市川紗椰×末永幸歩|世界をひろげるアートのミカタ#2
気づいたこと、感じたことを自由に書き出すアウトプット鑑賞
幼少期から14歳までアメリカで過ごした市川さん。アートを見て、考え、対話する鑑賞教育が根付いているアメリカでは、感じたことを紙に書き出しながら美術鑑賞をしていたと話します。今回は、末永さん流の「アウトプット鑑賞」を実践。
・気づいたこと(=作品に描かれている事実)を書き出し、そこからどう感じたか(=主観的な意見)を考える
・感じたこと(=主観的な意見)を書き出し、どこからそう思ったか(=作品に描かれている事実)を考える
というところから鑑賞をはじめていきました。
はじめに鑑賞するのは…
ヴァシリー・カンディンスキー《自らが輝く》
1924年 石橋財団アーティゾン美術館
市川:すごく自由に表現されているようですが、よく見ると線もきちっと描かれていて、几帳面な感じが出ていますよね。きっとしっかりした理論のうえで描かれているから、いろんな要素や色があってもごちゃごちゃして見えない。見れば見るほど計算されていますよね。数学的な美しさがあると感じました。たくさんの色を使っているのにポップにならないというか、子どもっぽくならないところもすごいです。
上半分と下半分では、同じ絵とは思えないくらい印象が変わりますよね。色と模様のせいなのか、下の方は少しトライバルな感じがします。このオレンジがすごく気になる…今日の気分とはちょっと合わない感じ。アグレッシブすぎるというか、だから今日は疲れているのかな、と思ったり(笑)。
末永:中央にごちゃごちゃっと描かれている部分をよく見てみると、本当にいろんな要素が入っていますよね。ザラザラしている部分とツルッとしている部分があったり、厚く塗られている部分と薄い部分があったり。相反するいろんな要素が共存している感じがしました。わたしは3歳の娘がいるので、普段から小さい子どもの目線や世界観について考えることが多いのですが、そのせいか、この絵にも子どもの心のようなものを感じます。夢と現実、きれいなものと汚いもの、あそびとまなび、正反対のものが共存するような。それに、ちょっと離れてみてみると、この絵のなかに歩いている子どもの姿が描かれているようにも見えてきましたよ?
市川:なるほど。絵に立体感や重なりがあるから、いろんな見方ができますね。わたしは流れ星だったり月だったり、コンパスだったり、数学的なものや科学的なものを描いているように見えていましたが、末永さんの見え方をうかがっていると、子どもとか動物とか、もっと有機的なものを描いているように見えて、愛おしく感じてきました。おもしろいですね。
末永:カンディンスキーは抽象画の創始者と言われる人のひとりなんですよね。抽象画には「これはリンゴの絵である」「これは人物の絵である」といった具体的なものが描かれません。「この絵にはなにが描かれている」という正解のない抽象画の誕生によって、鑑賞者が「なにを感じたか」が尊重される自由なアート鑑賞が促進されたと思うんです。彼がどのように抽象画を生み出したか、いろいろな説がありますが、ひとつは印象派の画家クロード・モネの《積みわら》という作品がきっかけだったと言われています。その作品には畑に藁が積んである実際の風景が描かれているのですが、その描き方が当時あまりに斬新で、はじめて見たカンディンスキーには、何が描かれているかわからなかったというんです。でもとても心惹かれた。なぜこんなに惹かれるのかを突き詰めた結果、「なにが描かれているかわからなかったからこそ、惹きつけられたのではないか」という考えに至り、そこから抽象画をはじめたと言われています。
市川:抽象画という概念がない時代には、その絵に意味を探すように教えられてきたわけですよね。それを「わからないからこそいい」と思えたカンディンスキーはすごく柔軟ですよね。
末永:ふつうだったら即座にタイトルを確認して「ああ、積みわらが描かれていたのか!」と納得するところを、わからないままにしておいた。正解を探さずに、自分の感覚を大切にする鑑賞法を、カンディンスキー自身が実践していたと言えると思います。
さて、抽象画を生み出したカンディンスキーの作品を見たあとは、現代の作家さんが手がけた作品を見ていきましょうか。
気に入った作品と、気になった作品をピックアップ
現代作家を集めたフロアに移動したふたりは、お互い「気に入った作品」「気になった作品」を1作品ずつピックアップ。そのうち1点についてアウトプット鑑賞することにしました。
市川さんが「気に入った」
「伝統的なヨーロッパのチェックのようにも、和っぽい色合いにも見えるし、デジタルのようにも見える。時代も国も超えたいろんなものを表現しているように感じます」
横溝美由紀《line F040.332.2023》
2023年 作家蔵 © Yokomizo Miyuki Photo:Yamaguchi Takuya
末永さんが「気に入った」
「すべてが銀箔で覆われていることで、純粋に“形”だけが見えてきておもしろい。銀箔の下になにが隠されているのだろう?」
横溝美由紀《still water 004》
2023年 作家蔵 © Yokomizo Miyuki Photo:Yamaguchi Takuya
市川さんが「気になった」
「どこを見ても飽きさせない。ジオラマみたいにいろんな角度から楽しめます。すごいスケール感と立体感で、いったいどうやって描いているの?」
鍵岡リグレ アンヌ《Reflection p-10》
2023年 作家蔵 © Anne Kagioka Rigoulet. Courtesy of MAKI Gallery. Photo: Wada Takahiro
末永さんが「気になった」
「小さく描かれた絵を、大きく引き伸ばしたみたい。もしかして巨人が描いた大きな絵の一部なのかも?と思えてきました」
津上みゆき《View, Water, A Leaf, 1:37pm 23 December 2022, 2023》
2023年 作家蔵 Courtesy of ANOMALY © Tsugami Miyuki
市川さんが「気になった作品」をアウトプット鑑賞
鍵岡リグレ アンヌ《Reflection p-10》
2023年 作家蔵 © Anne Kagioka Rigoulet. Courtesy of MAKI Gallery. Photo: Wada Takahiro
市川:新しい作品の新しい匂い、なんだかわくわくしますね。この作品からはアニメのひとコマのような印象を持ちました。なんでかなと考えてみると、すごく躍動感があるのに、静止した一瞬を捉えているからなのかも。中央にすべて吸い寄せられているような「引力」も感じますよね。この、みっちり描かれた感じが気持ちいいです。
末永:鑑賞しているときって、どうしても密集して描かれているところや立体感のあるところに意識が集中しがち。自分が無意識のうちにとっていたその行動もおもしろいですよね。
市川:たしかにそうですよね。よく見ると絵の具を重ねて削っているようにも見えるし、本当にどうやって描かれているのか気になります。
末永:技法としては、盛り上げたり削ったりの両方を繰り返すのが特徴的ですよね。作者さんにお話をきいたところ、この作品は水面のイメージを持って描かれているそうです。各地を巡って水面の写真を撮って、それをもとにしながら創作しているとおっしゃっていました。水面って、周りにある具体的なものが映っている。でもそれが混ざり合うと抽象的にも見える。具象と抽象の間であることに興味を持たれているとうかがいました。いろんなものが混ざり合ってわけがわからなくなっている状態を作者さん自身もおもしろいと感じているから、見ている人にも水面としてだけじゃないいろいろな見方をしてほしいとおっしゃっていましたよ。
市川:鳥とか、魚とか、日本の原風景を描いたような部分も見つけましたよ。見れば見るほどいろんなものが発見できて、それがすごく楽しい。水面のお話はうかがってみると納得ですが、事前情報なくまっさらな気持ちでいろんな発見ができてよかったです。
末永:作品の背景に触れることも美術鑑賞のひとつの方法ですが、それだけで「わかったつもり」になるのではなく、そのうえで自分がどう感じるのか、解釈するのかという部分がとても大切ですよね。そういった「作品との自由なやりとり」を促進させてくれたのが、カンディンスキーが生み出した抽象画という表現なんだと思います。
市川紗椰のひとこと
最初は「カラフルだな」というようなシンプルな感想かもしれないけれど、じっくり見ていくにつれてどんどん新しい発見ができるのがアート鑑賞のおもしろいところ。今回末永さんといっしょに鑑賞してみて、自分とは違う視点からの気づきもたくさんありました。美術館に行くとどうしても「全部しっかり見なきゃ」と思いがちですが、わたしは気になったものはじっくり見るけれど、今日の自分に“刺さらなかった”作品はさらっと見るだけにしたり、気軽に楽しむようにしています。なぜこれが気になったのか、気にならなかったのか。そんなことが、いまの自分を知るきっかけになることもきっとあるはず。生で見ないと感じられないことがたくさんあるので、ぜひ実物のアートに触れてほしいです。
Profile _ 市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年生まれ。4歳から14歳までアメリカ・デトロイトで育つ。ファッションモデルとしてデビューし、ラジオやテレビなどでも活躍中。「鉄道」「相撲」「ハンバーグ」など好きな物にかける情熱が強いことから「マニア」としてメディアに登場することも多い。アートについては大学で学んだ美術史から現代アートまで興味も幅広い。現在レギュラー出演番組に「一億総リミッター解除バラエティ 衝動に駆られてみる」(テレビ朝日)、「ORIENT STAR TIME AND TIDE」(J-WAVE)、「×(かける)クラシック」(NHK-FM)がある。また週刊プレイボーイにて「市川紗椰のライクの森」(集英社)コラム連載、BAILAにて「市川紗椰の週末アートのトビラ」(集英社)も現在連載中。
Instagram
dress¥188,000・shoes reference product (MiyukiKitahara info@miyukikitahara.com), body piece¥39,050 (Olya Kosterina|SAVANT SHOWROOM 03-6457-9003), ear cuff¥29,700 (DUE DONNE https://duedonne.net/), ring¥34,100 (NOMG https://nomg.jp/)
Profile_末永幸歩(すえなが・ゆきほ)
美術教育者
東京学芸大学 個人研究員、九州大学 大学院 芸術工学府 非常勤講師。武蔵野美術大学造形学部卒業、東京学芸大学大学院教育学研究科修了。「絵を描く」「ものをつくる」「美術史の知識を得る」といった知識・技術偏重型の美術教育に問題意識を持ち、自分なりのものの見方で「自分だけの答え」をつくることに力点を置いた独自のアートの授業を展開。中学校・高等学校の美術教師を経て、現在は様々な教育事業にアドバイザーとして携わるほか、全国各地でのワークショップ、執筆などを通してアートと社会をつなぐ活動を行っている。著書に19万部のベストセラーとなった『13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社)など
【今回訪れたのは…】
ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ
会期:2023年6月3日(土)~8月20日(日)
会場:アーティゾン美術館 6・5・4 階展示室
公式ウェブサイト:https://www.artizon.museum/exhibition_sp/abstraction/
休館日:月曜日(7月17日は開館)、7月18日
開館時間:10:00ー18:00(8月11日を除く金曜日は20:00まで)※入館は閉館の30分前まで
入館料:日時指定予約制
ウェブ予約チケット 1,800 円
窓口販売チケット 2,000 円
学生無料(要ウェブ予約)
※中学生以下の方はウェブ予約不要です。
※予約枠に空きがあれば、美術館窓口でもチケットをご購入いただけます。
- Photograph : Kei Matsuura(STUDIO UNI)
- Styling : Mari Tsujimura
- Hair&Make-up : Maiko Inomata(TRON management)
- Text : Midori Sekikawa(BUNTOAN)
- Art Direction : Kazuaki Hayashi(QUI)
- Edit : Seiko Inomata(QUI)