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ART/DESIGN

「魔法が解ける瞬間」、魅了と幻滅のあわいで – 写真家・クリスティーナ・ロシュコワ

Mar 10, 2026
渋谷PARCO4F「PARCO MUSEUM TOKYO」で、ロシア出身の写真家 Kristina Rozhkova(クリスティーナ・ロシュコワ)による写真展「unbewitched/アンビウィッチド」が開催される。

少女や恋人たち、身体や自然をモチーフに、どこか夢の残像のような世界を写し出す彼女の写真は、近年ファッションやカルチャーの領域でも大きな注目を集めてきた。本展は、日本では2度目となる展示であり、これまでの作品をまとめた写真集『unbewitched/アンビウィッチド』とともに発表される、初の大規模な展覧会でもある。

哲学を学んでいた学生が、偶然手にしたカメラをきっかけに写真家として歩み始めた背景には、どのようなものがあったのだろうか。そして彼女は今、何を原動力に写真を撮り続けているのだろうか。

「魔法が解ける瞬間」、魅了と幻滅のあわいで – 写真家・クリスティーナ・ロシュコワ

Mar 10, 2026 - ART/DESIGN
渋谷PARCO4F「PARCO MUSEUM TOKYO」で、ロシア出身の写真家 Kristina Rozhkova(クリスティーナ・ロシュコワ)による写真展「unbewitched/アンビウィッチド」が開催される。

少女や恋人たち、身体や自然をモチーフに、どこか夢の残像のような世界を写し出す彼女の写真は、近年ファッションやカルチャーの領域でも大きな注目を集めてきた。本展は、日本では2度目となる展示であり、これまでの作品をまとめた写真集『unbewitched/アンビウィッチド』とともに発表される、初の大規模な展覧会でもある。

哲学を学んでいた学生が、偶然手にしたカメラをきっかけに写真家として歩み始めた背景には、どのようなものがあったのだろうか。そして彼女は今、何を原動力に写真を撮り続けているのだろうか。

一冊に集約された軌跡、次の始まり

QUI編集部 (以下、QUI):今回の展覧会と写真集は、これまでの作品の中でどのような位置づけにあるものでしょうか。

クリスティーナ・ロシュコワ (以下、ロシュコワ):『unbewitched/アンビウィッチド』は、私の活動の中でもとても重要なプロジェクトです。これまで手がけてきた作品のほとんどを、シリーズ外の写真も含めて一冊にまとめた初めての写真集であり、同名の展覧会も開催されます。

この本が「回顧」的なものになると分かったとき、最初は少し不安もありました。さまざまな作品が、ひとつの本の中でどう共存するのだろうかと思ったからです。でも同時に、とても楽しみでもありました。この本は、これまでの活動の総括であると同時に、新しい始まりでもあると感じています。

QUI:制作期間には、ご自身の状況にも大きな変化があったそうですね。

ロシュコワ:この本の制作には2年ほどかかりました。その間に、本当に多くのことが起こったんです。

例えばロシアでは、写真撮影を理由に私に対して刑事事件が立件され、私は政治犯と認定されてしまいました。そして、検察が求刑していた4年の懲役を避けるため、つい1週間ほど前にロシアを離れることになりました。ロシアは今、このような時代なんです。この本を作っている間に、私自身、そしてアーティストとしての人生にも大きな変化がありました。『unbewitched/アンビウィッチド』は、古い秩序が壊れ、新しい何かが始まる境界線になっているともいえます。

この本には、本当に多くのテーマが含まれています。若さ、身体、暴力、権力、少女期、ノスタルジア、政治、醜さ、逃避、不確かさと恐怖、そしてロシア出身のアーティストであることによる未来への恐怖です。写真集に登場する主人公たちの多くはロシアから亡命しました。私たちは「抱えきれないものを抱えよう」としたのです。

『unbewitched/アンビウィッチド』は、このような暗い時代における光についての写真集です。ほんの一瞬でも自分を忘れて闇に飛び込みたいという欲望、その瞬間の脆さ、その一歩一歩の不確かさについて描いています。

QUI:タイトルの『unbewitched/アンビウィッチド』には、どのような意味が込められているのでしょうか。

ロシュコワ:このタイトルは「魅了」と「幻滅」、つまり世界への憧憬とその喪失を表す言葉です。あらゆるおとぎ話や夢は、荒々しい現実と衝突し、やがて終わりを迎えるんです。

哲学から写真へ、偶然に手にしたカメラ

QUI:もともとは哲学を専攻されていたそうですね。写真を始めたきっかけを教えてください。

ロシュコワ:写真を始めたのは、哲学の学士課程を終えた直後でした。今から6年ほど前のことです。

実はカメラとの出会いは偶然で、Twitterに「何か新しいことをやってみたい」と書いたところ、知人がカメラを貸してくれました。最初の撮影から、私は人のヌードを撮り始めました。友人や知人、ヴィーガンやパンク、クィアの人たちなど、身近な人たちです。なぜそうしたのか、当時は自分でもよく分かりませんでした。でもとにかく夢中で撮り続けていました。1日に2回、3回と撮影することもあり、夏の2か月間はほぼ毎日撮影していました。

もしカメラを手にする前に「将来はアーティストになると思う?」と聞かれていたら、私は絶対に「いいえ」と答えていたと思います。哲学を学んでいた頃は研究者になるつもりで、学会に参加したり論文を書いたりしていましたから。

QUI:哲学のほかにも、あなたの写真に影響を与えているものはありますか。

ロシュコワ:私がもっとも影響を受けたのは映画です。哲学を学んでいるあいだも映画について論文を書き、その後は映画哲学を教えたり、映画クラブを運営したりもしました。

好きな監督はたくさんいますが、イングマール・ベルイマン、ロベール・ブレッソン、デヴィッド・クローネンバーグ、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーなどです。日本の監督では、大島渚や勅使河原宏、黒澤明の作品もよく観ています。

宗教的なナラティブの影響を感じることもあります。絵画に見られる手の動きやポーズ、静かな表情には惹かれます。それから私は、少し変わった博物館が好きなんです。拷問・処刑の博物館、蝋人形館、石の博物館、軍医療の博物館などです。なかでも動物学博物館は私のお気に入りで、もう6回ほど訪れました。剥製が大好きなんです。

QUI:日本の監督も挙げてくださいましたが、日本についても以前から関心があったそうですね。

ロシュコワ:日本には以前から強い関心を持っています。映画のほかにも、文学では安部公房や三島由紀夫を読んできました。日本で仕事をすることにも強い関心があり、できればレジデンスのような形で、ある程度長い期間滞在しながら制作したいと思っています。

日本文化とロシア文化は、最も対照的な組み合わせのひとつだとも感じています。私はロシア文化の中で育ちましたが、とりわけ映画を通して異文化に関心を持ってきました。実際に日本に到着し、展覧会の現場に身を置いた瞬間、私が抱いている日本についての知識は、きっと塵のように崩れ落ちてしまうのでしょう。私は、日本文化との「本当の出会い」を楽しみにしています。

表現せずにはいられない衝動

QUI:作品には少女や恋人たちなど、さまざまな人物が登場しますが、被写体はどのように選ばれているのでしょうか。

ロシュコワ:私の作品では、人そのものが中心ではありません。私が伝えたいのは、自分の感情や思考、アイデアなんです。そのアイデアに合う存在が恋人同士なら恋人を撮りますし、場合によっては子どもかもしれないし、高齢者かもしれません。

いまはむしろ、人よりも動物の世界に強い興味を持っています。動物学を学び、その知識を作品に取り入れたいと思っているところです。

QUI:作品からは、自然な雰囲気と演出されたような雰囲気が同時に立ち現れているように感じられます。

ロシュコワ:私にとってとても重要なのはコンテクスト、つまり状況です。私は意識的に状況や場所を探し、そこへ入り込みます。あるいは手元にあるものから状況を「演出」し、面白いものに変えることもあります。例えば農場に行って牛が出産するのを待ったり、ネズミのシェルターでネズミを観察したりします。

時にはイメージが突然浮かぶこともあります。そのイメージをもとに、ある晩、私は鶏の足に軟膏を塗りました。また別の日には、リンゴにハートを彫って蜂蜜をかけ、蟻が集まるのを待ちながら観察したこともあります。もしかすると、自分の中にある何か普遍的なイメージの貯蔵庫から取り出しているのかもしれません。

私は、不確かさや未完成さが好きなんです。過去に出版した写真集『The Bliss of Girlhood』の中では、「境界状態」や「移ろい」に触れています。少女である時期はとても短く、その美しさはむしろ「失われていくこと」にあります。人間の人生もまた、短さの中に意味があります。だからこそ若さに惹かれますし、喪失は最初からその中に組み込まれているのです。映画に例えれば、エンディングに残る空虚さ、理解できなさ、奇妙さ——そういった感覚が好きですね。

QUI:制作を続ける原動力は何でしょうか。

ロシュコワ:私の中には「そうせずには生きられない」という感覚があります。何かが私に、創作を通して自分を表現させるんです。もちろん、長い間自分の中で考え続けているテーマを表現したいという思いもありますし、アートには治療的な側面もあります。

でも何よりも、この6年間で私は一度も自分がアーティストであることを疑ったことがありません。やめたいと思ったことも、たった一度もないんです。それは私の人生で、100%確信できた唯一のことですね。

偏見を手放すこと、作品と向き合うこと

QUI:最後に、日本の鑑賞者にメッセージをお願いします。

ロシュコワ:東京の観客には、『unbewitched/アンビウィッチド』を単なる写真のコレクションとしてではなく、私個人の人生とアーティストとしての歩みを記録したものとして見てほしいと思っています。この作品は、ロシアでの「過去」の人生と、不確かな「現在」の間に引かれた一本の境界です。困難な時代であっても、6年間、途切れることなく創作を続けてきた結果でもあります。

『unbewitched/アンビウィッチド』は、魔法が解ける瞬間についての作品です。子どもの頃のおとぎ話が現実と衝突し、崩れてしまう瞬間… でも、その崩壊のあとにこそ、まるで脈打つ身体のように、生きた、傷つきやすいものが現れてくるんです。

作品を見るときには、偏見や先入観、これまでの見方をいったん手放し、子どものように開かれた気持ちで見てほしいと思います。何かが奇妙に見えたり、不快に感じたりしても、目を背けないでください。私たちがチームで長い時間をかけてつくり上げてきた「精密に構築された世界」を見てほしいと思っています。

そして、みなさんが私たちの作品を十分に受け取り、共鳴してくれることを願っています。

クリスティーナ・ロシュコワ(Kristina Rozhkova)
1996年、ロシア・ペルミ生まれ。ペルミ国立大学哲学科を経て、サンクトペテルブルク大学実践哲学科修士課程および写真アカデミー「フォトグラフィカ」を修了。
「POY Asia 2021 Award for Cultural Practices」3位入賞、『British Journal of Photography』による「見るべきトップ20人の若い写真家」に選出されるなど、早くから国際的な評価を獲得。『Vice』『PHROOM Magazine』『Fisheye Magazine』ほか多数のメディアで紹介されている。2026年にはドイツ・ビーレフェルトの「Artist Unlimited」にてアーティスト・イン・レジデンスを予定。

展覧会名:クリスティーナ・ロシュコワ「unbewitched/アンビウィッチド」
会期:2026年3月20日(金)– 4月13日(月)
会場:PARCO MUSEUM TOKYO(渋谷PARCO 4F)
住所:〒150-0042 東京都渋谷区宇田川町15−1
開館時間:11:00–21:00
※入場は閉場の30分前まで
※最終日は18:00閉場
※営業日時は変更となる場合あり
入場料:500円(税込)※未就学児無料
主催:株式会社パルコ
空間デザイン:村山圭
公式サイト
Instagram:@parco_art

  • Text : ぷらいまり。
  • Edit : Seiko Inomata(QUI)

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