寛一郎 – 揺るがない、確かなもの
禁じられた熊狩りに挑む2人の若者を描いた映画『プロミスト・ランド』で、東北のマタギ・礼二郎を演じた寛一郎へのインタビュー。
全国公開日を迎えた、2024年6月29日(土)に話を聞いた。
雪山は神聖な場所でした
― 映画『プロミスト・ランド』、いよいよ本日から全国公開ですね。
そうですね。撮影でお世話になった山形県では、先行して公開していましたが。
― 山形での先行公開時には現地に?
行きました。舞台挨拶をさせていただいて。鶴岡市というところにある小さな映画館(鶴岡まちなかキネマ)に、お世話になった方たちがバーッと並んでいて感慨深かったですね。
撮影の1年前にロケハンで山登りを体験させてもらったんですけど、そのときにお世話になった猟友会が2つあって。ひとつはすごくフレンドリーなんですけど、もうひとつにはなかなか認めてもらえず、洗礼を浴びました。でも映画を観終わったあとに、「今度は本物を撃たなきゃな」と言葉をかけてくれて。マタギの方々に受け入れてもらえたようでうれしかったです。
― 本物の方が作品を観て認めてくれるというのは、俳優冥利に尽きますよね。全国公開を迎える今の心境はいかがでしょう?
悲観的な意味ではなく、決して客足がすごく良い映画ではない気がするんです。もちろん公開のタイミングでたくさんの人に観てほしいんですけど、そこだけではなく、これから何年も残っていくような作品になってくれればなと思っていて。
― たしかに観るまでのハードルはちょっと高いかもしれませんが、実際に観てみるとすごく映画である意味がある映画で、映画でしか成立しない作品ですよね。原作も38年前の作品で、時代を超越した価値観を示している。寛一郎さんがおっしゃるように、映画史に残る作品になる可能性を感じました。
そうなってくれるとうれしいです。
― タイトルの『プロミスト・ランド』は、直訳すると「約束の地」となりますが、「天国」や「聖地」という意味もあるそうです。監督からタイトルの解釈についての説明はありましたか?
タイトルに対してはなかったですね。でもマタギが題材ということもあり、約束の地は山にあるんじゃないかという感覚はあった気がします。
― 全編を通して、神聖な空気感が漂っていて。
実際に雪山は神聖な場所でした。
― 熊を解体する際の儀式(ケボカイ)のシーンからも、宗教的な神聖さを感じました。
あれは本物の熊なんです。
― そうだったんですね。
臓器とかも全て本物で。
― あと、杉田雷麟さん演じる信行は、信仰とも読めるなあ、とか。
確かに。
― ストーリー自体がシンプルで、セリフが少ないことも相まって、観ている側に解釈が委ねられ、勝手に深読みできる余地のある作品でした。
― 物語はマタギ衆の寄り合いのシーンから始まります。三浦誠己さん、渋川清彦さん、小林薫さん、杉田雷麟さん、そして寛一郎さんが熊狩りの禁止について話し合う。会話だけのシーンですがすごく引き込まれました。
芝居場といったらあそこぐらいしかなくて。あとは信行と2人、山を歩いてばかりなので。
― 方言は苦労しませんでしたか?
苦労しました。みんな苦労しました。
― でもその苦労は微塵も感じさせず。
みなさん本当に達者な方々で。でもキーさん(渋川清彦さん)は現場で結構やらかしてました(笑)。わかんなくなっちゃうんですよね。
― なんとなくですけど、若い2人は若干方言が緩いような。
はい、緩かったりします。
― 今の子だからちょっと標準語寄りなんですね。
先輩方は味付けがすごいので。方言からも世代感が見えますよね。
日本映画という文化の中で、良い作品を残していきたい
― 寛一郎さんが演じた礼二郎には、妻に逃げられたという過去があり、信行はそれに対してすごく突っかかっていましたよね。
倫理観の話ですよね。礼二郎はたぶん実際に奥さんを不幸にしていて、他人からは「お前逃げられてるじゃん」と言われるかもしれない。でもそんな社会のルールとは別に、彼はなにが来ても揺るがない“確かなもの“を持っていたんです。
― その確かなものの最たるものがマタギだった。
礼二郎の場合はそうだったんだと思います。でもその確かなものが信行にはまだなかった。自分がなにをやりたいのかもわからなくて。
― 信行はまだ20歳でしたしね。ただ、上の世代のマタギたちと比べても、若い礼二郎の熊狩りに対する執念は際立っています。
最初のシーンからそうですね。
― その執念の源泉はなんだったんでしょう?
言い方を変えれば、彼にはそれしかなかったのかもしれないです。それこそ奥さんも去って。それ以外を欲していなかったんでしょうね。ただ礼二郎のようだと、実際には生きていけないじゃないですか。
― 生きづらいでしょうね。
ですよね。村の年配の方々はどう自分たちの文化と社会の折り合いをつけていくかをちゃんと考えているけど、マタギの文化が自身のアイデンティティとなっている礼二郎は“そうせざるを得ない”と頑なになってしまう。そういう人間はかっこいいよなと憧れを感じる反面、それじゃあ社会で生きていけないだろうし、そのバランスが難しい。
― 礼二郎は倫理観を超えた使命感のようなものを背負っているように感じました。
そう。彼は文化を後世に残すということは考えていないけど、結果的にそうなっていく。それは良いあり方だなと思いました。
― 寛一郎さん自身も三世俳優として知られ、ある種の文化や伝統を継承していると見られることもあると思いますし、もっと大きい視点でいうと、100年以上続く映画という文化の継ぎ手でもある。そういう意識はありますか?
自分で継いでいますというのはおこがましいですけど、モチベーションのひとつとして、自分の好きな日本映画という文化の中で、良い作品を残していきたい。そしてもし自分に子供ができたらそれを教えていきたいとも思っています。そういった意味で、近からず遠からず礼二郎の執念みたいなものもちょっとわかるというのはありました。
― 礼二郎について、監督からはなにかリクエストはありましたか?
外面的な話でいうと、監督は髪を短くしてほしかったらしくて。でも髪が短いと若く見えてしまうんですよね。礼二郎は僕の年齢より上の役だったので、その説得力を出すために結局髪は長くしたんですけど。
― 礼二郎は何歳だったんですか。
32ぐらいです。実際の年齢は表記されないのでわからないんですけど。
― 実年齢より5歳ぐらい上ですね。長髪、こざっぱりとした信行との対比という意味合いでもすごくよかったです。
ありがとうございます。
― 本作に限らず、お芝居で役に向き合う際に心がけていることはありますか?
さっきの話と重なりますが、役のアイデンティティというか、社会的なルール以外の確かなものをひとつ掴むことでしょうか。ただ、自分が計算していない偶発的に起こることが良かったりもするので、ガチガチに決めないようにはしています。
自分で獲って、調理して、余さず食べる
― 本作でマタギの文化に触れて、感銘を受けたことはありますか?
自然と共存しているところでしょうか。彼らは自分で獲ってきた熊や鹿を食べている。それは僕らが食材を買って食べるのとは、一つひとつの食の重みがまったく違うわけです。たとえば食事を作っている人の顔が見えないと平気で捨てられても、定食屋に行っておばあちゃんが一生懸命作っている姿を見たら残せないなと思いますよね。それと同じで、自分で獲った動物の顔を見ていたら、ちゃんときれいに全部食べたいと思うはずで。自分で獲って、自分できれいにして調理して、余さず食べるというのは本当に素敵ですし、本来はそうであるべきだなと思います。
― まだ予告編しか観ていないんですけど、9月に公開される寛一郎さんの主演映画『シサㇺ』でも雄大な自然への畏敬を感じさせるような映像が印象的でした。なにか共通点はありますか?
なんか自然に呼ばれてますね(笑)。去年は、自然や文化に関わる映画を多くやらせてもらった気がします。『シサㇺ』ではアイヌの文化がめちゃくちゃおもしろくて、僕自身もいろいろ勉強になりました。
― ご自身がそういう作品を好んで選ばれている?
意識してはいないですけど、でも実際に自分の興味があるのは文化的なものだったりはします。アイヌやマタギなど、日本の文化を映画として残していくような、僕がすごくやりたいと思える作品をやれているので幸せですね。
― 自然がお好きなんですか?
全然好きじゃない(笑)。東京生まれ東京育ち、コンクリートジャングルで育ってきたので。でも映画を通して自然と触れ合って、自然の良さを初めて知りました。大自然の中では、自分自身と対話する機会が多くなるんですよね。電波もつながらないし、人も少ないし。自然を好んで山に来る人の気持ちはなんとなくわかる気はします。
― 本作を経験したことで新しい発見や変化はありましたか?
マタギという文化を文面だけで学ぶのと、現地でその人たちと生活をして体験するのとでは、全く違うんですよね。自分がもし本当に学びたい文化があったとき、その土地に行ってなにかを感じるというのは本当に大事だなと思いました。百分は一見にしかずって、当たり前のことなんですけど、それを本当に深く体感しました。
― 動物を獲って食べることも本来は当たり前のことで、すごく当たり前のことが描かれている作品でもあるんでしょうね。最後にひとつ、寛一郎さんにとって“良い映画”とはどんな映画でしょう?
難しいですね。世間の評価とは関係なく、自分が観る状態によって感じ方が全然違うじゃないですか。もちろん名作だといわれる映画が良い映画なのはわかるんです。カットがどうとか、音がどうとか、芝居がどうとか、でもそれはひとつの指標としてあるだけで、本当に自分が観て良い映画だなと感じるのは自分の状態に合った映画が観れたときだと思うんです。
― そう考えると、どんな映画も肯定できそうですね。
もちろんその前提に立てないレベルの映画もあるので、全ての映画を肯定するというのは嘘になりますが。そのレベルを超えた映画というのは、あとは観る人の状態と好みだと、そういうことであってほしいなと思います。
Profile _ 寛一郎(かんいちろう)
1996年生まれ、東京都出身。2017年、『心が叫びたがってるんだ。』で映画初主演。『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(17)や『菊とギロチン』(18)で多数の新人賞を受賞する。 近年では、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(22)、映画『首』(23)、『身代わり忠臣蔵』(24)に出演。公開待機作として、映画『ナミビアの砂漠』(9月6日公開)、『シサㇺ』(9月13日公開)、『グランメゾン・パリ 』(24年冬公開)など。
Information
映画『プロミスト・ランド』
ユーロスペースほか全国順次公開中
出演:杉田雷麟 寛一郎 三浦誠己 占部房子 渋川清彦 / 小林薫
脚本・監督:飯島将史
原作:飯嶋和一「プロミスト・ランド」(小学館文庫「汝ふたたび故郷へ帰れず」収載)
©飯嶋和一/小学館/FANTASIA
- Photography : Hidenobu Kasahara
- Styling : Shinichi Sakagami(Shirayama Office)
- Hair&Make-up : KENSHIN
- Art Director : Kazuaki Hayashi(QUI)
- Text&Edit : Yusuke Takayama(QUI)