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ANCELLM 2026年春夏コレクション、ANCELLMがつなぐ“産地と表現”のあいだ

Oct 10, 2025
実験的ともいえる加工を駆使した表現で大きなファンダムを作る<ANCELLM(アンセルム)>。
「Rakuten Fashion Week Tokyo」での初のランウェイショーもブランドの勢いを感じさせたが、デザイナーの山近和也の視線と想いはファンだけでなく産地にも向けられていた。山近にとって馴染み深い岡山県児島の職人たちにもう一度自信を取り戻してほしい。ショーで届けたかったのは「あなたたちの仕事はこんなにもかっこいい」という感謝とエールだった。

ANCELLM 2026年春夏コレクション、ANCELLMがつなぐ“産地と表現”のあいだ

Oct 10, 2025 - FASHION
実験的ともいえる加工を駆使した表現で大きなファンダムを作る<ANCELLM(アンセルム)>。
「Rakuten Fashion Week Tokyo」での初のランウェイショーもブランドの勢いを感じさせたが、デザイナーの山近和也の視線と想いはファンだけでなく産地にも向けられていた。山近にとって馴染み深い岡山県児島の職人たちにもう一度自信を取り戻してほしい。ショーで届けたかったのは「あなたたちの仕事はこんなにもかっこいい」という感謝とエールだった。


<ANCELLM>がランウェイで伝えたかった“産地の誇り”

—「Rakuten Fashion Week Tokyo」に<ANCELLM>は初参加でしたがファンダムの強さを感じました。観覧者はどれぐらい集まったのでしょうか。

(山近和也:以下山近):最終的には800名くらいと聞いています。招待していながら席の確保が難しかった方にはスタンドでご覧いただいたくらいで大きな反響がありました。関係者やプレス以外では事前に開催していた伊勢丹新宿店でのPOPUPでご購入いただいたお客さんを100名近く招待しました。あとはメディアの一般招待枠では50名ほど。<ANCELLM>を実際に買ってくださっているユーザーの方も来場してくれました。こんなに集まると熱気感というか、久しぶりに懐かしい空気感を受けました。


—販売が好調なことは聞いていましたが、「Rakuten Fashion Week Tokyo」に出ようと思った理由はなんだったのでしょうか。

山近:2026年で<ANCELLM>は5周年を迎えることもあり、業界での知名度もあげていきたかったのもありますが、それよりも大きい理由は産地の生地屋や縫製会社、加工工場の職人さんたちに「あなたたちがやっていることかっこいいんだ!」ってランウェイを通じて伝えたかったんです。僕らがお願いしている岡山県児島の職人さんたちは高齢化が進んでいます。<ANCELLM>が託している職人は比較的若いのですが、それでも40代です。僕たちがショーを開催することで職人さんの自信や士気が上がり、前向きになってほしいという思いがありました。

—実際にショーを開催されて職人さんの反応はどうでしたか。

山近:職人さんたちは「なんか美味しいもん行こう」とかあっさりしていて(笑)。それでも「すごく良かった」って声もあったので開催した意義がありました。武骨な方が多いですがいつもの言葉のテンションとは違っていて、そういった職人さんの反応を見ることができたのでランウェイをしてよかったと思っています。


—ランウェイで大切にしたことはなんでしょうか。

山近:品番数も色展開もいつもより多かったので、ランウェイでは色のグラデーションを訴求するところから話がスタートしました。スタイリストは遠藤彩香さんに初めて依頼したのですが、「こういう見せ方ができるブランドは珍しい」という意見もあったのでそこに焦点を当て、モデルも「色を魅せることができる」ことを基準に選びました。結果として100mのランウェイでグラデーションを40体で魅せることができました。

“美しい違和感”を生み出すために加工を重ね合わせていく

—あらためて山近さんの経歴について教えてください。

山近:僕は岡山の倉敷市出身です。上京して専門学校でデザインを学んだのですが、倉敷は繊維産業が有名だったので服作りの基礎から勉強したいと思ったんです。卒業後は岡山に戻ってジーンズの加工で有名な児島市にある企画会社で働き、デニムを作って営業などを担当したり、現場で加工などを経験し、それが4年間くらいです。そのあと東京で活躍していたドメスティックブランドからお誘いを受けて再び上京したのですが、そこで産地とは違ったコレクションブランドの現場を知ることができました。

—<ANCELLM>はどうやって生まれたのでしょうか。

山近:最初にやりたかったのはブランドではなくファッションのショップでした。そのために資金を貯めて、実際に動き出そうと思った矢先にコロナ禍になり「このタイミングでお店を始めたら死ぬな」と思いました(笑)。地方でセレクトショップをやろうと思ってもバッティングの関係で核となるブランドを仕入れることができなかったので、それであれば自分のブランドを立ち上げた方がいいと思いました。コロナ禍なのでセレクトショップも大変だった時期でしたが、SNSのおかげで<ANCELLM>にも卸がついてなんとかなったんです。


—<ANCELLM>といえば「加工」ですがモノづくりの原点はどこにあるのでしょうか。

山近:自分たちができることは何かということを追求した結果、辿り着いたのが「デニム加工を強みにしていく」ということでした。伝わりづらいことも多いのですが、「Rakuten Fashion Week Tokyo」で発表したアイテムも9割は加工を施しています。

—<ANCELLM>のアイテムにはいい意味の違和感があって、着古したような加工でもきれいな印象があります。

山近:クオリティの高い素材をただ汚していくのではなく、違う方法で着古したような表現を生み出せないかとずっと考えていました。僕はレイヤーがあるような重ねた色合いが好きなので水彩画っぽい雰囲気にしようと思ったのが新しい加工の始まりで、「汚す」や「ぼかす」ではなく加工を重ね合わせることで色の奥行きを生み出しています。そこが違和感に繋がっているのかもしれません。

—古着モチーフというと「ヴィンテージに近づける」というアプローチが一般的だと思いますが<ANCELLM>は違いますよね。デニムの「ヒゲ」も、シャツやジャケットの「あたり」も見当たりません。

山近:古着を作ることを目的にするならこれまで通りのアプローチでいいとは思いますが、「見たことがない、でもなんかいい」を目指すと方向性が変わるのは必然です。「ヒゲなしのデニムを作りたい」って工場からすると意味が分かんなかったと思います。通常はデニムの腿とかお尻の色を落として擦れてる風合いを生み出しますが、そういう当たり前のような加工を<ANCELLM>では全て外しました。その代わりに本来なら擦れないところをこすったり、色を落としたりしました。自分的には仕上がりに満足でしたが工場の人は「こんなん売れるか?」っていう感じでしたね(笑)。でも今ではそれが<ANCELLM>のデニムのベースになっています。

—「見たことがない、でもなんかいい」という発想は面白いです。

山近:児島の工場の加工は洋服を作る工程でいうと川上で、ファッションの動向を意識して買ってくれるお客さんは川下にあたります。その両方を行き来している人って少ないと思うんですけど、僕は川上も川下も歩んできたので他とは少し違う発想ができるのではないかと。例えばデニムは着続けると皮脂で汚れて黄色っぽくなります。それを加工で表現してデニムのブルーにピンクを入れてみて、さらに黄色ものせたらどうなるんだろうって。そんなのあまり見たことないですよね。

—デニムに「ヒゲ」がないのは、デニムをキャンバスに見立てて絵を描くように加工しているからだったんですね。

山近:デニムだからという固定概念を一旦外して、全体を俯瞰で見たときにきれいなものに仕上げたかったんです。その結果、珍しかったからなのか、いい感じに売れたんですよね。

—デニム以外のシャツやジャケットは、どういうアプローチを意識していますか。

山近:個人的に洋服がきれいすぎるとちょっと馴染みにくいと感じているので、シャツにはデニムでも使用する黄色を入れてみたり。そうすると、着たときに肌の色と馴染むんです。シャツに関しては先ほど話したデニムの手法とは逆のやり方をすることが多いです。


—ショー後の取材でも「レザーでやっちゃいけないことを全部やった」と話していましたね。

山近:全てが実験なんです(笑)。商品としてダメだったとしても「タブーを超えてかっこよく仕上がる」と信じています。やってみないとわからないじゃないですか。それで素敵なものができることが一番楽しいです。<ANCELLM>を見て、同じような加工をやりたいというブランドがあってもいいと思っています。それで児島の工場が潤ってくれるなら本望です。

現状をリアルに知るからこそ<ANCELLM>がやれることを

—<ANCELLM>の実験的な加工が表現として広まることで工場が潤ってほしいという考えなんですね。

山近:児島の加工工場で「こういう風にしてください」と見本として持ち込まれるブランドのNo.1が<ANCELLM>だそうです。見本にされることはうれしいですが、自分たちのアイデアをそのままというのは複雑ではあります。児島だからできる加工技術が広まっていくのは結果的にはいいことだとは思いますが。

—<ANCELLM>の「見本になるアイテム」の代表例は。

山近:デニムだったり分かりやすいものが多いです。<ANCELLM>の加工のアイデアが他でも使われていても工場が潤うという意味ではネガティブに捉えていません。ただ、「オリジナルは<ANCELLM>だ」と伝えておく必要があって、そういう意味でも大勢の人に見てもらうことが重要だと思いショーを開催したんです。

—見本があったとしても簡単に同じような表情ができる訳ではないですよね。

山近:<ANCELLM>では生地の段階で多くのテストを行います。アイテムになった後に水で洗ったり、加工を施すと縮みますよね。だから生地の縮率から逆算して寸法を調整していきます。この加工の工程は日本一だと思っています。工場と直接的なコミュニケーションがないと不可能な試験なので、<ANCELLM>でしか実践できないと思います。


—<ANCELLM>の加工のこだわりは唯一無二ということですね。

山近:工場の人が別のブランドに<ANCELLM>の加工の工程を説明すると、同じことをやろうとするのを諦めることが多いそうです。僕は色なども「こういう感じ」と職人に直接指示します。ペイントなどは僕が意図しないところに飛んだら落とします。それくらい絶対に妥協しない僕の姿勢を目の当たりにしているからこそ職人さんも協力してくれるんです。児島では<ANCELLM>のチームができていて、そのような関係性の中でお互いの技術やクオリティを高め合っています。

—そこまでのこだわりを持ちながらもアイテムは手に取りやすい価格のように感じます。

山近:それは多くのバイヤーさんからも言われることです(笑)。でも単純な話で「工場直」で生産しているから手に取りやすい価格を実現できているんです。高い価格のものを1点だけ売るよりも、価格を抑えて数を売る方が工場からも喜ばれます。なので誰もが手に取りやすい価格であることは大切にしています。

—児島の工場のため、職人のためと、そこまで考えるようになったきっかけはなんだったのでしょうか。

山近:地方の製造現場の高齢化を目の前で見てきて、今後どうなっていくのかと不安な気持ちもあります。昔は給与もひどかったし環境も悪かったから、若い人たちが洋服を作る現場に入ってこないんです。「ファッションって、そんなに夢がなかったのかな」って、こちらも悩んでしまいます。児島という産地に馴染みがあるからこそデザイナーとして役に立ちたい。洋服を作ることに夢を与えたり、洋服の工場で働きたいと思う人が増えてほしいと思ったのが始まりですね。

—生産や加工の現場の現状はどのような感じなのでしょうか。

山近:海外からの技能実習生が低賃金で働くことで成り立っていた時代もありましたが、近年は国の方針や社会的な意識の変化により、労働環境の改善が求められています。その結果、国内での人件費が上がり、物価高や光熱費の高騰なども重なって、生産コストが全体的に上昇しているのが現状です。だからといって販売価格を急に引き上げることは難しく、「品質を維持しながら採算を取る」ことが非常に厳しくなっています。そのため利益が出づらくなり、廃業に追い込まれる工場も少なくありません。後継者不足も深刻で、技術を継ぐ人材が減っていることは大きな課題です。

—現代のファッションサイクルの早さも現場に影響があるのでしょうか。

山近:ファッションのトレンドの変化が早いことも影響はあると思います。大手ブランドやメゾンからの依頼は一時的には大きな仕事になりますが、トレンドが過ぎると仕事が途切れるなど安定した受注が難しい状況で、トレンド依存も生産の不安定さを生む一因になっています。そんな中で<ANCELLM>がやれたことはうちと関係することで工場の規模が少し大きくなった、会社を立て替えた、エアコンをつけて環境が改善されたとか、そのくらいのレベルなんですけど確実に前進している手応えはあります。


—工場への還元という<ANCELLM>の想いをあらためて知ることができました。今後、ブランドとして強めていきたいことはありますか。

山近:やはり「魅せ方」はもっと強めていきたいです。僕と児島との関係だったり、工場の技術を発展させていくためのコレクションはできてきているので、より児島の生産背景も含めて、多くの人に<ANCELLM>を見てもらいたいという思いが強くなってきています。「いいな」と思ってもらうために完成度の高いビジュアルを作っていくことが重要で、そのためにもいろいろ表現を探って、またランウェイで発表できたらと思っています。


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有力セレクトショップバイヤーがおすすめする、ANCELLM 25年秋冬アイテム
Oct 10, 2025
  • Text : Keita Tokunaga
  • Photograph : Kaito Chiba
  • Edit : Yusuke Soejima(QUI)

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