「気取らないエレガンス」に向き合うことで生まれるエモーショナルな服|YUTASETOGAWA 瀬戸川裕太
販売員として評価されながら周囲の声に後押しされてデザイナーに
—瀬戸川さんはデザイナーの前はアパレルの販売員をされていたんですよね。
瀬戸川:ファッションを仕事にしたいという思いは高校生の頃からあったのですが、服飾の学校に進んでデザイナーを目指すという発想は最初はありませんでした。まだ若かった自分にとっていちばん身近なファッションの仕事が販売員だったので、高校を卒業後に当時よく通っていたセレクトショップで働かせてもらうようになりました。
—デザイナーへの転身を考えたのは何がきっかけだったのでしょうか。
瀬戸川:アパレルの販売員は結果を出すと好条件でのヘッドハンティングもあって、僕も百貨店やブランドなど、いろいろなショップから声をかけてもらいました。それで最終的に販売員として所属したのがOEMが本業の会社でした。そこで「マネジメントを任されているショップで売り切ってみせるから自分に服を作らせてほしい」ってお願いしたんです。でも服の知識は全くなかったので僕が作ってみたいと言っても「そんなのは無理、できない」とパタンナーから突き返されたり、よく揉めていました(笑)。
—今の瀬戸川さんなら無茶なことを要求していたとわかるんでしょうね。
瀬戸川:本当にその通りです。パタンナーから「服作りをわかっていない」と言われたことで、きちんと学んだほうがいいと思ったんです。最初はセントラル・セント・マーチンズやアントワープといった天邪鬼な僕としては珍しく王道、名門も考えたのですが学費の問題もあり海外は諦めました。それで選んだのがヨーロッパのファッション感も日本の技術なども学べるエスモードジャポンの京都校でした。
—エスモードも服について学ぶことが目的で、その時点ではデザイナーを志してはいないんですよね。
瀬戸川:僕は職人気質と言われることもあるのですが、バイヤー時代もプロダクトの完成度そのものに惹かれてセレクトすることが多かったんです。売れる、売れないは置いておいて「このブランドを世に広めたい」という気持ちが強かった。そんな僕に対して「キミは作り手の方が向いている」と言われることもありました。それで少しずつデザイナーというものに気持ちが傾いていきました。「作り手に向いている」よりも「販売員やバイヤーとして働き続けるべき」という声の方が圧倒的に多かったんですけどね。
—エスモードの卒業後は?
瀬戸川:海外のブランドや日本のアパレルからプロジェクトベースで案件を受けていました。そこで服作りやデザインの経験を積んで、さらに映画衣装やアーティスト衣装も担当して、自分のブランドをスタートさせる準備をしていました。
—<YUTASETOGAWA>を立ち上げる際にブランドの方向性などは決めたのでしょうか。
瀬戸川:初期はアーティスティックなショーピースばかりを作っていました。ファーストコレクションには廃棄物を素材にしたコレクションがあって、その作品はイタリアの国際ファッションコンペティションで「Sustainability Award」を受賞することができたんです。自分としてはそのままアート志向で進むことも考えたのですが、「ファッションで食べていく方向に舵を切った方がいい」というアドバイスもあって、2023年春夏シーズンからウェアラブルブランドとして<YUTASETOGAWA>を本格的に始動させました。
ブランドの原点である「気取らないエレガンス」と再び向き合う
—<YUTASETOGAWA>ではデッドストック素材なども積極的に活用されていますが、それはどういった理由からでしょうか。
瀬戸川:<YUTASETOGAWA>は「サステナブル」や「アップサイクル」と紹介されることが多いのですが、僕はシンプルに「もったいない精神」で服を作っているんです。祖母が趣味で収集していたカーテンやラグのセンスがすごく良かったので、その生地を使って服を作りたいと思い、その服は中国で開催された「未来の服」というテーマのインターナショナルコンペで受賞しました。僕にとっては役目を終えたカーテンやラグが服に生まれ変わることは「未来」と捉えていて、そういう考えを服作りに持ち込めばブランドをやっていけると確信したんです。
—瀬戸川さんはセントラル・セント・マーチンズでサステナビリティとクリエイティビティについての講義をされていますよね。
瀬戸川:山本寛斎さんが手がけた「日本元気プロジェクト」の日本代表に選出されたときにロンドンでショーを開催したことがあるのですが、作品がUAL(ロンドン芸術大学)の方の目に留まったそうです。そこでセントラル・セント・マーチンズとつながって講義を依頼されました。サステナビリティとクリエイティビティをアートな領域に昇華させている日本人を探していたと言われて引き受けました。
—生地へのこだわりは強いと思いますがどうやって探すことが多いですか。
瀬戸川:毛織物産地はあちこち巡りますけど、それも色柄も織りも素晴らしいのに日の目を見ない生地が見つかるはずと思っているからです。最先端の技術を駆使した最新のテキスタイルよりも、倉庫にずっと眠っていた生地の方が<YUTASETOGAWA>らしい服が作れそうと思ったら迷わずそちらを選びます。そこも生来の天邪鬼な部分でもあるのですが(笑)。
—どういう生地に惹かれることが多いですか。
瀬戸川:この生地をあのパターンにのせたら絶対にかっこいい服ができるぞって、自分の心が動かされる生地です。天然素材を選ぶことが多いのですが、だからといって化繊を否定しているわけではありません。ポリエステルやナイロンの混率が高かったとしても、その理由が明確であれば選ぶこともあります。なので生地メーカーには「どうしてこのような生地を作ったのか」というのは必ず聞きますね。
—選んだ生地を<YUTASETOGAWA>の服として成立させるために大切にしていることはありますか。
瀬戸川:2026年春夏コレクションのときに「<YUTASETOGAWA>らしさってなんだろう」ってあらためて考えてみたんです。それで掲げたのが「誰にも属さない、でも誰かの服」、「軽やかな輪郭に、確かな意志を込めて」という「attitude(アティチュード)」です。
—どのようなプロセスで服に意志を込めていくのでしょうか。
瀬戸川:シーズンテーマを決めて、それを表現するにはどのパターンがいいか、どの生地が適しているかと詰めていきます。それでもテーマとは無関係に「この生地で服を作りたい」という強い衝動が優先されることもあって、プロセスは決まりきっていないのが現実です。ただ、生地がテーマから少し外れているような場合はパターンでテーマ性を色濃く打ち出して、コレクションとして統一性が生まれるようにしています。
—シーズンテーマはどのようにして思いつくことが多いですか。
瀬戸川:頭に浮かんできた言葉はひたすらメモを取り続けます。今、伝えるべきことはこれだよね、進むべき方向はこっちだよねと言葉が枯渇することがないんです。常に湧き上がってくる言葉やメッセージを抽出してコレクションのテーマとして落とし込んでいます。<YUTASETOGAWA>の表現に至るスターティングポイントはそれしかないと思っています。
—直近のコレクションではどのようにしてテーマを構築していったのでしょうか。
瀬戸川:2025年秋冬と2026年春夏は「気取らないエレガンス」というテーマを継続させています。その前の2025年春夏は外部からのアドバイスでレディーズに特化したシーズンだったのですが、自分ではしっくりこなかった。「気取らないエレガンス」というのは<YUTASETOGAWA>がブランドとしてずっと大切にしていたことで、原点回帰の意味で直近のコレクションテーマにしました。
—原点に立ち返ろうと思ったのはどうしてでしょうか。
瀬戸川:レディースで勝負するというアドバイスも理解はできましたが、自分が作りたい服とは少しずれていた。むしろ自分がやりたいことを押し出した2025年秋冬からのコレクションの方が高い評価をいただきました。自分の表現に共感して<YUTASETOGAWA>を選んでくださる人がいるのは本当に幸せなことだと実感しましたね。2026秋冬はさらにブランドを育てていく姿勢を打ち出すつもりです。
<YUTASETOGAWA>について自分の言葉で語れるようになった
—<YUTASETOGAWA>の服作りのチームはどのような感じなのでしょうか。
瀬戸川:ファーストトワルは僕が考えますけど、自分がパターンまで引いてしまうと独りよがりの服になってしまいそうなので、その後の作業はパタンナーに一任しています。縫製はブランドのデビューから同じ工場にお世話になっています。<YUTASETOGAWA>のパターンメイキングはちょっと特殊で、メンズとレディースのパターンをミックスさせているんです。なので縫製の職人からも不思議がられることもありますが、それを一緒に面白がってくれていますね。
—お話を聞いていて瀬戸川さんの服に込めるメッセージ性はすごく強く感じますが、「独りよがりの服にならないように」と距離感は冷静に見極めているんですね。
瀬戸川:だからこそ生地だけが我を通させてくださいってのはあるかもしれないです。
—瀬戸川さんが新たに注目している生地はありますか。
瀬戸川:まだ試行錯誤の段階ではありますがダイニーマと残糸を活用してフェルト化させた生地で服を作ってみたいと考えています。タフな生地で服に適していないかもしれませんが、デザインによってはファッションとして成立するんじゃないかって可能性を感じています。
—展示会などでシーズンテーマや生地について説明はされますか。
瀬戸川:話したいことはたくさんあるので求められれば説明します。「気取らないエレガンス」にしても要約しているだけで、そのワンフレーズに行き着くまでのストーリーはしっかりとありますから。
—瀬戸川さんの想いに対する共感の度合いはどんな感じでしょうか。
瀬戸川:例えばチェック柄のシャツとハーフパンツのセットアップがあるのですが、パンツはウエストがゴム仕様なので本来ならトップスとボトムスの柄はズレるんです。ですが裁断の段階から工夫して柄合わせを実現させていて、これこそが僕にとっての「気取らないエレガンス」だったりするんです。同業やクリエイターはそんなこだわりに共感してくれることは多いです。<daisuke tanabe(ダイスケ タナベ)>の田邊くんなんかは「これに気づく人なんていないんじゃないの」って言っていましたが(笑)。
—「気取らないエレガンス」というのがブランドの中核にあるのが伝わってきたのですが、そのテーマも今後は変わっていく可能性はあるのでしょうか。
瀬戸川:そこはブレないと思います。今回の取材もこのタイミングでなければ受けなかった可能性もあります。25年秋冬、26年春夏と「気取らないエレガンス」を続けたことで<YUTASETOGAWA>がどういう服作りをしたいのか言語化ができるようになり、今なら<YUTASETOGAWA>のことを自分の言葉で説明できるという手応えがあります。今後はもう少しメインストリームを歩んで行こうという気持ちも強まっています。
—メインストリームとは?
瀬戸川:ランウェイなどをやったり、アワードにもエントリーしたりです。自分が作りたい服を作っているわけですが、それだけで満足せずに<YUTASETOGAWA>のことを自らが発信していくためにメインストリームを意識することは必要だろうなって思っています。
- Photography : Kaito Chiba
- Interview : Akinori Mukaino(BARK IN STYLE)
- Edit : Yusuke Soejima(QUI)










