大野キャンディス真奈 – 愛があればいい
自身のルーツやクリエーションの源泉、劇場公開を控えた初の長編映画『愛ちゃん物語♡』について話を聞いた。
作ってるときは苦しくても、全部良くなる
― ウィキペディアによると、大野監督は中国とロシアのクォーターだそうですね。
いや、ウィキは自分で書いて、キャンディスっていうミドルネームも自分でつけいて。本当は血の混ざってない日本人です。
― 実際にミックスの雰囲気もありますが。
だからなんか書いちゃった(笑)。
― だまされました…(笑)。でも大野キャンディス真奈って、WEB検索でも絶対ヒットする良い名前ですね。
そう。検索したときに大野真奈はいっぱいいたので、違うのにしたくて。
― アーティストネームはいつから名乗っているんですか?
大学1年生のときなので、キャンディス歴6年です。
― 現在も東京藝術大学に在学中ですか?
大学4年生です。2年間休学してて、今年の10月から復学します。
― 休学中は何を?
ずっと映画を作ってました。『愛ちゃん物語♡』をどうしても映画館で公開したかったので。
― 大学では映画でなく油絵を学ばれていますよね。
油絵科はなんでもやって良いんですよね。だから独学で映像を作っています。
― 大学で学んだことはなんでしょう?
20歳ぐらいまで世間に対してツンツンしてたんで、あんまり藝大行ってないんですよ。「こんなのやってられねえよ」みたいな感じで、ずっと1人で絵や映像を作ってたので。でも今はNFTもやってみたいし、現代アートに絡めていくのも楽しそうなので、そういうことは学びたいなって思っています。
― 現代アートですか。映画と文脈が通じていると感じるところもありますか?
現代アートって新しい価値を見つけた人が、それはアートだよねって定義していくじゃないですか。映画でも、そういうことはあるなと思ってて。たとえばTikTokを映画に取り入れたら嫌だっていう人もいるけど、それが映画の新しい文脈になるかもしれないですよね。
― アウトプットの手法として、絵画と映画をどのように使い分けていますか?
絵は頭の中にあるクリエイティブなものを毎日出す、映画は人に伝えたいものがあったら作っていくっていう感じです。
― その表現したい、伝えたいという気持ちの源泉っていうのは?
人間関係で感情が苦しくなったりするときに、ぶつけるものがアートしかなかったんです。誰にもしゃべれないことを1人で描いて。映画も、作品の中に自分の思考や伝えたいものが全部入ってるけど、そこに込めた感情自体を人にしゃべるのはすごい難しいんですよね。
― 大野監督はどういう子供でしたか?
今とあんま変わんないですよね。アハハ、みたいな楽しいことやって。でも、作るのは好きだったから、図工の時間はすごい好きだった。
― 先生に褒められたり?
全然覚えてないですけど、自分の作品が一番かっこいいなとはずっと思ってた(笑)。
― 人生における最高傑作はなんでしょう?
なんだろう、全部良いんですよね。作ってるときは苦しかったり、めんどくさかったりもするんですけど。でも全部良くなる。
― 良い、というのは?
できたものにエクスタシーを感じる。だから描くし、踊る表現も好きで。
― コンテンポラリーダンス?
そうです。踊っている最中は本当につらいけど、踊りきったときには達成感のようなものがある。作品も同じで、完成したときに「超最高傑作じゃん」みたいな。だから全部良い感じ。
みんなの作品だから、映画館で公開したかった
― 2018年のデビュー作『歴史から消えた小野小町』は1人11役で、監督、脚本、撮影、編集まですべてご自身で手掛けられたそうですね。
秋田に行ったら小野小町の歴史を誰かに伝えなきゃって思って、その場で1人で撮っちゃった。
― ノリですね(笑)。『愛ちゃん物語♡』でも、監督、脚本、編集、プロデュースまで1人で手掛けられていますが、自分ですべてやりたいというこだわりが?
いや、なにも知らなかったので、1人でやるものかと思って。その考えしかなかったっていう。
― とくに大変だったことは?
普通に撮影中は寝てなかったので、体力的にきつかったですね。香盤作って、現場出て、監督やって、指示出して、現場で動かして、途中まで全部1人で。だから寝る時間がなくて。
― プラスに捉えると、学ぶことは多そうですね。
そうですね。一気に映画のことを知れました。監督に集中できる人が1人いたほうが絶対良いとか、美術はこういうところが大変なんだなとか、一通りわかって良かったです。
― 絵画は1人で完結することも多い一方、映画は基本的には大勢が関わってつくられますよね。みんなでものづくりするということに、おもしろみを感じますか?
めちゃめちゃおもしろい。絵は自分とのセッションだけど、映画はカメラ、スタイリスト、美術とか専門家がいろいろいるから、自分が見られない細かいところも任せられるし。1人で作るっていう感覚じゃないのが初めてで新鮮でした。
― できたものに対する感覚も違うかもしれないですね。みんなの作品のような。
そうそう、みんなの作品だって思ってて。だから映画館で公開したいんですよね。
― 本作『愛ちゃん物語♡』の着想源について教えてください。
家族ってなんだろう、家族っていう名前じゃなくても家族みたいな関係ってあるよねと思って作りました。友達もずっと一緒にいたら家族かもしれないし。名前のない関係性もあるじゃないですか。だから「愛があればいいじゃん」みたいな(笑)。
― 特にこだわった部分はどこですか?
完璧にかわいくしたいなと思ってたので、美術とスタイリングはめちゃこだわりました。編集にもこだわっていて、でも1年くらい編集してるとゲシュタルト崩壊でわけわかんなくなるんで、みんなから客観的に意見をもらって、また整えてってことを何回も繰り返しました。
― 撮影は2020年ですよね。撮り終わってから、ずっと作業を?
まさにずっと。1年目に撮影、2年目で編集、3年目の今年公開。2年目の途中がやばかった。
― 編集していたときは劇場公開することは決まってたんですか?
決まってなかったですけど絶対すると思ってMA室入って。全然コネクションはなかったですけど。
― 劇場公開が決まったときの感想は?
「超最高なんですけど」「やばいやばい」ってずっと言ってました。
― キャスティングもご自身で?
そうですね。聖子さん役の黒住(尚生)君は、ゆうばり映画祭で観た映画に出演していて、演技がめちゃめちゃうまかったので、東京に帰ってからスカウトしました。最初断られたんですけど、なんとか口説いてやってくれました。他のキャストはオーディションで決めました。
― それぞれ決め手は?
(主役の清水愛を演じた坂ノ上)茜ちゃんは、めちゃめちゃ超かわいいし、演技の幅がすごく広いなって思ったんですよね。私の世界観ってオーバーリアクションが多いんだけどナチュラルに見せたいんですよね。それができる人が茜ちゃんだったって感じ。他の方も演技の振り幅をずっと見ていました。
― なぜオーバーリアクションを?
小さいころからアニメや漫画が好きで、あんなに変わった世界観でオーバーリアクションなのに、観ていて感情移入できたり、主人公が人間じゃないのに人間味溢れているように感じられたり。私も映画だけどアニメみたいな作品を撮りたいんです。
― 衣装もこだわったとおっしゃっていましたが、かなり頻繁に着替えてますよね。
成長物語なので、目に見えるところが変化したほうが良いと思ってて。どんどんかわいくしていこうみたいな。原宿にあるthe Virgin Mary(ザ バージン メリー)っていうお店で服を借りて、そのまま撮影させてもらったり。すごい楽しかった。
― 愛ちゃんと聖子さんがお買い物に行ったお店?
そうそうそう。
― 大野監督も出演されていますよね。
たまに。人が足りないとき。もうこれ以降は出ないって決めてるんで、見納めだと思ってもらって(笑)。
― ご自身で役者としてもやってみたい気持ちはないんですか?
自分が女優をやりたいというのはないけど、女優さんの気持ちをわかりたくて出ることはあります。二宮健監督の映画『とんかつDJアゲ太郎』の公開記念特番(とんかつJD ~恋の悩みもサクッと解決!~)で、深夜ドラマみたいなのに出させてもらったり。
― いろんなことを1回やってみるっていうのはすごく大切ですよね。
待機してるときはこうだよな、そう言われたらできるなとか、やってみないとわからないこともあると思いました。
その人自身を見ることが大切でしょ
― 劇中で愛ちゃんは聖子さんと会ったことで、世界がガラッと変わっていくじゃないですか。世の中に多くいる、変わりたいと思っている子たちが変わるために必要なことって何だと思いますか?
他人の視線なんて無視して、好きなものを着て、明るいものを見て、バイブスあげて。外見が変わったらどんどん内面も変わってくると思ってて。ファッションにはそういう力があるし、とにかくやりたいときにやりたいことをやってみようみたいな。
― 周りの目を気にしすぎず、自分で自分を規制しないことですね。撮影から2年経って世の中の状況も変わってきています。
うん、びっくり。私はLGBTとか意識してなかったんですけど、最近よく聞くようになりましたね。
― ちょうど時流に乗っているような。
だから作品のメッセージが変に受け取られることもあって。
― ジェンダー平等に問題意識を持って作ったわけではない?
全然違うんですよね。LGBTの問題とかも、もちろん発信していくことは大切ですけど本当は言葉にする必要もなく、それが普通でしょ、その人自身を見ることが大切でしょみたいな世界になったら良いなと思っています。
― 今は映画を撮りたいと思ったら、だれでも撮れる時代になってきていますよね。これから映画を撮っていきたいという人に、大野監督からアドバイスを送るとしたら?
まずはiPhoneでも撮れる時代だから、撮ったほうが良いと思います。自分も1人で撮ったし、もし仲間を集めようと思ったらSNSで集められるんですよね。やりたい人いっぱいいるから。
― それは、出てくれませんかとか、衣装やってくれませんかとか?
掲示板に出すと、意外と応募が来るんです。だからそういうのを駆使すれば誰でもクリエイティブがやりやすい時代になってて。とりあえず手を動かして、体を動かしてやってみようみたいな。1本できたら、また人が集まってくるし。でも映画作るのは大変ですけどね(笑)。
― 大野監督は、こういう映画作家になりたいというビジョンはありますか?
ティム・バートンって自分の世界観がバシッと決まってて、アニメーションも実写もできて、それが商業映画としてみんながファンになってくれているってすごいなと。
― どの絵を切り取ってもティム・バートンになっている。
そうそう。あれこそ作家性だなって思うんです。ああいう人になりたいって、ずっと思ってて。あと10年ぐらいしたら一緒にごはんでも行こうよみたいな(笑)。
― ごはん、良いですね(笑)。最後に、これから『愛ちゃん物語♡』をご覧になる方にメッセージをいただけますか。
愛をとにかく詰めたんですよね。悪い人間に見える人にも、すべて愛を入れて作りました。観た人が感じたまま受け取ってくれれば良いと思うんですけど、あたたかいなにかを感じてもらえたら嬉しいです。
Profile _ 大野キャンディス真奈(おおの・キャンディス・まな)
1998年7月21日生まれ。東京藝術大学在学中。2018年に処女作『歴史から消えた小野小町』が映画祭に受賞し話題になる。現在は映画監督としてSHINPA映画祭など出演、活動をしているほか、ミュージックビデオ(アニメーション)、絵画制作活動、幼稚園でのワークショップなども開催している。
Instagram Twitter
Information
映画『愛ちゃん物語♡』
2022年7月29日(金)より全国順次公開
出演:坂ノ上茜、黒住尚生、松村亮、保土田寛
監督・プロデューサー・脚本・編集:大野キャンディス真奈
©「愛ちゃん物語♡」作品チーム
- Photography&Text&Edit : Yusuke Takayama(QUI / STUDIO UNI)
- Art Director : Kazuaki Hayashi(QUI / STUDIO UNI)