QUI編集部が未知なる才能を追い求めて|Valentine デザイナー 橋本麻由
今回取り上げるのは<Valentine(ヴァレンタイン)>。クリエイションについて、デザイナー自身について、バックボーンについて。知られざる魅力を深掘りし、強く発信してみたい。
1994年、大阪府生まれ。大学卒業後に上京、広告代理店にてデジタルマーケティングに従事。在籍中にジュエリー学校に入学、ロストワックス製法・ジュエリーCADについて学ぶ。退社後、2020年にジュエリーブランド<Valentine(ヴァレンタイン)>をローンチ。
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将来的にブランドを立ち上げるために広告代理店に入社
QUI:<Valentine>のローンチはいつですか。
橋本:2020年の12月です。
QUI:<Valentine>というブランド名は、ヴァレンタインデーが由来なのでしょうか。
橋本:それが違うんです。ヴァレンタインには「恋人」や「大切な人」という意味があって、それは恋愛という言葉に置き換えることができると思ったんです。甘さと鋭さをジュエリーデザインのコンセプトにしているので、その二面性は甘いもほろ苦いもある恋愛における心の揺れ動きに通じると思いブランド名に選びました。
QUI:橋本さんは大学を卒業後、広告代理店に入社されています。その時点でいずれはジュエリーデザイナーになりたいという思いはあったのでしょうか。
橋本:将来は自分でブランドを立ち上げたかったので広告代理店もそのための選択でした。ブランドといってもモノを作るだけでは続けていくことはできないことがわかっていたので、売り方や届け方など広告代理店で働くことで学べると思ったんです。入社面接の段階でゆくゆくはブランドをやりたいと伝えていたので事業をやっていくうえで知識が役立ちそうなマーケティングの部署を希望しました。
QUI:広告代理店での経験は活かされていますか。
橋本:いきなりモノづくりから始めるのではなくて、マーケットの仕組みのようなものを先に学んだことはいい経験だったと思います。ただ、常にマーケットやデータを把握してモノづくりをしているかといえばそうではなくて、やっぱり自分がその時に作りたいと思うジュエリーを制作しています。
QUI:どうしてジュエリーデザイナーになりたいと思ったのでしょうか。
橋本:最初からジュエリーと決めていたわけではないですが、ファッションが好きだったので自分なりの表現をブランドというカタチで残したかったんです。ジュエリーデザイナーをやっている知り合いがいたのでこの世界を身近に感じていて、そこから興味を持つようになりました。
QUI:ジュエリーを身につけたりすることも好きだったのでしょうか。
橋本:幼少期からクラシックバレエを習っていて、バレリーナの衣装がすごく装飾的なのもあってジュエリーをプラスしたり自分を飾り立てることは私にとっては馴染みのあることでした。
QUI:ジュエリーはお守りや身体の一部のようにとらえる方もいますが、橋本さんにとっては気持ちがあがる装飾品のようなものですか。
橋本:ジュエリーって個性につながるものだと思っています。洋服は季節やトレンドによって選ぶデザインが大きく変わりますが、ジュエリーは自分が好きなデザインやアイテムを肌身離さず身につけることもあります。なのでその人の個性だったり、ファッション感を象徴するものじゃないかなって思っています。
飾る部分とありのままの部分の対極性を意識したデザイン
QUI:<Valentine>のジュエリーは美しさを静かに秘めている印象ですが、デザインをするうえで大切にしていることはありますか。
橋本:私は幼少期から習っていたクラシックバレエの他に、ストリートダンスもやっているんですけど、バレエは演目の中で与えられた役割を演じますが、ストリートダンスは即興性を求められます。ジュエリーもその対極的なスタンスをベースにしていて、演技のように飾る部分も大切、飾り立てないありのままの部分も大切と、それぞれが絶妙なバランスで同居するようなデザインを常に意識しています。
QUI:なるほど。だからハートのモチーフであっても甘すぎないんですね。
橋本:ハートってすごくアイコニックなモチーフなのでその魅力を押し出したくなるのですが、装飾性だけを引き上げるようなデザインにしたら甘くなりすぎます。私が今日身につけているリングも上から見るとわからないのですが、正面からだとハートが姿を表します。ハートであることがわかりやすいと自分のありのままのテンションとマッチしないので引き算をしながら考えたデザインです。
QUI:引き算をしながら存在感を出すというのはすごく難しそうですね。
橋本:難しいですね。だからこそ自分が納得できるまで修正や微調整は何度も繰り返します。ジュエリーは0.1ミリ違うだけで表情も異なってくるので、デザインから最終の仕上げまで全て自分で管理しています。
QUI:お話を聞いているとモノづくりに妥協がないので、精緻な作業を求められるジュエリーデザイナーというのは天職のような気もします。
橋本:妥協をしないというのは間違いなく祖父の影響が大きいです。祖父はお酒造りをしていたんですけど、味や品質を追求するためのこだわりが尋常じゃないぐらい職人気質な人でした。幼い頃からその姿を見続けていたので、モノづくりの姿勢とはそういうものだと自然に学んだと思っています。私もこだわりは強いとは思いますが、まだまだ祖父の背中は見えてこないです(笑)。
バレエやダンスから得た基礎をおろそかにしない美意識
QUI:ブランドを設立して4年という期間に方向性の変化などはありましたか。
橋本:初期の頃は可愛い系のデザインが多かったですがクールやソリッドな世界観へとシフトしていったのは女性だけでなく男性にも届いてほしいという自分の覚悟の表れでした。「女性だけでなく男性も身につけたくなるジュエリー」というのが自分がやりたいこととしてしっくりくるようになったんです。最初はワックス製法しかできなかったのがジュエリーCADも学んで技術も表現の幅も広がったことで「デザインの視点が新しい」と言ってくださる方もいて、それはいちばんうれしい声でした。
QUI:<Valentine>にオリジナリティを感じてくださっているということですよね。
橋本:それでもこれからどこに向かっていくのか自分でもよくわかっていません(笑)。実は新たなフェーズとしてファッションスクールに通っているんです。そこではファッションの歴史そのものや自分を見つめ直すためのマインドマップなどを学んでいますが、ファッションとアイデンティティを結びつけることでオリジナリティに秀でたクリエーションを生み出したいと思っています。自分のこれまでの人生からどこを引っ張り出してデザインに投影するか、といったことです。
QUI:マーケティングもファッションスクールも、橋本さんは物事を始めるなら準備を怠らないタイプですね。
橋本:完全にそのタイプです。それもクラシックバレエを習ったことで形成されました。踊りはいきなりテクニックを求めてもダメで、基礎がしっかりしていないと説得力が生まれないんです。基礎をおろそかにしないことのかっこよさを身をもって理解しているからこそ準備を怠らないという美意識を得られたと思っています。
QUI:橋本さんの美意識に触れてくるのはどんなものが多いですか。デザインやアイテムのインスピレーション源などは?
橋本:ビジュアル化されていないものから着想を得ることが多いです。踊っている時に湧き上がってくる感覚、音楽を聴いて昂った感情などを具象化するんですけど、目に見えないものがデザインソースとなっているのでものすごく苦労します(笑)。ダンスでも音楽でも自分の琴線に触れてきたということは、それがきっと私が今ジュエリーで伝えたいことなので、いつもそこが出発点になります。
QUI:2025春夏コレクションは「Lovestained」をテーマにされていますが、伝えたかったことはなんでしょうか。
橋本:「stained」には染めるといった意味があって、「自分の中に好きが染み込んでいく、自分の一部になっていくようなジュエリー」という想いを込めました。SNSがあるから意見を自由に言えるかといえばむしろ逆で、興味があることなどを発信するとそれに対してマウントを取られたりして、「自分の好き」を言いづらい時代になっていると思うんです。なので「自分の好き」をもっと大切にして、堂々と発信できる世の中になってほしいという思いからテーマにしました。
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自分なりの答えを積み上げてプロダクトを生み出したい
QUI:20代半ばでブランドを立ち上げていますが、不安はなかったのでしょうか。
橋本:不安はありました。ただ、ここでもバレエやダンスでの実体験に勇気づけられたと思っています。新しいステップに挑戦した時に自分がどんなプロセスを経て、その結果どうなったかということを思い出すことで、きちんとした手順を踏めば目標に到達できると確信が持てたんです。
QUI:バレエやダンスをやっていなかったら、その哲学も生まれてなかったかもしれないですね。
橋本:それは間違いなくそうです。やり続ければ到達できるということを信じ切っているので<Valentine>らしさも徐々に創り上げることができたと思っています。地味で単調な作業や鍛錬の繰り返し、けれど表現としては華やかに映るという意味でダンスとジュエリーは近しいかもしれないですね。
QUI:橋本さんがコツコツと努力を積み重ねて高みを目指しているクリエイターであることがよくわかりました。
橋本:ブランドとしてはまだまだこれから。ファッションスクールでの発見を活かして、クリエーションも次なるステージを目指さないといけないと思っています。私が学びを大切にしているのは意図したものなのか、なんとなくなのか、ではジュエリーのデザインにおいても大きな違いがあるからです。自分なりの答えを積み重ねたプロダクトじゃなければすぐに壊れてしまうと思っています。そういう考え方もいろいろな学びを吸収することで得られたことです。
QUI:ブランドとして目標にしていることはありますか。
橋本:2024年の7月にドイツでもコレクションを発表したのですが、現地では日本の手仕事の丁寧さなどを評価する声もありました。なので日本だけでなく海外までマーケットを広げていきたいという思いは持っています。自分の表現やクリエーションがどこまで通用するのか、どれだけ多くの人を魅了できるか挑戦していきたいです。私としてもブランドがどうなっていくのか、今は楽しみしかないです(笑)。
2020年、デザイナー橋本麻由によってスタートしたジュエリーブランド。「REBELLION TO ROMANCE」”力強く解放する、物語を追い求めて” をコンセプトに、ロマンティックで幻想的な世界観の中に、生々しさ・反骨精神を感じさせるデザインを展開する。
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HP:https://valentinetokyo.com
- Photograph : Ibuki fujihara
- Text : Akinori Mukaino
- Edit : Miwa Sato(QUI)