アーティストデュオ・MES – 変わり続けた10年間と変わらないモチベーション
現在、麻布台ヒルズにある「Gallery & Restaurant 舞台裏」で開催されているMESの個展「カイ/KA-I」は、東日本大震災で被災した養豚場との出会いから始まったプロジェクトだ。会場には、大規模集約農場で使用されていた給餌タンクを使った作品と、サーモグラフィーによる映像と写真が並ぶ。独自のスタイルで表現を続けるMESに、今回の展覧会についてと10年間の活動のなかでの変化、そして制作のモチベーションについてきいた。
効率化されたものは、皮肉にも美的なものになる
QUI編集部(以下、QUI):今回の個展「カイ/KA-I」は、2011年の震災で被災しながらも再建され、「アニマルウェルフェア」によるストレスの少ない養豚法を実践している、宮城県の養豚場「ホープフル・ピッグ」でのリサーチをもとにした作品だそうですね。
新井健(以下、新井):津波によって被災した豚たちに始まる実話をテーマにした作品を以前から制作していて、今回はその3作目になります。
QUI:宮城県にある「ホープフル・ピッグ」とは、どのように出会ったんですか?
谷川果菜絵(以下、谷川):2021年に宮城県石巻市で開催された『Reborn-Art Festival 2021 夏』で、銭湯の中で《サイ》というインスタレーション作品を発表したのがきっかけです。当時は震災から10年しか経っておらず、目の前では復興活動が続けられていました。
新井:その翌年、たまたま別の町での集まりに参加した際、「ホープフルピッグ」代表の高橋希望(たかはし・のぞみ)さんと出会いました。何気なく「どのようなお仕事をされているんですか?」とお聞きしたところ、「ひとりで150頭の豚を飼っています」とおっしゃって。リサーチではなく偶然のご縁から始まったんです。
左:新井健 右:谷川果菜絵
QUI:今回の展覧会の中心には円筒形のタンクがありますが、あれは何でしょうか?
谷川:このタンクは「ショットガンフィーダー」と呼ばれる円形給仕器です。希望さんは震災後、もともとは大規模集約農場だった場所に養豚場を移設し、再生させながら、アニマルウェルフェアを取り入れた養豚をされているのですが、農場には、過去に大規模集約農場だった時代の廃品がたくさんあったんです。これらはその一部で、このタンク部分には餌、パイプには水が入れられ、混ぜてオートミールのような状態で子豚に給餌し、一気に太らせるようなシステムとして効率化されたものだそうです。
新井:今回の展示では、そのタンクを循環装置として再構成していて、水が溜まるとポンプで汲み上げられ、左右の水筒を行き来する仕組みになっています。心臓のように循環する装置ですね。
QUI:効率化された施設の中で飼育されているんですね。
谷川:今回、インスタレーションの間は、実際のストール(飼育用檻)の通路をイメージして造作しています。また、サーモグラフィ写真にあるようなストールは200〜300メートルくらいずらっと並んでいる。養豚全体で見れば、現在でも日本のほとんどがこうしたシステム化された農場になっています。そしてそれは、軍事施設や監獄とか、管理された人間の生活の中でもおそろしく「効率化された形」というものとも共通していますよね。でも、「効率化された形」って、本当に効率的なのか、ということとは別に、無駄な要素がそぎ落とされてすごく美しかったりもすると思うんです。
新井:この給餌器もそうですが、効率化されたものは、皮肉にも美的なものになるんですよね。
谷川:先ほどこのタンクを「心臓」って表現しましたが、自分たちの自画像的な部分もあります。芸術(家)も養豚も、ある種の“ビオトープ”的な環境(安心して暮らせる閉じた生態系)で存在が可能になるものなので。そういったアイロニカルな視点も入っています。
クラブから外へ─変わり続けるMESの10年間
QUI:MESは今年で活動10周年になりますね。10年続けてきて、変化や転機を感じるタイミングはありましたか?
谷川:変わり続けていますね。2016年頃から、クラブシーンや音楽シーン、さらにはファッションやカルチャーの現場に本格的に関わるようになったことで、それまでの美術の教育機関から見えていたアート業界から少し解き放たれたような感覚がありました。社会や、そこに生きる人々と、より素直に関わることができるようになった実感があります。
その後、コロナ禍や2020年の東京オリンピックに関連して、社会を取り巻く問題が自分たちの生活に直結したり、演劇、ライヴシーン、ナイトシーンなど身近な場への大打撃に繋がっていったこともあり、そうした実感や変化はずっと感じています。

新井:初期の頃は、クラブのパーティーシーンでレーザーを使った演出をやっていて、果菜絵はカメラを持ってその記録映像を撮ったりしていました。でもオリンピックが決まってから、都市開発などで老舗のクラブがなくなっていってしまったんです。それなら室内でやっていたことを外で、MESとして展開してみよう!という新たな形の作品として展開していきました。
MESが選ぶ表現のかたち
QUI:近年はインスタレーションとパフォーマンスを組み合わせた「ライブ彫刻」といったスタイルで作品を発表されていますが、そうしたスタイルはどのように生まれたのでしょうか?
谷川:まず、健はソロで作品を作っていた時から、彫刻をベースに動き続けていたり、循環していたり、何かが生成されたりする、動的な作品を作っていました。レーザーを街に照射するのも、光の照射源から照射先までが立体だとすれば、それは 30秒ぐらいの彫刻だったりもするので、そんな感覚は以前からずっとあるのかなと思います。
新井:そうですね。うまく言葉にできないけれど、自分の中で直感的にそういう表現を選んできたと思います。形になる前段階みたいな、粘土でこねているような状態がすごく楽しいと感じるんです。
谷川:これはパフォーマンスにもつながってくるのですが、アーティストも観客も「ダイレクト」で「動的なもの」に対するアテンションが、この 20-30年で凄く高まっていると感じます。同時に作品の「鑑賞に耐えうる時間」って、すごく短くなっていると思うんですよ。
QUI:作品に使用するメディアも、レーザーやサーモグラフィー、ワックスなど、ライヴ感や流動性があったりするものに感じます。それらはどのような基準で選ばれているのですか?
新井:作品のテーマによって「これを使ったら面白いんじゃないか」と直感的に選んでる部分はありますが、でもどのメディアもすでに誰かの手垢がついてるじゃないですか。それに対して「今まで、誰もこういう使い方はしてないな」という発想は大事にしています。
谷川:といっても「こんな事をやっても、何にもならない」ということや「こんな面倒くさいこと、誰もやりたりがらないよね」みたいな話もするんですけれど。笑
新井:昨年、ロウソクを使ったパフォーマンスをやりましたが(MES個展「祈り/戯れ/被虐的な、行為」、アートギャラリー CON_)、それも最初は火傷をしながらやっていたんです。笑
でも身体を燭台としてパフォーマンスをするなんて、すごく原初的なことじゃないですか。何千年も前から出来たような事で、自分たちが今、その表現や現象を使って作品を作るときに、そのメディアの時間が内包されるんじゃないかって。
《WAX P-L/R-A/E-Y》 撮影:Naoki Takehisa
谷川:そして観客がそれを観て、コミカルに捉えたり、セクシュアルなものとして観たり、怖いものに感じたりと、いろいろな風に捉えてくれる。もちろん自分たちからステートメントは発しつつも、選んでいるメディアによって、受け取り手の捉え方が大きく変わるということを感じています。
なので、自分たちの中では、飛び道具を使っているつもりはなくて。ただその時、自分たちの感覚とか社会に反応できるものっていうのが、美しく、なおかつクリティカルになっていくといいなと思っています。
尖った表現の裏にあるモチベーション
QUI:おふたりの制作において、最も強いモチベーションになっているものは何でしょうか?
新井:ありきたりかもしれないけど、人の話を聞いたり、出会ったりすることは大きいです。今回の展示で言えば、最初に話した「ホープフルピッグ」の希望さんとの出会いと、そのときに聞いたエピソードですね。
震災当時、希望さんの養豚場は津波で大きな被害を受けたんです。けど、豚たちが壊れた餌タンクの中に残っていた餌を自力で見つけて、1ヶ月生き延びていたり、そしてみんなが戻ってきたとき、その豚たちの姿を見て笑いが起きたり、癒されたりした。というエピソードを、すごく楽しげに話していた姿を見てちょっと感動しちゃったんです。
震災というと、どうしても重く暗い話になりがちですが、豚たちを通して、そこから別の物語が立ち上がってくるように感じました。そうしたお話は、注意深く耳を傾けなければ、その場限りで流れてしまうような、ほんの些細なものかもしれません。けれども、自分がそれにどう反応し、どう作品へと昇華させていくか、それを常に大切にしています。
谷川:今回のテーマ選びは 、レストランとギャラリーが併設された場所だというのも大きかったですね。レストランの要素があるから面白く見えることもあると思います。会期中には食べるイベントもする予定ですが、そういった空間や時間という与えてもらった環境をすごく考慮しています。実際に舞台裏のレストランとギャラリー両方のチームに養豚場に一緒に来ていただいたり、逆に希望さんに舞台裏に来ていただいて試食会を行ったりしてきました。
希望さんのところには、3年くらい通っていますが、行くたびに何かミラクルというか新しいことが起きるんです。今回は豚の子どもが生まれたり、妊娠検査を一緒にやってみたりなど、毎回そういった実体験があって、そこは作品にすごく反映されていると思います。
私自身のモチベーションとしては、身の回りで出来事や事件が起きるたびに、自分の中のパワフルな部分が沸き立つというか、ぐっと熱を帯びてくるんですね。そこからは、やっぱりメッセージ性のようなものが出てきます。
私たちはとても素直に、日常の中で起きたことをそのまま形にしているんだと思います。人によっては突飛に見えるかもしれませんが、表現の源には、日々の暮らしに根ざした感覚があって、それがモチベーションの大きな部分を占めているのではないかと感じています。

QUI:MESの表現には、“尖っている”ような印象も持っていたのですが、こうしたエピソードを伺っていると、その中にある日常や感情に根ざした“やわらかさ”を感じます。
谷川:なるほど、ありがとうございます。希望さんのやっていることもすごく「尖っている」ことだと思うんですね。実験的で誰もやってみないこと。
新井:やわらかいと思っていたもの尖っていたり、尖っているとおもっていたものが実はやわらかいような、触れてみて気づく、固定観念を崩していけるのが理想かもしれないですね。
MES
新井健と谷川果菜絵が2015年から共同制作するアーティストデュオ。クラブカルチャーと現代美術を漂流しながら、光や熱をとおして、世界の暗さを静かに、あるいは激しく照らすインスタレーションとパフォーマンスを行う。近年の個展に「祈り/戯れ/被虐的な、行為 P-L/R-A/E-Y」(2024)、「DISTANCE OF RESISTANCE/抵抗の距離」(2021)。出展に「MYAF: Super Spectrum Specification」での《ダイ/DA-I》、「陸路(スピルオーバー#1)」での《サルベージ・クラブ》(2024)、「Reborn Art Festival 2021夏」での《サイ/SA-I》など。また、ロシアの政治犯についての展覧会「鉄格子の向こう」(2025)や主催パーティー「REVOLIC -Revolution Holic/革命中毒」(2022-)をはじめ、演出・出演・オーガナイズと常にコラボレーティブで交差的な試みを探求している。
Instagram:@mesmesmes8
MES個展「カイ/KA-I」
開催期間:2025年7月4日(金)〜2025年7月27日(日)
会場:Gallery & Restaurant 舞台裏
住所:〒105-0001 東京都港区虎ノ門5-8-1 麻布台ヒルズ ガーデンプラザA B1F
営業時間(ギャラリー):火〜日 11:00〜20:00
定休日:月曜定休
※月が祝日の場合は翌日が休業日となります。
観覧料:無料
アクセス:東京メトロ日比谷線 神谷町駅5番出口より直結 徒歩1分
主催:ArtSticker(株式会社The Chain Museum)
会場Instagram:https://www.instagram.com/butaiura_artsticker/
「海の日の会」
日時:2025年7月21日(月)17:00〜
実際にホープフルピッグ農場の豚を食べ、種の保存や食肉についての理解を深める食事会です。
詳細はこちら
「クロージングトーク」
日時:2025年7月27日(日)17:00〜
動物や生命倫理といった主題で制作を行なっているアーティストの渡辺志桜里さんをゲストに迎えます。
詳細はこちら
- Text : ぷらいまり。
- Photograph : Shoya Kitano
- Edit : Seiko Inomata(QUI)




