ANN DEMEULEMEESTER 2026年秋冬コレクション──ノスタルジックな記憶の底で燃える、美しき反逆の詩
今季のコレクションを覆う全体的なテーマは、「現代におけるポエティックな反骨精神の再解釈」。ブランドのシグネチャーカラーである「黒」と「白」を基調としながらも、そこには単なる色彩の欠如ではなく、無限のグラデーションと感情の揺れ動きが表現されていた。ランウェイを歩くモデルたちの足取りは力強く、しかしその身を包む布地は羽のように軽く、風を孕んで空気を震わせる。それは、冷たい現実世界に対して、美しさと詩的な感性という武器を手にして立ち向かう現代の戦士たちの行進のようであった。
光と影が交錯するランウェイで展開されたのは、<ANN DEMEULEMEESTER>というブランドが持つ深淵な歴史と、未来へと向かう新しい息吹が見事に融合した、息を呑むほどにドラマチックな全貌だ。
本コレクションを紐解く上で欠かせないのが、現在クリエイティブ・ディレクターを務めるステファノ・ガリーチ(Stefano Gallici)の存在。2023年に同職に就任した彼は、ブランドの親会社であるアントニオーリ・グループで経験を積み、<ANN DEMEULEMEESTER>のアーカイブと精神性を誰よりも深く理解する人物として抜擢された。若くして大役を任された彼だが、就任から数年が経過したこの2026年秋冬シーズンにおいて、そのクリエイションは完全に成熟している。創業者であるアン・ドゥムルメステール本人が築き上げたのは、1980年代の「アントワープ・シックス」として世界に衝撃を与えた、解体と再構築、そしてマスキュリンとフェミニンを融和させたアンドロジナスな美学である。パティ・スミスに代表されるロックミュージックの退廃的なムードと、19世紀の詩人のようなロマンティシズム。それは常に、社会の規範から少しだけ外れた場所で生きる人々のための服であった。
ステファノ・ガリーチは、メゾンが長年育んできたダークロマンティシズムや卓越したテーラリング、リボンやアシンメトリーなカッティングが生み出す流動的なフォルムといった核となるDNAを、極めて純度の高い形で継承している。しかしそのクリエイションは、アーカイブへの郷愁に留まるものではない。過去をなぞるのではなく、その精神を現在の空気の中に再び呼び起こすことで、確かなモダニティを宿した新たな姿へと更新していった。
アン本人の時代が、どこか近寄り難い孤高のメランコリーを漂わせていたとすれば、ステファノの描く<ANN DEMEULEMEESTER>は、より生々しく、地上に足がついたリアルなユースカルチャーのエネルギーを内包している。彼は、完璧に構築されたドレスやテーラードジャケットにあえて未完成のほつれを残し、足元には重厚なコンバットブーツや履き古したかのようなキャンバススニーカーを合わせる。かつての「孤高の詩人」は、ステファノの手によって、現代のストリートを闊歩する「静かなる反逆者」へとアップデートされた。

ランウェイに登場したウェア群は、まさにステファノの手腕が光る傑作揃い。特に観客の目を奪ったのは、前半に登場した黒のロングドレスのルックである。首元まで覆うハイネックに、肩を覆う繊細なレースのラッフル。一見するとヴィクトリアン朝の喪服のようなゴシックな重厚感があるが、ウエスト部分にはシアーなチュール素材が用いられ、コルセットの骨組みだけを残したかのように素肌が透けて見える。不透明なウールやベルベットと、儚く透き通るシルクシフォンやチュールの劇的なコントラスト。幾重にも重ねられたアシンメトリーなスカートは、モデルが歩みを進めるたびに複雑な動きを描き、まるで影そのものが意思を持って生きているかのような錯覚に陥らせた。さらに特筆すべきは、そのスタイリングの妙である。これほどまでに装飾的でセンシュアルなドレスの足元に、あえて無骨な黒のスニーカーを合わせたのだ。この「ドレスアップ」と「ドレスダウン」、「脆さ」と「強さ」の衝突こそが、ステファノ・ガリーチが提示する今の<ANN DEMEULEMEESTER>の世界観を象徴している。


また、テーラリングのセクションも見逃せない。鋭く尖ったピークドラペルのジャケットは、ウエストが極端にシェイプされながらも、袖や裾からは切りっぱなしの裏地や長いリボンが垂れ下がり、厳格なフォルムを意図的に崩している。男性モデルが纏うジェンダーレスなシアーシャツや、女性モデルが着こなすオーバーサイズのミリタリーコートなど、性別の境界線を軽やかに飛び越えるスタイリングも健在だ。
カラーパレットは漆黒と純白をベースとしながらも、差し色として血のような深いボルドーや、夜明け前の空を思わせるダスティなグレーが差し込まれ、コレクション全体に奥行きを与えていた。使われている素材は最高級でありながら、どこか着古されたような、持ち主の人生に寄り添ってきたかのような温もり(あるいは傷跡)を感じさせる加工が施されている点も、このブランド特有の詩的なアプローチである。
<ANN DEMEULEMEESTER>の2026年秋冬コレクションは、ブランドの歴史に対する深い敬意と、現代社会を生き抜くための新しいリアリティが見事に結実したシーズンであった。ステファノ・ガリーチは、<ANN DEMEULEMEESTER>という偉大なブランドが単なる「過去の遺物」や「一部の熱狂的なファンのためのユニフォーム」に陥ることを拒絶した。彼は、創業者から受け継いだポエティックな魂という聖火を守りながら、そこに現代の若者たちが抱える不安、反抗心、そして美への渇望という新しい燃料を投下したのである。
私たちが彼の作る服に惹かれるのは、それが単に美しいからではない。その服が、強さと脆さ、光と影を同時に内包しており、着る者の内面にある複雑な感情を代弁してくれるからだ。繊細なレースに身を包みながらもスニーカーで大地を踏みしめるその姿は、混沌とした2026年という時代において、自分自身のアイデンティティを見失わずに生きようとする全ての人への力強い賛歌であった。
ショーの終盤、ランウェイに降り注ぐ仄暗い照明の中をモデルが歩み去った後も、会場には衣服が擦れる微かな音と、静かな余韻が長く留まっていた。それは、<ANN DEMEULEMEESTER>というブランドがこれからも永遠に、時代に流されることのない孤高の美しさを紡ぎ続けていくことを確信させた。
ANN DEMEULEMEESTER 2026AW COLLECTION RUNWAY
ANN DEMEULEMEESTER
https://anndemeulemeester.com
- Edit : Miwa Sato(QUI)








