最終章』、舞台『三文オペラ』、『禁断の裸体 -Toda Nudez Sera Castigada-』、『赤道の下のマ クベス』、『リボルバー ~誰がゴッホを撃ち抜いたんだ?~』など。近年では『イップ・マン 序章』、『マンハント』(香港・中国合作映画)、『鳳梧洞戦闘』(韓国映画)、『リンボ:智歯(親知らず)』(香港映画)など海外作品にも精力的に出演を続けている。
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Information

池内博之さん出演映画『リンボ』

香港のスラム街で起こる猟奇的な連続殺人事件を追う刑事をモノクロ映像で描く。ラム・カートンと池内博之が共演。スラム街を再現した美術も素晴らしい。ベルリン映画祭で上映されました。

監督:ソイ・チェン
出演:ラム・カートン、リウ・ヤースー、メイソン・リー、池内博之

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  • Photography : Yuki Yamaguchi
  • Art Direction : Kazuaki Hayashi(QUI / STUDIO UNI)
  • Text : Chie Kobayashi
  • Edit : Sayaka Yabe
  • Edit : Yusuke Takayama(QUI / STUDIO UNI)