【BEHIND THE RUNWAY – YOHEI OHNO】ラグジュアリーとは?大人とは?より切実さを増したYOHEI OHNO|Rakuten Fashion Week TOKYO 2024A/W
六本木に位置する泉屋博古館 東京にて行われたのは<YOHEI OHNO(ヨウヘイ オオノ)>のファッションショー。白い静寂を纏った入り口からは、情緒的な柔らかな香りが流れてきていた。ボタニカルスキンケアブランド<SAIL(セイル)>との協業で企画・制作されたNOSTALGIA(懐かしさ)の香りは、デザイナーの大野が強く記憶に残っているという「音楽室の香り」から着想を得たものだという。
前シーズンのコレクションを大きな挑戦と語ったバックステージでの大野は、緊張感のある面持ちで焦燥している様子を見せた。泉屋博古館 東京の荘厳さとも相まって、それは空間一帯に広がっていた。「幼少期の記憶」をテーマにした24春夏とは対極に位置する「大人へ向けたクラシック」をテーマにした大野は、リハーサルでモデルたちの表情や仕草に「大人になりきれていない人(または庶民)から見た大人の世界を表現したい。この会場の空気を読みすぎずに素のまま歩いて欲しい。」と指示を出す。モデルたちの年齢層は幅広く、纏っていたエレガントなドレスをしっかりと着こなしているような人もいれば、少し背伸びしているように見える人もいた。
まず、このテーマを掲げるに至った契機には、大野が敬愛する映画監督ギャスパー・ノエとのインタビューがあった。同監督が「未知の世界」と話す、老夫婦の終焉を描いた「大人へ向けた」最新作『ヴォルテックス』について対談する過程で、自身の生活やデザイナーとしての今までの10年間を振り返り、自分がやってきたことや生活がさほど変わっていないことに自身の未熟さを感じたという。目指してきたはずのラグジュアリーの世界が、すっかり遠くにいってしまったと語る大野は「未熟な大人から見た、未だ経験したことのないラグジュアリーな世界」を表現したかったのだ。
自身の実生活と距離を感じるこのテーマだからこそ、短絡的に「アヴァンギャルド」と解釈をされてしまいがちな過去のコレクションを、ただマチュアに表現するだけには留めたくなかったのだろう。彼は前シーズンで、弱点と話していた家族や幼少期の記憶と痛烈なまでに対峙したように、今シーズンでは一貫して冷静さを保ちながら、自分のクリエイションとは何なのかについて熟考、追求して導き出したのが今季のテーマである「大人へ向けたクラシック」なのだと感じた。
<YOHEI OHNO>が織りなすクラシックは、「クラシック 生地」とでも検索すれば出てくるような布地や色使いを採用した。中でもメインに使用しているのはフラノウールで、今までのようにデザインの構築性を際立たせる張り感ではなく、身体への馴染みのよさや緩やかな落ち感を意識している」とリリースに記されていた通り、王道な素材からは今まで以上の気品や気高さを放っていた。
そんな中、今シーズン特に<YOHEI OHNO>らしさを感じて印象的だったのが、ドレスやコートのデコルテ部分に見られたディテール、布地をストールのように片手に持つ仕草であった。
これらからは、ドレープワークに夢中になっていると話す大野の布地に対する独自のアプローチが窺えた。<Vivienne Westwood(ヴィヴィアン・ウエストウッド)>のドレスメイキングを参考にしたという彼は、一見、乱暴にも見える布地の扱い方だが、その中にある品性のようなものを引き出したかったという。デザインのディテールには、ラグジュアリーな世界で生きる婦人たちが小脇に抱えるカバンの持ち方やポージングが、そのままドレーピングに落とし込まれた。
はみ出したコートの布地をストールのように垂れ下げて持つ仕草は、エレガンスが生まれるように意識したものだと話し、艶のある上質な素材や身体に馴染む落ち感のあるシルエットは、見事にエレガンスを映し出していた。また、ドレッシーなルックの中に紛れ込んでしまったかのように、顔にパックをした少女が現れたのも<YOHEI OHNO>らしい演出であった。バスローブのようなガウンに身を包んだ彼女は、少女のような初々しさを孕んでいたが、淑女が祝宴に向かう前の準備をしているようでもあった。豪奢絢爛な世界を彷彿とさせるパールジュエリーは、通常のイヤリングを誇張した大きさだったり、グローブの先端に爪のようにあしらわれていたりと、独特なリズムで<YOHEI OHNO>のオピュレンスが築かれていく。
これらは“既知への発見”をコンセプトに置くジュエリーブランド<HIDAKA(ヒダカ)>と“環境との多面的・双方向的な関わりの中で新たな価値観を追求する”<ssp.(エスエスピー)>とのコラボレーションによるもので、なんてことない「河原の石」にメタルやパール調の特殊塗装を施して高価なジュエリーのように用いていた。
「あくまで、いつもと変わらないことをした」と記されたステイトメントからは、彼が思う成熟や大人という存在との距離を認めつつも、変わらない生活や素朴な日常に心地のよさを感じる彼自身にも通じている。今できることをプロとして誇りを持って続けていくこと、それはデザイナーにとっては決して大きな目標とは言い難いのかもしれないが、その愚直で地道ともいえる行為を通して大野が伝えたい本質は、多くのファンに届いているように感じる。
「どんな題材でもフラットに向き合い、ドライに扱う。外側から観察し、工夫して品よく形にする。ばかばかしくやる。」こうしたクリエイションに対する、一貫して冷静な態度は、どんなテーマであれ、今後も<YOHEI OHNO>の世界観を打ち出していくための強さになっていくだろう。今後のコレクションも是非、継続して注目していきたい。
デザイナー 大野陽平 インタビュー
― ショー直前ですが意気込みを聞かせてください。
ショーを4シーズン続けてきて、自分的には一区切りかなとは思っていて。今シーズンは、すごく自分にとってはチャレンジングなことをしました。これまでは「アバンギャルドファッション」と捉えられることがあったのですが、それは自分のやってきたことの“本意”ではないなと思っていて。今シーズンは、もっとちゃんと、自分は美しくエレガントなものを目指しているっていうことを、もう1回真顔で言いたい。真顔で、ばかばかしくやりたい。
― アバンギャルドだけではないと。
ブランドをやってきたこの10年を振り返ると、ずっと自分のやってきたことは変わらない。10年も経てばパリで発表していたり、いい暮らしができていると思い描いていたけど、暮らしも変わらない。そんな中でパリコレを見てみると、なんかもう遠い世界のように思えて。ラグジュアリーが。自分はずっとこういう世界に憧れてやってきたんだけどなって。そんな未熟な自分から見た華やかな世界というものを表現したかった。
― ラグジュアリーへの憧れ。
今回、自分の中で、“大人”と“子ども”をすごく考えて。年齢的な意味でも、成熟という意味でも。自分は37歳だけど……自分はまだ、大人の世界に入りきれていない。
― リハーサルを拝見しましたが、モデルも幼さを感じる顔立ちだったり、すごく大人っぽい顔立ちだったり。
そうです。顔にパックをしたモデルは、“子どもから見た大人の世界”を表現しました。顔にパックをしてバスローブを着ているお金持ちのイメージです。ピアスやグローブの先に取り付けたアクセサリーは、河原で拾ってきた石にパール風の塗装を施したものなんです。そんな安直な、ティピカルなラグジュアリーの世界観を描きました。ラグジュアリーファッションの世界から自分は遠いままだけど、感じたままを正直にやろうと。
― 泉屋博古館東京を会場に選んだ理由は?
こちらでは、住友家が収集した美術品、工芸品を中心に収蔵展示しています。僕が2025年に開催される日本国際博覧会(大阪・関西万博)に出展する「住友館」のアテンダントユニフォームデザインを担当することになったご縁でお借りすることができました。金屏風とか重要文化財とか……もう恐れ多いですね(苦笑)。こんな素敵な場所をお借りすることができたので、今日は一生懸命やります!
キャスティングディレクター Yuuki Sakamoto インタビュー
― <YOHEI OHNO>のキャスティングを担当する上で、意識していることを教えてください。
モデルのパーソナルな部分もしっかり見ながら、大野さんが求める人物像に合う人を男女関係なく提案しました。
― 今回のテーマ「大人へ向けたクラシック」を具現化していくうえで、デザイナーからどのような要望がありましたか?
大野さんからは「自分なりのクラシックやエレガントに挑戦したいのでそれに合う人、またニューフェイスも入れたい」との相談をいただきました。
スタイリスト Ai Takahashi インタビュー
―<YOHEI OHNO>のスタイリングを担当する上で、意識していることを教えてください。
彼のデザインマインドを、限りなくフラットな状態でヒアリングする事です。彼はいつも独自の表現をしたいことがあって、それは初めて聞くと突拍子もないアイデアのように感じたりもするのですが、実際にやってみるとそこには私には見えていなかった美しい世界観があって。毎シーズン彼とのセッションは、自分が持つ美の概念への挑戦だと思っているし、新しい美世界を彼と見つけるのが楽しいんです。
― 今回のテーマ「大人へ向けたクラシック」をスタイリングで表現するにあたって特に注力した部分はどこでしょうか?
<YOHEI OHNO>というブランドを辿ると、彼はいつもアヴァンギャルドとラグジュアリーの狭間で戦ってきたんだと思います。今回のテーマを体現しているものの一つとして「乱暴なドレーピング」を使ったドレス群があったと思うのですが、良い意味での粗雑さが生む刹那的な美しさが<YOHEI OHNO>的ラグジュアリーだと思ったんです。そのムードをコレクション全体にも漂わせたく、モデルさんのベールの付け方で表現しました。
ヘア CHINATSU インタビュー
― 今回のテーマ「大人へ向けたクラシック」をヘアで表現するにあたって具体的にどのような方法を用いたのでしょうか?
艶感のあるサイドパートに、前髪の立ち上がりに角を作って四角いシルエットをつくりました。マニッシュに仕上げて、高級感のある「大人へ向けたクラシック」を表現しています。
― ヘアで注目してほしいポイントはどこでしょうか?
顔にかかる束感のあるナチュラルダウンと、サイドパートの異なる2スタイルですが、全員が並ぶと統一感が出るようにテーマである「大人へ向けたクラシック」を意識しました。
メイクアップ LUNASOL インタビュー
― 今回のテーマ「大人へ向けたクラシック」をメイクで表現するにあたって具体的にどのような方法を用いたのでしょうか?
メイクは、クラシックなアプローチである王道のリップにポイントを置くことで、ラグジュアリーをストレートに表現できるのではと考えました。リップ以外は整える程度に抑えて、モデル自身の立体感を活かしています。リップの質感は今回使われている布地の質感とリップの色を表現したかったことから、赤はセミマット、ベージュはセミツヤに整えました。衣装やモデルにあわせて、「大人を美しく魅せる明るい赤」、「年齢や経験を経て、初めて付けこなすことのできる深い赤」、「新しいラグジュアリーカラーであるベージュ」の3色を、それぞれリップとネイルのカラーとリンクさせて落とし込んでいます。リップとネイルのカラーを統一することで、細部にまでこだわりを持っているという人物像をクラシカルに表現しました。
― メイクで注目してほしいポイントはどこでしょうか?
自然な肌というよりも整った印象の美しい肌、<LUNASOL(ルナソル)>の水ツヤ肌を表現した頬の高い位置のツヤ、そして、<LUNASOL>らしい赤とベージュの色味です。リップのカラーとリンクさせたネイルは、モデルのふとした仕草の時に引き立っていました。目もとは何もしていないように見えて、<LUNASOL>の新しいアイシャドウを使うことで自然な陰影を付けています。モデルそれぞれの個性が活かされている点にも注目していただきたいです。
<YOHEI OHNO>
設立年 2015年
Designer – 大野 陽平
「独自性のあるフォルム作りと実用性」をコンセプトに掲げ、古今東西のアートや建築、彫刻、プロダクトをインスピレーションに伝統にとらわれない自由な素材使いやフォルムアプローチを通じて、未来に向けた新しい人間像や生活観を探求する。 愛知県小牧市出身のデザイナー大野は文化服装学院を卒業後、文化ファッション大学院大学を経て、英ノッティンガム芸術大学に留学。帰国後の2015年に<YOHEI OHNO(ヨウヘイ オオノ)>を立ち上げ、同年秋冬コレクションにて初めてコレクションを発表した。2016年には第3回「TOKYO FASHION AWARD」を受賞。2018年にはイタリア VOGUE 「VOGUE TALENT 2018」 に選出、「International Woolmark Prize」ファイナリストに選出。2019年 シーズナルコレクションに加え “DRESS LINE” を新たにスタートさせ、2021年には着物のデッドストックの反物を利用した” 3711 project” をスタートしている。
- Photograph : Takuya Maeda(TRON)
- Interview : Kaori Sakai
- Text&Edit : Miwa Sato(QUI)