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過去のコレクションから、デザイナーズファッションの“創造性”を探求する|Maison Margielaの名作「トロンプルイユ」ワンピース

Feb 1, 2024
渋谷に店舗を構えるヴィンテージ古着専門店「Archive Store」のマネージャー鈴木達之による連載シリーズ。マルタン・マルジェラによる過去のコレクションに、どういった作品があり、何を意図していたのかを考え、改めてデザイナーズファッションに隠された“創造性”を探求する。今回題材として扱う作品は、メゾン・マルタン・マルジェラ1996年春夏コレクションの中から、トロンプルイユ(騙し絵)が用いられたワンピース。

過去のコレクションから、デザイナーズファッションの“創造性”を探求する|Maison Margielaの名作「トロンプルイユ」ワンピース

Feb 1, 2024 - FASHION
渋谷に店舗を構えるヴィンテージ古着専門店「Archive Store」のマネージャー鈴木達之による連載シリーズ。マルタン・マルジェラによる過去のコレクションに、どういった作品があり、何を意図していたのかを考え、改めてデザイナーズファッションに隠された“創造性”を探求する。今回題材として扱う作品は、メゾン・マルタン・マルジェラ1996年春夏コレクションの中から、トロンプルイユ(騙し絵)が用いられたワンピース。
Profile
鈴木 達之
Archive Store マネージャー

1980年代〜2000年代初頭のデザイナーズアーカイブを収集して、独自の解釈でキュレーションしている、ファッションの美術館型店舗を運営。SNSでは独自のファッション史考察コラムを投稿。メディアへの寄稿や、トークショーへの登壇など、活躍の場を広げている。

シュルレアリスムの技法のひとつ、トロンプルイユ

今回のテーマは「トロンプルイユ」。
昨今のデザイナーズアーカイブブームによって、デザイナーズファッションの作品をアートピースとして捉える人が増えてきた流れで、デザイナーズファッションの創造性の背後に潜んでいるアート的視点に、興味を持つ人が増えてきたように感じる。その中でも特に興味を集めるシュルレアリスム(※1)。そのシュルレアリスムの技法のひとつに位置付けされている「トロンプルイユ」を、マルタン・マルジェラのアーカイブ作品を基に考察していく。

※1 シュルレアリスム:20世紀初頭にフランスで生まれた芸術運動で、夢や無意識の世界を表現することを目指し、現実と非現実の境界を曖昧にする表現が特徴。不条理で奇妙なイメージや状況を描き出し、視覚的な驚きや混乱を引き起こす手法を多く用いられる。シュルレアリスムは、絵画だけでなく、彫刻、映画、文学など、多岐にわたる芸術分野に影響を与えたと言われている。

今回題材として扱う作品は、メゾン・マルタン・マルジェラ1996年春夏コレクションのワンピースで、トロンプルイユ(騙し絵)を用いて表現された作品だ。1996年春夏コレクションは、トロンプルイユによる全面的な表現がコンセプトであり、1990年代のメゾン・マルタン・マルジェラの中でも、指折りのコレクションだ。写真の作品は、レーヨン生地で作られたワンピースに、花柄ワンピースの写真を印刷して、あたかも花柄のワンピースを着ているかのような錯覚を生み出している不可思議な服だ。トロンプルイユとは一体何なのか、そしてどういった背景からトロンプルイユが、デザイナーズファッションに取り入れられ、何をもたらしたのかを考察する。

そもそもトロンプルイユとは、フランス語で「目を欺く」や「錯覚を起こさせる」などを意味する言葉。起源を辿っていくと、古くはギリシャの絵画などに用いられたり、17世紀イタリアの教会や宮殿の天井画などに描かれていたりと、主に平面的な芸術領域の絵画で使われていた技法とされる。

近年では1924年(ちょうど100年前)、詩人アンドレ・ブルトンの「シュルレアリスム宣言」以降、シュルレアリスト達によって、トロンプルイユだけでなく、コラージュ、デペイズマン、フロッタージュといった技法が、様々な芸術領域にまで拡張していった。

ファッションもその中のひとつで、1980年代に台頭した川久保玲や山本耀司などの当時“貧乏主義”と呼ばれた「ポペリスト(貧乏主義者)」たちによる、従来の規範、固定概念に捕われない「脱構築」的創造性が、ファッション領域にもシュルレアリスム的な、現代アートの価値観を与えていった。

その潮流を色濃く反映したのが1990年代のアントワープ6を中心とした若きデザイナーたちで、その中でも筆頭としてマルタン・マルジェラが注目を浴びたのである。そんなマルタン・マルジェラの1996年春夏の「トロンプルイユ」作品から、我々は何を感じ取るべきなのか。今回は、わたしなりに2つの観点で紐解いていく。

違和感のない違和感が実現する脱構築的発想

まず1つ目が「違和感のない違和感」。今回題材にしている転写のワンピースを見てみると、ワンピース(服)に、花柄のワンピース(服)を印刷している。つまり、現実の服に、非現実の服を、意図的に重ねているのが、この作品の本質であり構造だ。

同じ属性のものを重ねることで、限りなく違和感を無くしながらも、一方では強烈な違和感も生み出すといった、極めて難解な論理で、この作品は作られている。服というキャンバスの上に、想像上の服を描くといった絵画的発想で、作られている背景には、シュルレアリスムならではの、イメージを現実化させる論理が推察できる。

また、あくまでもわたし個人の解釈なのだが、トロンプルイユの創造性は、ヘーゲルの精神現象学における「実体が主体である」といった哲学にも通ずるのではないかと捉えている。想像して存在をイメージして、信じたものを、人間は主体として認識する。トロンプルイユに置き換えると、本来は存在しない想像上のものを、現実世界に描き、創造することで、物質として存在させることができる。

つまり、わたしの論理で言えば、トロンプルイユは服というフォーマットに無限の可能性を与えてくれたのだ。特にデザイナーズファッションという創造性を問われる分野において、イメージしたことを全て服に落とし込める、自由に創造してもいいといった、発想のリミッター解除、つまり脱構築的発想(規範に縛られることのない発想)は、このトロンプルイユによる服作りの本質であり、功績だと言える。

1996年の同年にマルタン・マルジェラの師匠であるジャン・ポール・ゴルチェもトロンプルイユによる作品を発表していたりと、「アルテポーヴェラ」的発想で、デコンストラクションかつエコロジカルに作品を作るデザイナーにとっては、トロンプルイユは技法としての最適解なのではないだろうか。

「未完成なもの」を「完成されたもの」と肯定する思想

2つ目の観点は、「未完成の肯定」。そもそもオートクチュール経由のパリモードは、従来裕福な階級に属している人たちの文化であって、美しく華やかなラグジュアリーを求めていた。いわば、労働者階級の一般市民の生活や、価値観とは乖離していた中で、1909年、イタリア人詩人“マリネッティ”による「未来派宣言」以降、従来の美意識は変化していったのだ。

この運動こそが、ダダをはじめとする現代アートに大きな影響を与え、後の1960年代イタリアの芸術運動「アルテポーヴェラ」(貧しい芸術)以降、伝統的な形態を目指す、いわば完全な形態(常識やルール)そのものから解放するといった、新たな価値観の誕生に繋がっていった。

伝統的な技法や素材、過去の芸術的価値観などの、あらゆる規範を無効化させ、人間の精神表現そのものに自由を与えたのだ。先述している1980年代初頭のポペリストたちによって、ファッションの世界でも、コムデギャルソンの“ボロルック”や、のちに“グランジ”と呼ばれる価値観が肯定化されたことで、不完全で未完成な貧しい芸術は、最先端の価値観として浸透していった。

これは、1970年代以降のパンクブームによって、ユースのアナーキーな感覚が、非ラグジュアリーをメインストリームに押し上げ、それが後にグランジファッション、ヴィンテージ古着ブームなどの、ストリートカルチャーへと繋がっていった。このような不完全で未完成な新たな感覚を、アート的に創造し、ファッションに落としこんだマルタン・マルジェラが生み出したコレクションは、1990年代当時の最先端なアート作品だと言える。“未完成なもの”、“足りないもの”を、圧倒的創造性と発想の価値転換、ユーモアな技法によって、“完成”と肯定するファッションは、持たざる者への希望なのだ。

少しそれてしまうが、今回の花柄のワンピースだけでなく、様々な転写された服たちが1996年春夏コレクションにて披露された中でも、最も未完成なのがモデルたちの足元「足袋の靴底」だ。靴底のみしかない足袋シューズは、そこに本来あるべき靴本体そのものを排除し、素足と靴底で完成させている。それはまさに、人生における真理であると捉えていて、満ち足りないからこそ、幸せ(追いかける、追求する過程での心理)であるということを、改めて考えさせてくれる。ファッションからは社会や歴史、文化などを学ぶだけでなく、生きてく上での指針となる“気づき”や“哲学”を得ることができると、わたしは常々思っている。

最後に、改めてデザイナーズアーカイブ作品と、ひとつひとつ向き合うということは、デザイナーが創造した作品の背後に、どのような意図があるのか、どんな意味を込めて作られているのかを、1度考えるきっかけを与えてくれる。考えるための気づきとして、“違和感”な部分だったり、“未完成”な部分だったりから、ひとつひとつ紐解いていくと、よりファッションが楽しくなるはずだ。

 


Archive Store
1980年代〜2000年代にかけてのデザイナーズファッションに着目し、トレンドの変遷を体系化して独自の観点でキュレーションしている美術館型店舗。
創造性溢れるアート作品から社会背景を感じられるリアルクローズ作品まで、様々なデザイナーズアーカイブを提案している。

“アーカイブ”とは作品に込められた意味や時代の印(しるし)であり、そこから読み取れるストーリーが人から人へと伝わっていくことで、後世に記録や記憶として残っていく。
Archive Storeでは、アーカイブ作品を見て、触れて、着て、言語化してもらうことで、ファッションを学問として楽しんでもらえることを目指している。

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