森美術館「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」レポート – 陶芸、音楽から都市計画まで。異分野と異文化を横断する大型インスタレーション。
黒人アーティストによる国内最大規模の個展となる本展は、黒人史や黒人文化を背景に、陶芸・建築・音楽といった領域に日本文化も取り入れ、森美術館の空間を生かした大型のインスタレーションで構成される。
シアスター・ゲイツとは
シアスター・ゲイツは、1973年、米国イリノイ州シカゴに生まれ、現在もシカゴを拠点に活動しているアーティストだ。
その活動は国際的に高く評価され、イギリスの現代美術雑誌「ArtReview」が毎年発表するアート界での影響力ランキング「Power 100」で、昨年度は7位に入っている。
表現の特徴は、陶芸や音楽、都市計画のように幅広い分野を横断した作品を制作するのとともに、非営利とコマーシャルな活動もあわせて実施するなど、多角的な活動を行うところにある。その作品では、ブラックネス(黒人であること)の複雑さや心理的葛藤を巧みに表現している。
日本との関わりは、2004年に愛知県常滑市「とこなめ国際やきものホームステイ」(IWCAT)への参加を機に始まり、現在まで20年にわたり、常滑市の陶芸家や地域の人々との関係を築いてきた。
さまざまな領域と文化のコラボレーション
最初の展示室に入ると、床には約1万4千枚のレンガが敷き詰められ、その空間は、厳かなオルガンの音、そして落ち着いた良い香りで満たされている。教会のような神聖な雰囲気も感じられる。
「Shrine」(神聖な空間)展示風景
「Shrine」(神聖な空間)と名付けられたこの部屋には、シアスター・ゲイツの作品とともに、彼が尊敬する作り手や、影響を受けてきたアーティストたちの作品もあわせて展示され、“美の神殿”をイメージした空間となっている。
例えば、床面のレンガ《散歩道》は、彼がこれまでに制作してきた《ブラック・チャペル》という黒い煉瓦を使った建築作品とつながるものだが、今回はそれを常滑市にある水野製陶園ラボで制作している。レンガという素材には、かつてアメリカのレンガ職人の多くが黒人奴隷であった歴史も重ねられている。
(手前) 《人型1》/ シアスター・ゲイツ (2023)、(奥)《黒人仏教徒の香りの実践》/ シアスター・ゲイツ (2024)
会場内の香りも、京都で薫香を製造する松栄堂の調香師とコラボレーションしたもの。常滑の香りを表現し、お香そのものも作品の中に取り入れている。
会場内に神聖な雰囲気をつくりだしているもう一つの要素は、ハモンドオルガンと7個のレスリースピーカーで構成された《ヘブンリー・コード》というインスタレーションだ。ハモンドオルガンは、パイプオルガンを設置できない小さな教会でその代替楽器として普及してきたもので、特に米国の黒人教会やゴスペル音楽で広く使われてきた。なお、毎週日曜日には、オルガン奏者が本作品のオルガンを演奏するパフォーマンスも実施される。
《ヘブンリー・コード》/ シアスター・ゲイツ (2022) 、右上に掛けられているのは、最も重要なアフリカ系アメリカ人彫刻家 リチャード・ハントのブロンズ作品《天使》(1971)
作品を通じ 黒人史と黒人文化に触れる
作品には、黒人史や黒人文化も取り入れられている。
壁に掛けられた十字の板は、シアスター・ゲイツの作品《アーモリー・クロス #2》。「アーモリー」とは兵器工場や兵器庫を表す言葉で、本作品は軍用施設の床を切り取って作品化したもの。ベトナム戦争時、徴兵される若者たちがその施設に集められたが、その多くが黒人の若者だったという歴史を参照している。
《アーモリー・クロス #2》/ シアスター・ゲイツ (2022)
一見、抽象表現的にも見える本作品だが、実際、本作はミニマル・アートの第一人者として知られるフランク・ステラをオマージュした作品であり、本展で展示された複数の作品でも同様な表現手法が見られる。これは、白人男性のアーティストを中心に記述されていた美術史に対し、黒人のアーティストも素晴らしい抽象画を残してきたことを主張し、その歴史に抗う意味も含まれているという。
「ブラック・ライブラリー」展示風景
本展のなかには、ブラック・アート、歴史、文化に関する数千冊もの書籍を自由に閲覧できる「ブラック・ライブラリー」や、黒人が多数を占めるシカゴのサウス・サイド地区で誰もがアートや文化活動に参加できる空間に作り変えてきたシアスター・ゲイツの建築プロジェクトを紹介するスペース「ブラック・スペース」も用意されている。
「ブラック・スペース」展示風景
代表作群を大規模なインスタレーションで展開
展覧会の後半では、代表作を取り入れた大規模なインスタレーションが複数展開されている。
例えば、《ドリス様式神殿のためのブラック・ベッセル(黒い器)》では、シアスター・ゲイツが制作した大型の陶芸作品が並ぶ。これらはアフリカの黒人陶芸に、日本、朝鮮、中国の陶芸の要素を掛け合わせて制作された作品で、シカゴの土を使い、彼がシカゴにつくった常滑式の「穴窯」で焼いたものだ。
《ドリス様式神殿のためのブラック・ベッセル(黒い器)》/ シアスター・ゲイツ (2022-2023)
そうした陶芸作品の中に、3点、レザーの持ち手がつけられたものがある。それは、ファッションブランドのボッテガ・ヴェネタとのコラボレーションによるものだ。こうした網目をつくれる職人は世界で5人のみなのだそう。
別の展示室では、プラダや細尾といったブランドや企業とコラボレーションして制作された作品も展示されている。本展でシアスター・ゲイツは、こうした世界中のクラフトマンシップを称えることも意図しているようだ。
(左)《プラダ仕覆》/ シアスター・ゲイツ (2024)、(右) 《アフロ民藝 着物(HOSOO)》/ シアスター・ゲイツ (2024)
また、彼の代表的な作風のひとつである「タール・ペインティング」の作品《7つの歌》も展示されている。「タール・ペインティング」は、屋根にタールを塗る職人だった父から、屋根補修の技術を教わり、作品に転用したものだ。
《7つの歌》 / シアスター・ゲイツ (2022)
こうした「タール・ペインティング」に、和紙や畳などの日本の素材が組み合わされた作品も展示されている。この作品を立てるイーゼルの部分には、長野の古民家で使用されていた「鉄砲梁」という、根元が曲がった木材を活用している。
《抹茶酒》/ シアスター・ゲイツ (2024)
展示の最後には、DJブースのついたバーカウンターのようなインスタレーション《みんなで酒を飲もう》が展開されている。この背面に並んでいるのは、「貧乏徳利(通い徳利)」と呼ばれる、昭和初期まで使われていた大型の徳利だ。今回は、陶芸家の谷穹とコラボレーションし、使われなくなった約1,000本に釉薬で「門」という文字を入れ、新たな作品としてよみがえらせた。
《みんなで酒を飲もう》/ シアスター・ゲイツ (2024) 展示風景
なお、本展にあわせ、シアスター・ゲイツは、常滑の酒蔵・沢田酒造とコラボレーションして、「門」という日本酒もつくっている。(「門」は英語で“gate”であり、シアスター・ゲイツ(Theaster Gates)の名前とも掛けたかたちとなっている。)
《みんなで酒を飲もう》のインスタレーション中で作品としてよみがえらせた貧乏徳利を持つシアスター・ゲイツ
さまざまな土地の素材、企業とのコラボレーションから、幅広い領域にまたがる作品が生み出されている。
異文化の“融合”とも“衝突”とも異なる、「アフロ民藝」
本展のタイトル「アフロ民藝」は、日本向けにつけられたタイトルのようだが、過去にもシアスター・ゲイツは展覧会のタイトルとして、海外でも使用してきた。
彼は、無名の工人たちによって創られた日常的な工芸品の美しさをたたえる日本の「民藝」を、アメリカで黒人の人種差別の撤廃を訴える運動のスローガンであった「ブラック・イズ・ビューティフル」と重ねて捉えているという。それは、その土地にもともとあるものに敬意を払い、外部からの文化的アイデンティティの押しつけに抵抗する方法である点からだ。
シアスター・ゲイツが約2万点の陶芸作品を引き受けた 小出芳弘コレクション (1941-2022)
「アフロ民藝」は、異なる文化や価値観を「融合」したり「衝突」させたりするものではなく、その違いを認め、共感し、新しいものを作りだす可能性の「提案」だという。
黒人の抵抗の歴史の文脈を含みつつも、単に「ブラック・アート」というカテゴリに留まらず、また、言葉通りの「民藝」でもない「アフロ民藝」。音楽や大規模なインスタレーションも含め、その世界をぜひ会場で体験したい展示だ。
シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝
会期:2024年4月24日(水)~9月1日(日)
休室日:会期中無休
開室時間: 10:00~22:00 ※火曜日のみ17:00まで ※ただし2024.4.30(火)、8.13(火)は22:00まで ※最終入館は閉館時間の30分前まで
会場:森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)
住所:〒106-6150 東京都港区六本木6丁目10−1 六本木ヒルズ森タワー 53階
公式サイト:https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/theastergates/
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
公式インスタグラム:@moriartmuseum
公式Twitter(現X(エックス)):@mori_art_museum
- Text : ぷらいまり。
- Edit : Seiko Inomata