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レザーに綴る、記憶とユーモアの刺繍 ー Florist デザイナー ジョージ・バンクス

Apr 16, 2025
オーストラリアの地からニューヨークへ。アートとファッション、その曖昧な境界を自由に行き来しながら、独自の美学を築いてきたデザイナー、ジョージ・バンクス。かつて<Bode(ボーディ)>の黎明期に刺繍を手がけた彼は、現在、自身のブランド<Florist(フローリスト)>を通じて、クラフトマンシップと詩的な感性を融合させた世界を紡ぎ出している。
本インタビューでは、ニューヨークという都市がもたらすインスピレーションから、彼が心から敬愛する手刺繍や伝統技術への想いまで、ジョージ・バンクスのクリエイティブの核心に迫る。

レザーに綴る、記憶とユーモアの刺繍 ー Florist デザイナー ジョージ・バンクス

Apr 16, 2025 - FASHION
オーストラリアの地からニューヨークへ。アートとファッション、その曖昧な境界を自由に行き来しながら、独自の美学を築いてきたデザイナー、ジョージ・バンクス。かつて<Bode(ボーディ)>の黎明期に刺繍を手がけた彼は、現在、自身のブランド<Florist(フローリスト)>を通じて、クラフトマンシップと詩的な感性を融合させた世界を紡ぎ出している。
本インタビューでは、ニューヨークという都市がもたらすインスピレーションから、彼が心から敬愛する手刺繍や伝統技術への想いまで、ジョージ・バンクスのクリエイティブの核心に迫る。
Profile
ジョージ・バンクス
Florist デザイナー、刺繍アーティスト

オーストラリア・メルボルン出身。ニューヨークを拠点に活動している。<Bode>でのキャリアを経て、2019年に自身のブランド<Florist>を立ち上げた。

ジョージ・バンクス

創造性を掻き立てた、ニューヨークのエネルギー

ー ジョージさんはオーストラリア出身とのことですが、アメリカに移住されたきっかけは? その環境の変化は、自身の創造性にどのような影響を与えたと思いますか?

僕はメルボルン出身ですが、ずっと夢だった衣料品製造の仕事に携わるために、ニューヨークに移りました。初めてこの街を訪れたのは2013年、プラット・インスティテュートのサマープログラムに参加していたとき。写真を学びに一人で来たんですが、あっという間にニューヨークのエネルギーに魅了されてしまって。
数年にわたり小売の現場で働く中で、職人の手による丁寧なものづくりへの愛が芽生えていったんです。それで、ニューヨークを拠点とするブランド<Knickerbocker(ニッカーボッカー)>に連絡をとってインターンをさせてもらいました。そこから経験を積んで、自分のブランドを立ち上げる力を少しずつ身につけていきました。
ニューヨークの街って、すべてが刺激的なんですよね。空気感、季節の移ろい、人々のテンションのどれもが創作意欲をかき立ててくれる場所です。

海の向こう側に見えるニューヨークの街並み

ー アートやファッションへの興味は、どんなきっかけから芽生えたのでしょう?

物心ついたころからずっと、アートとファッションには惹かれていました。特に、ミリタリーやワークウェアといったヴィンテージの服。あのディテールや素材感に夢中でした。服って、最初に人に伝える自分の“言葉”だと思うんです。言葉を発するより前に、スタイルで何かを語っている。その感覚が、とてもおもしろくて。

ー デザイナーとしての道のりの中で、影響を受けた人物や経験があれば教えてください。

<Bode>で働いた経験がとても大きかったですね。ちょうどブランドが立ち上がったばかりの頃で、ゼロからものづくりの世界を築いていく様子を間近で見られたことは、今でも忘れられません。エミリーが信念を持って進んでいく姿勢に強く影響を受けました。

ー 日常の中で、インスピレーションを得るのはどんなときですか?

よく蚤の市やアンティークショップに行くんです。古い刺繍布や、どこで使われていたのかわからない不思議なアイテムを眺めるのが大好きで、そういうものから自然にインスピレーションが湧いてきます。
音楽も欠かせません。レコードを集めていて、特定のジャンルをずっと聴いていると、そのときの感情が作品にスッと入り込むんです。
それから、サーフィンやランニングもします。僕にとって運動は、思考の整理や感情のバランスをとるための大事な時間。ちょっとした瞑想のようなものですね。

蚤の市にて

ジョージが収集しているレコード

手刺繍から始まった、Floristというアートの世界

ー 2019年に<Florist>を立ち上げましたが、ブランド誕生にはどんな思いがあったのでしょうか?

当初は、すべてのバッグに手刺繍を施していました。というのも、もともとチェーンステッチ刺繍をたくさん作っていて、それを表現する「キャンバス」としてのバッグが最適だったんです。実用性があって、なおかつアートとしても成立する。そこから自然と、今のような形に進化していきました。

ー “Florist”という名前にはどんな意味が込められているのでしょうか?

名前を決めるのにはすごく時間がかかりました。でも「Florist(花屋)」という言葉には、人の感情にそっと寄り添うようなあたたかさがあって。誰かのために、あるいは自分自身のために花を買う。それって感情の表現ですよね。僕のつくるプロダクトにも、そんな繊細な感情を込めたいと思ったんです。

Suede Shoulder Bag Campaign  Photographer:Sly Morikawa、Model:Mia

ー 製品はブルックリンとポルトガルで生産されているそうですね。生産面で特に大切にしていることは?

2024年までは、すべて自分のスタジオで製作していました。今はポルトガル北部の2つの小さな工房とパートナーシップを結んでいます。職人との密なやりとりを通して、新しい技術に挑戦できるのは本当に貴重な体験。プロセスそのものに創造性があって、それが次の可能性を切り拓いてくれるんです。

ブルックリンにあるジョージのアトリエ

ー デザインする上で、最も重視しているのはどんな要素ですか?

一番は、実用性です。<Florist>のバッグは、日常のさまざまなシーンに自然と馴染むように設計しています。朝から夜まで、使う人の一日をそっと支えるような存在であってほしい。その思いは、素材選びや縫製、ディテールに至るまで、すべての工程に反映されています。

Suede Shoulder Bag Campaign  Photographer:Sly Morikawa、Model:Mia
昨年登場し、定番となった「Suede Shoulder Bag」。70年代のスポーツウェアから着想を得たFモチーフと、スエード×レザーの組み合わせが上品な印象を演出。

真面目さとユーモアの融合が、唯一無二の存在感

ー <Florist>の作品には、遊び心と職人技の絶妙なバランスがありますよね。そのバランスはどう生まれているんでしょう?

それって、たぶん僕自身の個性なんだと思います。真面目にコツコツ作ることが好きだけど、同時に楽しいことが大好き。だから、きっちり縫い上げたバッグに、ちょっとふざけたような刺繍や花のモチーフをあしらってみる。それが“Floristらしさ”になっているのかもしれません。

Small Embroidered Pyramid Bag

ー 素材へのこだわりも強いと伺いました。特にレザーは難しい素材ですよね。

とにかく「最高のもの」を選びたいという思いがあります。正直、利益面で厳しくなることもありますが、それでもクオリティには妥協しません。素材や金具に至るまで、手に取った人が「いいものだ」と感じてくれるように、すべてのディテールに心を込めています。

細かい表現を追求するため、様々な色の糸をストック

アトリエでの制作風景

ー <Florist>の代名詞でもある刺繍やレザーパッチワーク。あのアイデアはどこから?

始まりは、キャンバス素材のバッグでした。そこに刺繍をしていたんですが、ある時ふと、「ハラコでやってみたら面白いんじゃないか」と思いついたんです。実際にやってみたらすごくうまくいって、そこから高品質なレザーへの刺繍という、新しい道が開けていきました。

 

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世界へ羽ばたく、職人技を軸に据えた新しい表現

ー <Florist>は、ベラ・ハディッドさんのようなファッションアイコンにも愛用されています。ブランドが注目を集めた理由は何だったと思いますか?

おそらく、他にはない“ズレ感”みたいなものが良かったのかもしれません。ラグジュアリーブランドにも負けない素材や仕立てを使いながら、そこにアート性や遊び心をほんの少し加える。<Florist>はそれらをちょうどよく持ち合わせているブランドだと思います。

 

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ー ブランドを運営する中で、特に印象に残っている瞬間や挑戦は?

思い出は本当にたくさんあります。特に、ベラにプロダクトを気に入ってもらえたことは大きな転機でした。でも同じくらい大切なのは、ひとつのアイデアがふと形になった瞬間。新しいバッグが完成して、思っていた以上にいい出来になったときの高揚感は、何度味わっても格別です。

ー 今後<Florist>では、どんな展開を考えていますか?

今後は、より多様なシルエットや構造的な技術を取り入れていきたいですね。ポルトガルの工房との協業によって、より緻密で大胆な挑戦ができるようになってきました。世界中の厳選されたショップとのつながりも深めていきたいです。

ー 日本でも展開されていますが、今後のグローバルなブランド展開についてはどうお考えですか?

オンラインではすでにグローバルに展開していますが、やっぱり実際に手に取ってもらう体験って特別ですよね。日本は僕にとっても大切な国ですし、日本のセレクトショップと一緒に面白いことができたらと思っています。

ー 最後に、今後取り入れてみたい技術やチャレンジしたいアイデアがあれば教えてください。

今まさに、新しい技術や手法に取り組んでいるところです。構築的な要素と装飾的な美しさをどう融合させるか。それが今の僕のテーマ。職人技を大切にしながら、まったく新しい表現に挑戦していきたいと思っています。

Suede Shoulder Bag Campaign  Photographer:Sly Morikawa、Model:Mia

 


2年前、DOMICILE TOKYOでふと目に留まった、ひとつのバッグ。直感的に惹かれたその佇まいが、<Florist>との最初の出会いだった。店を後にするなり、夢中でブランドのInstagramを探し、世界中のショップをネットサーフィンしていたことを、今でも鮮明に覚えている。ネット越しでもわかる手作業の味わいや、デザインによって様々な表情を見せる作品たちに心を奪われ、気がつけば海外のセレクトショップから彼のバッグを購入していた。

日常的にヴィンテージデニムを愛用しながら、気分に合わせて多様なスタイルを楽しむ私にとって、<Florist>のバッグは驚くほど自然に馴染む存在だった。無造作に手に取っても、装いに確かな個性を添えてくれる。けれど決して主張しすぎない。アート性と実用性、そして遊び心、そのすべてが絶妙なバランスで共存しているのだと気づいたとき、彼のものづくりの背景を知りたくなった。
心動かされたものには、理由がある。日々の小さなときめきが積み重なり、やがて私はジョージにコンタクトを取り、このインタビューをリクエストしていた。

そして今回、彼が語ってくれたのは、街のエネルギーに導かれながら、自身の感性を信じて歩んできた軌跡だった。ヴィンテージへの愛、素材への執着、職人技への敬意、そして何より“Floristらしさ”を生むためのひたむきな姿勢。そのすべてが、あのとき手にしたバッグの中に確かに宿っていた。

彼の手によって丁寧に仕立てられたバッグは、ただのファッションアイテムではない。記憶や感情、日々の暮らしを彩る、静かな芸術作品のようなもの。これから先、彼がどんな「花」を咲かせてゆくのか。その未来が、心から楽しみでならない。

Florist
Web / Instagram

  • Interview & Text : Yukako Musha(QUI)

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