藤井道人 – 映画の力を信じ抜く
綾野剛を筆頭に実力派キャストが集結したことでも注目を集める、2021年1月29日より公開中の映画『ヤクザと家族 The Family』。その監督、脚本を手掛けた藤井道人が考える「俳優観」に迫った。
セリフが無くても、俳優の中で感情が動いている
— 藤井監督にとって、俳優部との出会いは映画作りにどのような影響を与えていますか?
以前から、ワークショップで集まって、「さあ、何をやろうか」というところからチームを組んで、全員に当て書きをするという作り方をしていたので、俳優部は切っても切り離せない存在です。今も自主映画時代から同じチームで映画を作る機会が多いのですが、作品ごとに違うのは俳優部なんですよね。昔からずっと出てくださっている方もいますけど、やはり俳優部の存在が僕の脚本の幅を広げてくれていると思っています。
— 『ヤクザと家族 The Family』の公式サイトにも「綾野剛なくしてこの映画の誕生はあり得なかった」と書かれていましたね。
剛さんの起用は、河村(光庸)プロデューサーからの提案でした。まだ脚本もできていない状況でのオファーでしたが、座組だけで「やる」とお返事をくださって。脚本を作るときも、剛さんと決まった時点で、当て書きをしていきました。
『デイアンドナイト』(2019)のときにも差し入れをしてくれたり、コメントをくれたり、すごく熱量のある優しい方だなという印象がありましたね。
— 今作では、脚本作りの段階から綾野さんとやり取りされていたのでしょうか?
そうですね。僕が書いた脚本に対して、「このキャラクターってこうだよね」とか「こういうことは言わないかな」というような、キャラクターの擦り合わせが大きかったです。
とくにクライマックスシーンは、剛さんと一緒に作り上げていったなという感覚があります。最初は、暴力の連鎖が断ち切れないという皮肉を描きたいという想いがあり、(綾野剛が演じる)主人公の山本賢治がもう一度密漁の海に潜る、というシーンで終わっていたんです。でも、脚本を読んだ剛さんが「もう少し賢治として、“これからの未来にどう託していけるのか”ということを考えたい」というようなニュアンスのお話をされていて。それを受けて練り直したのが今の脚本です。僕は今の方がすごくしっくり来ましたし、忘れられないラストシーンが撮れました。
— 役者さんから生まれる視点や感覚も取り入れた、素敵なやり取りですね。
剛さんとは、役として纏うものや、人間の魂をどうスクリーンに焼き付けられるか、ということについて電話で細かく話をしていました。ほぼ毎日、恋人のように(笑)。
たとえば “黒”というイメージひとつでも、すごくいろんな色味の黒があるんですよね。衣装合わせでは100種類以上の黒い生地の中から、衣装の宮本まさ江さんと剛さんと一緒にイメージにあう“黒”を探すということもありました。
— 今作では、役者さんたちの表情や感情を捉え、画で展開を見せていくシーンも多く取り入れていたように感じました。
言葉にするというのはすごく手軽なので、今までは不安だから書いてしまっていた部分がすごく多かったんです。俳優部は、セリフが無くてもその中で感情がちゃんと動いているので、言葉にならない部分もちゃんと信じていきたいなと思っていて。ここ数年ずっと、わかりやすいものや、直接的なものはなるべく排除していきたいと思っていたので、『ヤクザと家族』ではそれができたなと感じています。
— それは脚本の段階から意識していたのでしょうか?
セリフは脚本の段階から少なくしていますし、現場で削ぐこともあります。細かい「え?」とか「ん?」という反応とかも、段取りを見て、毎回俳優部とセッションしながら決めています。
— さまざまなスタイルを持つ役者さんがいる中、藤井監督はいつもどのように演出していくのでしょうか?
現場で一番楽しいところって、たぶんその部分なんですよね。俳優部でも、それぞれ流派が違うんです。グレイシー柔術の使い手がいれば、空手、柔道、剣道もいる、みたいな。それを見抜いていくことが監督の仕事ですし、それぞれの魅力を消さないように1本の映画のなかにどう練り込んでいくか、というところが大事だと思っています。
今回は、キャスティングディレクターのおおずさわこさんのおかげで、素晴らしいキャストの方々に恵まれました。例え自分のやり方がある方でも、役についての想いや、やりたいことをキャラクターシートに書いてお渡しすると、衣装合わせのときにはみなさんそれぞれ細かなところまで掴んでくださっていて。素晴らしい俳優部は、監督や演出家のことをちゃんと信じてくれていて、どのようにセッションしようか、という姿勢がしっかりあるんですよね。
100年続くものを撮るんだという、チームの熱意が映画に宿る
— 磯村勇斗さんのとあるインタビュー記事でも、藤井監督の演出や綾野さんの存在のことをお話されていたのが印象的でした。藤井監督から見て、磯村さんはどのような役者さんでしたか?
磯村くんが演じた木村翼という役を誰に託すかということは、この作品ですごく大事な要素でした。面談させていただいたとき、磯村くんが持つニュアンスのなかに、ちゃんと翼が居たんですよね。あと、ロケ地である沼津市の出身で、すごく縁があるなとも。
彼は頭が良くて気が遣えるので、どんな監督が撮っても、そこまで変わらないベースがあるのかもしれません。しかし、今回はその部分を壊してみたいと思ったんです。わからないことを恐れないこととか、相手への気遣いとか、そういうことは一切気にしなくていいよと。セリフがすんなり出てこないのは脚本がよくないということだし、自分が感じたことを出してくれれば、俺たちはしっかり撮るから、と伝えました。でも、順応するのはすごく早かったですし、今後も一緒にやっていきたい素晴らしい役者だと思いました。
— 現場での綾野さんと磯村さんは、劇中の賢治と(賢治に憧れる)翼の関係に近いところがあったのでしょうか。
剛さんは、今回の俳優部のなかでは真ん中くらいの年齢だと思うんですけど、背中を見せるのがすごく上手くて。若いチームの士気を上げるように、毎晩食事に連れて行ってくれましたし、「今日は良いシーンが撮れたね」とか「明日のシーンはこういう感じになるといいね」という言葉を常にかけてくれていました。
そういう剛さんの姿や、妥協なくやっているところを見ていると、やっぱり刺激を受けるんですよね。
— かっこいいですね。現場でもすごく周りを見ている方なのだろうなと感じました。以前とあるテレビ番組でも、綾野さんが撮影部や照明部などの各部署のお話をされていて、その表現がとても素敵だったことを覚えています。
剛さんは本当に映画が大好きで、映画に関わるなかで自分には何ができるのか、ということを常に考えていますし、今は俳優部ですけど全部署できる方だと思います。最近、『ヤクザと家族』主題歌の『FAMILIA』(millennium parade)のMVを撮ったときも、出演していないときは人止めとかもしてくれていて(笑)。
あと、俳優部は全部署に支えられているという意識が強いからこそ、妥協はしないですし、小物ひとつでもしっかり提案してくれます。だから本当に剛さんのことは大好きなんですけど、先ほどから褒めてばかりなので一つ言うと、やっぱり凄くパワーを使いますよ(笑)。だけど、妥協がないからこそ良いものができる。剛さんをはじめ、僕のチームには「面倒臭いな…もういいや」みたいな人が一人も居ないですし、もうチーム全員が面倒臭い人たちなので(笑)。
— めちゃくちゃストイックですね。だからこそああいう作品が生まれたのだと納得しました。
手を抜いて次の作品を撮れなくなるより、一生に一本、自分の「コレです」という作品を作って、納得できた方が良いなと思っています。映画って約120分、この先100年続くものを撮るんだというチームの熱意みたいなものが全カットに宿ることが大切だと思っていて。
自分たちが作りたいというものを信じ切ることが、『ヤクザと家族』という映画ではできたと思っていますし、この映画が作れたという奇跡は、自分たちがちゃんと映画のことを信じてきたからだということを、最近よく感じています。
— 藤井監督は、これまでも数々の作品のなかでいろんな役者さんとの出会いがあったと思いますが、印象的なエピソードはありましたか?
『新聞記者』(2019)を撮ったとき、(主演の)シム・ウンギョンさんに「韓国と日本の映画の違い」について聞いたことがありました。韓国の方が撮影の期間が長く、予算があるということは前提ですが、韓国ではまずみんなでモニターをチェックして、自分たちの仕事が間違っていないかということを全部署で確認するという作業があるとお話していて。そして、日本ではその作業が無いということに驚いていたんです。
今回の『ヤクザと家族』では、意識的に全員でのモニターチェックを取り入れるようにしました。メイキングなどでもそのシーンがたくさん映っていると思うのですが、結果、すごく良かったですね。
— そうやって次の作品へ活かしていけるのは素敵なことですね。藤井組は、いつもチーム感を大切にして映画作りに向かっている感じがします。
今回、撮影・照明・録音が全員1988年生まれだったんです。若いチームの熱さと、それを見守る、美術の部谷(京子)さん、衣装の宮本さん、ヘアメイクの橋本(申二)さん、みたいな。超大御所たちと若手軍団という形で『ヤクザと家族』は作りました。その組み合わせがよかったのだと思います。
そして、今回も僕の相棒のような今村(圭佑)が撮影監督で。僕は彼が撮る画を信じていますし、彼はその責任を感じて更に良い画を撮るようになるんですよね。チームの中でも、もっとこうしたいという理想の形がまだまだありますし、そこには全然辿り着いていないと思っています。でも飛び級はしないように、と思っているので、あと何年もかかるかもしれないですが、一歩ずつちゃんと階段を昇っていきたいです。
— 『新聞記者』以降ますます注目が高まっている藤井監督ですが、これから先どのようなところを目指しているのでしょうか?
20代の頃はずーっとインディーズ映画ばかり撮っていましたが、『光と血』(2017)あたりからは意識が変わってきていて。有難いことに、周りがピックアップしてくださることが多いのですが、今後は作る本数を減らしていきたいと思っています。
あとは、自分にオファーが来た作品でも、自分より良い監督が居るなと思うことが増えてきたので、そういう作品に脚本家としてジョインしたり、プロデューサーとしてチームに入ったりしていきたいです。監督から出たプロデューサーって大事だと思っていて。それこそ韓国だと、イ・チャンドンさんとか、監督という目線から若手の支援をしていますよね。
コロナ禍で、僕たちが単館系の劇場で自由に興行できていた頃ともまた状況は変わってきていて、若くて素晴らしい監督はいるけれど、なかなか世に出ずらい環境ではあると思うんです。YouTubeやMVでは注目されやすくなっていますけど、映画と向き合う作家が生きていく土壌が少ないのは、正直なところで。どうやって僕たちが、映画の土壌を作っていけるかというところは、並行して考えていきたいなと思っています。
Profile _ 藤井道人(ふじい・みちひと)
1986 年生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業。大学卒業後、2010 年に映像集団「BABEL LABEL」を設立。伊坂幸太郎原作『オー!ファーザー』(2014年)でデビュー。 以降『青の帰り道』(18年)、『デイアンドナイト』(19年)、『宇宙でいちばんあかるい屋根』(20年)、など精力的に作品を発表。 2019年に公開された『新聞記者』は日本アカデミー賞で最優秀賞 3 部門含む、6部門受賞をはじめ、映画賞を多数受賞。新作映画、『ヤクザと家族 The Family』2021年1月29日より公開。
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Information
映画『ヤクザと家族 The Family』
1月29日(金)全国公開
第43回 日本アカデミー賞 主要3冠に輝いた『新聞記者』の制作スタッフが再集結。現代ヤクザの実像を3つの時代と共に描く壮大なエンタテインメント。
出演:綾野剛、尾野真千子、北村有起哉、市原隼人、磯村勇斗 / 寺島しのぶ、舘ひろし
脚本・監督:藤井道人
音楽:岩代太郎
主題歌:『FAMILIA』millennium parade(ソニー・ミュージックレーベルズ)
配給:スターサンズ/KADOKAWA
©2021『ヤクザと家族 The Family』製作委員会
- Photography : Naoto Ikuma(STUDIO UNI)
- Art Direction : Kazuaki Hayashi(QUI / STUDIO UNI)
- Text&Edit : Sayaka Yabe
- Edit : Yusuke Takayama(QUI / STUDIO UNI)