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ART/DESIGN

アーティスト 王之玉 – 情報にあふれた現代で、より深い精神性を追求する

May 27, 2025
現在、浅草「KAIKA 東京 by THE SHARE HOTELS」にあるGALLERY ROOM・Aでは『卵生神話』や『アンドロギュノス』をテーマとした、王之玉の個展 「Lay Eggs」が開催されている。王は、中国黒龍江省生まれ、現在は東京藝術大学美術研究科の博士課程在学中のアーティストだ。彼女はなぜ、現代社会が段々失っていく精神性と宗教性を備える場と時間を提示し、取り戻す事を目標に制作を行うのか?その興味へのきっかけや今後の展望について聞いた。

アーティスト 王之玉 – 情報にあふれた現代で、より深い精神性を追求する

May 27, 2025 - ART/DESIGN
現在、浅草「KAIKA 東京 by THE SHARE HOTELS」にあるGALLERY ROOM・Aでは『卵生神話』や『アンドロギュノス』をテーマとした、王之玉の個展 「Lay Eggs」が開催されている。王は、中国黒龍江省生まれ、現在は東京藝術大学美術研究科の博士課程在学中のアーティストだ。彼女はなぜ、現代社会が段々失っていく精神性と宗教性を備える場と時間を提示し、取り戻す事を目標に制作を行うのか?その興味へのきっかけや今後の展望について聞いた。

卵のモチーフが象徴するもの

王:今回の個展は、旧作のインスタレーションのリメイクと、今年3月に中国で初めて制作した陶芸作品を中心に構成しています。テーマは、わたしがよく使っている「卵」というシンボルを通して展開する『卵生神話』と、ギリシャ神話の『アンドロギュノス』です。

QUI:大きな卵のオブジェが印象的です。背景にある3つの卵の絵は、祭壇のような神聖な雰囲気も感じさせますね。

王:この3点のテンペラ画は、それぞれインド、ギリシャ、エジプトの『卵生神話』をもとに描いたもので、卵の色や形もそれぞれの神話の中に出てくるものをもとにしています。テンペラは、顔料を卵黄とオイルで溶いて描く、油絵よりも古い技法なんです。

QUI:卵で卵を描かれているんですね。
今回の個展のタイトル「Lay Eggs」には、どういう意味が込められているのでしょうか?

王:直訳すると「卵を産む」という意味になります。卵は、ここ2年ほどの自分の作品にもっともよく登場する、自分にとってとても大事なシンボルなんです。
卵は“両面性”がある存在だと思うんですね。日常的で誰もが知っている存在だけど、その外観だけでは中身はわからないし、情報は何もない。具象的でありながら、真っ白で模様もなく、抽象的な物体にも見えますよね。しかも完全に殻で守られていて安全なのに、すごく脆くて壊れやすい。わたしはそういった卵の“両面性”に強くひかれています。

王:それから、ひとつとても好きな言葉があって、ヘルマン・ヘッセの小説に登場する「生まれようとする者は一つの世界を壊さなければならない」という言葉です。鳥にとって、卵は自分の世界そのもの。でも、それを壊さなければ外の世界には出られないんです。

QUI:それは、16歳で中国の故郷を離れて日本で活動をされたり、新しい表現に挑戦し続けてきた王さんの生き方にも近いものを感じさせます。

王:そういった意味でも、卵のシンボルには強い共感を感じていますね。

陶芸への挑戦で見つけた偶然の力

QUI:今回、初めて陶芸の作品にも挑戦されたそうですね。

王:はい、こちらの陶板の作品で『アンドロギュノス』をテーマとしています。
『アンドロギュノス』は、プラトンの『饗宴』という本の中に登場するものです。ギリシャ神話の中では、もともと人間はわたしたちのような身体ではなく、女と女、男と男、そして男と女が合体していて、1つの身体に、2つの頭と2組の手足を持っている状態でした。それが神の力で切り離されて、ひとつの頭と両手両足に分かれてしまう…もともと一体だったもう一人の自分、もう半分の自分を探すことで、愛や欲望といった感情が生まれたという話です。
これも自分のアイデンティティと強くつながっているんです。わたしは自分の性別がずっと決められない状態で…完全に女性だと思えないんですね。でも男というジャンルにも入らない。性別がない、もしくはその2つの性別が一体になっている感覚をずっと持っています。

QUI:これらの作品の制作のために、今回は中国竜泉市で取材や実験をされたそうですね?

王:これまでわたしは立体作品をプラスチックで作ってきたんですが、作品のコンセプト的に“自然な素材”で制作したいという思いが強かったんです。
特に、陶芸にはずっと憧れていて。土は自然由来のものだし、完全に人の手でコントロールするもので魅力的に感じていました。今回は、中国の中でも陶器の歴史が長い龍泉という都市で、現地の特有の陶器の技法・素材を学んだ上で制作をしてきました。

QUI:「完全に人の手でコントロール」できることが魅力的だと仰っていましたが、実際制作されてみていかがでしたか?

王:すごく偶然性が出てきました!例えば、この作品の表面には亀裂が入っているんですけれど、実際に焼く前には予想していなかったんです。ツヤツヤの均一になると思っていましたが、焼いてみるとすごいきれいな割れ方をしていて…でもそれが、この作品のコンセプトととても合致していたんですよ。

QUI:一体だった人が、ふたりの人間に切り離される様子や、そこから生まれた感情を象徴するようにも見えますね。

王:はい、その偶然性が嬉しかったです。そんなところも全然予想できなかったし、最後に窯を開く瞬間まで、本当に何も分からないっていう状態でした。温度や焼き方によって釉薬の発色の仕方も変わりますし。
そんなところも卵と似ているかもしれません。殻を割るまで中はわからない…そういう予想のできない魅力が陶芸にはありました。

外の世界への憧れからはじまった宗教や神話への興味

QUI:王さんは、作品の中で宗教や神話の要素を多く扱っていますね。そうした関心はどこから生まれたのでしょうか?

王:それは、わたしの生まれに関係しています。
わたしは中国の黒龍江省にある、新興の資源型都市で生まれました。石油開発のために作られた街で、文化施設も少なく、美術や本との出会いも限られていたんです。両親は大学の先生だったので、家の中には本がたくさんありましたが、それでもまだ自分の精神世界は満たされなくて…色々な知識や外の世界への憧れがありました。

「KAIKA 東京 by THE SHARE HOTELS」では、アートギャラリーが作品を公開保管するストレージをはじめ、共用部の各所にさまざまな作品が収蔵展示されている。

QUI:その中で、宗教や外の世界に目を向けるようになったのでしょうか?

王:そうですね。本を通じて、歴史がとても長い西洋など、自分のまわりの世界と違うのものに触れ始めて「世界が開けた!」という感じがしたんです。また、子どもの頃にヨーロッパを旅行する機会があって、そこで受けた衝撃も大きかったですね。
一方で、中国では宗教に厳しい部分があって、特にわたしの親のような公務員は信仰を持てないんです。わたしの母は共産主義理論を教える教師だったので、なおさら宗教からは遠ざけられていたんですね。
でもわたしは、身近な世界とは違うものに触れていくなかで、宗教は「人に希望を与えるもの」で、システム的にも人類の精神を満たせるものなのではないかと興味を持ち始めました。
だから、自分自身は何かの宗教に属しているわけではありませんが、宗教そのものにとても興味があります。

目に見えない価値に意識を向ける

QUI:展覧会ステートメントには「現代社会が失っていく精神性や宗教性を取り戻す」という言葉がありましたが、具体的に、そういったものが失われていっている感覚はありますか?

王:やっぱり、インターネットの影響は大きいと思いますね。わたしが子どもの頃の、外の世界に触れられない状況とは大きく変わりました。今は情報があふれすぎて、自分の目で見て、身体で感じることがすごく少なくなっているように思います。そうした中で、わたしは自分の足でその場に行き、自分の目で見て、触れて考えることを大切にしたいと考えています。

また、オカルトや宗教に対して、現代社会は距離を置いているように思います。もちろん過去の事件なども背景にあると思いますが、本来、宗教自体は人間が精神を保つための手段であり、希望を持ち続けるための方法だったと思うんです。現代では、科学や実利が優先されて、そうした“目に見えない価値”や内面的なものが置き去りにされがちになっているように感じますが、わたしはそういった部分を見つめ直していきたいと思っています。

QUI:ありがとうございます。最後に、今後挑戦してみたいことはありますか?

王:まだ触れたことのないメディアにチャレンジしてみたいです。例えば、映像作品はこれまであまり触れてこなかったので挑戦してみたいと思っています。
それから、東南アジアや北ヨーロッパなど、文化の異なる場所で滞在制作もしてみたいですね。やっぱり、世界をもっと見たい。もっと違う文化に触れて、その土地の歴史やストーリーを知りたいと思います。

「KAIKA 東京 by THE SHARE HOTELS」では、アートギャラリーが作品を公開保管するストレージをはじめ、共用部の各所にさまざまな作品が収蔵展示されている。

QUI:やはり、自身で挑戦したり、体験していくことが大切で、それが次の作品へとつながっていくんですね。

王:はい。あと、ずっと未来の話にはなるんですけど…宗教的なものを作りたいと思っています。
自分が神になりたい、というわけではなくて、ただ宗教を作りたいという気持ちがありますね。性別や人種、言語もを問わない、そういった空間をつくりだしたいですね。


情報があふれすぎた時代に、見えないものの価値や力をもう一度思い出すため… 王之玉は、自分の身体で体験して知ることを大切にしながら、精神性と宗教性を備える場と時間を作品として提示している。大きな卵は、そうした場を実現する、大きな可能性をも秘めているように感じられてくる。GALLERY ROOM・Aで、ぜひその空間を体験して欲しい。

王之玉
1999年中国黒龍江省に生まれ、2022年に東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻を卒業。2024年に同大学大学院美術研究科油画技法材料第一研究室修士課程を修了し、現在は同博士課程に在籍中。錬金術的な発想を基盤に、宗教・神話・自然科学・個人的体験など多様な領域から着想を得て、絵画・彫刻・インスタレーションなど多様なメディアを通じて精神性を探求する作品を国内外で発表している。
Instagram:@aprilsekaiii

王之玉 新作個展「Lay Eggs」
会期:2025年5月10日(土)〜6月8日(日)
会場:GALLERY ROOM・A
住所:東京都墨田区本所2-16-5 KAIKA 東京 by THE SHARE HOTELS 1F STORAGE 1
開催時間:8:00〜23:00
休館日:会期中無休
観覧料:無料
サイト

  • Text : ぷらいまり。
  • Photograph : Junto Tamai
  • Edit : Seiko Inomata(QUI)

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