杉咲花 × 板垣李光人 – どんな自分も受け止められたら
歌舞伎町という未知の世界で交わるはずのなかった人々が出会い、他者と自分自身と向き合っていく本作で、二人は何を感じ、何を得たのか。
役との向き合い方と心地よい距離感
― 金原ひとみさんの原作小説を読んだときの印象を教えてください。
杉咲花(以下、杉咲):登場人物一人ひとりの解像度がとても高くて。本当にこういう人たちが存在するのではないかという生々しさに、ドキュメンタリーを読んでいるような感覚でした。
― 撮影にはどんな意気込みを持って臨みましたか?
杉咲:あまり意気込みすぎるとプレッシャーに飲み込まれてしまうので、原作に強く惹かれたいち読者として、この映画が完成したときに自分はどんなものを観たいかという視点をもつように心がけていました。
板垣李光人(以下、板垣):僕は以前、NHKの番組で金原さんとご一緒したことがありました。それまでは『蛇にピアス』の印象が強かったのですが、実際にお会いするとラフでチャーミングな方で。そんな金原さんの世界に入れることが、本当にうれしかったです。

― 松居大悟監督とのやり取りで印象的だったことはありますか?
杉咲: 松居監督とは以前から面識があり、出会った頃から「情熱的な方」という印象を持っていました。ご一緒したのは今回が初めてでしたが、熱い気迫を感じさせつつも現場ではどこか恥ずかしそうにされていて、そんな姿はなんだか、他者と関わることにハードルを感じている由嘉里へのエールのようにも感じられました。がむしゃらに、確かな愛情を注いでくださる方だと思います。
板垣:撮影が終わって、今年に入ってから「板垣さん、すごくよかった」と松居さんが話していたと別の方から聞きまして。杉咲さんがおっしゃったように、とてもシャイで恥ずかしがり屋なんだろうなと感じました。アサヒを演じながら「これでいいのかな」と思うときもあったので、できれば現場で直接言ってほしかったですけどね(笑)。でも、そういう松居さんだからこそ、居心地のよい現場が生まれたんだと思います。

― 杉咲さんはご自身が演じた由嘉里とどのように向き合っていきましたか?
杉咲:彼女のコンプレックスや自分をあまり好きになれない気持ちはどこか理解できる部分があったんです。だからこそ演じているときは苦しさがあったのですが、そのことが今やっと客観的に振り返れるようになってきた気がします。
― 由嘉里を演じるにあたっていろんな方に取材もされたそうですね。
杉咲:BL漫画の愛し方も本当に多様であることを知って。印象的だったのは、鑑賞用と保存用、布教用に3冊購入する方。本へのリスペクトが強く、「絶対にシワをつけたくない」とおっしゃっていて、開き方も教えていただきました。実際のシーンでも参考にしています。

― 板垣さんは、アサヒと向き合う中でどんな発見がありましたか?
板垣:ホストという職業や業界は未知の世界だったので、実際にお店に行って営業の仕方や仕事の有無による過ごし方、お客さんとの連絡の取り方など、さまざまな話を伺いました。接してみると皆さん底抜けに明るいのですが、同時に、毎日違うお客さんと向き合うなかで、きっといろんな顔を持っているのだろうとも感じました。
だからアサヒも、自分が関わる人それぞれに対して違う顔を見せています。彼の多様な顔の奥には、“本当の自分”を覆い隠す分厚い層があるのではないかと思ったんです。
― アサヒの明るい表情の奥に、本当の自分が隠されている。
板垣:「不特定多数に愛されてたい」というセリフがありますが、アサヒの中心にあるのは、たぶん“寂しさ”なんですよね。それはホストだから、歌舞伎町で働いているからということではなく、多かれ少なかれ誰もが抱えている気持ちではないでしょうか。
もちろん金原さんの意図はわかりませんが、アサヒとして由嘉里と向き合ったとき、なぜか彼女に対してだけは層が薄い自分でいられる感覚があったんですよね。

― アサヒと由嘉里との関係性を考えると、ふたりの距離感も大事なポイントだったと思います。
板垣:アサヒとして意識していたのは、(南琴奈さん演じる)ライには思いきり肩を組めるけれど、由嘉里にはあまり近づきすぎない距離を保つことでした。由嘉里に対しては“本当の自分”を覆う層が薄いから、アサヒにはあまりに眩しく映っていたので。
― たしかに由嘉里は自分の好きなものにまっすぐですよね。杉咲さんは由嘉里として、アサヒが隣にいる感覚をどう受け止めていましたか?
杉咲:圧倒されました。屈託がなく、嫌味もなく、チャーミングで。月並みな表現かもしれませんが、本当に原作から飛び出してきたように感じました。
板垣さんとは撮影の合間にたくさんお話できたわけではないのですが、隣にいると不思議な心地よさがありました。ふと「由嘉里もこんな風に感じているのかな」と浮かぶような。だから、アサヒからも由嘉里が眩しく見えていたというのは驚きましたし、その言葉を聞けてとても嬉しかったです。
板垣:由嘉里は好きなことに対して、時には危なっかしいくらいに突っ走ってしまう。そのまっすぐさや純粋さが、アサヒは羨ましかったんだと思います。

南琴奈という、衝撃的な出会い
― 由嘉里とアサヒは、なぜライという女性に惹かれたんだと思いますか?
杉咲:由嘉里が初めてライと出会ったときは、ある種バイアスをかけて見てしまっていた部分があった気がするんです。同じ人間だとは思えないような感覚というか。けれどライの生活空間に足を踏み入れ、ライの望むものに触れたことで、精神的にも接近していく。
それが“惹かれた”という実感につながるかはわかりませんが、「自分ならこの人を止められるのでは」と、ある意味傲慢ながらも由嘉里のなかで何かが見えたのだと思います。
板垣:ライは、いろんなものを抱え込んでいるアサヒから見るとすごく身軽でした。アサヒはどんどん荷物が増えていってしまうけれど、ライには執着がないように見えた。性別は違っても同じ業種で働く者として、ある種のかっこよさを感じていたのではないかと思います。

― なによりライを演じた南琴奈さんの芝居が素晴らしかったですよね。
杉咲:ライ役の最終オーディションに立ち会わせてもらったのですが、南琴奈ちゃんとは本当に衝撃的な出会いでした。そこで流れる時間をとてもフラットに受け止めていて、その姿がライと重なって見えたんです。
板垣:本当に南さんはすごかったですよね。撮影以来お会いしていないのですが、「あれ? ライって本当にいたのかな?」と思わせるような魅力がある。「私、死ぬの」というセリフも、普通ならセリフとして置いてしまうことがあると思うのですが、彼女は「明日の夜ご飯はそばです」くらい自然に言える。その力に圧倒されました。
完成した作品を観ても、あの雰囲気は彼女でしか出せないし、ライというキャラクターも彼女にしかできないと思いました。

今の自分を認めるためにできること
― 本作に登場する人たちは、それぞれが生きづらさを抱えていました。お二人は本作を通じ、自分自身を認めることについて考えたことはありますか?
板垣:アサヒを演じて、変わることや何かを付け加えるだけが成長ではないと感じました。今いる自分の居場所や現在地を認め、自分を許容する受け皿を持つこと自体が、大きな成長につながるように思います。
高い目標が自分を健康的に成長させるなら問題ないけれど、不健康な方向に行ってしまうのはよくない。だから、自己肯定感という言葉すら手放すのも“あり”なんじゃないかな。
― 手放すことで見えてくる景色もありそうです。
杉咲:板垣さんが「自分を許容する受け皿を持つ」とおっしゃったように、自分を好きになることは難しくても、拙いところやめんどくさいところ、複雑なところを「こういう部分もあるよな」と受け止められたらいいのではないかなと思います。
原作にある「自分の才能は何かを熱烈に愛することができること」という言葉がすごく好きで。誰もが持っているはずの、その人だけの才能を自分のなかから見つけ出すことができたら、強いんじゃないかなって。そういうエールをもらえる作品でもある気がしています。

― 由嘉里って、どうしてあんなに好きなものにまっすぐ向き合えるのでしょう?
杉咲:それが“推し”でなくても、自分を満たしたり機嫌をとれたりするのは、ある種“生きていく術”だと思うんです。そんなふうに自分のいいところを見つけられる由嘉里は、すごいなと純粋に思います。
― 本作からは、松居監督や金原さんの「みんなに幸せになってほしい」という愛が伝わってきました。ご自身が幸せであるために心がけていることはありますか?
杉咲:長所でも短所でもありますが、私は何事にものめり込みやすいところがあるんです。だからこそ、自分の暮らしや仕事とのバランスをどう整えるかも大切にしていきたいと思っています。
板垣:当たり前かもしれませんが、心身ともに健康でいることが一番です。他者と関わることや誰かと比べることなんて、それがあってこその話じゃないですか。健康こそが何より大切だということは忘れたくないなと思います。

Profile _
左:杉咲花(すぎさき・はな)
1997年10月2日生まれ、東京都出身。2016年に出演した『湯を沸かすほどの熱い愛』での演技が高く評価され、第40回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞・新人俳優賞、第41回報知映画賞助演女優賞、第59回ブルーリボン賞助演女優賞を受賞。その後、2023年公開の主演映画『市子』では第47回日本アカデミー賞優秀主演女優賞と第78回毎日映画コンクール〈俳優部門〉女優主演賞を受賞。主な出演作にNHK連続テレビ小説「おちょやん」(20-21)、テレビドラマ「アンメット ある脳外科医の日記」(24)、映画『52ヘルツのクジラたち』(24)、『朽ちないサクラ』(24)、『片思い世界』(25)など。
dress ¥231,000 / forte_forte (CORONET 03-5216-6518), earrings ¥18,700 / ete (ete 0120-10-6616), ring ¥115,500 / Shihara (Shihara Tokyo 03-6427-5503), Other stylist’s own
右:板垣李光人(いたがき・りひと)
2002年1月28日生まれ。2012年に俳優デビュー。2024年に公開の映画『八犬伝』、『はたらく細胞』、『陰陽師0』で第48回日本アカデミー賞 新人俳優賞を受賞。2025年放送「秘密~ THE TOP SECRET ~」でゴールデン帯連続ドラマ初主演を果たした。現在は、NHK連続テレビ小説「ばけばけ」に出演中のほか、映画『ペリリュー-楽園のゲルニカ-』が12月5日公開。俳優業の傍ら、アートの分野でも個展を開催したり、初めての絵本「ボクのいろ」を11月6日に発売など多方面で活躍。
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Information
映画『ミーツ・ザ・ワールド』
2025年10月24日(金)公開
出演:杉咲花、南琴奈、板垣李光人、渋川清彦、筒井真理子、くるま(令和ロマン)、加藤千尋、和田光沙、安藤裕子、中山祐一朗、佐藤寛太 / 蒼井優
(劇中アニメ「ミート・イズ・マイン」) 村瀬歩、坂田将吾、阿座上洋平、田丸篤志
監督:松居大悟
原作:金原ひとみ『ミーツ・ザ・ワールド』(集英社文庫 刊)
配給:クロックワークス
©金原ひとみ/集英社・映画「ミーツ・ザ・ワールド」製作委員会
- Photography : Hirokazu Takei
- Styling for Hana Sugisaki : Tatsuya Yoshida
- Hair&Make-up for Hana Sugisaki : Ai Miyamoto(yosine.)
- Styling for Rihito Itagaki : Yuto Inagaki (CEKAI)
- Hair&Make-up for Rihito Itagaki : KATO(TRON)
- Text : Sayaka Yabe
- Edit : Yusuke Takayama(QUI)