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過去のコレクションから、デザイナーズファッションの“創造性”を探求する|Maison Margiela 1994AW「ドールズワードローブ」

May 28, 2024
渋谷に店舗を構えるヴィンテージ古着専門店「Archive Store」のマネージャー鈴木達之による連載シリーズ。マルタン・マルジェラによる過去のコレクションに、どういった作品があり、何を意図していたのかを考え、改めてデザイナーズファッションに隠された“創造性”を探求する。今回題材として扱う作品は、メゾン・マルタン・マルジェラ1994年秋冬の作品、「ドールズワードローブ」。通称ドール期と呼ばれるこのコレクションが、なぜここまでアーカイブ的価値が高いのか、コレクターの間で語り継がれているのかについて考察していく。

過去のコレクションから、デザイナーズファッションの“創造性”を探求する|Maison Margiela 1994AW「ドールズワードローブ」

May 28, 2024 - FASHION
渋谷に店舗を構えるヴィンテージ古着専門店「Archive Store」のマネージャー鈴木達之による連載シリーズ。マルタン・マルジェラによる過去のコレクションに、どういった作品があり、何を意図していたのかを考え、改めてデザイナーズファッションに隠された“創造性”を探求する。今回題材として扱う作品は、メゾン・マルタン・マルジェラ1994年秋冬の作品、「ドールズワードローブ」。通称ドール期と呼ばれるこのコレクションが、なぜここまでアーカイブ的価値が高いのか、コレクターの間で語り継がれているのかについて考察していく。
Profile
鈴木 達之
Archive Store マネージャー

1980年代〜2000年代初頭のデザイナーズアーカイブを収集して、独自の解釈でキュレーションしている、ファッションの美術館型店舗を運営。SNSでは独自のファッション史考察コラムを投稿。メディアへの寄稿や、トークショーへの登壇など、活躍の場を広げている。

構成要素を分解し、再び繋ぎ合わせることで表現されたメゾンマルタンマルジェラの世界観

まず、1994年のコレクションがどのような形式で発表されていたのかについて概要をまとめてみる。

その発表方法は、ランウェイショーとは別に、5グループのプレゼンテーション形式で各テーマごとに作品を発表するというものだった。
1つのコンセプト(世界観)を創造するために、構成要素を5つに分解して、1つ1つを繋ぎ合わせて構築するマルタンの思考が伺える。この点は、コンセプトや作品の構築プロセスとして、非常に興味深いものだ。

グループ1は、マルタンマルジェラの過去のコレクション(1989年〜1993年)からセレクトしたもの。所謂アーカイブ好きな方はご存知「白タグに年代のスタンプ」が押されている作品だ。

グループ2は、様々な時代の服を、全く修正せずに再現したもの。こちらは通称「リプロダクション」という作品で、現在でも人気の「レプリカ」(香水ではなく、服や靴など)ラインの源流。

グループ3は、人形の服をテーマにした「ドールズワードローブ」。世界的に人気を博していた「バービー人形」が着ている服を、人間が着られるサイズである8.5倍に、そのまま拡大して作られた創造性の高い作品。

グループ4は、アーティザナルの作品。古着などに手を加え手作りされたもの。1991年から始まったアーティザナルは、メゾンマルタンマルジェラの手仕事のライン、つまりオートクチュール相当のラインで、メゾンマルタンマルジェラのクリエーションの根幹だ。

グループ5は、メンズ、レディース、子供などの下着から作り直されたもの。素材が下着といったユニークな着目だが、これもほぼアーティザナルに近い手法だと言える。

人形の服をそのまま拡大して再現した「ドールズワードローブ」

5つのグループの中でも特に注目されたのが、グループ3の「ドールズワードローブ」だ。

人形が着る服のシルエットをそのまま拡大したら、人間が着た時にどのようなシルエットが生まれるのか、もはや実験のような服作りで、人形服ならではのカットを活かしながら、そこで生まれる不均衡さを意図的に表現している。

そして、ドール期作品を見る上で、注目すべき点は、拡大して制作されたパーツだろう。特にボタン(裏はスナップボタンになっている)に関しては、このドール期の作品を見る上で、まず目が行ってしまう視覚的ポイント。

更に着せ替え人形をリアルに再現している箇所としては、ボタンの他にも外にそのままチープに付けられているポケットや、真っ直ぐに付けられたスリーブ、デニムパンツでは、通常では見たこともないような大きさのジップファスナー、縫い目の大きいステッチや太い糸など、すべてを拡大している点に、純粋に目も心も奪われてしまう。

余談だが、パーツの拡大化で言えば、ルイ・ヴィトン2023年春夏ウィメンズコレクションでも拡大パーツが使用されていた。これはまさにマルジェラのドール期のオマージュなのではないかと、2023年春夏発表当時、デザイナーのニコラ・ジェスキエールの思考に触れられたような、そんな感覚があった。

ここからは、メゾンマルタンマルジェラのドール期を題材に、後世に語り継がれていくアーカイブになるためのヒントを紐解いていく。

シーズンのコンセプトが記されたブランドタグ

まず1つ目に注目すべき点として、ドール期は、今までのブランドタグ(白タグ)を使用せず、全く別のドール期だけのオリジナルのタグを付けたことだ。このシーズンでしか使用していない、つまりこのシーズンだけの「記録」「しるし」となれば、アーカイブとしての希少価値は必然的に高くなる。

私は、ここにアーカイブになりうる本質的なヒントが隠されていると考えている。

そもそもマルジェラは、ブランド名を記載しないといった匿名性を担保するために、白い生地のみの「白タグ」を使用していたが、ドール期は通常の白タグではなくサイズを大きくした白いタグに、作品のコンセプトを丁寧に記載したタグを付けた。

もちろん、そこにも制作者であるマルタンマルジェラの名前は明記されていないため、純粋に作品のコンセプトのみ記載のタグで勝負する姿勢が、1970年代以降加速度的に進んでいったグローバル社会・資本主義社会に対する回答であり、マルタンがアンチモードと呼ばれる理由ではないかと推察できる。

ブランドの根幹である、ブランドタグを毎回デザイン変更して、シーズンらしさやコンセプトを提示することが、アーカイブになる一つに大きなポイントではないだろうか。

マルタンの『原体験』が投影された作品

続いて、2つ目に注目すべき点としては、ドール期がマルタン自身の「原体験」、「パーソナル」に基づいた作品であるということ。2019年に公開された映画『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』で描かれていたが、マルタンは少年時代に祖母から人形用の服を縫ってもらっていた。その後、祖母から余った布の切れ端をもらって、自身でも人形の服を作っていた。

当時既にイブ・サンローランやピエール・カルダンなどのファッションデザイナーに影響を受けていたため、着せ替え人形の服の完成度は高く、その後のメゾンマルタンマルジェラに繋がる作品の基盤を、少年時代の人形の服作りで構築していったのだ。

このように、自身の原体験や記憶、ストーリーを作品に落とし込むことで、作品に付加価値がつき、時代を超えて愛される唯一無二の「アーカイブ」になるのだろう。どれくらい希少か、どれくらい当時人気だったかよりも、どんな人生を歩んだ、そんな人物が作った作品なのかが、服作りに限らず、芸術作品には重要な観点だと捉えている。マルタンの作ったドール期の作品が、こんなにも愛され、年々価値が上がり続けているのも、まさにマルタン自身のストーリーが投影された作品だからだと推察している。

日常的観点をベースとした超現実

3つ目に関しては、2つ目でお伝えした観点の延長なのだが、マルタンマルジェラを語る上で、改めてシュルレアリスムの本質として、超現実的に生み出す観点の重要性を提示したいと思う。

シュルレアリスムと聞くと創造性の高い非現実的なデザインを現実化するイメージだが、エコロジカルなシュルレアリストや現代アーティスト的な観点からすると、創造のベースはあくまでも「過去の歴史に存在した物や服」、つまり自身が「過去に見たことのある物や服」、「日常に存在している物や服」だと捉えている。

その超現実的かつ日常的観点をベースとしながら、自身の妄想の中で自由な発想でアレンジを加え、全くの別物に変えてしまうことこそが、シュルレアリスムの本質であり、これこそが脱構築だと言える。

ドール期の作品で言えば、バービーやケンの人形服をそのまま人間サイズに拡大しアレンジしていることで、ありそうで無かった服が生み出された。

映画の話に戻すと、少年時代にマルタンはイブ・サンローランのブレザー風の人形服を作っていた。このエピソードから見ても、マルタンはあくまでも着るための服、リアルクローズであることを意識しながら、ユニークな女性像を構築、現実化していったのではないかと推察できる。

アーカイブ作品の本質的価値

デザイナーズシーンでは、形状がユニークで、創造性の高い作品ももちろん圧倒的に素晴らしいのだが、あくまでもここでは、「後世に語り継がれていくアーカイブ作品とは何か?」をイシューとする。

その場合、デザイナー自身の目で見てきた現実的な物や服を、デザイナー自身の創造性で、未知の物や服へとアレンジした超現実的な作品かどうかが、「作品の背後に潜むストーリーや意図」を感じられるアーカイブ作品の本質的価値を生み出すのだ。あくまでも、デザイナーズアーカイブを扱うわたしなりの持論としてお伝えしておきたいと思う。

最後に、今回ドール期をテーマにすることで、アーカイブとされる作品の本質とは一体何かを、わたしなりに整理できたように感じる。もちろん「アーカイブとは何か?」という問いは、非常に広義で一つの答えはないのが前提なので、あくまでもわたしなりの解釈で今回は言語化している。

この連載を読んでくださっている皆様とも、もっと過去、現在、未来のアーカイブについて語り合って、議論を深めていきたい。きっと純粋にそう思えたのは、マルタンの誠実な思いが込められたドール期作品と対峙したからだ。

 


Archive Store
1980年代〜2000年代にかけてのデザイナーズファッションに着目し、トレンドの変遷を体系化して独自の観点でキュレーションしている美術館型店舗。
創造性溢れるアート作品から社会背景を感じられるリアルクローズ作品まで、様々なデザイナーズアーカイブを提案している。

“アーカイブ”とは作品に込められた意味や時代の印(しるし)であり、そこから読み取れるストーリーが人から人へと伝わっていくことで、後世に記録や記憶として残っていく。
Archive Storeでは、アーカイブ作品を見て、触れて、着て、言語化してもらうことで、ファッションを学問として楽しんでもらえることを目指している。

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